第七十四話 修行パート:シャイリー編
「はっ」
「ふむ」
「やぁっ」
「ほっ」
「はぁああっ」
「ふーむ」
シャイリーの怒涛の攻撃をリーチェンは軽々といなしてしまう。
今のリーチェンは本来のスケルトン形態ではなく、恵子曰くところの『お爺ちゃん』の姿でシャイリーの相手をしている。それもただの幻影ではなく、完全に実体化させていた。
その技術自体はリリステラが遺跡に用いているのを魔法で成しているだけで、一般の魔道士からしてみればとんでもない高等魔法ではあったが、齢三千近くを数える魔王にしてみれば大したものではない。
ではなぜ一々そんなマネをしているのかと言えば、人体の論理を利用する流化闘法を教えるのにはその方が適しているからという単純な理由だった。
シャイリーも髪を切ってしまった今、普段も“何とか辛うじて”中性的な感じに見えるようにはなってきたが、こうして真剣な顔で戦っている姿は割かしきっちりと凛々しい男の子に見えてくる。
この二人の稽古風景で、リーチェンからシャイリーへの具体的なアドバイスが送られることは殆ど無かった。武術的な意味ではこの若さにしてほぼ完成されてしまっているシャイリーに対してだと注意する部分が元々少ないというのも確かにあるのだが、明らかな隙が見つかった時のみリーチェンがそこを突き、それをアドバイスの代わりにするだけでも、シャイリーならばそれで勝手に理解するため、十分な指導になっていたのだ。
(凄い。何が凄いって、もう凄いとしか言いようが無い……)
シャイリーは攻め手を休ませることなく心の中で呟く。
(正直言って、闘気も魔法も無しなら、百回に一回はリドウさんに勝てると思う。刀も無しなら十回に一回はおそらく勝てる。でもこのお方は……)
リーチェンはシャイリーの打突を一歩退いて避けた。
それを好機と見たシャイリーは、跳躍してリーチェンの頭部を蹴り付ける。
それすらもリーチェンはあっさりと避けてしまうが、シャイリーの技はまだここからが始まりだった。
足が振り切れる威力をそのままに、体を回転させて逆の足で後ろ回し蹴り。
リーチェンが頭を逸らしてそれを避けると、シャイリーは更に半回転してしまい、リーチェンの頭部を最初の蹴り足が再度襲う。三段階の回し蹴り技だった。
(うむ、見事な身体操作能力。リドウ以外に齢十七にしてここまでの技術を身につけよる若者がおるとは……)
リーチェンは内心で感嘆しながら、ぱしっとシャイリーの足を受け止める。
その瞬間、シャイリーの顔が喜びで一杯になった。
別に倒せたわけではない。それでも……この『事実』はシャイリーにとって勝利にも等しい出来事だった。
この時、常人どころか下位の気功士では理解できぬ程の一瞬、リーチェンの体が不自然に硬直していた。
「はぁ――ッ!」
「む?」
左足を後ろに右足で前に踏み込み、右拳を打ち付ける。
シャイリーの最も得意とする技――のようだが、少し違う。
今回の技は中国拳法で言えば前足の踏み込みと共に打ち出す『崩拳』と呼ばれる技術に、前足で行った『震脚』という技術を合わせたと述べるのが技術的には最も近く、後ろ足で蹴り込んだ反動を一切の漏れなく拳まで伝える、彼の最も得意とする技とはむしろ逆だった。
この技にした理由は至極単純で、飛び降り様に踏み込みながらの攻撃をしなければならず、今の体勢からなら予備動作の少ないこれの方が有効だと咄嗟の判断が働いたからだ。
しかし、シャイリーにとっても比較的得意な技であるのも確かな事実であり、その威力は闘気無しでも鍛え抜かれた常人を確実に一撃で死に至らしめる。
完全に決まった――シャイリーは物騒に目を光らせながらニヤリと笑う。
別にこれが敗北フラグというわけではなく、確かにシャイリーの攻撃は完璧にリーチェンの肉体を穿ち――
パァンッ
と音を立てて、肉体を構成していた魔力が消し飛んだ。
スケルトン形態になったリーチェンを前にシャイリーは満面の笑みを浮かべながら構えを解く。
「これでハンデ一個解禁ですね!」
きらきら笑顔で宣言すると、リーチェンは骨だけ故に表情は窺い知れないが、どことなく嬉しそうな雰囲気で顎を撫でさすっている。
「うむ、よかろう。どれが望みじゃ?」
「お師匠様に攻撃を受け止めさせたら、お師匠様が瞬きを一度する間のみ、全ての攻防を止める――がいいですね。じゃなきゃ今のは決まりませんでしたし」
「よかろう」
「よしっ」
ぐっと拳を握り締めてガッツポーズ。
このように、二人の間には明確なハンデが定められていた。その数は実に三十六という非常に細かにして多数のハンデだ。闘気の使用段階まで含めれば更に十個増える。
仮にリドウへ『闘気、魔法無しの素手オンリー』という条件を守らせた上で、更にこの『武術的ハンデ』を二個も追加させれば、完全に互角以上に戦えるとシャイリーは考える。三つ守らせれば百二十パーセント勝てる自信がある。
リーチェンはそれら全てを律儀に守ってシャイリーの相手をしている。どれだけの格差があるのか、シャイリーですら想像するのが困難なレベルだった。そしてそれは『ハンデを守りきっていられる余裕がある』という意味でもあり、シャイリーは少しでも早く、一つでも多くのハンデを取っ払いたくて仕方ないのである。
(ったく、ハンデ全部無しで敵対するなんて考えたら寒気しかしない。次元が違いすぎるよ。僕が生きてる間に一体どれだけのハンデを減らせることだか……やっぱ僕も魔王になって人間じゃ不可能な時間をかけなきゃ、追いつくのは無理かな……)
と、休憩がてらにシャイリーが考えている一方で、リーチェンも考え事に耽っていた。
(こやつと言い、リドウに天破煉翔を使わせよった勇者……ラヴァリエーレとか言ったかのう。まさか力馬鹿の勇者の中からそこまでの者が出てきよるとは驚きが一入じゃわい。わしも引き篭もって二百と五十年ほど経ったと思ったが、時代が変わったのかのう。外も中々面白くなってきておる)
ほっほっほと声に出して笑う。
地面に座り込んでいるシャイリーが怪訝そうにリーチェンを見上げているが、お爺ちゃんは何も言わずに“肉体を纏う”。
再開かと知ったシャイリーが威勢よく立ち上がる。
しかしリーチェンは手を差し出して、
「慌てるでない」
とシャイリーを制する。
「初ハンデ解禁を祝して……というわけでもないがの、お主の致命的な欠点をここらで修正しておこうと思うのじゃよ」
「致命的な欠点?」
思いつかないシャイリーは眉をひそめる。『武術力』にだけは一方ならぬ自負があるため、いくら指摘された相手が天武であっても、ちょっと聞き逃せなかった。
「お主の戦闘法は対気功士戦に特化されすぎておる」
「うーん……」
リーチェンの指摘を受けて、シャイリーは首を捻る。確かに自分でもそう思うところが無いわけでもないらしい。
「お主は後天的に闘気に目覚めた口じゃ。それまでは常人として気功士と如何様に戦うかを突き詰めておったのじゃろうし、致し方なき面はあるじゃろう。じゃがのう、それで通用する領域は今のお主のレベル帯でぎりぎりじゃ」
リーチェンは、まあ座ってゆっくり話をしようと勧め、シャイリーが座ったのを確認すると、自分も彼から一人分くらいの間を空けて座り、正面から向き合う。
「気功士と魔道士の戦力はある一定の領域を境に一気に逆転する」
「感知結界と超回復力を有するからですよね」
「それだけではない。最高位の魔道士とは一種の反則なのじゃ。お主は見れなかったらしいが、例えばリドウの天破煉翔は使わせてしまったが最後、わしやザイケンでも確実に負ける。戦うならば使わせぬようにするしかない」
シャイリーは真剣な顔で聞き入っていて、何も言葉を挟まなかった。
「魔法は極まると物理現象の枠を越えた効果を生み出せる。翻ってわしら気功士はどう足掻こうとも物の理の範囲内でしか生きられん。まあ幸い、そんな魔法を無造作に放てるのはそれこそリリィ……それと何歩か譲って万象くらいしかおらんがの。リドウも天破煉翔を行使するには相応の間が必要じゃ」
「狂嵐はどうなんですか? あ、お会いしたことないんですね」
シャイリーは自分で口にしながら、二百年以上も引き篭もっているリーチェンが、凡そ二百年前に覚醒した魔王に会うことはできないかと気づいて自ら否定した。
「いや、会ったことはあるぞい」
が、予想外な台詞が返ってきたことで、シャイリーは目をぱちくりさせている。
「百年ほど前、自らここを探り当てて訪ねてきおった。わしやザイケンもリリィから引き篭もる前に予め教えられておったわけでもなし、絶閃や万象も何度か来ておる」
バトルジャンキーな彼ら彼女らは同種との手合わせを求めて、自然と辿り着いたそうな。
「その時、あやつは何が何でもリリィと闘うと言って聞かんでの」
「一応お聞きしますけど、結果は?」
「無論、ぼっこぼこじゃったわい。勇者出身という意味以外でもちと“変り種の魔王”で、魔王にしてもかなりプライドが高い小僧じゃったが、流石に涙目じゃったのう。ほっほっほ」
顎を撫でながら朗らかに笑うリーチェンだが、その台詞の内容は、可憐な見た目に反して豪胆なシャイリーに「ははは」と愛想笑いを誘ってしまう。
「まあ、概念系をハイエンドの気功士相手にぽぽーんと繰り出せるレベルではなかったの。この百年でどこまで腕を上げとるかは知らんが」
だが、元から究極の領域に居る魔王の成長速度は非常にゆったりしたものだから、自分が想像する範囲から大きく逸脱することはないだろうとリーチェンは言った。
「さて話を戻すが、気功士がハイエンド……の中でも魔王級の魔道士を相手にする場合、とにかくそういった強力無比な魔法を使わせぬ前提で戦わねばならん。下位のハイエンドに勝てる程度でお主が満足と言うならその限りではないがの」
「冗談でしょ」
「じゃろう?」
分かりきったことを訊かないで下さいよとばかりのシャイリーに、リーチェンは生意気なと気分を害することはなく、どこまでも楽しそうに笑った。
「使用前提を満たさせないために、できるだけ感知結界や魔力障壁で常にキャスト数を割かせるしかないってことですね」
「そうじゃ」
飲み込みが早い弟子に、相槌を打つリーチェンの顔はとても嬉しそうだ。
「これは敵が殲滅師でも言えることじゃ。そこまで理不尽な現象を起こそうと思えば最低でもクワッドキャストが要されるが、わしの知る限り最高の殲滅師である麗覇のサキちゃんでも、同格以上との近接戦闘中にそんな天災級の魔法を自在に繰り出すなど到底不可能事じゃ。まあ魔道士としての技量だけで言えばリドウとサキちゃんは似たり寄ったりじゃがの」
「そうなんですか?」
「本来、リドウは魔道士寄りで、サキちゃんは先天性色素欠乏症ということもあって気功士寄りじゃからな」
「ふーん……」
ということは、気功士としてはリドウよりサキの方が圧倒的に上なのか――とシャイリーは知り、全然見分けがつかなかったなと思うと少し悔しかったようだ。
「所詮は大凡の目安でしかないが、近接戦闘で常にダブルキャスト分の集中力を消費しておると思えばよい。戦力的にはそれでも同格の魔道士がトリプルキャストを常に用いてくるようなもんじゃがな」
「そう考えると、本当に殲滅師って反則ですよねぇ……」
シャイリーがしみじみと呟いている。そのレベルでシングルアクション分の差はあまりにも大きすぎた。しかも魔道士ではありえない絶大な防御力を常に保有し、致命傷レベルでも瞬時に回復してしまうのだから、もう手がつけられない。
「とにかく、敵が魔道士の場合、気功士の立場では余裕を与えぬためにも攻め続けるしかない」
「ですね」
シャイリーはアグリア戦を思い出しながら頷く。作戦会議のためだったとは言え、余裕を与えてしまった途端に攻撃レベルが一段階上がった。あれが避けようのない超魔法だったらと考えると背筋がぞっと冷え込む思いだった。
「じゃがお主の戦法の組み立ては基本的に敵の攻撃を迎え撃っての交叉法が主体じゃろう? 自ら攻めるのはちと苦手なようじゃ」
いつかの港町での雑魚気功士との喧嘩や、その後の勇者ユーキとの小競り合いを思い出せばその通りだった。シャイリーは、最後は常に敵に攻撃を撃たせてから迎え撃っている。
流石のリーチェンは、シャイリーが何を得意として何を不得意とするのかなど、とっくの昔に見切っていたのだ。
「無論、極限の領域での僅かな差でしかないが、その極限の領域ではその僅かな差が致命的じゃよ」
そこでリーチェンは指を一本立てる。
「これは別に対魔道士戦に限らん。実際、どうしても戦闘思考が交叉法に偏りがちなせいで、わしのようにお主の技を知る相手じゃと、受け身のお主に対してどう攻撃すればどう返してくるか、大方の見当がついてしまう。つまり、酷く読み易い。さっきのお主の勝利はその受け身戦法を自ら破棄して攻めてきたが故の意外性こそが、勝利を呼び込んだ最大の要因じゃ」
「それは何となく、さっきので感じました」
「うむ」
シャイリーがちゃんと自分で理解していると知り、リーチェンは満足そうに頷く。
「無論、お主とて魔道士と戦う際に受け身戦法でいるわけがなかろうが、お主は近距離の踏み込みの練度に比べて遠距離高速移動法の練度が極端に低い。闘気操作が他に比べて著しく見劣りするせいじゃ。闘気への覚醒より四年程度という事実を考慮しても、悪くはないが良くもないとしか言いようがないの」
「はい。まったくもってそのとーりで」
がっくりと項垂れるシャイリーである。恥ずかしそうに頬を染めている姿は、やっぱり女の子にしか見えない可愛らしさがあった。
「遠距離高速移動法――いわゆる縮地法じゃな。まずそこを重点的に鍛えねばならん。これの練度が低いと、ハイエンドの魔道士の術式構築速度ならば防御の魔力障壁を必要とせずに感知結界だけで対応されてしまう。当然その分、強力な魔法の撃ち放題を許す羽目になってしまうからの」
「気功士同士なら最終的に絶対接近するから、カウンター主体の僕にはあんまり必要無かったんですよねぇ。魔法使い相手でもフツーに走るだけで十分でしたし」
「さっきも言うたが、それで通用するのは今のお主のレベル帯までじゃよ」
「はい、お師匠様」
シャイリーは素直に頷く。
それを見てリーチェンも、また満足そうに頷いた。
「よう」
稽古が終わって城に戻ったシャイリーが廊下を歩いていると、陽気な声が掛かって振り返る。
「あ、リドウさん」
この二人は少女たちとは違い、割とよく顔を合わせていた。訓練が終わると部屋で速攻お休みな彼女たちとでは流石に出来が違うようで、シャイリーは稽古が終わった後も、何となく気が合う桂木明人の元と訪れたりするくらいの余裕もあるし、リドウと顔を合わせる機会も断然多かった。
二人は特に何も言及せずとも、自然と足並みを揃えて廊下を歩きだす。
「やっぱお前さんは元気そうだな」
「あー……」
リドウが何を言いたいのか察したシャイリーは、苦笑気味に相槌を打つ。
「みんなと違って、気力の保ち方くらいは心得てるからね。でも体力の方はこれから一戦なんて絶対無理」
「そりゃそうだろ。爺さんが教え子に体力残すような柔な鍛え方するわきゃねぇ」
自分もそうだったと、物騒な話の内容に反してあくまでも楽しそうに言うリドウであった。
「が、あいつらよりマシなのは『潰されてねぇから』ってのもあるだろ」
「リドウさんに比べれば残念ながら僕のキャパシティは微々たるもんだし、潰れる前に闘気が尽きちゃうからねー」
普段はそんな様子は見せないが、シャイリーも自分のキャパシティの乏しさ……まあそれもハイレベル視点での話でしかないわけだが、それなりに気にしてはいるようで、つまらなそうに肩をすくめながら言う。
「それでも、“必要”だと判断したら、爺さんはお前さんを毎度潰してるだろ」
リドウはすぅっと目を狭める。
「前々から思っちゃいたが、お前さんやはり相当打たれ慣れてんな?」
「まーね」
シャイリーにとっては特に隠す必要もないようで、即座に肯定した。
「それにしちゃ“お綺麗”なもんじゃねぇか?」
「それって顔じゃなくって、全体的にってこと?」
「ああ。古傷の一つも見当たらんのは不自然すぎるだろ。不可思議を通り越してもう一種の怪奇現象だぜ」
「うん、まあ……」
リドウの方も何が何でも聞き出したいわけではなく、素直に質問しているだけだったが、シャイリーはちょっと困った顔で言葉を濁しながら鼻頭をかいている。
「僕に武術を教えてくれた師範はかなり変わった方でねぇ……ハイエンドの魔道士なんだよね」
「は?」
今何て言いやがったとばかりのリドウに、シャイリーは思い切り苦笑している。
「やっぱそーゆー反応になるよね。でもマジだよ。烈震とも知り合い……ってか何度かやり合ってるらしくって、戦績はゼロ勝一敗三引き分けって言ってた」
「マジか? あのガルフの旦那と? 勝ちは無いにしてもほぼタイだと?」
「マジマジ」
「ありゃ魔道士としちゃおそらく俺より上だぞ。それが闘気も使えねぇのに何で近接戦闘を? いや、ハイレベルになると、近接戦に陥った時の対処法を身につけるために、ある程度の近接戦闘技術を身につけるのは珍しくねぇはずだし、実際ガルフの旦那もそれっぽかったが、それもあくまで『魔法での対処』をどう効果的にするかって考察の一環でしかねぇ。お前さんの手本になれるレベルとなると、ちと訳が違ぇぞ」
それよりも魔道士としての腕前を磨いた方が明らかに有効だろうと、リドウは戸惑いを隠さずに言う。
「だから変人なんだって」
ふふっと笑いながら肩をすくめる。
「要するに天才なんだと思うよ。魔道士としての才能に恵まれたけど、武才もそれに匹敵、もしくは凌駕したってことじゃない? でも生憎と闘気にはどう頑張っても恵まれなかった」
「なるほどな……」
リドウは頷く。
「道理で、魔道士との戦闘経験は殆ど無さそうなくせに、やけに魔法技術にだけは詳しいはずだぜ。そういうことだったのか」
「うん。魔道士に関する基本的なことは一通り教えられてた。勇者事情にはあんま詳しいわけじゃないけど、魔法使い系で勇者を名乗るのを許された相手には気をつけろってのもね」
リドウは二重に得心する思いでシャイリーの話を黙って聞く。
「例によって名誉とかお金とかには全く興味が無い方だったけど、人材育成には積極的で、もちろん魔道士の育成もしてらっしゃった。直接お訊ねしたことは無かったけど、たぶん将来のご自分の敵を欲してらしたんだと思う。何せハイエンドともなれば全盛期の長さはご存知の通りだし、烈震よりも大分お若いから、ライバルが先に居なくなっちゃうって危機感がお有りだったんだと思う」
シャイリー曰く現在は実年齢でちょうど五十歳になったはずで、見た目は年齢不詳の三十歳くらい、だそうな。
「師範は闘士と『それ以外』を明確に区別する方だった。直感的に『闘士になる』って判断した教え子にはガチで容赦無かったんだ。だって闘気にさえ目覚めればあとは鍛えるだけだし、その時点で武術の腕があれば一気に飛び抜けるからね。師範の魔道士の教え子とは会ったことないけど、そっちも『闘士候補』に対しては相当厳しいって噂だったよ」
「それはそれは」
大変だねぇと全くの他人事な態度で苦笑しながら、リドウは相槌を打つ。
「もちろん、途中で脱落した教え子も居たし、むしろそっちの方が多かったけど――別にそれを蔑むこともなく、本人が武術自体を辞めたいなら止めなかったし、普通の指導に切り替えたいと望むならそうしてやってらした。もっとも、ドロップアウトって事実が恥ずかしいらしくって、そういう奴が師範の指導を受け続けることは殆ど無かったけどね」
シャイリー自身はそのドロップアウト組のことを何とも思ってないようで、そこは淡々と語りきってしまった。
大人しく聴き手に回っているリドウは、その師範の言動に共感するものがあるのか、真剣な表情で深々と頷いている。
「正直、教え子に対する苛烈さにかけてはあの方に勝る人もそうは居ないと思うよ」
シャイリーは幾分声を低くして語る。
「潰して、回復させて、また潰して――の繰り返しはまさしく拷問だったね。闘気に目覚めさせるには結局それしかないって。早ければ早い程いいからって、子供でも一切容赦無し。それでも闘気に覚醒したのは僕の知る限りじゃ僕だけだったけど、あの方にとっては十分な成果なんだと思う」
現代日本ならば間違いなく虐待として即刻通報されていると、もしもこの城に滞在する日本人の誰かがこの会話を聞いていれば残らずいい顔をしなかっただろう。今この城に居る人間は皆一応は大人の部類だが、当時のシャイリーは明らかに子供だ。大人ならばまだ納得できても、子供では“何となく”許せない気分になってしまうものだから。
だがリドウは違った。彼は子供が好きだし、守護すべき相手だと思うし、本人が望まない拷問紛いの鍛錬など絶対に認めない。だがシャイリーは闘士なのだ。それだけで彼にとっては十分に、その師範の行いの正当性を認めるに値する理由だった。
「師範は僕らへの指導自体に魔法は一切使わず、素手だけでやってらっしゃったけど、僕が闘気に覚醒すると、気功士との戦闘経験からある程度までは面倒見てくれた。でもそれ以上はご自分では教えきれないからって、半ば追い出されるような形で武者修行を開始。その後はご存知の通り、リドウさんたちと出会うまでちょうど一年くらい、あちこち放浪してたわけ」
朗らかな笑顔に戻ったシャイリーに、リドウは強敵を見つけた時特有の牙を剥くような好戦的笑みで喋り掛ける。
「その師範さんの二つ名は何てんだ? あるんだろ」
「【雪華】。名はルビアンナ」
「女か?」
「うん。何か問題ある?」
「いんや、全く。ただの確認だ」
「だよね」
この二人の会話ならば女性の扱いは“こんなもの”だろう。
「師範が僕の最初の師匠じゃなかったら、たぶん僕、女嫌いになってたよ。下手したら女の人ってだけで見下してたかも」
「お前さん、やっぱ俺と似てるな」
「僕もそー思う」
シャイリーは「あはは」と明るく笑いながら同意した。彼もそのルビアンナという師匠のおかげで『女性は弱いモノ』という印象を抱けないでいるのであった。そういった価値観が、その価値観を得るに至る要因すらもが、互いに闘士であるという事実をのぞいても、この二人は全体的にとても似通っているのだ。お互いにそれを感じて笑い合っている。
「近い内に世界大戦が本当に起こるなら、師範も黙っちゃいないだろうし、いずれまたお会いできる機会もくるかも」
「かもな」
その時が楽しみだとは、口にするまでもないのだろう。特にシャイリーは――次に会ったら自分が倒す――それがルビアンナ師範への最高のお礼になると信じて疑っていない顔だった。
「そーそー。リドウさんも一応覚えておいた方がいいよ」
「ん?」
「現代の『四至天』」
「ししてん?」
訝しげな顔で繰り返すリドウに、やっぱり知らなかったかとシャイリーは苦笑している。
「ハイエンドの基準って割と曖昧じゃん? 僕も一応、現時点でもハイエンドって名乗れないレベルじゃないし」
「そうだな」
「一応、世間一般にハイエンドって評価されてるのが今は三十人くらい居たはずだけど、その中でも本当にハイエンドの評価に相応しい実力者はその三分の一の十人程度って言われていて、更にそういう曖昧なレベルじゃなく、ハイエンドの中でも段違いに強くて、『天の位』に相応しいと評価されると、本人の承諾もなく勝手にここに追加される一種の名誉称号。リドウさんが言う『魔王級』から、その一歩手前くらいの認識でいいんじゃないかな。リリス教版のラウンドナイツみたいなもん」
「へえ?」
リドウは興味深そうに相槌を打つ。
シャイリー曰く、その四至天は以下の四名だそうだ。
【聖帝】シルヴィア・ロウ=ヴァーレンティン
【烈震】ガルフ
【雪華】ルビアンナ
【雷光】シェルシエル
「これ、一応世間的な評価順。ま、みんな自分が一番強いって内心じゃ思ってるだろーけど。ちなみに聖帝と雷光は気功士ね」
「雷光なのに気功士か? 妙な感じだな」
「それね、何か意味あるらしいよ、師範がそう仰ってた。詳しくは知らないけど」
「ふーん?」
「気功士と魔道士で綺麗に分かれてるのはただの偶然だね。勝手に自称できる二つ名とは名誉度が段違いで、オフィシャルな場で本人を前にして知らないとか言っちゃうと、本人は気にしなくても周囲がキチガイ扱いしてくると思うから、今後を考えたら一応覚えておいた方がいいよ」
「分かった」
「っても、世間が勝手に呼んでるだけだから、何か特別に義務が課せられることも一切無いけどね」
と笑顔で軽く首を傾げながら肩をすくめる。
「しかしその割にゃ……クリスは特に何も言わなかったな」
「それはあなたが明らかに烈震とタメ張るって見抜いたからだよ。居るんだよね、ハイエンドの中には、たまに……とんでもない世間知らずが」
途中は濁しながら、結局最後は悪戯っぽく言い切るシャイリーに、リドウは返す言葉が何も見つからず、ただ苦笑を零すだけだった。
「四至天の中で烈震だけがちょっと年いってるから、もうすぐ三至天になるんじゃないかって言われてたんだけど、そう遠くない内にリドウさんも加えて一時的に五至天になるんじゃない? アレクサンドル・ラヴァリエーレがリリス教側に付くなら六至天ってこともありえるかも」
六至天って“初めて聞いた”なー、と他人事のようなシャイリーの台詞に、勘弁してくれとリドウがため息しているのは……一々述べるまでもなかったかもしれない。




