第六十二話 それぞれの目指す先
いつものリドウ一行にラスティアラを加えた面々が、愛奈やシャイリーと合流できたのは翌日のことであった。と言っても、単純に時間の問題なだけで、特に何かトラブルがあったわけではないが。
以前に宿泊していた宿屋にとりあえず向かったところ、崩壊していることに少々慌てる事態がありはしたが、例の『一悶着』の関連だろうと判断し、二人の身柄が無事だとは聞いているので、行方を訪ねようと“元”フランクの屋敷へと一行は赴く。
幸い、出迎えてくれたクリスと共に、二人もそこに居てくれた。
無事だとは聞いていたが、こうして特に怪我などは見当たらない様子を直に目にできて、少女たちはほっと肩の力を抜く。
が、その直後、シャイリーの変化に気づいて思いっきり驚いた。
「その髪、どーしたの!?」
「んー、切っちゃったんだ」
恵子が大声で訊ねると、問われたシャイリーは何となく瞳を上向けて自分の頭を見るようにして、前髪を軽く指で掴んでこすりながら応えた。戦闘直後はざんばらだった後ろ髪も今では綺麗に切り揃えられており、合わせて前髪も少し短くなっている。
シャイリーは何の未練も感じさせず、にっこりと笑う。
「これもけっこー似合ってるでしょ?」
「似合ってるかな? と訊かないところがあなたらしいわね」
千鶴が微笑しながら言う。
「結局、髪を切ったくらいでは間違っても男には見えないわね。元々シニョンにしていて、後ろに垂らしていたわけでもないのだし」
「まーねー。やっぱ僕って可愛いしさ、しょーがないかなー」
相変わらずの笑顔で言い切るところがこの男の娘だ。
「勇者とやり合ったらしいな」
リドウが言い出した。
「強かったか?」
「うん。強かったね。この前のとは比べ物にならなかったよ」
「楽しめたか?」
「……そうだね」
シャイリーは一瞬だけ笑顔を消して、その間に少し考えてから肯定した。
「うん。闘ってる最中はあれだったけど、今考えてみると楽しかったな」
「そうか。俺もだ」
「アレクサンドル・ラヴァリエーレ……ランスロット卿だっけ? 最強の勇者。そんなに強かったんだ」
「ああ。勇者にもデキるやつは居るな」
「ラウンドナイツね。耳にしたことはあったけど、噂だけ誇張されてるハイエンド級程度だと思ってたよ」
女の子にしか見えない愛らしい顔が獰猛に牙を剥く。それを見て、少女たちは「困った子だな」とそれぞれの笑い方をしていたりする。
「あなたと……正確には愛奈ちゃんたちと、かな? 関係を続けるなら、いずれ他のメンバーと戦うこともあるね、間違いなく」
「ラヴァリエーレより多少落ちると仮定しても、今のお前さんじゃまず瞬殺されるがな」
「いいね。ますます楽しくなってきたよ」
本当に楽しそうな顔で笑うのだから、もう本当に困った少年だ。
リドウはふっと笑んでから、視線を黙って立っているクリスの方へやる。
「世話になったな」
「いえ。こちらは特に何の成果もなく、その上こちらの事情にお連れ様方を巻き込んでしまいました。申し訳ございません」
「いや、連中は元々こっちを狙ってたんだろ? 情報の方にしても、やらねぇよりはマシくらいのつもりだったからな」
ぴしっと頭を下げるクリスに、リドウは気にするなと言う。
「それに、こっちの方は進展があった。旦那に繋ぎをとってくれたあんたのおかげだぜ」
「私がせずとも、オヤッサンもあなたを無視することなどできなかったでしょう。しかし、それは良かった」
特に笑顔になるでもない真顔のまんまだったが、その分台詞の響きは真摯だった。
「愛奈も、戦ったらしいな」
「はい」
「どうだった?」
「…………」
愛奈はリドウの問い掛けに、視線を落としてしまう。
「怖かったです……」
「そりゃそうだろうよ」
リドウは真剣な顔で一つ頷く。
「また戦えると思うか?」
「あの……」
愛奈は顔を上げてリドウの目をはっきりと見つめる。最近は慣れてきたようで、リドウに対して怯えるようなことはなくなってきた彼女であったが、それでもリドウの『眼力』と真正面から向き合うことなど到底できなかった。それが、今の彼女の瞳に秘められた力は只事ではなく、リドウは小さく「ほう」と感嘆の吐息を吐く。
「その……私も色々と考えて、リドウさんにお願いがあるんです」
「何だい?」
「いえ……」
愛奈は相槌を打ちながら周囲を見渡す。正確にはクリスにベアトリクスと、更に見知らぬ女性であるラスティアラだ。
クリスやラスティアラだけであれば『関係者以外』で話をしたいということになっただろうが、そこにベアトリクスも加わったとなると、実家関係かとリドウはぴんっと閃く。
「あの……二人だけで話をできませんか?」
「いいだろう」
愛奈が何を言いたいのか既に漠然と予想がついたリドウは、クリスに部屋を用意するように頼むと、愛奈を伴って行ってしまう。
その後姿を黙って見送る面々であったが、不意に千鶴が言い出した。
「冷静ね、シャイリー」
「は?」
「愛奈ちゃんが他の男と二人っきりなのよ? 何か思うところはないのかしら」
「はあ?」
意味が分からんと千鶴の顔を見つめ返すシャイリーであったが、その時、彼女の顔に僅かながら面白くなさそうな色がともっているのに気づく。
「千鶴ちゃん……」
千鶴の名を呼ぶシャイリーの顔は完全に呆れで一杯だった。
「そんな顔しないでちょうだい。私だってちょっと病的かなと自分でも思うところがなくもないけれど、そう感じてしまうのだからしょうがないでしょう?」
「ちょっとどころじゃないわよ、あんたのは」
女心は複雑なのよと嘯く千鶴に、恵子が『女』を言い訳にするんじゃないわよとツッコミを入れる。
「これはあれだな、実際に一条と結ばれるにしても、リドウ殿には相当な覚悟が必要なようだな」
くつくつと笑い声をもらすベアトリクス。
「これなら私にも目はありそうだ」
「まだ諦めていらっしゃらないのかしら?」
事この手の話題になると険悪にならざるを得ない千鶴に、しかしベアトリクスは平然と挑戦的な笑みを浮かべて見つめ返す。
「別に諦める必要もあるまい? どうせこの先、ラヴァリエーレ殿の言葉が全て真実だった日には、私の婚姻話などあっさりと吹っ飛ぶ。自由に動かせるベアトリクス=ファン・クラウンディよりも、どこかの馬の骨と結婚したベアトリクス何某の方が戦時で使い物になると思われたら話は別だがな」
そんなことにはならんよと、その不敵な笑みは無言で語っている。
「再会した時にお前とリドウ殿が結ばれていたとしても、付け入る隙があるなら遠慮なく貰いに行くぞ、私は」
略奪愛というのも中々そそると、妖艶に笑んでみせる。
千鶴は心底面白くなさそうに舌打ちを鳴らす。この女はやっぱり、思考の方向性が自分に似通っている。何から何まで気に入らない。
その時、千鶴は気づく――なぜこの会話にこの女が入り込んでこないのだろうか、と。
「私たちがリドウを狙っているというのに、あなたは何とも思わないのかしら?」
「流石は若様です」
質問されたラスティアラは真顔でそれだけを言った。
「……訊くまでもないと思っていたのですけれど、あなたはリドウの恋人の一人なのでしょう?」
「肉体関係を持った経験があるかないかで問えば、肯定です」
千鶴は途端に殺気立つ。予想はしていたとは言え、こうして実際に言葉にされると、かなりムカつくものがあった。それは恵子も同じらしく、その顔は目一杯に面白くなさそうにむっとしている。
一方でベアトリクスは平然としたものであった。自分たち『一般人』とは若干違った恋愛観をお持ちなようだが、嫉妬する心は普通に持ち合わせていると知っているので、千鶴は少なからぬ疑問を感じる。
「あなたはこれを聞いても平気なのかしら?」
「まあ決して面白いわけではないが……ふむ……」
ベアトリクスは首を傾げながらラスティアラに視線を置く。
「ラスティアラ殿はリドウ殿のいわゆる教育係に相当するのでは?」
「概は左様です」
ベアトリクスはやはりなと頷く。
「地球がどうだかは知らんが、この世界である程度の地位にある子弟というのは、年頃になると、そのために用意された女性から女を教えられるものだからな。一々嫉妬していたのでは疲れるだけだ」
「何それ!?」
憤慨する恵子であったが、ベアトリクスにとっては、その反応の方が意外な様子であった。
「そうは言うが、どっちも全くの初心者同士で事に及ぶ方が面倒ではないか? “間違った穴”にでも入れられては大変だ」
あっはっはと、自分の台詞にウケてしまい、大声で笑うベアトリクスを、恵子は恐ろしいモノを見つめる目で見てしまい、千鶴ですら胡乱な目付きで眺めている。
「女は自分の腹から生まれてくるから確実に我が子と判断できるが、男はそうはいかない以上、どうしても女の方には貞淑を求められるものだからな。こればかりは自然の摂理、自然の成り行きだろう。あまりとやかく言っても仕方あるまい」
軽い調子で肩をすくめる。
「とは言え、やはり肉体関係があると、情も湧いてくるのが人情というものだ。教育係だった女と結婚後も愛人関係を続ける男は少なくないらしい」
意味深にラスティアラを見やる。
「少なくとも、あなたはリドウ殿を愛してらっしゃる。違いますかな?」
「愛、ですか……」
ラスティアラは小首を傾げる。
「彼への愛があるかと問われるならば、必ずしも否定は致しません。が、あえて言葉にするならば……」
しかしこの台詞に、今度の少女たちはマイナス方向の反応を示すものではなかった。その言葉の中に秘められた意味が、とても複雑で、単純に自分たちが思う感情の発露からきたものではなさそうだと察したからだ。
その感想は正しかったようで、彼女の鉄面皮が微かに崩れ、口元が綻ぶ。その口から発せられた言葉は、恋とか愛とか、そう言った俗な感情を遥かに超越していた。
「そう――若様は我々の誇りなのです」
己の創造主たる『姫様』が我が子と認めた第二の主であり――
――そして、自分たちが手掛けた至高の芸術品――
言葉にはしなかったが、ラスティアラがどれだけリドウを大切に想っているのか、その響きだけで彼女たちは理解せざるを得なかった。
この特別な、とても一言では言い表せない関係に口を挟むことだけは、いかな千鶴とてついにできなかった。
「こちらへどうぞ」
「ありがとよ」
クリスに案内された部屋に入ったリドウは、灰皿の一番近くにある椅子に座ると、さっそく煙管を銜えて火をともした。
一吸いしてから、対面に座るように愛奈へ促す。
「それで?」
「あの……その、お願いなんですけど」
「回りくどくする必要はねぇ。簡潔に用件だけ言ってみろ」
まだまだ迫力のリドウと完全に向き合うには度胸が足りないのか、愛奈はちょっと躊躇ったが、やがて意を決した風な顔になる。
「シャイリーさんが天武に弟子入りされるように、私も魔神に弟子入りできないでしょうか……?」
「…………」
上目遣いに窺うような愛奈に、リドウは沈黙する。
重苦しい雰囲気でこそなかったが、この静かな空気だけでもちょっと心に痛い愛奈は若干涙目だった。
が、心持ち視線を下げつつも、自分の気持ちを正直に告白する。
「今のままの私じゃ、これから先、何の役にも立てないと思うんです」
すっと視線をリドウに戻す。
「私たちはもう存在を知られてしまいました。これから先、きっと激しい戦いが待っています。リドウさんは強いです。最強の勇者さんにも、魔王にも勝てるくらいに、私の理解なんか遥かに超えて強いです。でも、ラヴァリエーレさんっていう方と同じくらい強い人が複数で襲ってきたら……」
言葉にしたせいで、ある種の決意が今の愛奈には浮かんでいるのだろう。今の彼女がリドウと向き合う目に、弱気は一切見当たらない。
「正直に答えて下さい。リドウさんを抜きで、私たちは勝てると思いますか?」
「ざっと七秒だな」
「え?」
「レディを含めたとして、俺がお前さんらを皆殺しにするのに必要な時間だ。それも、最大限に苦戦したと仮定して」
酷く冷たい台詞だった。
しかし、愛奈は怯えるよりも、むしろ微笑すらしてみせた。
「やっぱり、そうなんですね」
ふふっと声すら伴って笑う。
「お前さんの理解が及ぶ範疇、シャイリーやレディの力を想像してみろ」
言われて素直に目を閉じて、二人が全力で闘った、一応は稽古だったはずの場面を思い出す。
「あの力がこの街の中で振るわれたら、どうなると思う?」
「たぶん……一時間もしない内に街が崩壊します」
「それも俺なら一瞬だ。勝てるイメージは湧くか?」
愛奈は静かに首を横に振った。
「ハイエンド級ってのはあくまでも『ハイエンドと言えなくもない』レベルを指す。言っちまえば『ハイクラスはとりあえず抜けた』レベルは準ハイエンドとして、ハイエンドを名乗ることが許される。が、ハイエンドってのはハイエンドの中で実力が大きく分かれる。俺のレベルから視た時、シャイリーやレディのレベルってのは、ノーマルの達人がド素人を視た時よりも更に大きく開くと思え」
これなら力関係が理解し易いかと確認すると、愛奈は真面目に頷いた。
「『昔の名残』でハイクラスとハイエンドの間を示す言葉が存在しねぇせいなんだが、ハイエンド級とハイエンド、この両者の間に横たわる壁は存外にデカい。悪いが、正真正銘のハイエンドってのは次元が違ぇんだ。国すら滅ぼす力ってのは冗談でも誇張でもねぇんだよ。だからたった一個人に対して国家その物が対等に扱うだけの礼儀を要求されるんだぜ」
「本当に出鱈目な世界ですね、ここは。物語の中じゃ、凄い力を持つ勇者や英雄が居ても、なぜか王侯貴族の方が平気で偉ぶってるものなのに、この世界ではそれだけの力を持つ人間がちゃんと認識されているんですから」
はははと乾いた笑いを浮かべる愛奈であったが、同時にとても納得がいった。
彼女はファンタジーに類する物語を読むたびに思うことがあった。すなわち――世界中の戦力を用いても倒しきれない魔王を倒した勇者に対して、何でこの王様は偉そうに「よくやったな」と上から目線で言えるのだろうか――と。両者の力関係を鑑みれば、王様の方が跪いてありがとうございましたと謙るべきではないかと。
なるほど、現実ではやはり偉ぶってばかりはいられないようだ。
そんなことを考えて苦笑していた愛奈であったが、すぐに真面目な顔つきになる。
「はっきり言って、私たちの目的が果たされるのに必要な時間は、きっとまだ一年や二年じゃきかないと思うんです」
「あー……」
リドウは曖昧な顔つきで頬をかきながら、煙管を灰皿に置くと、両手を組んで、若干前のめりになりながら愛奈を見つめる。
「それなんだがな――」
一連の事情を愛奈に話す。
「え? そんなことになってたんですか?」
「ああ。お前さんらの友人を集めるだけなら、そう時間は掛かんねぇかもしれん」
まだ何とも断言できたものではないがと、一応付け加える。
「ただ、帰還方法はどうだかな。元々、なくはないかもしれねぇ……って程度の期待だったしな」
「そうですね……」
神妙に頷く。
「でも、たぶん……同級生が一番多く居るのは、ロンダイク聖教の中心だと思うんです」
千鶴に指摘されるまでもなく、愛奈も自然とそこに辿り着いていたようだ。
「リドウさんのお家の人たちでも、そこまで手は出せないでしょう?」
「そうだな。単純な力の多寡の問題もあるが、それ以外にも色々とまずい」
「なら、その時はやっぱりリドウさんの力が必要です。リドウさんもシャイリーさんも、本来なら私たちには何の関係もありませんけど……」
申し訳なさそうな顔をする愛奈に、リドウは煙管を取って吹かしながら、陽気に片手を振る。
「今更それは言いっこなしだろ。もう見捨てられる段階はとっくに過ぎてるぜ。シャイリーも同じだろ」
その言葉に、愛奈は困ったような、でも嬉しそうな顔になる。
「そう……ですね。そこは素直に甘えさせてもらおうと思います。でも……」
膝の上で両手をぎゅっと握り締める。
「もう頼りきりは嫌なんです……ッ」
小さい声ながら、力一杯に吐露される感情に、リドウは薄っすらと笑う。
――そう、そこにどんな理由があろうと、それが悪徳ではない限り、強くなりたいという強い想いを、この男が否定するわけがなかった。
「いいぜ。俺から紹介してやるよ」
「本当ですか!?」
「ああ。ただ、シャイリーにも言ったが、リリィが認めるかは話が別だぜ」
「それは勿論です」
「ま、最悪は俺が教えてやるよ。完全な魔道士のお前さんと俺とじゃ、戦法が違いすぎて、実際教えるにしても、究極域を目指そうと思ったら、俺じゃちっとばかし不向きなんだが……」
にやりと笑う。
「実を言えば、俺は魔法が最も得意だったりするからな」
「え、そーなんですか!?」
この告白には、愛奈が盛大に驚いた。
「てっきり剣が一番得意なんだと思ってました……」
「いや、才能だけなら俺は近接よりも魔法の方に寄ってるんだよ。ただ、遠距離から一方的に嬲るだけってのはどうも性に合わなくてな。できるだけ修練も魔法以外に重きをおきたくて、普段はあんま使わねぇんだ。殲滅師って事情を赤の他人に知られたくねぇってのもあるが」
すっぱーっと天井に向けて煙を吐き出す。
「別におざなりにしてるわけじゃねぇんだが、あんま頼りたくはねぇんだよ。魔法は極めりゃ安全圏から一方的に敵を殺せる分、頼りきりになると、いざって時の対処が“できなくなる”からな。お前さんも覚えとけ。そうなったら魔道士は終わりだ。レディにも近いこと言われたろ?」
「はい」
真剣な顔で頷いた愛奈であったが、その表情はすぐに何かを窺うような、おどおどした感じになる。
「それでですね……あの……リドウさんのお母さんが私の弟子入りを受け入れてくれたとしても、流石に一ヶ月や二ヶ月でいきなり強くなれるわけはないですよね?」
「まあそうだな」
愛奈は心なしか肩を落とす。期待はしていなかったつもりだったが、もしかしたら万に一つくらいは、手っ取り早く強くなれる手段もあるかもしれないとは思っていたらしい。
「そーですよね。なので、しばらく旅はできなくなるんですけど……」
「構わねぇよ。言っちゃなんだが、今のお前さんは居ても居なくてもさして変わらん」
「ですよねー」
必要だと言ってもらえるとは思っていなかったが、実際に言葉にされてしまうと……もうちょっと言葉を飾ってくれてもいーんじゃないかなー……と思いながら、涙目で愛想笑いを浮かべ、乾いた声ではははと零し続ける愛奈であった。
その対面で、今後を考えたら戦力の増強は少しでも必要かもしれず、そのためなら多少の時間が掛かっても、刻限に間に合うようならば問題はないと、リドウは人知れず考えていた。
特に何の感情も浮かべず、普段通りに煙管を吹かすその姿では、まさか自分が期待されているなどとは露ほども思わない愛奈には到底気づけなかったが。
同時刻。
修行の旅に出ると言って着の身着のままで文字通り飛んで行ってしまったガルフであったが、まだ国内に居た。正確には空を飛んでいた。
その速度は時速にしてざっと三百キロ。新幹線並だ。この速度で飛んでいればとっくに国を幾つかすっ飛ばしていてもおかしくなかったが、彼はまだ自国内に居た。
それもそのはずで、なぜか彼は同じ場所を行ったり来たりしている。もっとも、速度が速度なので、その範囲はかなり広大であったが。よく見てみると、リドウとアレクサンドルが闘った荒野の上を何度か通り過ぎており、そこを中心にして飛び回っているのが理解できる。
「ちっ、まだここら辺に居ると思ってたが、もう国を越えちまったか? 何かデカい魔法でも使ってくれりゃ一発なんだがな」
何やら舌打ちしながらぼやいている。
その後は黙々と飛び回っていると、ある時、その表情がにやりと歪む。
「そこか」
空中で急停止したガルフは、そう言って、それまでの進行方向とは逆に飛び立つ。
彼が見つけたのは探索対象その物ではなく、それが発する魔力の波動だったのだ。
数秒もそのまま飛んでいると、ある一点で急停止し、今度は地上へ向けて急降下する。
そこは森の中だった。
地上数メートルで慣性の法則など知りませんとばかりに再び急停止したガルフ。その視線の先には一組の男女が居た。
「おうおう、いい様じゃねぇか、ラヴァリエーレ」
にやにやと笑いながら言う。
「わざわざ私の無様を笑いにきたのか? 貴様にそんな気の利いた趣味があるとは知らなかったな」
ガルフの皮肉めいた言葉に、アレクサンドルは負けじと皮肉で返す。
が、その冷然とした声とは裏腹に、木にもたれて座るその姿には全く力が無かった。カタリナが彼を守るようにしてそっとガルフの前に立っている事実からも、今のアレクサンドルに戦う力は殆ど残されていないのが明らかだった。
ガルフは警戒するカタリナの肩を陽気に叩いて、別に襲うつもりなんて無いと暗に示し、アレクサンドルの側にしゃがみ込んだ。
「やっぱりな。簡単には治療できなかったか」
「ちっ、せっかく健常を装ったというのに……」
「気付いてんのは俺と、おめぇさんをそんな風にしちまった張本人だけだろ」
「あの男……」
ふうと大きく息を吐きながら目を瞑ってしまう。色々と諦めたらしい。
「あの体術は紛れもなく流化闘法。それも対気功士……いや、魔物まで含めた対強敵用に恐ろしく特化された破壊術、殆ど殺法に近い流派であろう。勁を化されて投げられた時は見事な功夫だと思ったものだが、あんな物は彼奴の技の本質を覆い隠すためのベールにすぎん。もっとも、格下相手にはそちらだけでも十分なのだろうが」
次に闘う時は初めから一発もまともに入れさせないつもりでいかなくてはならないなと言うが、その顔は憎々しげだったり忌々しげだったりするのではなく、どこまでも楽しそうに口角が吊り上がっている。
「やられた当初は目立たなかっただろうが、見ろ、ガルフよ」
そう言って、足首や腹部の衣服を捲り上げる。
白人種にしても、男とは思えないきめ細やかな肌であったが、その一部分が見るも無残に蒼く腫れ上がっている。
「血管や神経が見事にぐちゃぐちゃだ。一見ただの突きや蹴りに見えても、実態は何らかの衝撃で体内を直接破壊してくる。おかげで、一発喰らってから先はまともな反撃もできなかった。何せこの怪我、普通に治療したのでは後遺症が残りかねぬ故、正確に体内を把握しながら慎重に一本一本繋げなければならん。私のような手合いを無力化するのに、これほど向いた技はない。しかもあの魔法だ」
「最後の天使さんだな」
うむと頷くアレクサンドルの瞳が壮絶に光る。
「あれはただの炎ではない。おそらく対象の概念それ自体を焼滅させるのだ。途中で止めてくれたからまだ生きてはおるが、そのせいなのだろう、力が全く戻らん。少しずつ戻ってはおるから失ったわけではなさそうだが、今の感触ならば、完全に取り戻すのには一月は要するであろうな。おかげで治療も上手く進まん」
「俺やそのねぇちゃんがやろうにも、こりゃ本人以外が下手に手出しすっと」
「後遺症だらけになる。どの道、貴様の力を借りる心算は無いがね」
「あー、そーかい」
ふっと皮肉げに唇を歪めたアレクサンドルは、しかしすぐに真顔になる。
「あの男、力のキャパシティはもちろんだが、何よりも称賛すべきはあの技術だ。センスがあったにしろ、どう考えても二十歳そこらの若造が身につけ得る技術ではなかろう。概念魔法など、文献には確かに残っておるが、現実に可能とする使い手なんぞ初めてお目に掛かったぞ」
「刀に流化闘法に、概念にまで干渉する超魔法技術な……」
ガルフは相槌を打ちながら、にぃっと思い切り獰猛に笑ってみせる。
「おめぇさん、この組み合わせに一つ覚えがねぇか?」
「ある」
アレクサンドルは小さく含んだ笑いと共に、間髪入れずに肯定してみせた。
――魔神――
その単語が異口同音に発せられる。それはアレクサンドルやガルフだけでなく、カタリナまでがそうであった。
男二人は更に笑みを深める。
「やっぱおめぇさんらも気づいてたか」
「魔王はどいつもこいつも目立つ容姿をしておるくせに、案外と目撃される例は少ない。が、ここ百年以上も目撃例が絶えて久しいのは、引き篭もりの魔神は当然として、あらゆる武芸の始祖を謳われる天武と、この世の総てを斬ったと謳われる戦鬼の三柱」
「滅ぼされたって情報は無ぇから、一説じゃ魔神の所でのんびりやってんじゃねぇかって話だが……」
「それが真実であり、かつこの世界に放り出されたあの男を保護したのが魔神であったならば……」
「リドウのあの実力も頷けなくはねぇな」
「うむ」
二人は交互に推測を確かめ合い、最後にはまたまた獰猛に牙を剥いて笑う。
「もう一つ、とっておきの情報を追加してやる。あの天使さんの魔法だがな、どうやら実在の女の姿を象った技らしいぜ」
「ほう。つまり、彼奴にとってはその女こそがこの世で最も強い存在ということか」
詳細に説明されるまでもなく、アレクサンドルもその事実を導き出す。同時に、『その女』とやらが魔神なのだろうとも、殆ど確信していたが……
「ねぇちゃんはあん時、ラヴァリエーレが殺られそうで聞いちゃいなかったみたいだが、何でもその女はリリステラっつーそうだ」
「確定、だな」
今、それは疑いようのない情報へと昇華された。
「この世ならざる美の極致と謳われながらも、魔神の真の姿や名は、なぜか正確には伝わっておらん。が、なるほど、故にリリスか。ラウンドナイツ同様、てっきり私の知るリリスから由来しておるのかと思っておったわ」
「そっちの世界にもリリスが居るのか?」
「神話の存在だ。もっとも、この世界のリリスも既に神話に近いと言えるが」
「だが、実在する神だぜ。魔王の神だ」
アレクサンドルはガルフの言葉にふっと息を吐いて笑みを零した。
「その神によって、あれほどの資質を持った男が育てられるとはな」
「魔神が自ら全てを仕組んだんだとしても何も不思議じゃねぇがな。およそ不可能が無いとすら言われてるくらいだ」
「たまたま異例な召喚によって呼び出されてしまったが故に、たまたま神の御許に送られてしまい、たまたまその神が慈悲深かったが故に健やかに育てられ、たまたま本人にも超者足り得る才があった……もしこれら全てがただの偶然であったとすれば、凄まじい偶然もあったものだ。全て仕組まれていたと考える方がよほど自然だがな……」
「偶然……なんだろうなぁ」
ガルフが腕を組んで苦笑しながらしみじみと言う。
「特にそんなことを企む理由が思い浮かばねぇ。それこそ、その身一つで神に迫る存在だぜ。ま、俺のような俗物にゃ思いもよらねぇ考えがあってもおかしかねぇが」
「私はそれこそ、一言で言い表せる言葉を知っている」
「ふーん?」
ガルフは面白そうに唇を歪めながら、興味深げに眉を跳ね上げる。
「我々はそれを運命と呼ぶのではなかったか?」
大真面目な顔で言い切るアレクサンドルであった。
「ロマンチストだねぇ、案外」
「ほざけ」
からかうようなガルフの態度に、アレクサンドルはふんっと鼻を鳴らしながら全身に力を入れて立ち上がる。高すぎるプライドがそうさせるのか、全身がボロボロだというのに、まるでそれを感じさせない泰然とした立ち姿だった。
「やせ我慢するなよ、手ぇ貸すぜ」
「貴様の手を借りるくらいなら死んだ方がマシだ」
ふんっと鼻を鳴らすと、鋭い目付きでガルフを射抜く。
「忘れてくれるな。貴様とて私にはいずれ決着をつけねばならん相手の一人なのだ」
「万全のおめぇさんとじゃ、十中八九は俺が負けるぜ」
今はまだなと心の中で付け足す。
「ふん。つまり貴様と十度も闘えば一度は私が負けるということであろう? その一度が最初にくればいい話。そして貴様やリドウはその十に一つを、強靭な意思力で無理やりもぎ取っていく人間だ。違うか?」
ガルフはふっと笑うだけで肯定も否定もしないが、代わりにこんなことを言う。
「そりゃおめぇさんもだろ?」
「無論」
それこそが『闘士』だった。
「ラウンドナイツの連中は、力だけで言えば貴様よりも上であろう。そして理論上は私も殺されかねん者共も存在する。だが、私はあの連中に殺されるイメージなど微塵も湧かんが、貴様に殺されるイメージは不思議と完全には消えてくれん」
余人が聞いているだけでは理解がしづらいだろうが、これはアレクサンドルなりの最大級の賞賛の言葉であった。
「なればこそ、十に一つも負ける要素があるならば闘う理由には十分だ」
「違げぇねぇ」
恵子曰くところの、いわゆる『バトルジャンキーの論理』であった。
「んじゃ、行くかい」
「一応断っておくが、馴れ合う気はないぞ」
「護衛が要るんじゃねぇか? 力が戻るまでに追っ手が掛かったら、間違いなく殺されるだろ」
「カタリナが居る」
「ラヴァリエーレ様。流石にラウンドナイツの相手は、わたくしには少々荷が勝ちます。ここはガルフ殿のご厚意をお受けになった方が……」
「お前を信じて殺されるなら、私は後悔など一切せん」
「ラヴァリエーレ様……」
アレクサンドルの殺し文句は、カタリナにはとてつもない効果を発揮したようで、物静かな美貌が熱に浮かされたように蕩けている。
見せ付けてくれるぜと苦笑いが止まらないガルフだ。
「ま、いいじゃねぇか。治ったら鍛錬相手にもなってやるしよ」
「それは願ったりではあるな」
アレクサンドルも最初から、本心では拒否する気など無かったのだ。
「まあ、貴様と旅を共にするのも、また一興というものか」
「なんなら、三人で挑むのも悪かねぇと思うぜ。何せ相手は魔王の中の魔王だ」
「貴様、闘いを挑む気か? 命知らずな」
「おめぇさんが言うか?」
「闘ってみたいとは思うが、まともに相手はしてくれまい。彼奴の反応からして、おそらく伝承で語られるよりも遥かに出鱈目な力の持ち主と見た方がよかろう」
「なら何で、おめぇさんも目指す気だったんだ? だからラウンドナイツにも、神の復活とやらにも、綺麗さっぱり興味が失せちまったんだろ」
「そうだな……」
アレクサンドルは瞳を閉じてしまう。その唇は、過日にリドウから決定的な敗北を叩き付けられたその時に見せたように、柔らかく緩んでいる。
「人知を超えた存在を一目でも我が目にし、その力を肌で感じてみたい」
ゆっくりと目を開けると、鬱蒼と生い茂る木々の間から微かに覗ける蒼天を見上げる。
「私がこの世界に招かれてより、初めて想い抱き、そして今でも願い続けている最大の望みだ」
その口に浮かぶ笑みを嘲るような物に変えて、視線を落とす。
「神の復活に乗ろうと思った真の理由もそれであった。だが、魔神の存在が確かであり、居所の見当もついた以上、そんな曖昧な存在に固執する必要はなくなった。それだけの話だ」
あまりにも厳かなその雰囲気に気圧されるものを感じてしまい、ガルフは何も声が掛けられなかった。迫力とはまた違う。神聖なものすら感じられるほどに、今のアレクサンドル・ラヴァリエーレはあまりにも美しく、そして悟りを啓いた修験者のように静謐だった。
「さあ、行くぞ。リドウの足跡を辿る」
残り僅かな魔力を駆使して飛び立つアレクサンドルに、カタリナは黙って付き従う。ガルフは調子が狂った様子で頭をかいてから、肩の力を抜いてため息を一つ零すと、それを追うのであった。
更にそれから数日後、国境を越え、カーライス王国に到着した一行は、ここでベアトリクスと別れることとなる。
恵子や愛奈は名残惜しそうにベアトリクスと言葉を交わしている。
「お前たちと過ごした時間は、リドウ殿のことを抜きにしても楽しかったよ」
優しい笑みを浮かべながら、二人の頭を撫でる。あるいは、短い付き合いながら、二人のことは妹のように思っているのかもしれない。
二人とも、何となく気恥ずかしい思いは感じながらも、素直に受け入れて、自分たちより遥かに長身の彼女を見上げながら、涙に濡れた顔に笑みをともして、自分もですと返している。
「私は何だかんだ言っても王女だからな。階級社会で生きる同種の者たちとの間に友情を育むのは酷く難しいんだ。精々、他国の姫君たちくらいなものだし、それにしても……」
言いよどんだ様子を見せたベアトリクスは、苦笑しながら首を横に振る。
「いや、止めておこう。お前たちのことは友人だと思っても構わないかな?」
「うん!」
「勿論です!」
力一杯に頷く少女たちに、ベアトリクスは表情をいっそうに綻ばせる。その顔のまま、視線を向ける先は千鶴であった。
「お前は私を嫌いかもしれんが、私を相手に何も飾ろうとしないお前のことが、私は結構好きだったよ」
「別に……嫌っているわけではなくってよ」
千鶴は何の嫌味も無い笑みを向けられてしまい、気まずそうに視線を逸らして、ぽつりと小声で言った。
「ただ、好きになれないだけで」
「それを嫌っていると言うのではないか?」
「何とでも思いなさい」
「では、私にとって好ましい方向へ勝手に解釈させてもらおう」
ベアトリクスの言を受けた千鶴は、ふんっと鼻を鳴らしながら振り向いて、恋敵に背を向けた。
その反応に、ふっと吐息を零して笑ったベアトリクス。今度はシャイリーの番だった。
「久しぶりに本物の闘士と手を合わせられて楽しかった」
「僕もだよ」
「気が向いたら、我が国に仕官することも考えてくれ」
「宮仕えは向かないなー」
「そうだろうな」
両手を頭の後ろで組んで朗らかに笑うシャイリーに、ベアトリクスも無理強いするつもりなど微塵もないので、あっさりと引き下がる。
最後に並んで立つリドウとラスティアラと向かい合う。
「あなたの心を射止められなかったのは残念でならないが、別に諦めたわけではないからな」
「あんたも千鶴も、どうしてそこまで俺に執着するのか、俺には理解できかねるぜ、レディ。他にも男なんざ幾らでも居るだろうに」
「だが、あなたはあなたしかこの世に存在しない」
それが全ての理由だと、ベアトリクスは冗談の欠片もない真剣な顔で言った。
「あなたはあなた自身の価値をそれなりには理解されているようだが、しかしそれでもまだ足りない。あなたはあなた自身の価値を過小評価している」
「そうか?」
「きっとあなたは優れた者たち――そう、きっと今のあなたですら、未だ及ばない優れた方々に囲まれ、その方々を見本として生きてきたのだろう。例えばこちらのラスティアラ殿や、彼女ですら崇拝して已まない主殿のような」
「…………」
「故にあなたの中には、まだ到底足りないという思いが常に渦巻いているのだろう。だがそれは、その時点で、只人からしてみれば見上げることすら叶わぬ至尊の頂なのだと自覚された方がいい」
「心に留めておこう」
常の飄々としたなりを納めて神妙に頷く。
「あなたも……」
とベアトリクスは最後の最後に、ラスティアラにも声を掛ける。
「きっと見た目通りの年齢ではないのでしょうな。何と言うか……あなたには私と同年代とはとても思えない奥行きの深さを感じざるを得ん。その点に関してはリドウ殿よりも遥かに強く感じるのだ」
「私の人格についてはともかく、年齢についてはご明察です。確かに私は、この外見が他者に与える印象よりも、長い年月を生きております」
「やはり、そうですか。かなり腕も立つようには見受けられるのですが、しかしそこまで若さを保てるほどのキャパシティの持ち主には見えない。無論、魔王でもありえない。ならば、あなたにはどんな秘密が隠されているのか……」
言いながら、ふっと微笑を浮かべて首を横に振る。
「いえ、詮索は止しましょう。あなたとも、今しばらく共に過ごしてみたかった」
しかしベアトリクスは、自分には自分にしかできない役目があると言ってラスティアラから一歩離れると、改めて一同を見渡す。
「名残は尽きないが、私はもう行くよ」
そう言って、すぐ側に大人しく待機していた白馬へ華麗に飛び乗る。
普段から女騎士という形容がこれほど相応しい女性も居ないだろうと思わされる彼女だ。その姿はまさに、彼女の幻想的な容姿と相まって、『白銀の戦乙女』とでも題名を授けられた一流の絵画の如く極まっている。
「では、いずれまた」
はあっ、と馬に活を入れて走り去ってしまう。
さよーならーと元気良く見送る純粋少女組の二人。ばいばーいと陽気に手を振るシャイリー。リドウも達者でなと一言だけ声を掛けるが、千鶴やラスティアラは結局無言だった。
その颯爽とした馬上の姿もあっと言う間に見えなくなると、恵子が本当に残念そうな顔で振り向いた。
「あーあ、行っちゃったね」
「空気壊すのもなんで言いませんでしたが、ちょっと疑問なんですけど、あの人の場合、自力で走った方がずっと速いんじゃないですか?」
「悪目立ちすぎるだろ、そりゃ。能力者が普段の旅路で能力を行使するのなんざありえねぇよ」
「そんなものですか」
「そんなもんなんだ」
肩をすくめるリドウ。
その横に立つラスティアラが、すっと音も無く彼へ更に密着するように近づく。
さっそく千鶴あたりは盛大に反応しているが、自分とラスティアラ、現状でリドウに対する所有権を主張する権利がどちらにあるかと問うならば、それは間違いなくラスティアラであり、いちゃもんつけることもできずに、何だかとっても悶々としているご様子。
ラスティアラの方は、別に自分とリドウの仲を見せ付けようという悪意があったわけではなく、この行為にも正当な理由があったのだが。
「よろしかったのですか?」
リドウにだけ聞こえるように耳打ちする。何がとすら言わなかったが、彼女の『誇り』はこのくらい言わなくても理解してくれるのだと、彼女自身が知っている。
「どうせ触媒も持ち合わせが無ぇしな」
「一応、私は常備していたのですが」
「言うな。嫌いなんだよ、他人の記憶を弄るのは。まず勘付かれちゃいるだろうが、下手に言い触らすほど無分別な女でもねぇだろ」
「ご随意に」
ラスティアラが離れると、リドウはさっそく歩みを始める。
「俺らも行こう。ぐずぐずしてる暇は無ぇ」
いずれ勃発するのが確定しており、しかも正確な時は把握できていない以上、少しでも急ぐ必要性があった。
「って、帰るって言っても……」
恵子が躊躇いがちに、リドウに並んで歩きながら口を開く。
「あたしも体力ついてきたから、行きほどは掛かんないだろうけど、半年くらいじゃ済まないんじゃない?」
一日や二日くらいは誤差じゃないかと、恵子は言いたいらしい。
「安心しろ。そんなに掛かりゃしねぇよ」
煙管を銜えながら視線を移す先はラスティアラであった。
「最寄はどこだ?」
「お隣のカルガイアです」
主語が欠けた質問であったが、意味を正確に把握できたラスティアラは迷わず答えてみせた。
それを受けて、一つ頷いたリドウは、ぐるっと他の面々を見渡す。
「取りあえず、カルガイアの遺跡都市だ」




