第六十三話 帰還
通りすがりにすれ違う人々が思わず振り返っていく。特に男たちの反応はそれが顕著で、まるで魂を抜かれてしまったかのように、ぽかんと口を開けて見惚れていた。
腰まで届く艶やかな黒髪を微風に靡かせ、抜群のスタイルをあたかも誇るかのように堂々と歩む女。つんっと眦が釣り上がった気の強そうな顔立ちだが、神が気紛れに創造してしまったのではとすら思わせるほど、完璧な調和の美貌の持ち主。
その隣を歩くのは、これまた美貌の少女であった。ロングヘアーの美女よりも大分幼く見える。日本人形がそのまま歩いているかのような愛くるしさも魅力的だが、小柄な体躯のせいで余計に強調されてしまっている巨大な双子山に、男たちの視線は吸い寄せられてしまうらしい。
その正体は一条千鶴に高坂愛奈で、他の面々は見当たらない。いつもバラける時は千鶴と恵子、愛奈とシャイリーという組み合わせだし、割と珍しい構図であった。
この二人だけで行動していると……
「やあ、キミたち。今ひ」
「失せなさい」
「はい」
とまあ、このような出来事は日常茶飯事だ。
もっとも、ナンパ台詞を最後まで言わせることすらさせず、完璧な命令口調で冷ややかに告げると、既に『常人にどうこうでき得るレベル』ではなくなっている千鶴が繰り出す氷結の瞳に射竦められてしまった男は、顔を真っ青にしてすごすごと退散せざるを得なかったようだ。そこそこ見た目も良く、ナンパ慣れしたチャラ男という感じだったが、流石に相手が悪かった。
しかしながら、今彼女たちが居る場所は『遺跡都市』である。ここは冒険者たちにとってはメッカとも言うべき地。以前に訪れたローラインに勝るとも劣らない賑わいを見せているここには、冒険者の野郎共が、歩けば当たるとばかりにうろついているのだ。
彼らは一部例外を除けば、己の実力に自信がある者たちばかり。そういった輩は、千鶴のような態度を取ると、むしろ更に調子付くのが往々にして相場というもの。無論、大人しい娘が相手ならば、これ幸いとばかりに結局は調子に乗るのだろうが……。
「よう。どうだ? これから」
「失せなさい」
千鶴が歩くのに合わせて、横合いから彼女の美貌を覗き込む男。既に彼女を手に入れた後を想像しているのか、その顔に浮かぶのは、普通の女性ならば怖気しか感じられない、やに下がった笑みである。
愛奈は反射的に千鶴の影に隠れてしまう。最近、彼女の中では色々と革命が起こったようであるが、この手のハプニングに怖気づいてしまうのは今でも変わらないようだ。
先ほどのチャラ男にしたように今度も対応する千鶴であったが、やはり相手の男は引き下がってくれなかった。
「そうツンケンすんなよ。な?」
そう言って、馴れ馴れしく肩を抱こうとしてくる男の手を、千鶴はその前に掴み取った。
「失せなさいと言ったわ」
すっと細めた眼差し鋭く。
「い、いだぁっ」
千鶴が闘気を用いて手に力を入れると、男は激痛に悲鳴を上げ、うずくまるように上半身を屈める。
「て、てめっ、気功士!?」
「…………」
悲鳴まじりの詰問であったが、それに対する答えは無言で見据えてくる無機質な瞳。まるで道端に転がるゴミを見るようなその目に、男は「下手に逆らったら殺される」とでも思ったのか、その顔は血色が完全に失せてしまう。
「わ、わかった! 二度とあんたには近づかねーよ!」
千鶴は何も言わずに手を放すと、手を放す動作の間には歩みを再開している。既に男のことなど記憶の彼方なのだろう。
友人の態度に軽くため息した愛奈は、「なんつーおっかねえ女だ」と悪態をついている男に向かって愛想笑いを浮かべ、頭を下げて「ごめんなさい。あの人、今凄い気が立ってるんです」と一応のフォローを入れてから、千鶴の後を追う。
先に行ってしまった千鶴に、愛奈は胸を大きく揺らしながらたったったと駆け足で追い付くと、躊躇いがちに声をかける。
「弱い人に当たるのは、あんまり千鶴さんらしくありませんよ」
「別に……普通よ」
どこがですか、と愛奈は心の中で突っ込みながら、千鶴が不機嫌な原因に思いを馳せる。
(まったく……少しは気を遣ってあげて下さいよ。あの人の場合、理解してて放置してるに決まってるんですからっ)
ぷんすかと擬音がつきそうな感じに頬を膨らませて。
要するに原因はリドウである。
一条千鶴という女は、己が『身内』と認めた相手にはとても優しいし、最低でも相手の人格を認めればそれなりに人当たりも悪くはない人間なのだが、それ以外の相手は路傍の石ころと同程度の認識しかしない。その分、先ほどのような出来事があっても、それで機嫌を損ねてしまうようなことはまずない。石ころのことなどすぐに忘れ去ってしまうからだ。
そんな彼女が“こうして可愛らしく”機嫌を損ねてしまう――つまりは拗ねてしまうような問題など、リドウ関連しかありえない。いやまあ、今の千鶴をぱっと見て『可愛らしく拗ねている』と思える人間など、付き合いの長い友人くらいしか存在しないだろうが。
イーサンで合流してから先、未だに旅路を一緒にしている女、ラスティアラ。多分に複雑な関係なようだが、彼女の存在が千鶴を不機嫌にさせているのである。
あの二人、別にいちゃついたりは全くしていない。だが……そう、パーソナルスペースが極めて近いと言うべきか。その距離が完全に恋人同士なのだ。それが千鶴を一々イラつかせる。その度合いは比率にしてベアトリクスの八倍くらい。8ベアトリクスである。
どうしてそこで愛奈がリドウを責めるようになってしまうのかと言えば、彼女にとって千鶴とラスティアラのどちらが大切な存在かという実に単純な問題で、こういう場合に男の方が責められてしまうのは……きっとこの世の摂理というものなのだろう。
一歩前をずんずんと歩む千鶴を目に、リドウへのちょっとした憤りを感じながら、愛奈は暗澹たる息を吐く。
(せっかく気分転換になるかなと思ったのに……そーですよねー、こんなナンパばっかじゃ、余計に気分が悪くなりこそすれ、気分が晴れるはずありませんよねー)
たはぁと、失敗したなという自責を込めて嘆息する。
ちょっとした問題があり、夜まで時間を潰さなければならなくなってしまった一同は、大した娯楽もない中で半日以上もほっつき歩いているのも難しく、宿泊するわけでもないが、宿屋に部屋を借りた。その際、二人部屋を三つ用意してもらっている。ベアトリクスと別れてから先はずっとそうしているのだが、その振り分けは、男二人は考えるまでもないが、女性陣はこの千鶴と愛奈、そして恵子とラスティアラというのが基本となっていた。
ラスティアラの人形めいた無表情に、愛奈はどうしても気後れしてしまう感が否めない。さりとて、千鶴とラスティアラという組み合わせになると、愛奈と恵子の二人では万一の場合にちょっと不安が残るため、そういう組み合わせになっていた。
恵子の方は、リリステラのメイドさんという時点でほぼ無条件に信頼できるらしく、特に文句もなかったようだ。
しかし、部屋に入って二人きりになると、ここ最近では最高潮のご機嫌の悪さを見せる千鶴が発する、冷たくも重苦しい空気に耐えられなくなった愛奈が、せっかくだからこの空き時間でいつもの情報収集を少しでも行ってはどうかと提案したのであった。
が……いつもなら寄ってくるナンパを適当にあしらいつつ、きっちり情報を引き出す千鶴なのに、今はひたすら撃退するばかりで、何の仕事にもなりゃしない。
愛奈は余計に失敗だったかなと思いながら、黙って千鶴の一歩後ろをついて行くが、しばらくすると千鶴は突然足を止めてしまう。
「どーしたんですか?」
愛奈も足を止めて訊ねるが、答えられるまでもなく、千鶴の視線の先が酒場兼用のレストランだと気づく。
「愛奈ちゃん、お腹空かないかしら?」
「え?」
さっき昼食を食べたばかりなので、別にと答えそうになった愛奈であったが、千鶴のにっこりとした、とてつもなくイイ笑顔に気圧されて、反射的に押し黙る。
「なんだか、とても食べたい気分なのよ、私」
「そ、そーなんですか……?」
「ええ。愛奈ちゃんは無理して付き合う必要は無いわよ」
「い、いえ……」
愛奈は一瞬答えを躊躇ったが、すぐに自分も無理やり笑顔になって言う。
「そーですね! 食べましょう!」
いわゆる一つのヤケ食いかと頭の片隅で思いながら、もうこうなったら自分も食に専念して全てを忘れてやろうと、ヤケっぱちに握り締めた手を振り上げて、全力全開の同意を示した。
さて、せっかく目的地の遺跡都市に辿り着いたというのに、何ですぐさま目的を果たそうとしないのか。その答えは、ローラインとこのカルガイア王国の遺跡都市であるスワージの違いが原因だった。
ローラインでは遺跡に入りたい者は無制限に入れたが、スワージでは遺跡に用がある者は冒険者斡旋所で登録して、遺跡への出入りの際にチェックを受けなければならないそうな。
それというのも、魔石は国で一括して管理しているのだが、欲の皮が突っ張った冒険者と商人の間で、国を通さずに闇で売買されるケースが一時期多発したらしい。他の遺跡都市でも、小規模ならその手の事例は珍しくなかったが、あまりにも目に余ったようで、登録制が始まったということである。
それ自体はリドウにとってはどうでもいい話なのだが、『入り』はともかく『出』を管理されるのは非常にありがたくない。何せ、一度入ったら当分は出てこない予定なのだ。
なので、人の出入りが減少する夜中を待って侵入させて頂くことと相成った。無論、遺跡の出入り口は二十四時間体制で見張られているのだが、そこはリドウが何か妙な裏技でどうにかするようだ。
テーブルに載せられた大量の料理。思わず夢でも見ているのかと疑うほどの美貌がそれらを無表情で次々と消化していく光景に、他のお客さんたちの目が呆然と釘付けになっていた。黙々と口の中に料理を運ぶその仕草ですら、ケチのつけようがない美しさに溢れているのは流石としか言いようがない。
向かい側でちょっとずつ食べながら、かける言葉も見つからず、黙して千鶴を眺める愛奈は、きっとこのまま貴族の間に混ざっても、何の違和感も無く溶け込めるんだろーなーと考え、本当に凄い人だなと感心する。
同時に、こんなに綺麗で、好き好きーって素直にアピールしてくれる女を、いつまでも素知らぬ顔で袖にし続けられるあの男は、どっかおかしいんじゃないかと、何となく責めるようになりながら。
でも何で本日はこんなにご機嫌斜めなのだろうかとも更に思う。リドウとラスティアラの仲は、もうここ二十日ほどの間ずっと見せ付けられている。それは今日も特に変わったところはない。
あるいは、積もり積もって暴発寸前なのかもしれないが……。
「不思議かしら?」
「え?」
「私が不機嫌な理由」
突然、料理を口へ運ぶ手を止めて、じっと見つめてくる千鶴に、軽く驚きを表意する愛奈。そこには内心が読まれてしまった驚きもあった。
「えっと……まあ……」
「…………」
千鶴はナイフとフォークをテーブルに置くと、両肘をテーブルについて、組んだ両手で口元を隠すようにする。
その目が鋭く細まるのを見て、愛奈はちょっと引いてしまう。千鶴のことは好きだけど、こういう彼女は今でもちょっと苦手だった。
「リドウの御母堂とお会いしたくないのよ」
「は?」
愛奈はぽかんと口を開けてしまう。
「それは……もしかして怖いとかですか?」
「怖い?」
千鶴は少し首を傾げる。
「ん……まあそうとも言えなくもないかしら。格の違いを見せ付けられるのが怖いのでしょうね、私は……」
「格の違い、ですか……」
もしかして大魔王と会うのがそのままの意味で怖いのかなと思った愛奈であったが、どうやらもっと根が深そうだなと気付く。
「リドウは何だかんだ言って、この世で最も大切な存在は御母堂なのよ」
「それは何となく判ります」
「子が母に対して抱く感情とは全く違う、それこそ私たちが思い描く恋心とも全く別の……リドウの御母堂に対する気持ちは、きっと的確にそれを表現できる言葉なんて存在しないような感情なのでしょうけれど、そこに御母堂への異性としての愛が一抹も含まれていないとは、私には思えないのよ」
「それも……何となく判ります……」
「それなのに、『この女になら負けても仕方ない』と納得してしまうのが私は怖いのでしょうね……きっと」
自分でも今一把握しきれない複雑な感情が、今の千鶴の中には渦巻いているらしい。理解できないそれが余計に自分をイラつかせるせいで、普段よりも若干攻撃的になってしまうようだ。
「それにね……」
「え?」
まだ何かあるらしい。しかも、千鶴の顔に浮かぶ感情は今までよりも更に攻撃的……と言うか、非常に冷ややかだったせいで、愛奈は思い切り身を引いてしまう。
「ラスティアラさんの御同輩たちが群れを成しているかと思うと……ッ」
ぎりっと歯が噛み締められる。
愛奈はあはははと乾いた笑いを浮かべるくらいしかできない。なるほど、どうやらリドウに対する優先権を持つ女たちに会わざるを得ないと考えると、イラつきも最高潮になってしまわざるを得ないと……。どうやらリリステラ云々よりも、そちらの方が主な原因のようだが。
「ほ、ほら千鶴さん、冷めちゃわない内に食べましょう!」
「そうね。料理に罪は無いわ」
もう何も言葉が見つからない愛奈は、とにかく気を紛らわせようと、自ら率先して、食いしん坊の面目躍如とばかりに、ばくばくと料理を口に詰め出した。
そして夜。
宿屋の店員には急ぎの用事で旅を再開すると言ってチェックアウトし、一同は揃って遺跡の入り口、その付近までやって来ていた。
昼間ほどではないにしても、多少の出入りは絶えないそこには、やはり数名の監視が立っている。
「それで、どうやって気付かれないで入るわけ? 空間転移ってやつ?」
「転移は凄まじく繊細な魔法だ。短距離とは言え、こんな大人数をピンポイントで移動させられるようなもんじゃ……」
リドウは台詞の途中で何か言いよどむ。
「いや、リリィならやってのけるだろうが、俺の腕じゃ無理だ」
「じゃ、どーすんの?」
恵子が疑問に首を傾げると、リドウはおもむろに左手を前に突き出す。するとその手が唐突に消え去った。高速で動かしたせいで常人の目から消え去ったという比喩的表現ではなく、肘から先だけがまるで心霊写真のように、文字通り消失してしまったのだ。
思わず悲鳴を上げそうになる恵子や愛奈がいたが、何とかそれは堪える。
「光の屈折率を操作した。お嬢は覚えてねぇか? カタリナが同じことやってたろ。ほら、お前さんらがさらわれちまった時」
「あのいきなり現れたやつね。てっきり空間転移ってやつだと思ってたわ」
「建物の中に転移しようだなんざ、俺でもかなり勇気が要るぜ。よっぽどの事態じゃなきゃやりたかねぇな」
「でも、魔力波を感じ取られたりはしないのかしら?」
昼間とは違い、偃月刀を片手に持つ千鶴が訝しげに問う。
「高位の魔道士になれば発動後の魔力を隠蔽することも可能になる。実力で上回る相手には簡単にバレちまうが、まあ大丈夫だろ」
要するに、楽勝だから任せろと言いたいわけだ。
「一応確認したいのですけれど……」
「ん?」
「攻撃魔法も隠蔽できるのかしら?」
即座にそこに思い至るあたり、実に千鶴らしい質問だった。
「安心しろ。俺でもお前さんに有効なレベルの魔法を隠蔽しきるのなんざ不可能だ」
「不意打ちで闘気を纏う余裕が無かったら?」
どう対応するべきなのか、魔力を隠蔽できると知った今、対処法を早く知りたいようで、矢継ぎ早の質問だった。
「近づくほど感知もし易くなるからな。結局、隠蔽可能な程度の威力なら、相対的には最終的にお前さんの防御力を超えることはできねぇよ」
「そう。一先ず安心したわ」
「大体、この手の魔法はキャパシティよりもテクとセンスだ、消費魔力自体はさほどじゃねぇ」
リドウはそう言いながら、視線を恵子に移す。
何だろうと思いながら、恵子はリドウの言葉を待つ。
「ただし、気配は普通に残っちまう。あの連中、他人の気配を察知するほど実戦慣れしちゃなさそうだが、足音にすら気付かねぇほど鈍感ってこともねぇだろうし、隠形結界と遮音結界のダブルじゃ魔力が累乗されるから、流石に隠しきれん」
「足音を立てずに歩けって? ……できるかな」
リドウの言外の注文に、恵子は試しにちょっとだけ歩いてみる。音を消そうと慎重に足を進めるのだが、しかしどうしても微かな音は立ってしまう。靴を脱いで裸足で歩けばできそうだが、そうするには決して少なくない石礫が見られ、流石にちょっと痛そうな足場だった。
「仕方ねぇな」
極々自然な動作で恵子を抱き上げてしまう。
「きゃっ」
微かな悲鳴が愛らしい唇から零れ落ちる。
「ちょっ、ちょっと!?」
「こうするっきゃねぇだろ」
「ま、まあしょーがないわね……」
真っ赤な顔で、本当に仕方ないけどと繰り返す恵子。向こうで闇色のオーラを発する千鶴のことは、今更見るまでもなく理解しているのか、極力見ないように努めて。
「愛奈はシャイリーにやってもらえ」
「え? 私は飛んで行こうと思ったんですけど……」
シャイリーが肯定の返事をする前に、愛奈はそう言った。
「魔力波ってのは案外素人でも感じ取っちまうんだ。何せ『異質』だからな。まだ隠蔽法なんざできる感覚も無ぇだろ?」
「そうですね……」
「もしかして、僕にされるのが嫌なの?」
「そ、そんなわけありません!」
ちょっと落ち込んだ様子で言うシャイリーに、愛奈は全力で否定する。
と、彼女はちょっと恥ずかしそうに顔を俯けてしまう。
「ちょ、ちょっと恥ずかしいだけでして……」
ぽそぽそっと呟くその姿がまた微笑ましい。
以前にアグリアと戦った時など、正面から力一杯に抱きついたが、それはあくまでも極限状態だったから平然とできたことであって、衆目の前では気恥ずかしさが先行するらしい。
結局、尚も拒否する理由も勇気もなくって、いい笑顔を浮かべるシャイリーに、よろしくお願いしますと頭を下げたりしながら、お姫様抱っこされる愛奈であった。
「では若様、私はこれにて」
「ああ。頼んだ」
黙って事の成り行きを眺めていたラスティアラは、探索の続きに戻ると言う。リドウの返事は誠意が篭っているようにもあまり思えなかったが、この二人の間柄でこれ以上の言葉など必要とはされなかった。
少女たちも……千鶴も含め、同級生たちを頼みますとお願いすると、ラスティアラはいつもの無表情の無言で一つ頷くだけだった。
「俺を中心に、人一人分以上は空けねぇように歩け」
「ええ」
「りょーかい」
二人とも、返事は至って軽かったが、歩き始めると本当に足音が完全に消えているのに、お姫様抱っこ状態の少女たちは気付き、内心ですげーと呟いている。
「じゃあな、サティー。ヘマすんなよ。お前、そんな冷静沈着に見せかけといて、たまに大真面目にボケるからな」
「失敬ですね、若様。ですが、気をつけましょう」
ぺこりと頭を下げるのを見て、まあこれ以上言っても仕方ないと考えたリドウは、隠形結界を発動させる。
「流石は若様、お見事です。初めからそこにいらっしゃると知らなければ、私も気付けないでしょう」
「ま、元気でな」
「はい。若様もご壮健で」
他の面々もラスティアラへ改めて別れの言葉をかけると、リドウが歩き出すのに合わせて、シャイリーと千鶴も歩き出した。
「……本当にあっちからは見えてないの?」
「マジックミラーに近いのではないかしら」
「それが何か知らんが、多分千鶴の予想でほぼ正解だろうな。細かい理論を説明してる暇は無ぇ。こっから先は俺がいいっつうまで喋るんじゃねぇぞ」
普通に結界の外側が見えることに疑問を感じる恵子であったが、喋るなと言われて口を閉じると、その上を両手で押さえてしまう。息をするのにも慎重になっているのか、肩の上下運動がゆっくりとしたものになってしまう。ちなみに愛奈も、恵子と似たようなことになっている。
リドウは、そこまですることもないんだがと思うが、長い時間でもないのだし、指摘するのも面倒で、そのままにさせる。
段々と監視の兵士たちへと近づいていく都度、恵子の体が緊張感に強張っていく。気配を消そう、気配を消そうと心の中で繰り返しつつ頑張っているらしいが、こんなでは余計に気配が乱れてしまうんだがと、リドウは早くもため息しそうになっていた。
もっとも、実戦には不慣れというリドウの予想は合っていたようで、特に何事もなく遺跡の中へ入ることができた。
しばらく、体感で五分ほども奥へ歩くと、リドウは結界を解除すると共に、もう喋ってもいいぞと許可を出してから、恵子を下ろす。
恵子は何となくそっぽを向いて、火照った頬を覚ますように手で扇ぎながら、何だかよく判らないけど持て余し気味の感情を誤魔化すかのように、ちょっと慌てた様子で口を開く。
「そ、それでさ、結局これからどーすんの?」
「エーテライスの遺跡まで飛ぶ」
リドウは簡潔に答えると、続きは歩きながら話そうと提案する。
「サティーが一年前にはこの大陸に居たのも、遺跡の転移魔方陣を利用したんだろ」
「遺跡のセーブポイントにそんな機能があるなんて……全然知りませんでした」
半年ほど遺跡ハンターをやっていた愛奈は、他の面々よりも更に大きな驚きを感じるようで、目がまん丸だった。
「無論、そのままじゃ普通に第一階層との往復だけしかできねぇよ。ちっとばかし弄らなきゃならん」
「遥か太古から存在するのに、誰もその事実には気付いていないのかしら?」
「魔方陣ってのは構築した術者の癖がモロに出る。全く同じ効果を持つ魔方陣でも、構築した術者が違えば全くの別物になっちまうんだ。特にリリィのはな……」
リドウは煙管を銜えながら複雑な色合いに唇を緩めると、煙を吐き出しながら感慨深そうに言う。
「魔導学をちっとでも齧ってから見ると感動するぜ――あまりにも見事すぎて。芸術的っつってもいい。少しでも触れた瞬間に跡形もなくぶっ壊れちまう繊細なガラス細工みてぇなもんだ。俺はリリィから基礎を教えられてっから弄れるが、じゃなきゃ誰にも弄れやしねぇだろうな。ヴェイン=テトスラトスの召喚魔方陣がこの数百年の間、誰にも改良できてねぇってのも、おそらく同じ理由だろ」
召喚魔方陣その物は拝んだことはないから、何とも言えないが付け加える。
「もう一つ訊いておきたいのですけれど」
「何だ?」
「それでフェルミア王国の最寄の遺跡まで行くことは考えなかったのかしら? 結果的にはシャイリーとも出会えたし……」
ちょっとだけ言葉の間が空く。どの道、あの時点でロンダイク聖教の本拠地に潜入など無謀以外の何物でもなかったであろうと頭で思うが、言葉は呑み込んでしまった。
「……色々な進展もあったから、そうしなくて良かったけれど……」
「無理だからな。転移先の魔方陣も弄らなきゃ俺は飛べねぇんだ。エーテライスとローラインのは弄ってきたが、他のは一度俺自身が行かなきゃならん」
「でもラスティアラさんはできたんでしょう? それとも、ラスティアラさんは一度この遺跡に来たことがあると?」
「無ぇだろうな。だが上手く弄れりゃ全ての遺跡に飛ぶこともできる……できるだろうって予想は初めから俺もしてた。出発前、リリィにその方法を教えろっつったんだが……」
――己の力で為しなさい――
「だそうだ」
苦笑まじりに肩をすくめるリドウであった。
「ちなみに、あなたには自力で転移魔方陣を構築する能力はないのかしら?」
「できるぜ。ただ、かかる手間と時間が半端じゃねぇんだ。“儀式魔法を使った方が有効なだけの効果”を持たせようとしたら、軽く一月はかかるだろうな。その間ずっと一ヶ所で大人しくしてるよりは、道中の探索をしながら目的地を目指す方が賢いだろ」
だからあえて言わなかったと言うリドウに、千鶴は特にこれ以上の疑問は感じなかったようで、その後は黙ってリドウの後について行く。
第一階層の魔方陣では、他階層から転移してきた冒険者たちとかち合う危険性が高かったため、第二階層の魔方陣を利用するとのこと。第二階層で最後にセーブしている冒険者なんてまず存在しないだろうし、変に深い階層を利用するよりも第二階層の方がリドウの目的には向いているのもあった。
リドウのおかげで道筋はほぼ真っ直ぐ正解を行けたのだが、真っ直ぐと言っても入り組んだ大迷宮だ。しかも普通に徒歩での道のりだったため、やはり数時間がかかってしまった。遺跡の中なので正確な時刻は判りにくいが、少なくとも完全に真夜中だろう。
そうなるから昼間は寝ておいた方がいいかもなと言われて、素直にできるだけ寝ていた恵子やシャイリーあたりは元気そうだったが、千鶴に付き合って結局ずっと起きていた愛奈は大分眠たそうだった。
当然千鶴も起きていたわけだが、愛奈とは対照的に平常運転だ。我慢しているだけなのかは本人だけが知っている。
途中で何度か擬似モンスターたちとも遭遇してしまったが、所詮は第一階層の最弱クラス、この面子の敵ではない。
その際、昔の癖で反射的に魔石を回収しようとする愛奈が居たが、どうせ換金することもないから荷物になるだけだし、後から来た冒険者にくれてやっちまえとリドウに言われ、愛奈は何となく勿体無い気はしたようだが、最後は諦めたようだ……眠かったから急ぎたかったし。
そして第二階層のセーブ部屋に辿り着いた一同。
リドウが魔方陣が描かれたレリーフに手を翳して何やらやりだしたが、彼が何をしているのかを完全に理解できる人間はこの場には居なかった。
「シャイリー、もういいぜ」
「はーい」
結局リドウが作業をしていたのは五分ほどであったが、その間、一応シャイリーは上から来る人間が居ないか、部屋の入り口に立って向こう側の気配を探っていたのだ。
リドウは魔方陣の横に立って、自分の周りに立つ皆をぐるりと見渡す。
「俺が先に行く。一応シャイリーが最後に来い。一分で元に戻るから、さっさとしろよ」
そう言うと、特に気負いを見せることもなく魔方陣の上に立つ。
その瞬間、しゅんっとリドウの姿は消え去った。それ自体は通常の第一階層への転移でも同じ現象だが、初めて見た恵子などは結構驚いた様子だ。
転移した先で待っているリドウの前に、他の面々も次々と現れる。
見た目は今まで居たスワージの遺跡と変わらなかったが、きっとエーテライスの遺跡なのだろう。
「よし。行くぞ」
「あの……」
さっそく歩き出そうとするリドウに向かって、愛奈が躊躇いがちに声を掛ける。
「できればリドウさんのお家で休みたいとは思うんですけど、一度ここで少し休憩しません? 一時間でも二時間でもいいんで……これから一階層分も歩くのきついです」
「安心しろ。ここは第一階層だ。見られちゃまずい相手もいねぇからな、ここには」
という言葉に、愛奈の顔色が明るくなる。
ちなみにローラインの場合はより発見されにくいよう、最後に居た第七十階層に設定してきたそうな。そこまで行けば、そこまで辿り着ける冒険者など極めて限られるし、この方法なら地上に出るにもセーブしているかどうかは関係ない。他の遺跡に一々そこまで手間をかける気は無いそうだが。
第一階層のセーブ部屋は入り口のすぐ側にあるのが通例であり、ここエーテライスの遺跡も例外ではなかった。
何となくドキドキと胸を高鳴らせながら表に出ると……
「わー……」
愛奈が感動の面持ちで小さく感嘆の声を発する。千鶴は驚いた表情をしており、シャイリーもかなり意外そうな顔だった。リドウと恵子は知っていたので特に何の反応もしなかったが。
そこには数多の花々が咲き乱れており、見事に計算された調和を保った美しさを見せていた。すぐ側には大きなお城が建っているが、その庭にあたるのだろう。バルコニーから見下ろしたら、もっと美しい光景が目にできるに違いない。
目の保養をしながら花々の間を通って行く。
すぐに庭への勝手口に辿り着く。勝手口と言っても、彼女たちの知る一般家庭の玄関よりも遥かに大きくて立派な扉であったが。
当然のような顔をして……まあそれこそ当然だが、扉を開けて中へ入るリドウに、何となく「お邪魔します」と言いながら続く少女たち。
と……
「あら、坊ちゃま」
現れたメイドさんに、いきなりお前かと内心で舌打ちするリドウであった。
只今、改定……というほど大したものではありませんが、修正作業中で、時間を見つけては順次に修正しておりまして、サブタイトルも以前の欲しいというお声があったので、この機会につけております。なので間がぽっかりサブタイトルが空いているという不思議な状況ですが、その内全部にサブタイトルはつく予定ですので、お気になさらずお願い致します。




