第四十五話 烈震登場
(これは……)
一条千鶴と、
(いやいやいやいや……)
麻木恵子である。
二人は己の頬が引き攣っているのが分かる。礼を失していると思われても文句は言えない態度だと思い、何とか我慢しようとするも、彼女たちの顔面神経はそんなの知るかとばかりに己の意思を裏切ってくれる。
――流石に……無い!
二人は心の中でこれでもかと絶叫した。彼女たち自身は知るよしもないが、全く同時の出来事だった。
レイアとアリアに案内されて辿り着いた先では、待たされることなく、件の烈震が既に待ち構えていてくれた。
レイアは金髪にアイスブルーの瞳が映える美女であり、アリアも将来性豊かな美幼女だ。この二人は一見する限り容姿に共通点は見出せないが、しかし彼女たちを見て美貌を貶せる人間は極々少数派だろう。その父親だというからには、それなりに年はいっているらしいと知っていても、きっと年齢を重ねたなりにハンサムな男なのだろうと思っていた。
が、実態は……
リドウを目の前にして不敵に笑む男。軽く五十歳を超えているという話だが、ぱっと見は四十路を幾つか過ぎた程度だ。
「父ちゃん、連れてきたぜ」
「おうよ、ご苦労さんだったな、アリア」
アリアはリドウから飛び降りると、軽快に父の許まで走りより、“父の体をよじ登って、その肩に腰をかけた”。もう一度言う――父の体をロッククライミングよろしくよじ登って、その肩によっこらしょと座ったのだ。
身長はおそらく二メートル前後。筋骨隆々という形容しかしようが無く、イカッツイ面差しは子供涙目。
(この人って魔道士じゃなかったの!? あ、いや……マフィアの親分的にはむしろ百パーありなんだろーけどさ……)
(どこからどう見ても、そのまんま武闘派ヤクザにしか見えないのですけれど……これで魔道士……?)
レイアとアリアの父親だからきっとハンサムさんなんだろうという期待は見事に裏切られた。千鶴は特に容姿の方面で期待していたわけではなかったが、これは流石にちょっと裏切り方が行き過ぎだろうとは思っているらしい。
この烈震のガルフという壮年の男、決して不細工面というわけではなく、渋いと言えなくもない面立ちではあるのだが、しかし魔法使いという単語に大いなる疑問を感じてしまう偉丈夫だった。特にめかし込んでもいない普段着で、魔法使いっぽい格好もしていないから、尚更その感想が強まってしまう。
凄まじいまでの迫力だ。立っているだけで威圧感を発しているという意味ではリドウもそうであるが、ガルフの方が圧倒的に上だろう。想像していた人物像とあまりにもかけ離れた実物のせいではなく……というのもちょっと……いやかなりあるかもだが、迫力に呑まれてしまい、恵子だけでなくあの千鶴までもが身動きを取れないでいる。
しかしリドウは特に何かを感じ入った風もなく、無造作にガルフへ近づいて行く。
「リドウだ」
「ガルフだ」
リドウが率先して右手を差し出すと、ガルフはにやっと笑いながらそれを受けた。
「おめぇさん、俺と同じだな」
「ん?」
「二つ名持ちが名乗る時は普通二つ名の方から名乗るもんだぜ」
「なるほど……」
リドウは小さく苦笑を零す。
「いつもなら初対面の相手には『くれぐれも俺を二つ名で呼ぶんじゃねぇぞ』と忠告するんだが、おめぇさんにその必要はなそうだな」
「お互いにな。しかし……」
リドウは笑みを楽しそうなものに変える。
「デカイな。俺が見上げなきゃならん相手はそう多くないぜ」
「はっはっは! みんなそう言うぜ。俺が魔道士だって知った奴はほぼ例外なく『ウソだろ!』って声を揃えるもんだ。その点、おめぇさんは流石だな」
「当然だ。見りゃ分かる。旅の糧に冒険者家業を始めてから先に会った魔道士ん中じゃ、あんたは間違いなくピカ一だ」
「おめぇさんも、俺が今まで会った気功士の中じゃ少なくともトップスリーには入るだろうよ。それ以上の違いは俺には分からんな。しかし、本当に若いな。幾つだ?」
「先日、二十一になった」
「……本当に若いな。もうちょっといってるかと思ったぜ」
「みんなそう言うぜ」
リドウがにっと笑みながらガルフの真似をすると、彼は何かがツボに入ったらしく、面白楽しそうに大声を上げて笑う。
「がっはっは! いいぜいいぜ」
ガルフはばしばしと音が立つ勢いでリドウの肩を叩く。かなり力強い叩き方で、痛そうにも見えるが、リドウの方は微笑しながらそれを受け入れている。
「若いのは生意気なくらいでちょうどいい。気に入ったぜ、リドウ」
「俺も、付き合い易そうな男で良かったと思うぜ、ガルフの旦那」
どうしてこの男は、こんな見るからにヤクザな男で、実態もヤクザな男と初対面で何の蟠りもなく意気投合できるのだろうか――少女たちが上の空でそんな疑問を覚えてしまっていた。
「父上」
「お? どうしたレイア」
「お楽しみのところ、水を差すようで申し訳ありませんが……」
控え目に一歩出てきたレイアが、背後のリドウ組女性陣を振り返って、再び父へ視線を戻す。
「とりあえず、彼女たちを座らせて差し上げたいのですが、よろしいですか?」
「そんなことで一々俺の了解を取らんでいい」
ガルフは己の娘に呆れ顔で応じながらリドウの連れを見て、
「こりゃまたド偉いベッピンさんばかりだな。いい目の保養になる」
不精髭の生えた顎を撫でながら感嘆の声をもらした。
「ま、座ってくれ」
女性陣の近くにあるソファを手で示したガルフは、彼女たちの反応を待つことはなく、一つだけ設えられている戸棚へと、アリアを肩に載せたまま歩く。
何とも言えない表情でお互いの顔を見合わせた恵子と千鶴であったが、ベアトリクスがぽんっと二人の肩を叩いて促したことで再起動を果たし、おもむろにソファに座った。リドウも彼女たちに遅れてソファに座る。
戸棚の方へ歩いて行ったガルフの目的はお酒だったらしく、入れ物自体がガラス製品という、味云々以前に見た目からして高級そうなビンを手に取った。
「やるか?」
と、リドウたちへ向けてビンを掲げる。
「ああ、ありがてぇな」
頷いたのはリドウだけで、この場に居る女性は誰も飲まないらしい。
いや……
「父ちゃん、オレも!」
「おめぇさんにはまだ早いっつってるだろ」
「ちぇっ」
どうやら事あるごとに、こうして飲酒をねだっているらしいが、アリアも隙あらばという程度の気持ちでしかないらしく、舌打ちした以外に特別拗ねたりはしていない。
ガルフは、これまた高級そうなグラスを二つ手に持って、リドウたちの差し向かいにあるソファへ、既に腰を下ろしているレイアの隣に自分も座ると、リドウの分のグラスを差し出し、そこへ惜しみなく高級酒を注ぎ込み、自分の分にも注ぐと、
「ま、やってくれ」
「頂こう」
促されたリドウは、乾杯の代わりに酒の入ったグラスを一度掲げてから、口をつける。
「ん……どこのどんな代物かは知らんが、美味い」
「リヒテンラットの極上品だぜ? 不味かったら詐欺だ」
笑いながら、自分も一口。がばがばとかっ食らうように飲みそうなイメージのガルフであるが、案外そうではないらしい。
「俺の唯一の趣味だからな、コレだけはちっとばかし金をかけてる。黄金の像だの、どこそこの誰それがこさえた美術品だのには欠片も興味は湧かねぇがな」
「同感だな」
リドウは応じながら煙管を取り出し、一吸いすると、体の力を抜いて深く腰掛ける。
「クリスからはどこまで?」
「おめぇさんの連れってのはそっちの嬢ちゃんたちでいいんだな?」
「ああ」
「嬢ちゃんたちの同郷の人間を探しているそうだな。特徴は黒髪に黒目。それがおそらく男女で複数人。年齢は二十歳前。これで合ってるか?」
「間違いねぇ」
頷くリドウに、ガルフも頷いてみせる。そして彼は横に座る上の娘に視線をやった。
「ここから先はレイアに任せる」
「はい」
柔和な笑顔で応える。
「クリスからの早馬で知らせが届いたのが一昨日の夜半過ぎでした。それから即座に情報収集を命じてはおりますが、今のところ芳しい成果はありません」
「そうか」
なぜ説明係が移ったのか少し気になったが、それは後でもいいと考え、黙って聞いていると、もたらされた報告はあまり嬉しくないものであった。少女たちも心なしか肩を落としてしまっている。
「ここもなにぶん広い街ですので、二日足らずの時間ではこんなものでしょう。一時的にでもここにいらっしゃったのは確かだというお話ですので、いずれ何かしらの情報は最低限入ってくるとは思われます」
慰めの言葉に、それぞれ微かに笑みをともし、揃ってお願いしますと頭を下げる。
「この件に関しては私が取り仕切っております。ですので、関連する何かしらの御用向きがあれば、父ではなく私にご相談下さい」
「あなたが?」
千鶴が意外ですと表情で主張しながら訊ねる。
「父は闘士であり、闘士でしかありません。力の象徴としてこの国に半ば君臨しているような状態ですが、統治にはとことん向かない性格なので、実務面は私が全面的に取り仕切らせて頂いております。何せこの男ときたら、金勘定は何でもかんでも適当などんぶり勘定と、困った親ですので。特別に贅沢を好まないのだけが救いでしょうか?」
おほほと手で口元を押さえて上品に笑う。親子という話だが、このレイアとガルフではまんま美女と野獣だ。とても親子になど見えないし、気質も全く似ていない。
「失礼ですけれど、あなた方は本当に親子でらっしゃるのですか?」
千鶴が再度訊ねる。自分でも失礼な質問だと思っているらしいが、どうしても我慢できなかったらしい。
「がっはっは! みんなそう言うぜ、これも」
大笑いするガルフの横では、レイアもうふふとお嬢様な笑いをしている。
ガルフはテーブルの上に少しだけ身を乗り出すような仕草で、リドウたちの方へ顔を近づけて、にやりと唇を歪めながら、心なしか小声で言う。
「ところがどっこい、実の親子だ」
客人側で平然としていたのはリドウだけだった。恵子、千鶴、ベアトリクスと、女性陣はみんな目を見張って絶句していた。
「俺がハイエンドとして認められ始めたのは四十過ぎの頃だったが、その当時に俺との伝を欲したよその国の商家が、俺に末の娘をな。あの頃の俺はまだ典型的な冒険者だったし、レイアの実家は裕福だったから、たまに会ってはいたが、お互い一緒には暮らしてなかった。それが、レイアが十五歳になるかならないかって頃に貴族のボンクラと結婚させられそうになって、それが嫌で俺のところまで飛び出してきたんだ。それがちょうどこの国の平定を決心した頃で、危険だから帰れっつったんだが、なら自分も役に立つって言って聞かなくてよ」
頑固なところだけが似やがってな、と小さくぼやく。
「子供が出来ちまったのは初めてじゃなかったが、娘だったのは初めてでな。俺に似てたらどうしようと会うまでハラハラしてたが、会ってみてほっとしたってのによ。今じゃログサイス全土のマフィアを取り仕切る実質裏ボスだぜ? 俺が育てたわけじゃねぇが、どこでどう育て方を間違ったのかって真面目に言いたくなるぜ。マフィアの強面どもに偶像扱いされる娘ってのは、世間一般的には実際どうなんだ?」
「ふふ。私は楽しんでますよ、父さん」
「面倒になったとなんざ言われたら、うちの連中はマジで命張ってお前を止めるだろうからな、そう思ってくれるのは助かる。お前が居なくなったら、この国、終わるだろうし……俺よりも重要人物だろ、正味のところ」
ガルフが遠い目で言った台詞。何だか聞き逃せない内容が多発していたような気がするが……その中でも最も気になったのは一同共通してコレだった――
「あの、つかぬことをお伺いしますけど、ガルフさんってお幾つなんですか……?」
恵子が恐る恐る訊ねる。
レイアは見た目二十代後半だ。どんなに若くても二十歳より前ということはあるまい。ガルフがログサイス平定に乗り出したのは十年ほど前らしいので、十五歳で父親のところまで逃げ出してきたという話なら見た目と合致する。
が、その娘が出来たのが四十歳を過ぎた頃となると……
「六十八だ」
あっさりと一言で返ってきた答えに、一同はまたもや絶句する。しかしリドウはこれもまた平然としたもので、更に今回はベアトリクスも特に驚いた様子はなかった。
「ははぁん。そういや異世界人だったな、嬢ちゃんたちは」
顎を撫でながら何やら独りでに納得しているガルフであった。
「気功士も魔道士も、キャパシティが大きければ大きいほど、肉体がピークから年をとらなくなっていく。れっ……ガルフ殿級の使い手ともなると、四十路過ぎの見た目で実年齢が七十前というのはむしろ普通だな」
との説明はベアトリクスだった。烈震と言いそうになってしまい、外見は冷静に、しかし内心はちょっと慌てて言い直したが、幸いガルフは気づいてないのか、とりあえず気にした風はない。
更にリドウが引き継ぐ。
「魔王覚醒の前兆とか、軽度の魔王化とも言われてるが、真相は謎だ。そういうもんだと納得しておけ」
納得しろと言われても……と異世界人の二人は曖昧な顔つき。
(……ということは、私も鍛えていけば若い見た目のままで長くいられるのかしら? 女としてはお得感が超絶ね)
一人は何やら打算的なことも同時に思っているらしい。彼女らしいと言えば非常にらしいが、魔王に覚醒すれば、とまで言わないあたりは謙虚なのかもしれない。
「ちなみに、アリアも俺の実の娘だぜ。レイアと母親は違うがな」
「にゃはは」
悪戯っぽく笑いながら言うガルフとアリア。その笑顔の質だけはどこか似通っていて、血の繋がりを感じさせる……ような気がする。ほんのちょぴっとだし、かなり無理やり感もあるが。
「元々俺は、この国で生き残ってる貴族を綺麗さっぱり皆殺しにして、一から作り上げるつもりだったんだがな……」
物騒極まりない台詞に本日何度目か分からない絶句をする羽目になる。
「こいつの母親に惚れちまってな。惚れた女に頼まれちゃ断れねぇじゃねぇか」
「順番が逆でしょう? 父さん相手に物怖じせずに要求してきたクレアさんに、父さんが惚れてしまったんじゃありませんか」
「そうだっけか?」
「そうですよ。私としてはあまり血生臭い話は好きになれませんし、それで良かったと思ってますけどね」
実の父親が己を産んだ母とは違う女を好きになってしまったという話なのに、レイアの態度は平然としたものだった。父親の話とはいえ他人事と思っているのか、それとも男の浮気に一々目くじらを立てないだけなのか、知るのは本人だけだが。
「俺も年だな。近頃は物忘れが激しくていけねぇ」
「元から大雑把なだけじゃありませんか、父さんは」
「がっはっは!」
ため息しながら父親のずぼらを咎めるレイアであったが、肝心のガルフには通用しないらしい。
……どうでもいいが、レイアは平民の娘なのに、やんちゃな男勝りといった感じのアリアが貴族の娘とは……これまた何かが間違った組み合わせの一つな気がする少女たちである。
もう一つ大きなため息を吐いたレイアは、やおら真面目な顔になってリドウの方を向き直る。
「世間話はこのくらいにしましょう。クリスとは貸し一ということで話がついているようですが、私たちの方でも、情報収集をお手伝いする代わりに、一つ条件があります」
レイアは手を差し出して、早とちりしてほしくはないと表現してみせる。
「この程度の瑣末事で大それたお願いをする心算はありません。取りあえずお聞き頂けませんか?」
「言ってくれ」
「お名前をお貸し下さい」
「あん?」
訝しげに眉をひそめるリドウに、レイアは微かに瞼を落とした。
「あまり口にしたくはありませんが……こんな見た目でも父はもう年です。いつ、何が要因で身罷られるかは誰にも保証できません」
リドウは煙管の煙を吐き出しながら低い声で小さく唸る。
「こっちも、本人を前に言うのもなんだが……そうかもしれねぇな」
「元気そうに見えてある日突然倒れたっきり目を覚まさなかったという例がハイエンドには多いらしいと聞くしな。生き急いだ末の寿命が原因だろうと一般的には言われているのだが……大抵はその前に他のハイエンドか魔王あたりとの激闘で死んでしまうから、例自体が少なく、真相は今一はっきりせん」
ベアトリクスが要領を得ない顔をしている日本人少女たちへ追加で説明してくれた。
「見た目が若く保たれるのに寿命は縮むなんて……まるきり諸刃の剣ね」
魔王覚醒はそのあたりの問題点を一気に解決する特殊例なのだろうかと、千鶴はふと頭に思い浮かんだが、深く考えても詮無いことかと、レイアとの話に集中する。
「ま、俺自身はいつくたばろうが構わねぇんだがな」
「父さん……いつも言ってますけど、実の娘の前でそんなことを心から本気で口にしないで下さい」
「父ちゃん、死んじゃやだ!」
へっと邪気無く笑うガルフだったが、上の娘からは悲しそうな目で咎められ、まだ冗談の通じる年齢ではない下の娘には目に涙を浮かべられてしまい、困った様子で頭をかいている。
「つうかな、いい機会だから言って置くが、お前たちも殺される覚悟だけはしとけよ。闘争の世界を目指すアリアだけじゃねぇぞ。レイアだって、政治闘争の世界に生きてんだからな」
「そんなことは百も承知です。けれども、いつ死んでしまっても構わないなどと愛する家族から聞かされる身にもなって下さい」
両者共に言っていることは正論だったが、この場合はレイアの方に分があるか。リドウとしてはどちらかと言えばガルフ寄りだったが、恵子や千鶴の心情は完全にレイアの味方だった。
一方で、父の言葉が今一理解できかなったらしいアリアが、「ほえ?」と呆けているのを、ガルフが苦笑しながら頭を撫でてやる。
「お前にはまだ難しかったか」
「私は誤魔化されませんよ、父さん」
あくまでも魅力的な笑顔を浮かべたまま、しかし厳しく追求の手を止めないレイアであった。
「かあっ」
突然、ガルフが大声で息を吐いた。びっくりした少女たちが身をすくめてしまう。
「お前はそんなだから、そんないい年して独り身なんだ。うちの連中がお前を何て言ってるか知ってるか? 嫁にしたくない美人ナンバーワンって言われてるんだぞ、お前。大した戦闘能力も無ぇくせにマフィアの野郎どもに怖がられる女ってのはどうだよ、おい」
「うちの者たちのそれは、私を畏れ多いと思っているだけです。その原因の半分は父さんのせいじゃありませんか」
しれっと言い切る。
「そもそも私は好みに五月蝿いですからね、深層心理で私を怖がっているような殿方は願い下げです」
言いながら、意味深にリドウの方を流し見る。
「リドウ様でしたら、もしよろしければ、お付き合いから始めさせて頂きたい所存でございますが……」
「却下よ」
間髪入れずに言ってのけたのは千鶴だ。どうしてもそこは譲れない線らしく、時も場所も場合も相手も関係なく常に速攻のお嬢様だった。
「そうだぞ。この男は予約済みだ」
「あなたもいい加減しつこいわね」
「そうか?」
イイ笑顔で、しかし目だけは笑っていない顔で見詰め合う二人。
「おモテになりますのね」
口元をたおやかに押さえながらうふふと笑うレイア。
「嬉しくないっつったらウソだが、あんま喜ぶ気になれんのはどうしてかねぇ」
対してリドウはため息混じりの煙を吐き出した。
「あんたも、冗談でこいつらを刺激しねぇでくれ」
「あら、心外ですわね。半ば以上は本気ですのよ?」
千鶴とベアトリクス、更に恵子までが視線を険しくしてしまうが……
「本来、ベストは私とご結婚頂くことなのです」
何やら妙なレイアの言い回しに、一瞬口を噤んでしまう。その間に彼女は続きを口にしている。
「この国は烈震のガルフという世界有数の強者を主に頂いて辛うじて安定しております」
「お前な、俺をその二つ名で」
「ちょっと黙っていて下さいな、父さん。今、大事なところなんですから」
「うっす……」
いくら実の父親とはいえ、世界有数の強者にしてマフィアのドンというイカッツイ偉丈夫相手にこれは、レイアもやはり只者ではないらしい。
「実務面は私が取り仕切っておりますので、普段は象徴としてのんべんだらりとしているくらいしか能の無い男ですが」
「お前、実の父親に対して」
「ですから黙っていて下さいませ」
「うっす……」
どうも、この二人の立場はレイアの方が上らしい。やり込められている方が烈震のガルフだという現実に、特にハイエンドという存在に半ば幻想を抱いているベアトリクスは若干現実逃避気味だったりしたが、まあ余談だ。
「先ほども申し上げましたが、現実的にいつ父が命の灯火を儚くするかは既に誰にも予想がつかず、しかもいつその時が訪れてしまっても不思議ではない状況です」
「なるほどな」
リドウはあまり面白くなさそうに煙を吐き出している。気に入った男が死ぬ時の話をされているのがあまり好きになれないらしい。
「俺と懇意にしているって話があれば、ちったぁ抑止力として効果がるかもしれねぇ……ってことでいいのか?」
「できれば、私と婚約している……というところまで話が広がれば尚よろしいですね。無論、お言葉の上だけで構いませんし、リドウ様がお気に召さないということでしたら、懇意にしているという部分だけでも結構です。幸い、アリアは気功士として生を受けました。烈震の後継者として相応しいだけの力量を持ち得るかはまだ分かりませんが、身内の贔屓目を除いても、生半なハイクラス程度で終わる器ではないのは確かです。予期せず父が身罷られたとしても、アリアが一人前になるまでは、リドウ様のお力添えがあれば、私の手腕で何とか持たせてみせます」
自画自賛とも受け取れる言い分だったが、レイアの瞳には確かな強い意志が浮かんでいる。この女もまた強者の部類に入る人物なのは間違いないようだ。
とそこで、彼女は艶やかに目を細める。
「勘違いしてほしくはありませんのであえて言葉に乗せておきますが、本当に私と番って頂けるのなら、私は大歓迎ですのよ」
「そういう冗談でうちのお姫様たちを刺激するのは勘弁してくれ」
顔を顰めながら抗議するリドウに、冗談ではないのですけどね、と残念そうに小声で呟いたレイアであった。女性陣が険しい目になってしまったのは、もはや言うまでもないだろう。
「なあなあ兄ちゃん」
とことことリドウの傍までやって来たアリアが、彼の顔を下から覗くように見上げる。
「ん?」
「オレはむつかしいことは良く分かんないけどさ、レイアねぇが言ってたよーなことになったら、みんなが幸せじゃなくなるのはオレにも分かるんだ。うちの一家の連中はさ、オレにとっては本当の家族と同じくらい大切なんだ。だから頼むぜ、兄ちゃん――レイアねぇの願いを叶えてやってくれよ」
「いいぜ」
即答だった。考えすらしていない。美女の願いにはちょっと渋ってみせても、子供には本当に甘い男であった。
「ホントか!?」
「ああ。俺は滅多なことじゃ嘘は言わねぇぜ」
子供さながらに無邪気に瞳を輝かせるアリアであった。
リドウもにっと笑みながら、彼女の頭をちょっと強めに押さえるようにして撫でてやると、お子様は嬉しそうにはにかみながら薄く目を瞑っている。そんなアリアをちょっと羨ましそうに見ている少女たちが居たりしたが、それは置いておく。
「悪事に使おうってわけでもねぇんだ。そんな渋らなきゃならねぇほどご大層な名前じゃねぇよ」
と、顔はアリアの方を向いていたが、告げている相手はレイアの方なのだろう。
「精々、使えるだけ使い倒してくんな」
「ありがとうございます」
レイアは深々と頭を下げる。
「では、あとは私の仕事ですね。街の者たちには一人残らず当たらせますので、お任せ下さい」
「頼んだぜ」
リドウに続いて恵子と千鶴が、お願いしますと頭を下げた。
「ほんじゃま、事務的な話も済んだところで――おめぇさんたち、もう宿泊先は決めてんのか?」
「まっすぐここに来たからな、まだだぜ」
「じゃあうちにしろ。部屋なら余ってるからよ」
リドウとしては特別問題は無かった。女性陣はどうかというと、一大マフィアの本拠地に泊まるというのに、こちらも嫌そうな顔はしていない。リドウも居ることだし、今更そのくらいでビビったりもしないのだろう。
「じゃ、頼めるか?」
「よっしゃ!」
ガルフは勢い良く立ち上がる。それだけで、重量のあまりに軽い振動が伝わってくる。皮肉屋な面もある千鶴は、烈震の二つ名はもしかしてそこから来ているのかしらん、とか思ったりしてしまう。
「特に若い連中がな、おめぇさんが来るって知って、直接話したがってんだよ。今日は宴会だ。無礼講にするが、構わねぇだろ?」
「ああ、いいね」
ヤクザな男たち――リドウ含む――の宴会など、果たしてどうなることだか……。
不安な気持ちが無いと言ったら全くの嘘になるようであったが、怖いもの見たさを感じはする女性陣でもあったようだ。




