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第四十二話 マフィア

 この街を仕切るマフィアの本拠地に向かうリドウとシャイリー。途中、リドウが娼婦たちに道を尋ねたりするたびに、彼女たちが頬を赤らめたりする場面があったりしたが、まったくの余談だ。


 そうしてやって来たマフィアの邸宅は、娼婦たち曰く、今はお家が絶えてしまった貴族が昔使用していた家をそのまま使っているらしく、豪邸と言って差し支えない。昔は門を守るガードマンが居たであろう場所には、今では一応の武装はしているものの、下っ端風味が溢れんばかりのゴロツキが二名、左右に立っている。


「おうおう、にぃちゃん。ここに何か用かい?」


 彼らはリドウたちの姿を目に留めると、腰を少しだけ屈めながら、顔は顎を突き出すようにし、リドウを下からねめつける。こうした行動が一々下っ端っぽさを演出してくれる、非常に分かり易い連中であった。


「用がなきゃこねぇよ」


 リドウが淡々と答えるのだが、馬鹿にされたと思ったらしいゴロツキたちは額に血管を浮き出させる。リドウ自身にそのつもりはまったく無いのだが、どうにもこの男の言動は一々相手を挑発しているように思える態度がデフォだった。こいつも本当に困った男である。


「月紅だって噂の野郎ってのはにぃちゃんだろ? でもよ、本物だって証拠は無ぇよな」


 彼らも噂自体は既に知っているらしい。この街を牛耳るマフィアであれば、当然であるが情報はここに集中している。知っていなければおかしいだろう。


「本物だったとしても、リントブルムを一人で殺ったってのは怪しいぜ。何かカラクリがあったとしか思えねーな」


 もう一人が鼻で笑う。


 もし彼らが一人で、もしくは彼ら二人だけでリドウと対峙していたならば、決してこんな態度は取れなかったであろう。が、マフィアというバックボーンが彼らを強気にさせてくれているのだ。


 実際のところ、リドウ相手にそんな威厳は物の役にも立たない。隣で静かに立っている美少女風美少年一人ですら無理だろう。こいつらはそれほどの戦力なのだ。しかしながら、彼らは今まで、自分たちの所属するマフィア一家の金科玉条に平伏す相手しか見たことはなく、そうでない相手が存在するなどという実感が湧かない。古今東西のチンピラが怪我をする最大の素だ。


「いいえ、本物ですよ」


 唐突に明後日の方から聞こえてくる声に、場の四人が揃って振り向く。


 特にリドウとシャイリーは目を見張っていた。二人とも、その男の存在にこれまで全く気付けなかったのだ。


 静かな声音であったが、愛想が良さそうにも聞こえる口調であった。


 門番のゴロツキたちはどこか慌てた様子でその男を前に畏まる。


「こりゃ、クリスさん。お早いお帰りじゃないっすか。もう御用はお済みになったんで?」

「済んでませんよ」

「え? そりゃまたどーして」

「あなた方の同僚が月紅と揉めたと耳にして、慌てて用向きを切り上げてきたんじゃないですか」


 クリスと呼ばれた男。言っている内容は酷く面倒そうであったが、その口調は常に淡々としている。


 ゴロツキたちが謙っているところからして、彼らの同類にして彼らの上役なのだろうが、眼つきは異様に鋭く、堅気とは到底思えないのに、何でもかんでも暴力で解決したがるそこらのチンピラとは明らかに違った雰囲気を醸し出している。服装は上質な代物で構成されており、これで顔に傷の一つもあってメガネを掛けていればインテリヤクザの一丁出来上がりだ。黒に近い茶髪と灰色をした瞳という、若干日本人寄りな外見が尚更そう思わせるだろう。

 年の頃は三十路前後だろう。身長はリドウより少し低いくらいで、百八十センチ前後といったところか。特に武器の類は見当たらない丸腰であり、全体的に細身で、あまり戦いに向くとは思えない体つきだが……物腰は明らかに何らかの武術を修めている。


(気功士じゃないね。魔力はそこそこあるみたいだけど……)

(魔闘術使いか? しかし、取りあえず……)


 ――強い――


 二人は声に出しこそしなかったが、同時に全く同じことを思っていた。


 クリスの登場に微かな警戒心を抱く。正面から戦って負けるとはシャイリーも思わなかったが……


 クリスの得意とする分野は、自分たちが好む真正面からの闘争ではなく、闇に紛れての不意の一撃必殺ではないかと想像していた。もしこの想像が確かならば、この二人のような人種にとってはある意味で最も厄介な手合いでもあった。


「本物のハイエンドを前にして、何をしているんです? あなた方は。まさか、事を構えようという気じゃありませんよね」


 冷たく見据えられたゴロツキたちは、戸惑い露に、途切れ途切れに言い訳をする。


「いや、しかしっすね……」

「こいつが本物なわけが」

「本物ですよ。私が保証します」


 ちらっとリドウを窺ってから、改めてゴロツキたちへ視線を戻す。


「少なくとも、この方お一人でこの街を灰燼へ帰すことは至極容易いでしょうね。そんな“化け物”がそうそう存在してたまりますか」


 化け物の部分で、唇を片方だけ微かに吊り上げながら、再びリドウをちら見した。


「どの道、本物でなかったからといって、今あなた方の目の前にある現実は何も変わりはしないんですよ」


 冷静に断言してみせるクリスに、ゴロツキたちは息を呑みながら互いの顔を見合わせている。


 クリスはそれを放って、リドウの方を向いた。


「お待たせして申し訳ありません」

「ああ、いや……」


 丁寧に頭を下げられてしまい、リドウは曖昧な様子で返事をした。“多少強引に”口を割ってもらうためにゴロツキ連中を何人かぶちのめすつもりだったのが、田舎と言ってしまっても構わないこんな小さな街のマフィア風情には不似合いな使い手が現れた上に、その男から下手に出られてしまい、調子が狂っているらしい。


「先ほどの件で謝罪をご要望でしょうか?」

「いや、ちと訊きたいことがあってな」


 クリスは表情一つ変えずに頷く。


「では、中でお伺いしましょう」


 どうぞと手で促すクリスであったが、


「ちょっと待ってくれませんかね、クリスさん」

「なぜです?」

「あんたはオヤッサンの親分筋の幹部で、うちのオヤッサンと同格には違いねぇが、ここはオヤッサンの家であって、あんたの家じゃねぇ。好き勝手されちゃ困るんですよ」

「本来なら、そのフランクが対応すべき状況だと思うんですが?」

「オヤッサンは今お取り込み中なんですよ」


 ニヤケ面のゴロツキに、クリスは深く嘆息する。


「また女ですか。そんなだから、他所の私が駆り出される羽目になるんですよ」


 もう一度深いため息を吐きながら首を横に振る。


「まったく、うちのオヤッサンも人が好すぎる。私としては、フランクなんてさっさと切って、頭を挿げ替えるべきだと思うんですがね」


 と言った途端に、男たちが憤る。彼らの住まう世界で上下関係とは鉄血の掟だ。上司を馬鹿にされてヘラヘラしているようでは忠誠心を疑われる。喧嘩になって勝てる相手かはともかく、怒った様子は見せなくてはならない。


「あんた」


 しかし、強気で口にできたのはそこまでであった。


「ゴチャゴチャうるせぇんだよ」


 言ったのはクリス。それまでの敬語調とは正反対の乱暴な口調であり、ドスの利き方が半端ではない。その顔も険しく歪められており、そうしていると、ちょっと顔つきが鋭いだけのサラリーマンにも思えたのが、完全にインテリヤクザと化している。


「てめぇらはいつから俺に意見できるほど偉くなったんだ?」

「い、いや……」


 クリスは一人を見て、その答えを聞きいてから、ちっと舌打ちし、もう一人に視線を置く。


「てめぇはどうなんだ?」

「そ、そんなつもりじゃ……」


 面子を保つために表向きは怒ってみせても、彼らにクリスと喧嘩できるような度胸は無かった。


 腰が低いとは言えないだろうが、普段が物静かなせいで忘れてしまうのだろう――クリスは、街一つ牛耳るマフィアの上役にして更なるビッグファミリーの紛れもない幹部であり、自分たちと同じく暴力を生業として生きている男なのだという単純な事実を。


「てめぇらがこの男と揉めてどうなろうと俺の知ったことじゃねぇんだよ。だがな、今はこの俺がオヤッサンにこの街のトラブルシューティングを委任されてんだ。その最中に一家総崩れなんて破目をさらしてみろ、俺がオヤッサンに会わせる顔がねぇ」


 顔を俯けさせながらゴロツキたちの間に立ち、二人の肩へ静かに手を置く。


「二度と口が利けねぇようになりたくなきゃ、今は黙って聞き分けろや」


 ゴロツキ二人は顔を強張らせ、冷や汗を流し、何度も何度も首を縦に振り続ける。その肩に置いた手をゆっくりと二度叩きながら顔を上げたクリスは、その時には先ほどまでの冷静な顔つきに戻っていた。


 リドウはその光景を興味深そうに眺めながら、ヤクザな連中にも色々居るもんだなと思ったりしていた。


 ゴロツキ連中の相手を終えたクリスがリドウたちの方を振り返るが、やはりその顔に妙な険は見当たらない。即座にスイッチを切り替えられるらしい。が、それだけに食わせ者臭の漂う男という証明でもあるのかもしれないが。


「つまらないやり取りをお見せしてしまいました。礼儀を知らない連中で申し訳ありません」

「いや、気にしねぇでくんな」


 リドウは相手の職種によって態度を変えたりはしない。その人物を好むか嫌うかは完全に本人の性質による。その観点からして、リドウはクリスさんを割かし気に入ったらしい。


 クリスは軽く頭を下げると、玄関の方を手で示す。


「では、中へどうぞ」


 先に歩き始めたクリスに、リドウとシャイリーは黙ってついて行く。


 中へ入り、クリスの先導に従って行く最中、リドウは気になったことを訊ねる。


「あんた、ここの一家の人間じゃねぇのかい?」

「はい。私はここから三日ほど行った先のイーサンを拠点とするガルフ一家の者です」


 取り合えずの目的地であるイーサンと聞いて、リドウはすぅっと眼を細める。


「それが、どうしてここの一家のトラブルバスターなんぞやってんだ?」

「よくある話ですよ。フランク一家は現親分のご父君である先代が、うちのオヤッサンを後ろ盾にして立ち上げた一家なんですが、先代は先年病で身罷られてしまい、跡目を継いだのが息子のフランクというわけです。先代は良く出来た人物だったんですがね……」

「ああ、よくある話らしいな」

「うちのオヤッサンはどうにもお人好しが過ぎるお方でしてね、子分筋とはいえ親友と言っていい間柄だった先代との義理があって、馬鹿息子を切り捨てられず……まあ、経営の建て直しに私が派遣されたような感じです。もう半年になりますか。大分マシになったと個人的には思うんですが……」


 と歩いたままでリドウを見て、更にシャイリーに視線を置く。他人の眼から見たらどうか訊いているのだろう。


「お世辞にもお綺麗な街柄とは言えねぇだろうが、悪くはねぇと思うぜ」

「うん。僕みたいな人間には、むしろ普通の場所よりも住み易そうな気がするくらいだよ」


 クリスは、リドウの言葉には頭を下げて感謝の意を示したが、シャイリーの言葉には眉根を寄せてしまう。


「あなたみたいにお綺麗なお嬢さんが?」

「悪い?」

「いえ……」


 歩いたままで軽く唸りながらシャイリーを横目に眺めていたクリスは、何かを思いついた風情で眉を跳ね上げた。


「月紅殿の馬鹿みたいに大きな闘気の存在感に気をとられて今まで気付きませんでしたが、お嬢さんも気功士ですね……しかもかなりハイレベルだ。おそらく、その若さにしてハイエンド級」

「へえ?」


 シャイリーは心底面白そうに唇を歪める。リドウと初めて出会った時のように、かなり邪な影が窺える笑いであった。


「ねえ、あなたはあなたの一家で上から何番目に偉くて、上から何番目に強いの?」

「…………」


 クリスは即座に答えようとはしない。目の前に居る小柄な少女にしか見えない存在は、決して見た目どおりの人間ではないと彼は瞬時に見切ったらしい。迂闊に応じると何かまずい事態の引き金を引きかねないかもしれない、と。


「……どうですかね。各々が得意とする主戦場の分野にもよるでしょうから、一概に私が何番目に強いかとは言えないかと」

「だが、少なくとも五指には入るだろ? 両の手でも数えられねぇなんて言いやがったら、それこそ大変だぜ。こいつ、大喜びで殴り込みに行きかねんぞ」

「それはどうかご勘弁を」


 本気で心の底から嫌そうに顔をしかめてシャイリーを見やるクリスであった。見た目はともかく、これではどっちがヤクザか判断が難しいくらいだ。


 クリスは応接間へ向かう途中で、目に付いたフランク一家の下っ端にお茶の用意を命じた。


 へいっ、と威勢よく応じた下っ端に、上等な物を出すように念を押して、歩みを再開したクリスに、リドウがおもむろに声を掛ける。


「俺はリドウってんだ。月紅ってのはやめてくんねぇか?」

「二つ名で呼ばれることに羞恥心を煽られるタイプですか」


 クリスは断定的な口調で言いながら、なぜか笑っている。


「うちのオヤッサンもそうなんですよ。あなたはどこか、オヤッサンに似ている気がします。さもありませんな」

「ああ……そのオヤッサンの気持ちが良く分かるぜ」


 応接間へ到着し、お茶の用意ができると、クリスの方から話題を切り出してくれる。


「それではお話をお聞かせ頂きましょうか」

「人を探してる」

「尋ね人ですか。お名前をお聞かせ頂いても?」


 リドウは煙管に火を点して一拍置いてから答える。


「分からねぇんだよ」

「お分かりにならない?」

「訊くが、ここは……というか、あんたの一家はどのくらいロンダイク聖教と密着してる?」


 クリスは特に表情は変えることはなく、しかし即座の回答はない。何やら慎重に計っているような様子だ。


「……殆ど無い、と言って構わないでしょう。こちらこそお聞かせ願いたいのですが、あなたは我々をどのように認識されてらっしゃいますか?」

「盗賊よりはマシ――」


 クリスは憮然と顔をしかめてしまう。が、


「くらいに思ってたんだがな、どうやらちと違うらしい」


 と続いた言葉に、きょとんと目を丸くする。


「要するに、減ったっきりで新しく補えなかった貴族の代わりにあんたらが納まったってことなんだろ? 貴族を貴族たらしめるのは、本質的な部分じゃ何だかんだ言っても大衆が貴族に抱く恐怖心だ。法が掟に変身しただけで、本質的にやってることはどっちも大差ない……と見るね」


 クリスは微かに唇を緩めた。


 そして深く頷く。


「世の中にはどうしてもはみ出してしか生きられない連中が少なくありません。スネに傷を持つ文字通りのはみ出し者もそうですが、特に先ほどのような能無しなどは法に従って生きるのを格好悪いと思い込んですらいる始末です。そのくせ、独りで突っ張って生きていく度胸はない。連中にこちらの言うことを聞かせるには、連中が理解し易い領分で話をしなくてはなりません」


 話の途中で、冷める前にどうぞと目の前のコップを指し示し、自分も一口喉を潤してから続ける。


「うちのオヤッサンはね、情に厚いんです」


 クリスは朗らかに笑う。冷静なインテリヤクザでもなく、暴虐な無法者の姿でもなく、そうしていると意外なほどに愛嬌がある。


「この国の荒れ具合を見るに見かねて、自分が何とかしようと立ち上がったあの人に、我々は皆が従うに値する義侠を見ました。今じゃ、この国で生き残っている貴族たちも、オヤッサンと連携して統治するようになった。おっしゃる通り、貴族ではないだけで、既に貴族と変わりはありません」


 と、表情を気真面目なものに戻す。


「元はロンダイク聖教の国柄でしたから、オヤッサンと付き合いのある貴族たちは今でもロンダイク聖教徒ですが、オヤッサンは特にロンダイク聖教徒でもリリス教徒でもなく、他に何か土着の少数派に帰依しているわけでもなく、無宗教ですよ。私も信じる神はありません。ロンダイク聖教自体とも殆ど無関係だと思って頂いて結構です」

「いや、別にあんたがロンダイク聖教徒かどうかを警戒してるわけでもねぇんだがな」

「勘ぐり過ぎましたか?」


 苦笑しながら言うリドウに、それは失礼とクリスも笑う。


「俺が言いたかったのは、どれだけロンダイク聖教の事情に通じてるかってことだ」

「具体的に何か?」

「通常よりもかなり大規模な勇者召喚が、どっかのロンダイク聖教国が……もしくは幾つかの国が協力して行ったって話は聞いたことはあるか?」

「いえ、初耳ですね」


 変化しない表情はリドウにも真偽を悟らせない。取りあえず信用しておくかと考え、話を続ける。


「何が目的でやったのかは定かじゃねぇが、とにかくやったらしい。これはほぼ間違いねぇ。しかも盛大にしくじったようだな」

「ふむ……」


 クリスは首肯と共に相槌を打つ。


「どう術式を組んだかも実際には謎だが、複数同時起動が要因で近い座標に術式全てが重複して暴走したのかとも最初は思ってたんだが、勇者に値するだけの才の持ち主が密集している場所を一部範囲に限定して、その影響圏内の人間を見境無く召喚する感じに術式を弄った可能性の方が高いと今じゃ予想している。その方が、複数同時起動って、あまり意味が見出せん手段よりも、実行するには意義があるだろうからな。しかし、結局しくじった結果、おそらくルスティニア中に被害者が放り出された」

「一つお聞かせ願いたい」

「ん?」

「あなたはルスティニア人ですな? そちらのお嬢さんも」

「ああ」


 シャイリーは正確には男の子だが、特に関係の無い相手に一々訂正はしない主義らしいので、リドウは平然と認めてしまった。


「あなたはその被害者たちをお探しになっていらっしゃる?」


 そんな面倒を自ら背負う動機が分からないと言外に述べるクリスに、リドウは煙管を一吸いしてから表情を緩めて話す。


「まあ、義理と人情の絡みでな」


 あまり分かり易い回答にも思えなかったが、クリスはむしろ良く納得いったようで、深々と頷いている。


「多少の個人差はあると思うが、基本は黄色人種系で黒髪に黒目だ。見た目だけなら俺はその日本人ってのと殆ど一緒らしい。ちなみに、地球人でもある」

「ああ、例の……」


 クリスも、召喚対象に地球人が多いらしいという話は知っているようだ。実は、魔導学を少しでも齧っていれば、その話は割と有名なのである。


「出現時期は誤差が無けりゃ一年と一ヶ月から二ヶ月ほど前だ。アイルゼンは比較的多民族的な傾向があるにしても、俺みたいな容姿をしてりゃそれなりに目立つと思うんだが……」


 クリスが何か口を開こうとするも、その前にリドウは言葉を重ねる。


「召喚されたのは、主に現在十八歳を迎える年齢の男女だ。向こうの国じゃ、その年齢までは基本的に学校って施設で教養を学ぶらしい。同じ学び舎に通う学徒は制服って同じ衣装を着て勉学に励む。被害者の通っていた学校の制服を最近、シャリハーンで手に入れた。それを露店で売りに出してた商人曰く、イーサンで買い取ったそうだ」

「なるほど、それでですか……」


 クリスは、リドウたちには手掛かりが有った上でこちらに接触してきたのかと納得する。


「付け加えるなら、どうやら複数名が纏めて一箇所に放り出されたらしいな。今までの探索の旅の途中でも、同じ例には出会ってるから、特に不思議とは思わん。しかも冒険者を志しているようなことを例の商人が口にしてた」

「となりますと、ご無事であったとしても、既にこの国には居ない可能性の方が高いと思われますが。この国は特別に、まともな冒険者たちが好む仕事があるわけでもありませんからね」

「それは覚悟してる。ただ、どっちの方面に行ったのかだけでも手掛かりが掴めねぇかとは期待してるんだ」

「でしょうな」

「いつもなら俺と連れたちで手分けして情報を集めてんだが、女ばかりな上にこのシャイリーが霞むような美人ばっかでな、そのおかげでいつもは情報の集まりがいいんだが、ここでそれをしちゃ余計な揉め事ばかりが増えそうな気がしたんで、いっそこの街の事情に精通してるトコから一気に頂いちまうかって話になったんだよ。しかもあんたはイーサンの人間だっていうじゃねぇか。尚のこと好都合だぜ」


 リドウは灰皿に煙管を置き、真剣味を増した眼差しでクリスを射抜く。


「どうだい? 協力しちゃくんねぇかな。もちろん、タダとは言わん。何かしら礼はしよう」

「では、貸し一……ということでどうでしょうか?」


 謝礼の内容を口にすることで、協力を約束するクリスであった。


 リドウは瞬きしながら、質問に質問で返す。


「それで礼になるか? 二度と会うことがあるかは果てしなく疑問だが」

「それならそれで構いませんよ。それでも、あなたに貸しを作ることができるなら値千金と言えます、十分に」

「案外高くつくかもしれねぇな」


 リドウは楽しそうに笑う。


「それで構わん。やってくれるか?」

「畏まりました。ですが、少々お時間が掛かってしまうのはご了承下さい。この街の連中にも当たりますが、イーサンの方は馬を飛ばしても往復で二日は掛かってしまいますので、情報を集める時間も考えますと、早くても一週間は」

「それなんだがな」


 リドウはクリスの台詞を遮った。


「良ければ、あんたのオヤッサンに紹介状の一つもしたためちゃくんねぇか?」


 クリスは軽く目を見張る。


「俺が直接あんたのオヤッサンの所に出向いて頼んだ方が筋が通るだろ。うちのお姫さまたちも、何から何まで他人任せでのんべんだらりとできる気質じゃねぇしな」

「あなたがそうおっしゃるなら、ではそのように」


 とそこで、不意に難しい色を表情に浮かべる。


「ただし、一つだけ約束してほしい儀があります」

「ん?」

「決してオヤッサンと闘ってみたいなどとはお考えになられませんよう」


 言葉遣いこそ丁寧であったが、ドスの利かせ方が先ほどのゴロツキたちへ警告していた時のようであった。


「たとえオヤッサンがそれを望んでも、強くお断り頂けますよう――何とぞお願い申し上げます」


 瞳に強い意志を宿して言ってくる。これはお願いではなく紛れもない『警告』だなとリドウは理解する。


「ハイエンドなのか?」

「私の眼では、あなたとオヤッサンのどちらが上かは既に判断がつかない次元だ……とだけ申しておきます」


 クリスは目を瞑りながら、ただ、と独り言のように呟く。


「少なくとも現在は只人のまま、魔王へは覚醒していません。オヤッサンご自身はそれをお望みではいないようですが、その分、加齢による衰えは隠しきれません。それでも私如きの及ぶ領域では間違ってもありませんが、あなたと闘って無事でいられるとは思えない。オヤッサンご自身は戦場で闘争の果てに倒れることをお望みかもしれませんが……」


 首を横に振る。


「いえ、それをお望みでしょう。そういう方なのです。ですが、我々には……いえ、この国にはまだオヤッサンが必要なのです。どうかご理解頂きたい」

「約束しよう」


 リドウは考える素振りすら見せずに首肯した。男であろうが女であろうが、その人物が己の矜持に懸けて願ったことを、受け入れないわけにはいかなかった。それだけ重い意味を持つ言葉かどうかは、クリスの態度で十分に分かったから。


 クリスは真剣に頷くと、シャイリーに無言で視線を送る。


「僕も了解」


 片手を挙げて軽い調子で応えた。


 本当に誓ってくれるのかと更に眼で訊ねてくるクリスに、シャイリーは肩を竦めながら笑う。


「リドウさんと同レベルなら、今の僕にはどうせ勝ち目無いよ」

「危険性の芽を摘んでおくに越したことはありません」

「心配性だねー」

「私の個人的な感情だけでなく、オヤッサンの存在はそれだけ重要なのだとご理解下さい。オヤッサンはその辺、自覚に疎くていらっしゃる。ハイエンドという連中は得てしてそういうものらしいですがね」


 どうせお前ら二人もそうなんだろ、とクリスの眼が語っており、二人は唇を綻ばせるばかりで、何も言葉にしようとはしなかった。










 クリスは手早く紹介状を用意してくれた。


 すぐにこの街を発つのか、それとも情報が集まるまで二、三日逗留するのかを訊かれたが、リドウは一度戻って相談すると言った。


 クリスも途中だった用事を済ませに戻ると言うので、一緒に屋敷の外へ向かう。


 そうして正面玄関を出ようとした時。


「よう、クリス」


 酷くしゃがれたダミ声であった。偏見だろうが、こんな声質の持ち主では、顔の出来も知れている。これでとんでもない美貌の主であったりした日には、世の中何かが間違っている。


 背後から名前を呼ばれて、クリスは振り返る。釣られてリドウとシャイリーも振り返っていた。


 二階へ続く中央の大きな階段の上から男が下りて来る。色気を全開にした装いの女性を両脇に侍らせ、彼女たちの肩を抱きながら闊歩している。


 クリスと同年代で、声質を裏切らない悪人面だったのは果たして幸いか。外見だけで人を判断すべきではないかもしれないが、門番のゴロツキたちの悪さを数倍に増したような、自分だけが良ければそれで構わないという内面が表れてしまっている鈍い眼の光が更に頂けない。


 こいつ相手であったならば、問答無用で一度ぶちのめしてから話をすることになったことだろうなとリドウは強く思う。


 クリスを呼び捨てしたことからも、おそらくはこの男こそがこの一家の親分たる――


「フランク……」


 振り返り様に小さな舌打ちが鳴ったのを傍に居た二人は聞き届ける。幸い、フランク本人には聞こえていなかったようだが。


「来客だったのか?」


 シャイリーに気付いた途端に目の色が変わる。


「おいおい、そういうことならこの家の主人である俺に通してもらわねぇと筋が違うだろーによ」

「私の個人的な客人だったんですよ。もう話も済みましたので、お帰り頂くところです」


 リドウたちは、ここは黙ってクリスに任せておくしかないだろうと考え、何も言わない。が、その表情は明らかに白けていた。相手にするだけ時間と気力が無駄になる手合いだな、と。


「そうつれなくすんなよ。俺たちゃ兄弟分じゃねぇか」


 常にニヤケたしまりの無い顔つきが見苦しい。


 傍まで寄って来たフランクが、女から手を離してクリスの肩を親しげに叩こうとする。


 しかしクリスは、さりげなく玄関の方を振り返ることで、その手をかわしてしまう。


「失礼。まだ今日片付ける分が残っているもので」


 フランクの反応を待つことなく、リドウたちを手で外へ殆ど押しやるようにして促しながら、外へ出て行ってしまう。


 リドウはドアが閉まる前に大きな舌打ちを聞いたような気がしたが、自分が気にしても詮の無いことかと考える。


「あんなのを同格として扱わなきゃならねぇたぁ、因果な世界だな」

「人としての格まで同レベルに貶める心算はさらさらありませんがね」

「そうしておけ。どうしても付き合わなきゃならんなら、適当にあしらっときゃいいんだ」

「全面的に同意します」


 屋敷の外へ出ると、リドウたちとクリスとでは向かう方角が逆らしく、すぐに別れることと相成る。


「では、この街の分に関しましては、どうなさるか、またお知らせ下さい。この屋敷の者ではなく、月の白兎亭という酒場の主人に言付けて頂ければ、一両日中には私まで届きますので、あとはご随意に取り計らいます」

「何から何まで悪ぃな。助かった」

「私にもきっちり利はあることです。お互い様ですよ」

「そうか」


 クリスがそう言うならそれでいいのだろう。


「では、急ぎますので」

「ああ。またな」


 クリスは本当に急いでいるのだろう。一礼すると足早に去って行く。


 悪いことをしたかなと思わないでもないリドウであったが、クリスが居てくれたことは本当に助かったなと感謝するしかない。


 クリスが見えなくなると、二人は宿の方へ足を向ける。


 足掛かりは得た。あとは――


(運だな……)


 クリスの助力を得られたのは行幸だった。運が良かったと言える。この調子で運良く、的確な情報が得られることを、今は祈るしかない。

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