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第二十話 剣姫

「お初にお目に掛かる――魔王が一柱よ」


 少女たちの愕然とした視線がリドウに集中するが、彼は一切構わずに、目の前の女だけを注視し続ける。


「女で剣士と言や【絶閃】だが……聞いていたのと外見が違うな。しかし、魔王であるなぁ間違いねぇ」

「どうして魔王と断言できるのですか?」

「なに、何となく、な。判るんだよ、俺には」


 その台詞に、蒼銀の女性は不審げな顔をするのではなく、ただただじっとリドウの顔を見続けていたと思うと、やがて一つ頷いた。


「なるほど。これ以上ないほど説得力に富んだ答えです」


 マジか!? ――と少女たちが例外なく思ってしまったのは無理もない。蒼銀の女は至極真顔で肯定していたのだから。


「ではわたくしも名乗りましょう]


 蒼銀の女は胸に手を当てて騎士風の礼をする。


「我が二つ名は【剣姫】」

「えーっ!?」


 驚愕に絶叫したのは愛奈であった。


 リドウや他の少女たち、そしてこれまでは彼にしか視線を合わさなかった蒼銀の女性が、一斉に愛奈に注目する。


 普段であれば愛奈は慌てふためいていたところだろうが、この時は驚きの念の方が勝っていたらしく、全く気付いてさえいないようであった。


「それって、あれですよっ。ユリアス王国の伝説の女騎士の二つ名!」


 二つ名が被る事例が全く存在しないということも別にない。それに、過去に特に名を馳せた人物であったりすると、二代目『何チャラ』という具合に自称する輩も居たりする。

 が、あまりにもビッグネーム過ぎたりすると、流石に気後れが先行するのか、そうそう名乗る者は居ないものなのだが……


「左様。我が名はルミナリア・ファルミ。既に家名は捨てた身ですが、かつてはソルドレイドの家に生まれ、ユリアスの王家に仕えたこともありました」


 今回は当事者であったというケースらしい。


「で、でも……それって五十年以上前の話ですよっ!? そんな若いわけが」

「魔王に対して何を言っているのですか?」


 おかしな少女だなと、【剣姫】ルミナリアと名乗った女は首を傾げるが、全くもってその通りである。セリフを遮られてしまった愛奈であったが、何の反論の言葉も思いつかずに、うっと息を詰まらせていた。


 ルミナリア・ファルミ=ソルドレイド――数多の逸話を持つ伝説の女騎士にして、今より四代遡ったユリアス宮廷戦略旅団第一席の名をそう言った。


 ルミナリアは、ユリアス王国にて今をもって最大級の勢力を誇るソルドレイド公爵家に、末席ながら王位継承権すら持つ姫君として生を受けた。


 だが、彼女が生まれ付きの闘気覚醒者であったことが、ただの飾り物のお姫様ではない人生を彼女に歩ませた。


 彼女に関する逸話は多いが、中でも最も有名なのは二つ。


 今では既に亡国と成り果てたとあるロンダイク聖教国家との戦争、その決戦において、敵国が保有していた三名の勇者をたった一人で惨殺し、その余勢を駆って敵軍を壊滅させてしまったというそれ。


 そしてもう一つが、その後に国を出奔してしまった、という話であった。


 当時、大衆の人気は王家ではなく彼女一身に注がれていた。


 一国を滅ぼし得る、魔王にすら匹敵するハイエンドであったルミナリア・ファルミであったが、それだからといって権勢を欲したりはせず、傍目にはとても思慮と慈悲に溢れた人物に映ってしまっていた。しかも外見にも恵まれており、戦女神とまで称えられていた。


 だが現実には違うのだ。現在は魔王に覚醒しているという事実から鑑みても、彼女にとって重要だったのは権勢を得ることではなく、ただ強くなること。そして強者と戦うことだけが生き甲斐だった。権力など彼女にとっては邪魔物でしかなかったのだ。


 ルミナリア・ファルミに近しい人物――例えば家族であるが、彼らはそれを理解していた――ルミナリアという女がどういう人間性をしているのかを。


 元々が当主を筆頭に、特に王位が欲しいと考える人物たちではなかった。自分たちの権力は十分に大きいものであり、王位などむしろ、余計な束縛が増えるばかりで良いことなど少しもない。嫁に出すのも難しそうではあるが、それをせずとも十分な利益を実家に貢献してくれている。彼女の好きなようにさせよう……と、そういう考えであったようだ。


 だが残念ながら、肝心の王家にそれは伝わっていなかったらしい。


 王家にとって、大衆に人気があり、地位も高い部下というのは非常に厄介な存在だ。その人物を旗頭にした革命や、そこまで行かずとも、その人物を中心にして派閥を形成し、何くれと口煩くなったりする。

 こういうのは、王家が如何に善政を布いていようとあまり関係がない。大衆が望むのは、いつでも『自分たちにとって最も理想的な支配者』なのだから。冷静に政治を見渡した時の現実的指導者ではないのである。


 リリス教国家だろうとロンダイク聖教国家だろうと、ここら辺の事情はあまり変わらない。


 こうした事態を放って置くと、王家の権力維持という意味を省いたとしても、秩序を保つという意味で非常によろしくない。


 ルミナリア・ファルミの家族などは、たとえ何があろうと彼女がそうした事態を望むなどありえないと理解していたので、好きなようにさせて、最低限の義務だけ果たさせ、あとは放置しておけばいいと考えていたのだが、王家にとってはそうもいかなかった。


 強さという一点以外に何の興味も見出さないせいか、普段のルミナリアは非常に感情が乏しく、また饒舌な方でもなかったために、彼女自身が何を考えているのか、他者が今一推し量れないという性質が、より悪い方に働いた。


 ――だが、ルミナリアは『彼女』と表現されるように、女騎士とわざわざ称されるように、当然であるが性別は女であった。


 “その話題”が出た当時、既に二十四歳と、ルスティニアの基準では若干トウが立っている年齢であったが、政略結婚の妨げになるほどのものではない。何よりも彼女は、貴族基準でも見目麗しい容姿をしていた。


 第一王位継承者の王子の正室として迎えると告げられてしまえば、ソルドレイド家としても下手に拒絶はできなかった。


 王家の狙いは誰の目にも明らかで、ルミナリア・ファルミ=ソルドレイドの持つ人気を王家に取り込んでしまえばいい、という腹づもりであった。

 これが男でルミナリアと似たような境遇であったりすると、何らかの責めを負わせて排除するのが一般的である。王家の姫を娶らせても、より権力が増して余計な企みを持つ可能性の方がよほど高い。


 酷い話にも思われるだろうが、これも秩序を保つためには仕方のない面がある。一概に王家を責められる話でもない。むしろ、そうしない王家など、国家の秩序維持に関心を持たない無能と言い切ってしまっても、一向に構わない。


 ルミナリア・ファルミの興味は常に唯一つ――『物理的な強さ』であった。故に彼女は自分の貞操にもさして興味は無く、誰と結婚させられようが、実のところあまり気にしてはいなかった。


 が――自分に王妃としての役割など務められるはずがないと断定していたし、そもそも努める気が端から無かった。


 そんな彼女の選んだ道は出奔であった。


 件の婚姻は王家からの正式な命令であった。である以上、拒否すれば不敬罪が適用されてしまうし……だからと言って、「じゃあやっぱりいいよ」と王家が赦すわけにはいかない話だ。それでは国民や他国に示しがつかない。


 一国の総戦力に匹敵するルミナリアの実力に配慮する、という手段も、同様の理由で却下であった。一国を滅ぼし得る力――それに対して『配慮』するのであれば、これは当然の話であるのだが、『謙る』のは国家として許されない。問題なのは実質ではなく、周囲がどう受け取るかという相対的な話であったのだから。


 そもそも剣姫ルミナリアという一事を考慮に入れず、客観的視点で眺めてみれば、王家と、王家を除けば最大勢力を誇る公爵家の婚姻なのである。自国内の結束強化という意味で大いに歓迎されるべき話なのだから、どこからどう見ても文句のつけようなど無い。


 よって、彼女が実家に迷惑をかけずに結婚を拒否するには、死ぬか出奔するか以外の道は存在していなかった。


 前者は当然却下である。ルミナリアとしても王家を嫌っているわけではなかったが、そこまでするほど強固な忠誠心を抱いているわけでもなかった。

 それを止められなかったソルドレイド公爵家にお咎めが行くのは至極当然の話であったが、ルミナリアを止められるわけがないという厳格な現実が、そこまで強い非難をしにくくしてくれるだろうと彼女自身は考えたし、結果的にはその通りであったようだ。


 しかし、これには王家も慌ててしまった。まさかルミナリアがそこまでするとは思っていなかったのだ。


 戦力という意味だけではなく、剣姫ルミナリアほど人気を誇り、地位も高い人物が自国を捨てるという悪評がどれだけの悪影響を及ぼすかなど、想像に難くない。


 だがルミナリアにとっては知ったことではなく、第一に向こうから無理を押し付けてきたのだからお相子だと思った……のかは本人のみが知ることである。


 税金により何不自由なく育ててもらった恩のある国であるが、それに値するだけの義務は既に果たしたとも思っていた……のかも本人のみが知ることである。


 しかしながら、一時的に剣姫出奔の悪影響はあったものの、それまで通りの善政を布いて十年もする頃には、特に何の影響も無くなっていた。

 それも当然の話である――大衆にとって重要なのは自分たちにとって都合の良い現実でしかないのだから。偶像が居なくなってしまえば、何の問題も無いという現実のみが目に付いてくるだけであった。


 先年の戦争で大きな損傷を被っていなかったのも大きく、名高い剣姫が存在しないからといって、妙な因縁を吹っ掛けてくる国も無かった。


 その後の【剣姫】ルミナリア・ファルミ=ソルドレイドがどうなったかを知る者は誰も居ない――という話であったのだが……


「魔王に覚醒していたとはな。そんな長いこと、良くぞ大人しくしてたもんだぜ」


 魔王という連中はほぼ例外なくバトルジャンキーだ。大抵は、そこかしこで強大な戦闘能力を持つ連中とバトって騒ぎを引き起こしては、長年変わらない容姿によって魔王だと特定される。


 リドウも、酒場で他の冒険者と過ごした時に、伝説の女騎士に関しては多少聞きかじっていた。一度戦ってみたかったなと、その時は何気なくそう思っただけであったが、まさか魔王化していたとは――願ってもない。


 獰猛な笑いを浮かべながら全身に闘気を駆け巡らせる。


 伝説の女騎士も、無表情の中にも僅かに唇を吊り上げている様子は、恐らくは楽しいのだろう。何の問答も無く、彼女も闘気を身に纏う。


「くっくっく。実にいいねぇ。久々だぜ、この感覚。たまんねぇな、おい」


 最早完全に邪悪にしか見えない笑いすら浮かべながら、すらりと刀を抜き放った。


「魔王ではないようですが……なかなか楽しませて頂けそうですね。勇者とも全く思えませんが、人の身の内にどれだけの力を秘めているものか、期待はできそうです」


 こちらも戦る気満々の様子で剣を抜く。


 ――が、二人ともお忘れではないだろうか?


「待ちなさい!」

「あたしたちが居るの忘れてない!?」

「恵子さんも千鶴さんも、何で大したやり取りもなく戦うことになってるのかとか、それ以前に魔王相手に挑むとかもー意味不明ですよって突っ込みはないんですね!?」


 愛奈の突っ込みは実に的を射たものであったが、その原因を敢えて言葉にするとすれば――バトルジャンキー故であった。


 彼らはただ戦うことが好きなわけではない。ぎりぎりの緊張感の中で芽生える新たな境地――それを求めて、己と対等な強者、もしくは己を上回る強者との戦いに、常に飢えている。

 強い、と思えた相手と戦うのに、ましてや相手もその気であるというのに、ごちゃごちゃした口舌など必要とはしないのだ。


 出会い即バトルが彼らにとっての常識であった。……余人からしてみれば、とてつもなく傍迷惑な非常識であろうが。


 しかしリドウ……最近溜まり気味だったストレス解消の相手が目の前に居るという現実に、マジで一瞬少女たちの存在を忘れていたらしい。彼は気まずげに頭をかいて少女たちに視線をやる。


 ルミナリアの方も、水を差されてしまったせいで若干不機嫌な様子を見せてはいたが、相手が全力を出せない状況で戦っても面白くないとでも思っているのか、どうするのかという視線をリドウへと送っている。


「ちと待ってもらって構わねぇかな?」

「構いませんよ」


 闘気を纏い、剣を抜いたままと臨戦態勢ではあったが、ルミナリアは首肯する。


「つうわけだ。離れてな」


 しっしと手を振って言う様は失礼と受け取れるものであったが、彼もそれだけ気が逸っているのだろう。


「勝てるのかしら?」

「さあな」


 千鶴が表情にも露にして心配そうに問うも、リドウは肩を竦めてみせるだけで、何の気休めも口にしない。


「戦いを止めるという選択肢は?」

「無ぇな。どうしてもってなら、お前さんらとの旅もここまでだ。俺には俺の目的がある。約定の履行はその妨げにならねぇ範囲での話だぜ」


 千鶴は、納得こそできてはいなさそうだったが、それで引き下がる気にはなったらしい。ため息しながら口を閉じた。


「し、死んだりしないでしょうねっ……?」


 恵子も、この場面で心配するのに余計な思考を交えていられるものではないのか、素直に不安を表す。


「俺はそうだし、剣姫さんもそうだろうが、お互い相手を殺す気はねぇ。だが、勢い余って殺っちまうこたぁ保証できねぇだろうな、お互いに。俺が死んだとしても、千鶴なら大抵の事態にゃ対処できんだろ。俺のこた忘れて旅を続けろ」

「そんなのできるわけ」

「できるできねぇじゃねぇんだ。やれ」


 冷たく言い捨てて、恵子を強引に千鶴へと押し付ける。


 千鶴も不安を隠しきれないのか、リドウから目を離せないでいる恵子を抱き締める。


「愛奈も、いいな?」

「あの……何て言ったらいーか……その――頑張って下さい」

「言われずとも、だな。てめぇから望んで戦るんだぜ?」


 愛奈は曖昧な笑顔でそれに応えると、恵子を抱き締めている千鶴に声を掛けて、早く邪魔にならない所まで離れようと、千鶴の袖を引く。


 千鶴も最後まで表情だけは渋っていたが、これ以上自分たちがこの場に居ても邪魔になるだけだと理解はしている。


 彼女たちが街道の戻って行くのを見ている最中、背を向けた形になっているルミナリアが突如声を発した。


「――六十八年です」

「あん?」


 ルミナリアは何の脈絡もなく、人にとってはとんでもない年月を口にする。その表情は極々僅かながら、歓喜に震えているように見えるものであった。


 リドウは怪訝に眉を寄せて振り返る。


「ユリアスを出奔してからしばらくしての出来事でした。わたくしは決定的な敗北を知った」


 負けたと言っているわりには、表情は嬉しそうなまま変化が無い。


「それから先、ただただ力だけを追い求め、いつしかこの身は魔王と成り果て、わたくしはずっと、わたくしに敗北という名の美酒を味合わせてくれた男を捜し求めていました――再び雌雄を決するために」


 剣を目の前に掲げて瞳を閉じる。


「今ですら必勝とは到底思えない。何よりもわたくしには敵足り得る者と出会う機会が無かった。いつかの再戦ためにも、わたくしは己を成長させてくれる強者との死闘を常に望んでいたというのに……」


 ばっと剣を薙ぎ払い、閉じていた瞳を開く。その目には、先ほどまでの冷静な色はまず窺えず、炎すら浮かんで見えてしまいそうなほどにギラついていた。


「彼の者を探しに旅立ち五十と余年。灯台下暗しと言うべきか、わたくしを知る者もまだ生きているかと考え、意識的に避けていたこの大陸以外の全てを当たり、結局戻って来てしまった。もしかしたらすれ違っているだけかもしれない。そう思うと、いつ再びまみえることができるのか……わたくしの心は絶望にすら彩られていた」


 だが――


「今日この好き日を、あなたという存在に感謝しましょう――リドウ。もしもすればわたくしは、彼の日彼の者以来、初めて全力を出し切れるかもしれない」

「一つ言っておくが」


 リドウは危険なまでの眼つきになり、まるで間合いにルミナリアが居るが如く、宙を刀で切り裂き、そのまま刀の峰を肩に担いだ。


「まさか――あんたが勝つとでも思ってんじゃねぇだろうな」


 極低音の声音に、ルミナリアは何が意外であったのか、目をぱりくりさせて恍けた様になり、次いで苦笑した。


「失礼。悪くは受け取らないで下さい。わたくしはどうも、昔から言葉が足らず、他者に誤解させてしまうことが多いらしい。常人が魔王を純粋に上回るはずがない――などという道理はこの世に存在しない。そのくらいは存じていますよ」

「上等だ」


 リドウは煙管の灰を落とし、それを足でぐりっと踏み付けた――


 同時に、全身からごぅっという激しい音を立てて、闘気の本流がほとばしる。


「ほう」


 感嘆の吐息を零したのはルミナリアであった。


「見事なキャパシティです。魔王に覚醒せぬ内に、それだけの闘気を保有できた者など、勇者にすら滅多に見られないでしょう」


 魔王に成ることで、何が最も違ってくるのか。


 永遠の寿命? そんなモノを彼らが欲しがるわけがない。永遠にバトルが楽しめる、という意味では欲しがるかもしれないが、『永遠に死なない』という事実、ただそれだけを欲して魔王にまで到った者など、既に滅んだ歴史上の魔王たちを含めてもまず居るまい。


 才能とは人によって千差万別だ。その身が保有することを可能とする『限界値』というものはどうしてもある。


 魔王とはその限界値が取っ払われてしまうのだ。言うなれば『限界突破』というやつである。

 無論、ただ大人しく過ごしているだけで順調に成長していける、などという楽な話はなく、修行を重ねて得られる成長度など、彼らが人であった頃の成長率よりは遥かに落ちた微々たる進歩しか得られないが、しかし確実に積み重ねることで、より強く、大きく、高い頂を目指せる。


 それこそが、魔神が魔王の中の魔王と言わしめる最大の要因なのである。


 逆に言えば、限界値が高い者であれば、常人のままで魔王を純粋に上回ることは不可能ではないのだ。


「それほどの闘気を保有していながら、腕前の方も生半ではないと見ました。よほど良い師に恵まれたようですね」

「おうよ。最高の師匠たちだぜ」


 リドウにとって、家族兼師匠である魔王たちは何よりの自慢であった。それを褒められて、彼は心底嬉しそうに笑っている。


「ああ――」


 ルミナリアはなぜか、それまでの冷静沈着だった顔が、頬を上気させてうっとりとしながら、色っぽく唇をぺろりと舐めた。


「たまりません」


 言うと同時に、彼女も特大の闘気を全身に纏った。


 段々とキャラが壊れていく剣姫さんであったが、バトルジャンキーとは往々にしてこんなものだ。こいつらは戦闘民族に相違なく、食欲、睡眠欲、性欲といった人にとっての三大欲求の他に、戦闘欲という四つ目の欲求を常に抱えている困った連中なのだ。


「こんなにもわたくしを熱くさせてくれる敵手が、まさか魔王以外に存在してくれているなど、想像すらしていませんでした」

「戦る前にそんなことをほざいて、期待外れだったらどうすんだい?」

「あなたが?」


 自分では思ってもいない笑みを浮かべて言うリドウに対して、ルミナリアは何を馬鹿なことを言っているのだろうと、心の底から不思議そうに首を傾げる。


「ありえない。そのくらい、判らないわけがない。こうして対峙しているだけで十分です。あなたは、わたくしが必勝の心算で戦えるような“つまらない”相手ではない」

「なら精々、俺も“楽しませて”もらおうかねぇ」


 両者共に、にぃっと唇を吊り上げて見つめ合う。


 ここは公道のど真ん中。


 すぐ側には森があり、その手前は広い草原の中を一本の道がずっと遠くまで長く真っ直ぐ続いている。


 そこを少女たちが二人から数百メートルを離れたのは、こうして二人が互いに、魂の底から楽しげな笑いを浮かべ合った、ちょうどその時であった。


「参る」

「参ります」


 刹那。リドウとルミナリア、両者の姿は常人の目から消え去り……


 ――そこには嵐でさえかくやという災害が吹き荒れるのであった。

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