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黒環の解析者 ~転生した俺は世界の理を解き明かす~  作者: 流津美
第一部 黒環の目覚め 第四章 領都リュネール

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第42話 答えの入口

洞穴を出たあと、俺たちはそのまま集落へ戻らず、残る二人の捜索を続けることにした。


魔力波が止まっている今なら、昨日までより条件はいい。獣がすぐ戻ってくる保証はなく、あの黒い影と同じものが森のどこかに残っている可能性もあるが、少なくとも周期的な魔力の波が発生し続けていた状態よりは動きやすい。


ガルドも同じ判断だった。


「日が高いうちに荷車の周辺をもう一度探す。見つからなければ今日は戻る。森の奥までは追わない」


誰も反対しなかった。


俺たちは洞穴の位置を忘れないよう周囲の地形を確認してから、荷車が見つかった街道へ戻る。歩いているうちに、昨日までとは森の様子が少し変わっていることに気づいた。


すぐ近くまで獣が戻ってきたわけではない。それでも遠くから鳥の声が聞こえ、ときどき虫の音も混じる。洞穴周辺を覆っていた異様な静けさが薄れたことで、むしろ昨日までの状態がどれほど不自然だったのかが分かった。


歩きながら胸の《魔核》へ意識を向けると、反応はかなり弱くなっていた。完全に消えたわけではないものの、洞穴から離れるほど小さくなっていく。


少なくとも、あの魔力波と同じ規模の異常が周囲にいくつも存在しているような感覚はなかった。


◇


横倒しになった荷車まで戻ると、俺たちは昨日とは違う方向から周囲を調べ始めた。


行方が分からないのは、護衛の探索者が一人と商人が一人。荷車が倒れた際、先に見つけた三人とは反対側へ投げ出された可能性が高いという話だった。


ガルドとセイルが地面の痕跡を確認し、俺とオルドも少し離れた範囲を探す。リシェルは血痕や布片が残っていないかを見ながら、街道脇をゆっくり進んでいた。


昨日は獣の足跡が多すぎて見落としていたが、少し範囲を広げると、低い草が一定方向へ倒れている場所が見つかった。


「こっち」


リシェルの声に全員が集まる。


低い枝には厚手の布が引っ掛かっており、その先には人間のものらしい足跡も僅かに残っていた。


「商人の服かもしれないな」


セイルが布を見ながら言うと、ガルドは足元をしばらく確認してから答えた。


「少なくとも一人はこっちへ進んでる。もう一人も一緒だったかは、まだ分からん」


痕跡は森の奥ではなく、街道とほぼ平行に続いていた。


獣が走ってきた方向から距離を取ろうとしたのかもしれない。


◇


しばらく進んだところで、地面にまとまった血痕が見つかった。


さらに先には、途中から折れた槍が落ちている。


ガルドが足を止め、セイルの表情も変わった。俺も、その先に何があるのかを何となく察した。


林の中、大きな木の根元に一人の男が倒れていた。


探索者らしい装備を身につけているが、動く様子はない。リシェルがすぐに近づいて状態を確認し、数秒後、こちらを見て静かに首を横へ振った。


間に合わなかった。


ガルドは何も言わず男のそばへしゃがみ込む。胸の防具は大きく潰れており、刃物で斬られたような傷ではなく、強い衝撃を正面から受けたように見えた。


周囲には、大型の獣らしい足跡がいくつも残っている。


森から逃げてきた獣に巻き込まれた。


おそらく、それだけなのだろう。


俺は倒れた男を見ながら考えた。


数日前まで、この男は普通に護衛の仕事をしていたはずだ。荷車に同行し、依頼を終えれば報酬を受け取ってリュネールへ戻る。それが、森の奥で壊れた何かが動き続け、獣たちが逃げ出したことで、こういう結果になった。


黒い環が本来何のために作られたものなのかは分からない。


だが、壊れたまま動き続けた先に人の死があったという事実だけは、覚えておいた方がいい。


◇


ガルドが遺体の身元を確認できるものを探している間、セイルが周囲へ視線を走らせた。


「商人は?」


近くにはいない。


ただ、地面にはもう一人分らしい痕跡が続いており、こちらには目立った血は残っていなかった。


俺たちはそのまま捜索を続ける。


途中から地面が硬くなり、足跡は何度も途切れた。それでも折れた枝や踏まれた苔を拾っていけば、進んだ方向は追える。


やがて小さな岩場へ出たところで、かすかな声が聞こえた。


「……誰か……」


全員が立ち止まる。


ガルドが岩場へ近づき、大きな声で呼びかけた。


「探索者協会の依頼で来た! 聞こえるか!」


少し間を置いて返事がある。


「ここ……だ……」


岩と地面の間にできた窪みの奥に、中年の男がいた。


顔色は悪く、服も泥だらけだったが、意識はある。


◇


男を外へ出し、水を少しずつ飲ませる。


目立った大怪我はないものの、ほとんど食べていなかったらしく、かなり衰弱していた。


「一緒にいた護衛は?」


ガルドが尋ねると、男は目を閉じた。


少ししてから、力なく答える。


「死んだ……と思う」


俺たちは何も言わなかった。


男は途切れながら続きを話した。


荷車が倒れたあと、二人で街道を離れた。獣が次々と走ってくる中で、護衛の男が前へ出て商人へ逃げろと言い、その直後に大型の獣が突っ込んできたらしい。


「戻ろうとはした。でも、また獣が来て……近づけなかった」


そのまま岩場へ逃げ込み、身を隠していたという。


護衛の男は最後まで仕事をした。


少なくとも、この商人を生かした。


俺は少し離れた林へ目を向けた。


これまで俺にとって探索者の依頼は、金を稼ぎ、経験を積むためのものでもあった。


だが、依頼を受けるということは、場合によってはこういう結果まで背負うことなのだろう。


◇


商人を連れて、俺たちは探索者の遺体がある場所へ戻った。


男は遠くから倒れている姿を見ただけで顔を伏せた。


ガルドが短く声を掛ける。


「お前は生きて戻れ。それがあいつの仕事を無駄にしない」


商人はしばらく何も答えず、やがて小さく頷いた。


遺体を森へ残す選択肢はない。


ガルドとセイルが交代で運び、生存した商人は俺とオルドで支える。帰りはかなり遅くなったが、もう一人を生きて見つけられた以上、急いで事故を起こす理由もなかった。


◇


集落へ着くと、先に救助していた三人が外まで出てきた。


戻ってきた商人を見た瞬間には表情が明るくなったが、その後ろで運ばれているものを見て、すぐに意味を理解した。


誰も大きな声を出さなかった。


洞穴で助けた探索者が、怪我をした腕を押さえながらゆっくり立ち上がる。


遺体の前まで来ると、しばらく黙って見つめたあと、小さく呟いた。


「……馬鹿が」


声は震えていた。


俺は少し離れた場所から、その様子を見ていた。


全員が無事に戻るような結末にはならなかった。


だからこそ、今回の仕事を最後まで終わらせる必要がある。


◇


翌朝、俺たちはリュネールへ戻った。


救助した四人も一緒だ。


亡くなった探索者の遺体は簡易の担架へ乗せ、仲間の探索者と集落の男たちも運ぶのを手伝ってくれた。


行きより時間は掛かったものの、大きな問題は起きなかった。洞穴の魔力波を止めてから、街道周辺で逃げる獣の群れも見ていない。


森には少しずつ、普通の気配が戻っていた。


◇


探索者協会へ到着すると、俺たちはすぐ奥の部屋へ通された。


今回の依頼が、最初に想定されていた範囲を大きく越えていたためだろう。


ガルドが最初から順に報告する。


獣が増えたのではなく、複数の種類が北西から逃げてきていたこと。


横倒しになった荷車。


五人の行方不明者。


救助した四人と、一人の死亡。


人工的な洞穴。


黒い影。


周期的に発生していた魔力の波。


そして、その波が現在は止まっていること。


俺も必要な部分を補足した。


言葉を理解できるようになったことで、以前ならリシェルを通さなければ説明できなかった内容も、今は自分で伝えられる。


ただし、《解析》についてすべてを明かすつもりはなかった。


黒い金属片が洞穴の構造物へ反応したことと、俺には魔力の異常をある程度感じ取れること。


そこまでは話す。


隠している部分はあるが、協会が今後の危険性を判断するために必要な情報まで伏せているつもりはなかった。


◇


報告を聞いていた協会の男は、途中から何度も質問を挟んだ。


洞穴の正確な位置、入口の形、刻まれていた模様、黒い影の数と特徴、救助した者たちへ出た症状、魔力波のおおよその間隔。


そして、俺たちが黒い環へ何をしたのか。


最後の部分は少し説明しにくかった。


「欠けていた構造に、俺が持っていた金属片を近づけたら魔力の流れが変わりました。今は止まっています。ただ、また動く可能性はあります」


協会の男が俺を見る。


「その金属片は?」


俺は背負い袋へ手を触れた。


「俺のものです」


男は数秒考えたものの、渡せとは言わなかった。


「見せてもらっても?」


それなら拒む理由はない。


黒い金属片を取り出し、机の上へ置く。


男は触れずに観察し、表面の環へ視線を止めた。


「……これは」


何か知っているのかと思った。


だが、すぐに首を横へ振る。


「いや。俺には分からん」


少し期待した分だけ拍子抜けした。


ただ、話はそこで終わらなかった。


◇


「この件は、通常の探索者依頼として扱える範囲を越えている」


協会の男はそう言った。


「洞穴周辺はいったん立ち入りを制限する。協会から経験のある探索者を出して確認するが、少なくとも原因が分かるまでは一般の者を近づけない」


妥当な判断だと思う。


俺たちだけで調べ続けるより、知識も経験もある人間を入れる方がいい。


「お前たちも、許可なく戻らないでもらいたい」


ガルドが頷く。


俺も少し迷ったあと、同意した。


気にならないわけではない。


それでも、危険性が分からない場所を自分たちだけで調べる必要はないし、違う知識を持つ人間が入った方が得られる情報も増えるだろう。


◇


報酬は、当初の依頼より増額された。


街道の調査だけでなく、行方不明者の救助、異常の発見、危険源の一時停止まで行ったためらしい。


以前の俺なら、まず金額を見たと思う。


今も嬉しくないわけではない。


自分で働いて得た金であり、装備を整えることもできれば、宿代や食費にも余裕ができる。


ただ今回は、報酬だけを見る気にはなれなかった。


探索者が一人死んでいる。


金が増えたところで、その事実は変わらない。


それでも働いた分は受け取る。


たぶん、そういうものなのだろう。


俺も少しずつ、探索者という仕事がどういうものなのかを理解し始めていた。


◇


協会を出たあと、俺は記録所へ向かった。


リシェルもついてくる。


ガルドたちは救助した探索者たちの手続きもあるため、しばらく協会へ残るらしい。


記録所へ入ると、以前黒い金属片を見てもらった老人がいた。


俺たちを見ると、すぐに思い出したようだった。


今度は前回よりかなり正確に話せる。


洞穴の入口に刻まれた途切れた環。


人工的に作られた地下構造。


内部にあった大きな黒い環。


周期的な魔力波。


壁へ埋め込まれた黒い板。


そして、そこへ描かれていた一本角の人物。


そこまで説明すると、老人の表情が明らかに変わった。


◇


「一本角?」


確認するように聞かれる。


「一本です。こういう形でした」


俺は自分の角へ触れる。


老人はすぐに奥へ消え、以前見せてもらったものとは別の資料を何冊か抱えて戻ってきた。


束ねた紙。


古い本。


さらに、もっと古い資料を書き写したものらしい紙。


老人は時間を掛けながら、その中からいくつかを選び出す。


最初の紙には途切れた環。


別の資料にも、形の違う環。


そして三つ目には、小さく描かれた人物の頭部から一本だけ角が伸びていた。


◇


すべてが同じ図ではない。


描かれた時代も、記した人間も違うのかもしれない。


それでも、別々の資料に似たものが残っている。


老人は周囲の文章を読みながら説明してくれた。


難しい言葉が多く、今の俺でも全部は理解できない。リシェルでさえ途中で何度か聞き返している。


それでも前とは違い、文章のおおまかな意味ならかなり追える。


老人は環の図を指した。


「この印は、今使われている文字より前の記録にも出てくる。何を意味するのかは分からない。ただ、後の時代に作られた写しの中には、これを“黒い環”と説明しているものもある」


黒い環。


俺は背負い袋の中にある欠片を思い出した。


それが正式な名前だと決まったわけではない。


後の時代の誰かが、単に見た目からそう呼んだ可能性もある。


それでも、俺たちが実際に見たものと似た構造が昔から記録に残っている。


それは新しい情報だった。


◇


俺は一本角の図を指した。


「こっちは?」


老人の表情が少し難しくなる。


「分からない。この人物が何者なのか、環を作った者なのか、使った者なのか、それともただ一緒に描かれているだけなのか。記録が少なすぎる」


予想していた答えだった。


簡単に答えが出ない方が自然だ。


今ある情報だけで都合よく結論を決めるべきではない。


俺は洞穴で見た黒い板を思い出す。


古い紙の絵なら伝聞かもしれないし、創作や写し間違いの可能性もある。何度も書き写されるうちに形が変わったことだって考えられる。


だが、実際の古い構造物にも一本角の人物が刻まれていた。


少なくとも、すべてが偶然である可能性は少しずつ下がっている。


◇


老人は資料を閉じたあと、しばらく考え込んでいた。


やがて俺を見る。


「もっと知りたいか?」


質問の意味は、もう迷わず分かった。


「知りたい」


俺が即答すると、老人は僅かに笑った。


「なら、俺では足りない」


一枚の紙を取り出し、そこへ何かを書き始める。


人の名前らしい文字列と、その下には場所を示しているらしい文字が続いていた。


「古い文字と、昔の魔術に使われた刻印を調べている人間がいる。今はリュネールにいる」


俺は紙を見る。


文字そのものにも、以前より覚えが出てきていた。


最初の一文字、二文字くらいなら形を見て分かるものもある。


だが、名前全体を読むにはまだ足りない。


「会える?」


俺が尋ねると、老人は少し嫌そうな顔をした。


その反応だけで、何となく察する。


「会えるかどうかは、その人次第だ」


リシェルが横で小さく笑った。


「難しい人?」


老人は大きく頷いた。


どうやら、簡単な相手ではないらしい。


◇


記録所を出る頃には、もう夕方になっていた。


領都の通りには、いつも通り多くの人がいる。


商人が値段の交渉をし、探索者たちが依頼について話し、子供が道の端で騒いでいる。店から呼び込む声が飛び、荷車を引く者が前を空けるよう声を掛ける。


ほんの少し前まで、俺にとってはそのほとんどが意味の分からない音だった。


今は違う。


すべてを理解できるわけではなく、知らない言葉もまだ多い。それでも、人が何を話しているのかをある程度そのまま受け取れるようになった。


この町へ来てから、俺自身もかなり変わった。


探索者になり、自分で仕事を受けて金を稼ぎ、装備を整えた。言葉も理解できるようになり、そのうえ自分自身へ繋がっているかもしれない初めての具体的な手掛かりまで得た。


◇


俺は歩きながら、老人から渡された紙へ目を落とした。


古い文字、昔の魔術、黒い環、一本角。


それらがどこかで繋がっている可能性がある。


もちろん、まだ可能性でしかない。


洞穴の環と《魔核》がなぜ反応したのか。


黒い金属片が何の断片なのか。


一本角の人物が俺と同じ存在なのか。


何一つ答えは出ていない。


それでも、森で目覚めたばかりの頃とは決定的に違う。


あのときは、自分がどこにいるのかも、何を調べればいいのかも分からなかった。


今は、次に誰へ会えばいいのかまで分かっている。


◇


宿へ戻る前、俺は一度だけ立ち止まり、領都の向こうへ目を向けた。


この世界には、まだ知らないことが多すぎる。


魔術や魔法、魔物、古い遺跡、この身体、《魔核》、そして黒い環。どれも今の俺には全体像が見えていない。


だが、分からないなら調べればいい。


情報を集め、比べ、共通するものを探し、そこから規則を見つける。


言葉を理解できるようになったときもそうだったし、洞穴で魔力の流れを読み取ったときも同じだった。


なら、もっと大きなものだって同じように理解できるかもしれない。


俺は老人からもらった紙を折り、背負い袋へしまった。


答えそのものは、まだ見つかっていない。


それでも次に進む場所は分かった。


古い文字と、昔の魔術に使われた刻印を知る人間。


まずは、その人物に会うところから始めればいい。


森で目覚めたあの日から続いている問いに対して、ようやく自分から答えを探しに行ける場所まで来た。

第四章「領都リュネール」は、今回で完結となります。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


領都での生活や探索者としての活動を通して、玲司も少しずつこの世界に居場所を作り始めました。そして今回、黒い環や一本角など、自身の正体へ繋がるかもしれない手掛かりも見え始めています。


次章からは、これまで集めてきた情報をもとに、玲司がさらにこの世界の仕組みへ踏み込んでいきます。


続きが気になった方は、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。


次章も引き続きお楽しみいただければ嬉しいです。

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