第40話 環の奥
洞穴の入口に刻まれた環は気になったが、今は立ち止まって調べている場合ではなかった。
奥には二人の人間がいて、少なくとも声を返せる程度には生きている。俺は黒い金属片を背負い袋へ戻し、ガルドとオルドに続いて洞穴へ入った。
入口は人が一人通るには十分な広さがあったものの、数歩進むだけで外から差し込む光は急速に弱くなった。ガルドが小さな灯りを取り出し、オルドがそこへ魔力を流すと、淡い白色の光が周囲へ広がる。
最初に見えたのは岩と土、それに天井から伸びた木の根だった。
自然にできた洞穴。
そう思ったのは最初だけだった。
十歩ほど進んだところで、壁の一部が妙に平らになっていることに気づく。自然に割れた岩肌とは違い、僅かな凹凸こそ残っているものの、一定の高さと角度を保った面が奥まで続いていた。
足元も同じだ。
土や細かな石の下から、平らな石材らしいものが所々で覗いている。
「誰かが掘った場所だな」
俺が言うと、ガルドが灯りの向こうを見ながら頷いた。
「かなり古そうだがな」
オルドも壁へ灯りを近づける。
「鉱山の坑道にしては変だ。支柱がないし、壁の削り方も俺が知ってるものとは違う」
俺には、この世界の鉱山がどう作られているのかまでは分からない。
それでも、この場所には覚えのある感覚があった。
俺が目覚めた森の地下遺跡。
石の色も、通路の形も、広さも違う。だから同じ場所や同じ建造物だと考える理由はないが、自然にできた空間へ後から少し手を加えただけとも思えなかった。
少なくとも、人か、それに近い知性を持つ何かが作った場所。
そこまでは間違いなさそうだった。
◇
奥から再び弱い声が聞こえたため、俺たちは周囲の調査を後回しにして先を急いだ。
通路は途中から少し広がり、その先には崩れた岩が積み重なっている。完全に塞がれてはいなかったため、人一人が通れる隙間を順番に抜けていくと、先ほどより広い空間へ出た。
「いるか!」
ガルドが呼ぶ。
「……ここだ……」
今度は、かなり近くから返事があった。
灯りを向ける。
壁際に二人の男が座り込んでいた。
一人は革製の防具を着けており、腰には空の剣鞘がある。入口へ来る途中で見つけた剣は、おそらく彼のものだろう。
もう一人は武器らしいものを持っておらず、服装から見ても商人の可能性が高い。
二人とも疲れ切っていたが、意識はある。
ガルドがすぐ近くへ寄った。
「怪我は?」
「俺は腕だけだ。こいつは足をやってる」
探索者らしい男が答える。
男の左腕には切り傷があるものの、自力で動かすことはできている。一方、商人の右脚には布が強く巻かれ、体重を掛けることは難しそうだった。
オルドが水を渡し、二人が落ち着くのを待ってからガルドが尋ねた。
「何があった?」
探索者の男は水を一口飲み、少し呼吸を整えてから話し始めた。
「森に入ったあと、あの商人ともう一人を連れて逃げた。途中で一人が斜面から落ちたから戻ろうとしたんだが、近づけなかった」
「近づけなかった?」
「変なのがいた」
俺たち三人の視線が男へ集まる。
彼は少し迷ってから続けた。
「黒い影みたいなやつだ」
また、その言葉だった。
◇
「どんな形だった?」
俺が尋ねると、男は一度だけ俺の一本角へ視線を向けたが、すぐに思い出すことへ集中した。
「はっきりとは見えない。人より少し大きかったと思う。少なくとも四本足じゃなかったし、立っているようには見えた」
「人型?」
「たぶんな。でも、人間じゃない」
「どうしてそう思う?」
男は眉を寄せる。
「動きがおかしかった。歩いているようには見えないのに、気づけば場所が変わってる。目を離した覚えもないのに、いつの間にか距離を詰められてた」
オルドが考え込む。
「転移系の魔術か?」
「分からない。ただ、俺が知ってる魔術を使っているようには見えなかった」
この男も探索者なのだから、戦闘で魔術を目にした経験くらいはあるはずだ。そのうえで普通の魔術とは違うと感じたのなら、完全に無視できる意見ではない。
ガルドが尋ねる。
「攻撃はされたのか?」
「一度だけ。剣で斬ったが、まともな手応えがなかった」
入口付近で見つけた剣を思い出す。
「それで剣を捨てた?」
「違う。弾かれたんだ。何かにぶつかった感触はあったが、鉄や石を叩いた感じとも違った。手が痺れて剣を落とした」
「盾は?」
「逃げる途中で邪魔になって捨てた」
少なくとも、俺たちが外で見つけた痕跡とは矛盾しない。
「その影はここまで追ってきたのか?」
男は首を横へ振った。
「途中までは来てた。でも、この穴へ入ったら来なくなった」
俺は無意識に洞穴の奥ではなく、入口がある方向へ目を向けた。
影は、この場所へ入ってこなかった。
たまたま追うのを諦めた可能性もある。
ただ、入口にはあの途切れた環が刻まれていた。
黒い金属片と似た意匠。
偶然だと判断するには、気になる要素が増えすぎている。
◇
ガルドはさらに、街道で一緒だった他の者たちについて確認した。
最初に沢で見つけた商人。
今ここにいる商人と探索者。
これで三人。
残る二人は、荷車が事故を起こした直後から行方が分からないらしい。
「一人は護衛の仲間で、もう一人は商人だ。荷車が倒れたとき、俺たちとは反対側へ投げ出された。獣が通り過ぎたあとで探すつもりだったが、こっちも逃げるので精一杯だった」
まだ二人残っている。
ガルドも当然そのことを考えていた。
「お前たちを集落へ戻したあと、街道周辺をもう一度調べる必要があるな」
今すぐ探しに行くわけではない。
まず、目の前にいる二人を安全な場所へ戻す。
その判断に俺も異論はなかった。
ただ、話を聞いている間も、胸の《魔核》は小さな違和感を伝え続けていた。
一定の間隔で、ゆっくりと。
洞穴の奥から何かを感じている。
◇
二人を動かす準備が始まると、俺は灯りが届く範囲の先へ目を向けた。
通路はさらに奥へ続いている。
自然洞窟なら、どこまで続いていてもおかしくはない。
それでも、平らに加工された壁や床、入口に刻まれた環、それに黒い金属片の反応を知ったあとでは、この先に何もないとは思えなかった。
「気になるか?」
ガルドに声を掛けられる。
「かなり」
隠す理由もないので、素直に答えた。
「でも、今は戻る」
ガルドはそれ以上何も言わず頷いた。
以前なら、ここまで自分の考えをそのまま伝えることさえ簡単ではなかった。今は俺の言葉が相手へ届き、相手の返事もそのまま理解できる。
言葉が通じる。
たったそれだけのことが、危険な場所で判断を共有するには大きな意味を持っていた。
◇
探索者の男は肩を貸せば自力で歩けそうだった。
問題は商人の方で、右脚をほとんど地面へつけられない。ガルドが彼を背負い、俺とオルドで探索者を支える形なら外まで戻れそうだった。
移動を始めようとした、そのとき。
胸の《魔核》が突然、強く脈打った。
同時に、洞穴の奥から低い振動が伝わってくる。
地鳴りにも似ているが、地面だけが揺れたわけではない。空気そのものが僅かに震えたような、不自然な感覚だった。
全員が動きを止める。
オルドが灯りを奥へ向けた。
「今のは何だ?」
探索者の男の顔色が変わった。
「これだ」
「何が?」
「森で音がおかしくなる前にも、似たものを感じた」
俺は背負い袋へ手を入れ、黒い金属片を取り出した。
表面に刻まれた途切れた環が、普段より明らかに黒くなっている。一瞬だけではなく、刻印の部分だけが周囲の明るさを吸い込んだような状態で数秒間残っていた。
オルドも金属片を見る。
「魔力が増えてる」
昨日までは、彼にもほとんど感じ取れなかったものだ。
今は違う。
俺自身の《魔核》も、洞穴の奥で起きている振動と同じような周期で反応していた。
俺はすぐに《解析》を使う。
【解析結果】
対象:黒色金属片
主成分:解析不能
残留魔力:増大
外部魔力との共鳴反応:強
共鳴方向:洞穴深部
発生源:特定不能
同期周期:確認
推定:外部現象に伴う魔力変動を受信
詳細情報:不足
ただ何かへ反応しているのではない。
洞穴の奥で起きている魔力の変動と、黒い金属片が同じ周期で反応している。
この時点で、それを偶然と考える方が難しかった。
◇
「戻るぞ」
ガルドの判断は早かった。
俺も異論はない。
洞穴の奥に何があるのかは気になる。それでも負傷者を二人抱えた状態で、未知の魔力現象が起きている場所へ進む理由はどこにもなかった。
「先に二人を外へ出そう」
俺が答えると、ガルドも頷く。
俺たちは入口へ向かって動き始めた。
しかし数歩進んだところで、支えていた探索者の身体から急に力が抜けた。
「……っ!」
俺とオルドで両側から支える。
「どうした?」
男は片手で頭を押さえ、苦しそうに息を吐いた。
「頭が……重い……気持ち悪い……」
ガルドの背中にいる商人まで呻き始める。
さっきまではなかった症状だ。
俺自身には頭痛も吐き気もない。ただし《魔核》は明確に反応している。
オルドを見ると、彼も顔をしかめていた。
「俺も少し気分が悪い」
「ガルドは?」
「今のところ問題ない」
全員に同じ強さで影響するわけではないらしい。
個人差なのか。
魔力の扱いに関係するのか。
身体の違いなのか。
俺は周囲そのものへ《解析》を向けた。
【広域解析】
対象:洞穴内部
通常魔力分布:大幅変動
周期的魔力波:確認
発生方向:洞穴深部
生体影響:推定あり
詳細:情報不足
既知魔術との照合:一致なし
黒色金属片:共鳴状態
周期的な魔力波。
その表示を確認した直後、洞穴の奥から二度目の振動が届いた。
今度は俺にもはっきり分かった。
音や地面の揺れだけではない。目には見えない何かが一瞬だけ身体を通り抜け、《魔核》を直接撫でていくような感覚がある。
オルドも息を呑んだ。
「今のは魔力だ。でも、こんな広がり方は知らない」
彼にも説明できない。
だが、この現象が森の異変と無関係だとは考えにくくなっていた。
◇
俺たちは負傷者を急いで洞穴の外へ運んだ。
先に外へ出た俺は槍を構えながら周囲を確認する。
森の様子が変わっていた。
風は吹いている。木の葉が擦れる音も聞こえる。俺たちの足音も消えてはいない。
それでも、先ほどまで僅かに聞こえていた鳥や虫の声が、ほとんどなくなっていた。
最初に見つけた商人が言っていた「音が消えた」という表現の意味が、今なら少し分かる。
本当に音そのものが消えているわけではない。
生き物たちが一斉に声を止めたことで、森から生命の気配だけが抜け落ちたように感じるのだ。
その直後、北寄りの林から草木を激しく踏み荒らす音が近づいてきた。
「来るぞ」
ガルドが商人を地面へ下ろす。
俺とオルドも探索者を安全な位置へ座らせ、武器を構えた。
音は一つではない。
複数。
しかも多い。
枝が揺れ、その向こうから最初の一頭が飛び出してきた。
小型の四足獣。
こちらを攻撃する様子もなく、俺たちの横を抜けて南へ走っていく。
その後ろからは別の種類の獣が現れ、さらに鳥に似た生き物まで低空を飛んで同じ方向へ逃げていった。
種類が違う。
大きさも違う。
本来なら互いを警戒するはずの生き物まで混じっている。
それでも、今は互いを気にしていない。傷を負った獣もいるが、仲間を待つものもいない。
ただ一つ、北から離れることだけを優先している。
ガルドが群れを見ながら言った。
「原因は、やっぱり洞穴の方にある可能性が高いな」
俺も同じ考えだった。
◇
獣たちが通り過ぎるまで、俺たちは負傷者を守りながらその場で待った。
やがて森が再び静かになる。
負傷者二人の状態を確認すると、洞穴の外へ出てから少しずつ呼吸が落ち着き始めていた。オルドも何度か深く息を吸ったあと、先ほどより楽になったと話す。
どうやら、魔力波の影響は洞穴の内部に近いほど強いらしい。
俺は黒い金属片を確認する。
共鳴は弱まっている。
完全に消えたわけではないものの、洞穴の中にいたときほど強くはない。
発生源が洞穴の奥にある可能性は、さらに高くなった。
◇
集落へ戻るべきか、それともここでセイルとリシェルが戻るのを待つべきか。
ガルドが考えていると、林の向こうから声が聞こえた。
「ガルド!」
セイルだ。
思っていたより早い。
しばらくしてセイルとリシェルが姿を現した。最初に見つけた商人は集落まで無事に運び、そこで世話を頼んできたらしい。
俺たちのところへ着いたリシェルは、まず新たに見つかった二人を確認した。それから俺、ガルド、オルドへ視線を移し、最後に洞穴の入口を見る。
「何があったの?」
ガルドが簡潔に説明した。
洞穴の奥から起きた魔力の変動、負傷者に現れた頭痛と吐き気、森から逃げ出した獣、そして洞穴そのものが人工的な場所らしいこと。
説明を聞くにつれて、リシェルの表情が険しくなる。
セイルからも、いつもの軽い雰囲気は消えていた。
◇
五人には戻ったが、負傷者が二人いる以上、そのまま調査を続ける選択肢はなかった。
まず二人を集落まで戻す。
そのうえで、残る行方不明者をどう探すのか、依頼主へ一度報告するべきなのか、それとも洞穴を調べる必要があるのかを決める。
全員の意見はすぐ一致した。
ところが、出発しようとした直後、洞穴の奥から三度目の振動が届いた。
今回は外にいても分かる。
地面が大きく揺れたわけではない。それでも空気と魔力が一緒に僅かに震え、その感覚が身体の内側まで伝わってきた。
俺が手にしていた黒い金属片が、急に熱を持つ。
反射的に離しかけた、その瞬間だった。
胸の《魔核》から何かが流れ出した。
◇
自分で魔力を動かした覚えはない。
それでも《魔核》から細い流れが生まれ、腕を通り、指先へ進んでいくのが分かった。
その先にあるのは黒い金属片だ。
「レイジ!」
リシェルの声が聞こえる。
俺はすぐ魔力を止めようとする。
流れ自体は強くないが、反応するまでが早すぎた。
俺が意識して止めるより先に、僅かな魔力が金属片へ流れ込む。
表面に刻まれた環が、これまでで最も深い黒へ沈んだ。
同時に、その中央から細い一本の線が伸びる。
何かを指している。
方向は洞穴の奥。
俺はすぐに《解析》を使った。
【異常共鳴】
対象:黒色金属片
外部魔力源との同期率:上昇
《魔核》由来魔力:流入確認
未知構造情報:一部取得
新規情報:
対象は「断片」
完全構造:不明
本体位置:不明
同系統反応:
洞穴深部に存在
俺は表示を見たまま、しばらく動けなかった。
これまで《解析》は、この金属片の材質も用途も判別できなかった。
それが初めて、一つだけ新しい情報を出した。
断片。
つまり、この黒い金属片は元からこの形だったわけではない。
何か、もっと大きなものの一部だった。
◇
「どうした?」
ガルドに尋ねられ、俺は視界に浮かぶ表示から目を離した。
どこまで話すべきか、一瞬迷う。
《解析》については、まだすべてを明かしていない。
だが、俺たちは同じ依頼を受け、同じ危険の中にいる。洞穴の奥に存在するものが俺の持つ金属片と関係している可能性を黙っていれば、そのせいで判断を誤るかもしれない。
完全に隠し続ける方が危険だった。
「この金属片が、洞穴の奥にある何かへ反応してる。それだけじゃなくて……これ自体が、何かの一部かもしれない」
四人が黙る。
オルドが最初に口を開いた。
「分かるのか?」
「確実じゃない。でも、俺の力で調べたらそう出た。奥には、これと同じ種類の何かがあるらしい」
《解析》という名前までは言わない。
能力で調べた結果。
そこまでは伝える。
ガルドはしばらく俺を見た。
何かを考えている。
問い詰められる可能性も考えた。
だが、返ってきたのは短い言葉だけだった。
「分かった」
今は能力の正体を聞くより、目の前の状況を優先すると判断したのだろう。
それで十分だった。
◇
俺たちは二人の負傷者を連れ、集落へ向かった。
帰る途中でも魔力の波はもう一度発生した。
洞穴から距離が離れた分、先ほどより弱い。それでも俺とオルドには感じ取ることができ、波が来るたびに遠くの森で獣が動く音が聞こえた。
俺は歩きながら、分かっていることを整理する。
洞穴の入口に刻まれた古い環、黒い金属片と同じ系統に属するらしい何か、周期的に発生する魔力波、人間には頭痛や吐き気を起こし、森の獣たちを一斉に逃げさせるほどの影響。
そして、生存者たちが見たという黒い影。
まだ全部を一つへ繋げるには情報が足りない。
だが、今回の異変が偶然この森で起きただけのものではなく、洞穴の奥に存在する何かと関係している可能性はかなり高くなっていた。
◇
集落へ戻ると、先に運ばれていた商人が無事なのを確認できた。
新しく見つけた二人も集落の者たちへ預ける。
これで行方不明になった五人のうち、三人は見つかった。
残る二人。
依頼はまだ終わっていない。
俺たちは短く休憩を取りながら、次の行動を話し合った。
単純に考えれば、選択肢は二つある。
残る行方不明者を優先し、街道や森を広く探す。
あるいは洞穴へ戻り、魔力異常の原因を確認する。
だが、実際には完全に別々の問題ではない。
原因を放置したまま森を探し続けること自体が危険になっている。
あの魔力波は獣を追い出すだけではなく、人間にも影響を与える。さらに、正体不明の黒い影まで目撃されている。
何が起きているのか分からないまま捜索範囲を広げれば、救助する側が新たな行方不明者になりかねない。
ガルドも同じ結論へ近づいているようだった。
◇
夕方。
俺たちは集落の外で地図を広げた。
荷車が見つかった場所、最初の商人を発見した沢、洞穴、そして残る二人が行方不明になった可能性のある範囲を順番に確認する。
全員の意見を聞いたあと、ガルドが口を開いた。
「明日、洞穴へ行く」
誰も驚かなかった。
「ただし、目的は奥を全部調べることじゃない。あの魔力異常が、残る二人を探すうえでどれだけ危険なのかを確認する。危険すぎるなら戻って協会へ報告する。それ以上はやらない」
セイルが頷き、オルドも同意する。
リシェルも俺を見る。
俺は迷わず頷いた。
その判断が一番合理的だった。
自分の謎を解くために洞穴へ入るわけではない。
依頼を続けるために、避けて通れなくなった原因を確認する。
その結果として、自分自身について何か分かる可能性がある。
今はそれで十分だった。
◇
その夜、俺は借りた部屋の机へ黒い金属片を置いていた。
触れずに眺める。
《解析》が示した言葉は、まだ頭に残っている。
断片。
何の一部なのか。
元はどんな形だったのか。
なぜ俺の《魔核》に反応するのか。
そして、洞穴の奥にあるという同系統のものは何なのか。
答えがあるとすれば、明日向かう場所にある可能性が高い。
それとは別に、もう一つ気になっていることがあった。
今日、俺は自分の意思で魔力を流していない。
それなのに、《魔核》から黒い金属片へ魔力が勝手に流れた。
こんなことは初めてだった。
最初に浮かんだのは、《魔核》があの場所を知っているのではないかという考えだった。
だが、すぐに否定する。
「知っている」という言葉を使えるほどの情報はない。
現時点で言えるのは、《魔核》と黒い金属片が、洞穴の奥にある何かへ反応したということだけだ。
なら、余計な結論を出す必要はない。
明日、自分の目で確かめる。
机の上の黒い欠片は、何も答えないまま、静かに灯りを反射していた。




