第34話 最初の依頼
目を覚ましたとき、窓の外はすでに明るくなり始めていた。
見慣れない天井をしばらく眺めてから、自分がどこにいるのかを思い出す。森でもラティアの宿でもない。昨日、自分で金を払い、三日分を確保したリュネールの部屋だった。
身体を起こして肩を回すと、実力確認で木剣を受けた場所に僅かな痛みが残っていた。それでも動かすことに問題はなく、二晩続けて地面で眠ったあとだったこともあって、硬めの寝台でも十分すぎるほど身体は休まっている。
机の上には、昨夜使っていた木片が置いたままになっていた。
リシェルから教えられた文字を書き写したものだ。
俺は椅子へ座り、木片へ指を置いた。最初の形を見ながら音を思い出し、次の文字へ移る。二つ目まではすぐに出てきたが、三つ目で少し迷い、昨日リシェルが何度も繰り返した発音を頭の中で辿る。
おそらく合っている。
一晩で大量に覚えられるとは思っていないし、急いで間違った形や音を覚える方が後々面倒だ。今は数を増やすより、一度覚えたものを確実にしていく方がいい。
木片を机へ戻し、顔を洗ってから一階へ下りる。
食堂では、すでに何人かの客が朝食を取っていた。女主人が俺を見ると短い言葉を口にする。
朝の挨拶。
これはもう分かる。
俺も同じ言葉を返すと、女性は特に気にする様子もなく頷いた。
ほんの短いやり取りだが、最初にこの世界の人間と出会った頃を考えれば大きな違いだった。あのときは声を掛けられても、それが挨拶なのか質問なのかすら分からなかった。
席へ座ると、黒っぽいパンと温かい汁物、それに卵らしいものを焼いた料理が運ばれてきた。昨夜頼んだ朝食なのだろう。
食べながら、今日の予定を確認する。
向かう場所は探索者協会。
そこで初めて、自分が受ける依頼を選ぶ。
ただし、まだ依頼書を読めない以上、ガルドたちの助けは必要になる。そこを意地になって拒んでも意味はない。
今は頼ればいい。
その代わり、次は一つでも自分だけでできることを増やす。
それを繰り返していけば、いつまでも助けられる側のままではないはずだった。
◇
朝食を終える頃、宿の扉が開いた。
入ってきたのはガルドとリシェルだった。セイルとオルドの姿はなく、今日は二人だけらしい。
俺が立ち上がると、リシェルが朝の挨拶を口にした。
同じ言葉を返す。
昨日までより自然に声が出たからか、リシェルが少し目を見開いたあと、小さく笑った。
続けて何かを尋ねられる。
全部は分からない。
ただ、その中に昨夜教えられた文字を示す音が含まれていた。
俺は二階を指し、空中へ文字を書く仕草をしてから、覚えたばかりの言葉で「少し」と答えてみる。
発音が完全ではなかったらしく、リシェルは一瞬考えたものの、すぐ意味を理解したらしい。頷いたあと、何か褒めるような調子で言葉を返してくる。
「まだ全然だけどな」
日本語で答えると、もちろん意味は伝わらない。
それでも、俺が否定しながら笑ったことくらいは分かったのだろう。リシェルも少し笑い、それ以上は何も言わなかった。
ガルドが俺の腰にある探索者の金属板を指し、次に外へ向けて手を動かす。
協会へ行く。
それなら説明されなくても分かる。
俺は一度部屋へ戻り、槍と腰の袋を持ってきた。金属板も確認し、宿を出る。
昨日までなら、町を歩くだけでも見るものすべてが新しかった。
今日は目的がある。
探索者として、最初の仕事を受ける。
◇
朝の探索者協会は、昨日よりさらに人が多かった。
掲示板の前には武装した者たちが集まり、受付にもいくつか列ができている。昨日は何をしているのかほとんど理解できなかった光景だが、今なら彼らが仕事を探し、依頼を選び、受付で手続きをしていることくらいは分かる。
ガルドは俺を掲示板の端へ連れていった。
登録したばかりの俺が受けられる仕事が集められているらしい一角だ。
改めて紙を見る。
文字。
数字。
簡単な絵。
大半は相変わらず理解できない。
ただ、昨日とは違う。
「あ」
一枚の紙の端に、見覚えのある印があった。
俺は腰から金属板を外し、そこに刻まれている記号と見比べる。
同じ形だ。
正確な呼び名や意味はまだ理解していないが、俺の登録区分と、この印が付いた依頼が対応しているという推測は間違っていなさそうだった。
俺が二つを指すと、リシェルが頷く。
文字を読めたわけではない。
それでも、昨日まで意味のなかった記号が一つ、情報へ変わった。
ガルドは何枚かの依頼書を確認したあと、その中から植物の絵が描かれた一枚を指した。絵の下には数字があり、こちらは俺にも読める。
十。
リシェルが植物の絵を示し、一つの名前を口にする。
「セルナ」
聞いたことのない音だった。
俺も繰り返す。
「セルナ」
僅かに違ったらしく、リシェルが発音を直す。
もう一度口にすると、今度は頷いた。
セルナ。
植物の名前らしい。
続いて彼女は数字の十を指し、何かを摘み取る仕草をした。
セルナを十。
採取。
そこまで分かれば、依頼の大枠は見える。
「十……セルナ」
俺が確認すると、リシェルがもう一度頷いた。
地球のゲームなら、いかにも初心者向けの薬草採取といったところだろう。
だが、ここはゲームではない。
間違った植物を持ち帰れば仕事は失敗するだろうし、町の外に出れば本物の獣や魔物もいる。簡単な依頼に分類されているからといって、何も考えずに歩いて安全という意味ではない。
ガルドが依頼書の別の場所を指す。
そこにも数字がある。
俺が首を傾げると、リシェルが空を指し、太陽が沈むような仕草をした。
今日中。
期限だろう。
さらに依頼書の下部を指し、今度は硬貨を示す。
報酬。
採取対象。
必要数。
期限。
報酬。
文章そのものは読めなくても、依頼書のどこに何が書かれているのかが少しずつ分かってくる。
これは覚えておいた方がいい。
次に同じ形式の紙を見れば、数字の意味を推測しやすくなる。
俺はもう一度依頼書全体を見る。
セルナを十。
今日中に持ち帰る。
細かな条件まではまだ分からないが、最初の仕事としては十分そうだった。
◇
受付へ向かうと、昨日とは別の若い女性が対応した。
ガルドが依頼書を渡し、俺は探索者の金属板を差し出す。女性は二つを確認して何かを書き込み、代わりに小さな木札を俺へ渡した。
表面には文字が刻まれている。
依頼を受けたことを示す札なのかもしれない。
俺が眺めていると、リシェルが木札、依頼書、俺、受付の順に指し、最後に戻ってくるような仕草をした。
仕事を終えたら、ここへ持って戻る。
おそらく、その意味だ。
受付の女性はさらに台の下から、乾燥させた植物を一本取り出した。
セルナ。
実物を見せてくれるらしい。
俺は近くから観察する。
葉は細長く、全体に少しくすんだ灰緑色をしている。茎には薄く赤みがあり、葉の表面にはよく見なければ分からない細かな毛が生えていた。
女性の許可を確認してから軽く匂いを嗅ぐ。
青臭さの中に、僅かな苦みを感じさせる匂いが混じっている。
形。
色。
茎。
表面。
匂い。
覚えておく。
女性はさらに説明を続け、植物の根元を指してから首を横へ振った。そのあと葉と茎の間を示し、途中から切るような仕草をする。
根ごと抜くな。
必要なところから切れ。
そういう意味に見える。
俺も同じ仕草を返すと、女性が頷いた。
採取方法にも決まりがあるらしい。
考えてみれば当然だった。
根ごと抜けば同じ場所で次が育たない。継続的に採取する資源として扱っているなら、採り方を指定する方が合理的だ。
ただ集めればいいわけではない。
最初の依頼から一つ学んだ。
◇
協会を出たあと、ガルドは町の東側へ向かって歩き始めた。
リシェルも一緒だ。
俺は二人を指し、続いて自分を示す。
「一緒?」
覚えた現地語を使って尋ねる。
ガルドは首を横へ振り、町の外を指した。そのあと少し歩く仕草をしてから、最後に俺だけを示す。
途中までは案内する。
そこから先は一人でやれ。
細かな説明は分からないが、意味としてはそんなところだろう。
俺は頷いた。
それでいい。
最初から最後まで手伝ってもらえば、探索者の仕事を自分で覚える意味が薄くなる。一方で、土地勘のない俺を何の説明もなく町の外へ放り出すわけでもない。
ちょうどいい距離だった。
東側の門へ着き、探索者の金属板を見せる。
衛兵は簡単に確認しただけで通してくれた。
昨日リュネールへ入ったときは、ラティアでもらった木札を何度も確認され、リシェルたちの説明まで必要だった。それと比べると、探索者の金属板は身分を示すものとしても機能している可能性が高い。
門を出ると、外には畑が広がっていた。
その向こうには低い丘と、小さな林が点在している。グラウのような深い森ではなく、人の生活圏の間へ自然が残っているような場所だ。
しばらく歩いたところでガルドが足を止めた。
前方の林。
地面。
俺。
順番に指す。
この辺りから探せ。
リシェルもセルナの名前をもう一度発音し、葉の形を手で示してから俺を見る。
俺は頷き、覚えた肯定の言葉を返した。
二人はすぐには立ち去らず、俺が本当に理解しているか確かめるように少し待っている。
大丈夫だ。
少なくとも、森で食べられるものを一から探していた頃より条件は遥かにいい。
今回は探す対象が分かっている。
見本まで見た。
必要な数も知っている。
帰る場所も分かっている。
俺が林へ向かって歩き出すと、しばらくして背後から二人の足音が遠ざかっていった。
久しぶりに一人での仕事が始まった。
◇
林へ入ってすぐ、草を片っ端から探すことはしなかった。
まず、受付で見せられたセルナの特徴を思い出す。
細長い灰緑色の葉。
赤みを帯びた茎。
葉の表面にある細かな毛。
独特の匂い。
これだけなら、似た植物は他にもありそうだ。
そこで周囲を見る。
開けた草地。
畑。
林。
小さな水路。
セルナが採取依頼として常に扱われている植物なら、この近辺にある程度の数が生えているはずだ。極端に珍しいものなら、登録したばかりの探索者へ任せる仕事には向かない。
さらに、人が頻繁に採取しているのなら、街道や畑のすぐ脇にあるものはすでに減っている可能性が高い。
だからといって、危険な林の奥へ入る必要があるほど見つけにくいものでもないだろう。
なら、林の縁。
適度に日陰があり、水分も残りそうな場所。
根拠としては弱いが、何も考えず歩き回るよりはいい。
ゆっくり周辺を探す。
似た植物はすぐに見つかった。
一株目は葉の形が近い。
だが茎が緑色で、表面の毛もない。
違う。
少し離れた二株目は、色は近いが葉が広すぎる。
これも違う。
三株目で足を止める。
灰緑色の葉。
茎には僅かな赤み。
かなり似ている。
俺はしゃがみ、葉へ軽く触れてから匂いを確認した。
受付で嗅いだものとは違う。
こちらの方が少し甘い。
「見た目だけなら間違えるな」
初心者向けだからといって、適当に採ればいい仕事ではないらしい。
少し面白くなってきた。
さらに場所を変えて探し、水路から少し離れた木陰で、ようやく条件に合う一株を見つける。
葉の形。
色。
赤みのある茎。
微細な毛。
匂いも記憶と一致している。
おそらくセルナだ。
だが、最初の一本くらいは確実に確認しておきたい。
俺は植物へ意識を向けた。
解析。
【解析結果】
対象:草本植物
葉形:基準情報と高一致
茎部色調:基準情報と一致
表面微細毛:確認
揮発成分:基準情報と類似
比較結果:提示標本との一致度 高
詳細効能:解析不能
毒性:判定情報不足
予想どおりだった。
ただし、《解析》がセルナという名前まで教えてくれたわけではない。俺が受付で観察した標本を基準に、特徴がどの程度一致しているのかを整理しただけだ。
それで十分だった。
受付で教えられた採取方法を思い出し、根元から少し上へ簡易ナイフを入れる。
一本。
周囲には同じものが数株あったが、全部は採らない。
十分に育っているものをもう一本だけ切り、残りはそのままにした。
依頼主がわざわざ根を残す採り方を教えていた以上、一か所からすべて持っていくのは意図に反する可能性が高い。
別の場所を探す。
仕事だけを考えれば、最短距離で十本集める方が効率はいい。
だが、採り尽くして次に同じ場所で取れなくなれば、長期的には非効率だ。
自分一人の仕事だけで終わる話ではない。
その程度のことなら、俺にも分かる。
◇
六本目を採ったところで、地面に残る跡へ気づいた。
小さな足跡が複数ある。
人間のものではない。
四足の生物。
林の奥へ向かって続き、その近くでは草も何か所か倒れていた。
痕跡は古くないように見える。
俺はしゃがんだまま周囲を確認した。
何の生物かは分からない。
危険なのかどうかも判断できない。
森で一人だった頃なら、食料が不足している状況なら跡を追ったかもしれない。どんな生物がいるのか確認すること自体が、生きるための情報になったからだ。
今は違う。
今回の仕事はセルナを十本持ち帰ること。
知らない獣を追うことではない。
必要のない危険へ近づく理由はなかった。
ラティアからリュネールへ向かう途中、街道で危険な獣らしい痕跡を見つけたときのことを思い出す。ガルドたちは正体を確かめるために近づくことも、倒せるか試すこともしなかった。
ただ避けた。
戦えるかどうかではなく、戦う必要があるかどうかを考える。
今回は必要ない。
俺は足跡から離れ、別の方向へ向かった。
◇
八本目、九本目と数を増やし、最後の一本だけ少し時間が掛かった。
セルナに似た植物はいくつも見つかるが、よく観察すると色や葉の形、匂いのどこかが違う。見た目だけなら迷うものもあったため、そのうち一本だけは《解析》で標本との一致度を確認した。
能力を使えば便利だ。
ただし、何にでも使うつもりはない。
《解析》には負荷があり、今後どの程度まで成長するのかも分かっていない。目で見て判断できるものまで毎回頼るようになれば、自分自身の観察力が育たなくなる可能性もある。
使うべきところだけ使う。
それでいい。
やがて林の反対側に近い場所で、十分に育ったセルナを見つけた。
これで十本。
俺は採取した植物を一度地面へ並べ、数と状態を確認する。
すべて同じ特徴を持っている。
大きく傷んだものもない。
採った位置も、受付で教えられた通りだ。
持ってきた布へまとめて包む。
太陽の位置を見ると、まだ昼を大きく過ぎてはいない。
時間にも余裕がある。
追加で採ることもできるが、依頼条件は十本だった。
多く持ち帰れば追加で買い取ってくれる可能性はある一方、指定数以上は不要かもしれない。それ以前に、必要があるか分からないものを勝手に多く採る理由もない。
十本で十分。
俺は来た道を戻ることにした。
◇
リュネールの東門が見えてくると、その少し外側に見覚えのある二人がいた。
ガルドとリシェル。
もう戻ったと思っていたため、少し意外だった。
俺に気づいたリシェルが手を上げる。
待っていたらしい。
「帰ったんじゃなかったのか」
日本語では当然通じない。
リシェルは俺の持つ布包みへ目を向け、セルナの名前を口にしたあと、数字を尋ねるような仕草をした。
俺は十を示す。
「十」
今度は現地の発音で答えた。
リシェルの表情が明るくなる。
ガルドも包みを見たあと何かを言ったが、その中に時間を示しているらしい言葉が含まれていた。
早かった。
おそらく、その意味だ。
俺には森で食料や水を探していた経験がある。何を探せばいいのか分からない状態から食べられるものを見つけることに比べれば、特徴を教えられた植物を十本探す今回の仕事は遥かに楽だった。
三人で町へ戻る。
門では探索者の金属板を見せるだけで、ほとんど足を止められなかった。
昨日まで一つ一つ他人へ助けてもらわなければ通れなかった場所を、今日は自分の持つ証明で通っている。
本当に少しずつだが。
この世界で自分だけで使えるものが増えていた。
◇
探索者協会へ戻ると、朝と変わらず多くの人間が動き回っていた。
俺たちは受付へ向かい、依頼を受けたときにもらった木札、探索者の金属板、そしてセルナを包んだ布を順番に台へ置く。
受付の女性が包みを開いた。
一株ずつ確認していく。
葉の形。
茎。
切った位置。
傷み。
思っていた以上に細かく見ている。
少しだけ緊張した。
自分では間違えていないと思っているし、《解析》でも一部は確認した。それでも、正式に仕事として評価されるのはこれが初めてだ。
女性は一株目を横へ置く。
二株目。
三株目。
途中で手が止まることはない。
十本目まで確認し終えると、こちらを見て頷いた。
全部通ったらしい。
俺は小さく息を吐いた。
「よし」
日本語で呟く。
女性は板へ何かを書き込み、今度は硬貨を用意した。
依頼書に書かれていた数字と対応する報酬なのだろう。
差し出された硬貨を受け取る。
手の中へ収まった重みは、大したものではない。
それでも。
自分で受けた仕事だった。
町の外へ出て。
自分で探し。
自分で判断し。
必要なものを持って戻った。
そして、その結果が金になった。
ラティアでも働いて報酬を受け取ったが、あのときとは少し違う。あれは紹介された荷物を、その場で言われた通りに運んだ仕事だった。
今回は依頼を受けるところから始まり、自分で目的を達成して戻るところまでが一つの仕事になっている。
これが探索者の仕事。
その一番簡単な形なのだろう。
受付の女性がセルナを指しながら何かを言った。
途中で聞き取れたのは、良いという意味に近い言葉だった。
さらに切った部分を見せ、もう一度同じ言葉を使う。
状態か。
採り方か。
おそらく、悪くない評価を受けている。
俺は少し嬉しくなった。
ただ十本集めればいいわけではない。
種類を間違えず、状態を保ち、指定された採り方まで守る。
そこも仕事として見られている。
なら、次はもう少し効率よくできる。
◇
探索者協会を出てから、俺は受け取った硬貨を一度手のひらへ広げた。
大金ではない。
危険もほとんどなく、町の近くで植物を十本採っただけなのだから当然だろう。
それでも、この金には意味があった。
探索者として初めて得た報酬だ。
俺は硬貨を腰の袋へ入れる。
リシェルが隣から何か言った。
聞き取れた単語を拾う。
明日。
仕事。
続ける。
そんな意味に思える。
俺は頷いた。
「やる」
覚えた現地の言葉を一つ使う。
発音は通じたらしく、リシェルも頷く。
ガルドは何も言わなかったが、僅かに口元を緩めていた。
俺は一度、探索者協会を振り返る。
中の掲示板には、まだ読めない依頼が大量に貼られている。
今は誰かに説明してもらわなければ、何をする仕事なのかさえ分からない。
それでも今日、一枚の依頼書を実際に受けたことで、昨日まで意味の分からなかったものの一部が理解できるようになった。
自分が受けられる依頼を示す印。
必要数が書かれている場所。
期限らしい箇所。
報酬。
すべてを読めるわけではない。
だが、意味の分かる部分が増えた。
仕事を一つ終えただけでも、この世界について知っていることが少し増えている。
なら、この繰り返しでいい。
働く。
言葉を覚える。
文字を読む。
世界を知る。
そして、その中で自分についても調べていく。
俺は腰の金属板へ軽く触れた。
探索者としての最初の依頼は、思っていたよりずっと地味だった。
派手な戦闘もなければ、危険な魔物とも遭遇していない。
だが、それでいい。
何も知らない俺が、この世界で自分の足で生きていくなら。
こういう一歩から始める方が、たぶん俺には合っていた。




