第31話 実力確認
灰色の髪の男に示された扉を抜けると、建物の裏側に設けられた広い中庭へ出た。
三方を石造りの建物に囲まれ、残る一方にも高い壁がある。地面は土のままだが、長く使われているらしく固く踏み締められ、ところどころに何重もの足跡や武器を引きずったような跡が残っていた。壁際には剣や槍、棒、盾といった木製の武器が並んでいるが、刃に当たる部分はいずれも丸く削られている。
少し離れた場所では、二人の男が木剣と盾を持って向かい合っていた。一方が踏み込み、もう一方が盾で受け、数度打ち合ったところで近くにいた男が声を掛ける。二人ともすぐに武器を下ろしたところを見ると、ここが訓練場であり、同時に俺の実力を確認するための場所なのだろう。
「いきなり魔物と戦わせるほど雑じゃないか」
探索者が危険な場所へ出る仕事なら、最低限の戦闘能力を確認する必要はある。だが、そのためだけに本物の魔物を用意するのは効率が悪いうえ、事故が起これば怪我では済まない。まずは人を相手に武器の扱いや判断力を見るというなら、十分に理にかなっていた。
後ろからガルドたちも中庭へ出てくる。灰色の髪の男は別の男へ声を掛け、俺の方を示しながら短く何かを説明した。
呼ばれた男は四十歳前後に見えた。体格だけならガルドほど大きくなく、むしろ少し細身だが、こちらへ歩いてくる動きには無駄がない。腰には本物らしい剣を下げていたものの、途中で壁際から木剣を一本取り、俺の前まで来ると顔を見たあと手にした槍へ視線を落とした。
灰色の髪の男が俺の名前を告げる。
「レイジ」
試験役らしい男は一度だけ頷き、俺の槍を指してから壁際の木製武器へ視線を向けた。
本物は使うな、ということだろう。
森で作った粗末な武器とはいえ、俺の槍には巨大な虫の大顎が取り付けてある。人間へまともに突き刺せば訓練では済まないため、俺は槍をガルドへ預け、壁際に並ぶ木槍を順番に手に取った。
長さや太さ、重さを確かめたあと、普段使っているものより僅かに長い一本を選ぶ。加工の精度はこちらの方が遥かに高く、柄も真っ直ぐで握りやすいが、先端に大顎がないため重心がまるで違った。良い武器を持てば、その瞬間から扱いやすくなるというほど単純でもないらしい。
木槍を構えると、男も数歩離れた位置へ移動して木剣を構えた。
◇
男は俺を指したあと自分を示し、二つの武器を軽く打ち合わせる仕草をした。続いて頭、喉、胸の中心付近を順番に指し、大きく首を横へ振る。
戦え。ただし危険な場所は狙うな。
その程度なら理解できる。
探索者として求められているのは、単純な殺傷能力だけではないはずだ。武器を扱えるか、自分の動きを制御できるか、危険な状況で最低限の判断ができるかまで含めて見られていると考えた方が自然だった。
男が距離を取り、灰色の髪の男も壁際へ移動する。リシェルたちも邪魔にならない位置からこちらを見ていたが、その中でセイルだけが妙に楽しそうな顔をしている。
「見世物じゃないぞ」
当然意味は通じないが、俺の視線に気づいたセイルはさらに口元を緩めた。
放っておく。
俺は改めて相手へ意識を戻した。
木剣は右手。剣先はこちらへ向けているが構えは高すぎず、膝も僅かに曲がっている。肩にも余計な力が入っておらず、前後左右どこへでも動けそうな姿勢だった。
経験者であることくらいは分かる。
俺も木槍を構える。
槍術を正式に習った経験はない。森で生き残るために、遠い位置から突き、相手が近づけば距離を取り、それでも詰められれば柄を使うという程度を自分で試してきただけだ。
技術として見れば、おそらく酷い。
それでも実戦では使った。
大型の虫や獣を相手に、生きるために何度も振るった武器だ。その経験が人間相手にどこまで通用するのか、自分でも少し興味があった。
◇
試験役の男が短く声を上げる。
開始の合図と判断した。
すぐには動かない。相手も同じで、俺の全身を観察するように視線だけが動いている。
試験なら、こちらがどう動くかを見るつもりなのだろう。
なら、見せればいい。
俺は一歩踏み込み、木槍を真っ直ぐ突き出した。全力ではなく、まず相手の反応を見るための一撃だったが、男は必要最低限だけ身体をずらし、木剣の腹で槍を外側へ流した。
そのまま距離を詰めてくる。
槍は間合いが長い反面、内側へ入られれば剣の方が扱いやすい。俺は槍を引きながら後退したが、男は止まらず、さらに半歩踏み込んで横から木剣を振ってきた。
柄で受ける。
乾いた音とともに、両手へ思った以上の衝撃が走った。
単純に力が強いのではない。身体全体を使って打ち込んでいるのだろう。
まともに受け続ければ押し切られると判断し、槍を斜めへずらして力を外へ逃がしながら後方へ抜ける。距離を作ると、男は追撃せず、その場でこちらを見ていた。
次は向こうから動いた。
踏み込みは速いが、森で戦った獣ほどではない。俺は槍先を合わせようとしたが、男は右へ動くように見せた直後、逆方向へ身体を切り返した。
「――っ」
左。
反応が一瞬遅れた。
木剣が脇腹へ入りかけ、辛うじて柄を下げて受ける。だが、その時点ですでに男の足は俺の前足の外側へ入り込み、身体を寄せられたことで重心が崩れた。
一歩下がったところへ、次の木剣が肩へ向かう。
身体をひねる。
刃に当たる部分が服を僅かに掠めて通り過ぎた。
完全な実戦なら、すでに傷を負っている。
俺は大きく後退して間合いを作ったが、男はやはり追ってこなかった。俺を倒すのではなく、どう対応するかを見ているのだろう。
◇
呼吸を整えながら相手を見る。
人間との戦いは、森の獣とは根本的に違った。
虫も獣も速く、力も強い。一撃を受ければ致命傷になり得る危険な相手だったが、攻撃そのものは比較的分かりやすい。噛みつき、突進、飛びかかりといった身体そのものを使う攻撃が中心なので、何をしようとしているかが動きへ現れやすかった。
目の前の男は違う。
俺を見るだけでなく、俺がどう反応するかまで見ている。わざと別の動きを見せ、こちらが反応したあとで本命へ切り替える。
身体能力だけで戦っているわけではない。
このまま普通に打ち合えば、技術と経験の差で負ける可能性が高い。
《解析》を使うか。
少し迷った。
試験で勝つ必要があるのかは分からないが、探索者として最低限活動できるかを見るだけなら、相手を倒すほどの力を見せる必要はない。むしろ、自分の手札をすべて晒す理由もない。
ただし、《解析》そのものは外から見えない。
使ったことを直接知られる可能性は低いし、人間相手にどこまで役立つのか、俺自身が確認しておきたい。
俺は短く息を吐き、意識を集中させる。
解析。
> 【解析結果】
> 対象:人型武装個体
>
> 姿勢安定度:高
> 使用武器:片手剣型訓練具
> 利き腕推定:右
>
> 接近傾向:高
> 間合い圧縮を優先
> 初動偽装:複数確認
>
> 重心移動:観測可能
> 攻撃予測:限定的
> 推定精度:低〜中
>
> 観測継続を推奨
当然、答えなど出ない。
《解析》は未来を教えてくれる能力ではないし、数回打ち合った程度で相手の動きを完全に読めるはずもない。
それでいい。
必要なのは、俺が見落としている情報を整理することだ。
足。
腰。
剣。
重心。
どこが共通し、どこが変わるのか。
そこから判断するのは俺自身だった。
◇
男が再び動く。
今度は剣だけを見ない。
右足が出ると同時に腰が少し沈み、肩が僅かに右へ向いた。
さっきと似ている。
右へ行くように見せ、左へ切り返す可能性がある。
俺はすぐには槍を動かさなかった。
男がもう半歩踏み込む。
右。
まだ待つ。
次の瞬間、重心が左へ移った。
そこで槍先を動かす。
男の進行方向へ置くように。
木槍の先が胸の少し手前で止まり、男も動きを止めた。このまま突けば届く距離だが、試験である以上そこまでやる必要はない。
男の目が僅かに見開かれる。
俺が槍を引くと、男も一歩下がった。
さっきまでより慎重にこちらを見ている。
当然だ。
一度読まれた動きを、そのまま繰り返すはずがない。
予想どおり、次は正面から来た。
余計なフェイントはなく、踏み込みそのものが速い。
俺が突く。
木剣で払われ、そのまま一気に間合いへ入られる。
これまでなら後退するところだが、それだけでは押し込まれると分かっている。
俺は槍を握る位置をずらし、長さを殺した。
後端を使い、男の腕へ横から当てる。
強くは打たない。
それでも一瞬だけ剣の動きが止まり、その隙に身体を横へ抜いて再び距離を作ることができた。
男がこちらを見る。
今度ははっきりと笑った。
評価されたのか、単純に面白がられているのかは分からない。
そのあとも数度打ち合ったが、すべて上手くいったわけではなかった。
一度、木剣を肩へまともに受けた。
「ぐっ」
痛みが走る。
本物の剣なら切られている。
俺の木槍も一度だけ男の脇腹へ届いたが、触れたところで止めた。
そこで男が大きく一歩下がり、木剣を下ろす。
同時に灰色の髪の男が声を上げ、片手を掲げた。
終了。
その意味は、もう説明されなくても分かった。
◇
肩がじんじんしている。
木剣でもまともに当たれば十分痛い。
俺は軽く肩を回しながら呼吸を整えた。
森の獣と戦ったときほど身体は消耗していないが、別の種類の疲労があった。人間は考え、こちらを観察し、反応を利用する。同じ手が一度通じても、次には対処される可能性がある。
つまり、相手も学ぶ。
その意味では、対人戦はかなりいい訓練になるかもしれない。
今後、この世界で戦う相手が魔物だけとは限らない。盗賊のような人間と敵対する可能性もあれば、人間以外の知的な相手が敵になることだって考えられる。
対人戦の経験がほとんどない。
これは明確な弱点だった。
覚えておこう。
試験役の男がこちらへ歩いてくる。
木剣はすでに下げている。
何かを言いながら俺の槍、自分、そしてもう一度俺を指し、最後に親指を上げた。
少なくとも悪い評価ではないようだ。
「どうも」
俺も軽く頭を下げる。
男は笑い、木剣を壁際へ戻した。
入れ替わるようにセイルが近づいてきた。
妙に嬉しそうな顔をしている。
俺の肩を指し、さっき木剣が当たった場所を示して笑った。
「お前、絶対そこを笑ってるだろ」
意味は伝わらないのに、セイルはさらに笑う。
分かりやすいやつだ。
リシェルも近づき、俺の肩を気にするように見る。俺が軽く回して問題ないことを示すと、彼女も安心したように頷いた。
ガルドは少し離れた場所から俺を見ていた。
表情そのものは大きく変わっていない。
それでも、最初に森で会ったときのような警戒だけの目ではなくなっていることくらいは分かった。
◇
これで終わりかと思ったが、灰色の髪の男は訓練場の端へ歩いていった。
そこには腰ほどの高さの石台があり、その上に拳より少し大きな半透明の結晶が置かれている。内部では淡い光がゆっくりと揺れていた。
見た瞬間、胸の《魔核》が僅かに反応するような感覚があった。
魔力。
門の近くで見たものとは違う。
あちらは離れた場所からでも一定の魔力を感じたが、目の前の結晶には力そのものが溜まっているというより、何かに反応する性質があるように思える。
灰色の髪の男は結晶を指したあと、自分の手を表面へ置いた。
数秒すると、内部の光が少し強くなる。
手を離せば、徐々に元へ戻っていく。
次は俺。
そういうことらしい。
「魔力を見るのか……」
探索者としての能力を確かめるなら、武器だけを調べる理由はない。この世界には魔術があり、俺はリシェルとオルドが実際にそれらしい力を使うところも見ている。
問題は、俺自身だった。
胸の奥には《魔核》がある。
意識して魔力らしきものを動かせることも分かっている。
だが、それがこの世界の基準でどの程度なのか、一度も測ったことはない。
むしろ。
俺自身も知りたかった。
◇
灰色の髪の男が結晶と俺の手を交互に示す。
触れろ。
そこまでは分かる。
ただ、触れたあと何をするのか確認するために見ていると、男はもう一度自分で結晶へ手を置き、反対の手を胸元へ当てた。それから何かを流すような仕草を見せる。
魔力を入れる。
そういうことだろう。
俺は石台へ近づき、結晶を観察した。
表面は滑らかだが完全な透明ではなく、内部には細い筋のようなものが何本も走っている。その一部に沿うように、淡い光が揺れていた。
何へ触れるのか分からないまま魔力を流すより、最低限は確認しておいた方がいい。
さっきの戦闘で《解析》を使ったが、頭痛はなく、まだ余裕はある。
俺は結晶へ意識を向けた。
解析。
> 【解析結果】
> 対象:魔力反応性鉱物
>
> 内部構造:部分解析
> 外部魔力入力に対する反応性:高
> 入力時変化:発光
> 光量―入力相関:確認
>
> 詳細変換機構:解析不能
> 測定上限:不明
> 安全性:判定不能
>
> 観測情報:不足
魔力を入れることで発光する。
そこまでは分かった。
測定器のようなものだと考えてよさそうだが、何を測っているのかまでは分からない。単純な量なのか、強さなのか、密度や流し方まで関係するのか。
なら、最初から大きく流す理由はない。
灰色の髪の男が触れたときの光を思い出す。
まずは、それより少ない程度で試す。
俺は手を伸ばした。
◇
結晶の表面は冷たかった。
ただ触れただけでは何も起こらない。
灰色の髪の男を見ると、静かに頷かれた。
俺は胸の奥にある《魔核》へ意識を向け、そこから指先まで魔力を動かす。
多くは必要ない。
ほんの僅かでいい。
水へ一滴を落とすくらいのつもりで、ゆっくり流した。
次の瞬間、結晶内部の細い筋を光が走った。
そこまでは予想していた。
だが、その直後。
淡かった光が一気に内部全体へ広がり、白に近い輝きへ変わった。
俺は反射的に魔力を止める。
「……え?」
思わず声が出た。
入れた量は多くない。
少なくとも、俺自身の感覚ではかなり抑えた。
それなのに、灰色の髪の男が触れたときとは明らかに反応が違う。
さらに。
白い光が広がった中心付近。
ほんの一瞬だけ。
黒い筋のようなものが走った気がした。
見間違いか。
そう考える前に、周囲が静かになっていることへ気づいた。
俺は顔を上げる。
灰色の髪の男も、試験役の男も、ガルドもセイルもオルドもリシェルも、全員が俺ではなく結晶を見ていた。
さっきまで笑っていたセイルの表情からも笑みが消えている。
結晶の光はゆっくり弱まり、元の淡い状態へ戻っていった。
灰色の髪の男はしばらく何も言わなかった。
やがて俺へ視線を移し、短い言葉を口にする。
意味は分からない。
ただ、単純に驚いているだけではなさそうだった。
男は俺の手を見たあと、結晶へ目を向け、最後に右側頭部の一本角を見る。
俺はその視線の動きを見逃さなかった。
魔力を入れすぎたのか。
それとも。
この結晶にとって、俺の魔力そのものが何か違うのか。
まだ分からない。
胸の《魔核》へ意識を向けても、特に変化はなかった。いつも通り、そこにあると感じるだけだ。
だからこそ。
余計に気になる。
俺が自分でも理解していない何かを、あの結晶だけが一瞬反映した。
そんな可能性が。
頭から離れなかった。




