王都への出立と裏切り者の印章
朝日がラッカ村の屋根を照らし始めた。
広場には、王都へ向かう一行が集まっている。
悠真、イリナ、ザック、ガルド、ミナ、レム、トビ。そして十六村から選ばれた代表者たち。ヴォルタ商館からは、数名の護衛と記録係が同行することになっていた。
目的地は王都。
王都財務総監アルベルト・グラウゼが待つ、敵の本拠地だった。
「これで全員です」
ザックが人数を確認しながら、分厚い記録帳を閉じる。
「共同証拠網の主要記録は三つに分けて保管しました。原本の複製、村ごとの証言、そして自動公開用の暗号鍵です」
「暗号鍵は、誰が持つ?」
悠真が尋ねると、ザックは小さな金属筒を取り出した。
「一つは僕が。もう一つはトビ君に預けます」
「僕に?」
トビが驚いて目を見開く。
「《記憶記録》を持つ君なら、鍵の内容を誰にも知られず覚えておける。紙に残さないほうが安全だ」
トビは不安そうに悠真を見た。
「僕にできるでしょうか」
「できるかどうかじゃない」
悠真はトビの肩に手を置いた。
「君にしかできない役目だ」
トビはしばらく黙っていたが、やがて強く頷いた。
「分かりました。僕が覚えます」
そのとき、馬車のそばに立っていたイリナが、銀色の印章を見つめていた。
王都の特使が提示した召喚状に押されていたものと同じ印だ。
しかし、その表情は険しい。
「どうかしましたか?」
悠真が声をかける。
「この印章に見覚えがあります」
イリナは印章の写しを取り出した。
「これは財務局の正式な紋章ではありません。王都内部の一部機関だけが使う、特別監察印です」
「特別監察?」
「財務総監直属の秘密部署。《白鷺局》」
ザックが眉をひそめる。
「聞いたことがありません」
「公的な記録には存在しませんから」
イリナは声を落とした。
「表向きは、国家機密に関する内部監査組織。ですが実際には、記録の回収、証人の拘束、そして不都合な人物の処理を担当していたと聞いています」
ガルドが剣の柄に手をかける。
「処理というのは、殺すという意味か?」
「証拠が残らない方法で、存在を消すという意味です」
広場の空気が冷えた。
悠真は、召喚状の印章を思い出した。
特使は財務局の人間ではなかった。
最初から、白鷺局の命令で動いていたのだ。
「つまり、王都へ向かう途中にも刺客が来る可能性がある」
「すでに来ているかもしれません」
イリナがそう言った瞬間、トビが顔を上げた。
「……誰か、僕たちを見ています」
全員が一斉に周囲を見渡した。
村の外れにある穀物倉庫。
その屋根の上に、一瞬だけ人影が現れた。
次の瞬間、影は姿を消す。
「ガルド!」
「任せろ!」
ガルドが駆け出す。
だが、倉庫の裏へ回ったときには、すでに誰もいなかった。
地面に残されていたのは、白い羽根が一枚だけ。
イリナがそれを拾い上げると、羽根の根元に細い銀糸が結ばれていた。
「白鷺局の警告です」
「警告?」
「ええ。『見ている』という意味です」
悠真は羽根を受け取り、《契約可視化》を発動した。
羽根に刻まれた微細な術式が淡く光る。
```text
付与術式を解析しました。
術式名:《追跡標》
対象:ユウマ・カガミ
発動条件:対象が王都街道へ進入した時
効果:位置情報を白鷺局へ送信
```
悠真はすぐに羽根を握りつぶした。
だが、術式は消えなかった。
「すでに追跡対象として登録されている……」
イリナが険しい顔をする。
「なら、出発前に追跡術式を切らなければなりません」
悠真は自分の装備を確認した。
衣服、靴、鞄、そして複製原簿。
どこかに術式が仕込まれている可能性がある。
そのとき、トビが小さく声を上げた。
「悠真さん。その馬車……」
トビが指差したのは、ヴォルタ商館が用意した荷馬車だった。
車輪の内側に、白い羽根と同じ銀糸が巻き付いている。
ザックが駆け寄り、荷台の底を調べた。
「ありました!」
板の裏側に、小さな銀製の筒が固定されている。
悠真が筒に触れた瞬間、表示が浮かんだ。
```text
監視装置を検出しました。
装置名:《遠隔記録筒》
機能:
・周囲の会話を記録
・対象の位置を送信
・特定の合言葉に反応して爆発
登録者:???
所有権:ヴォルタ商館名義
```
ガルドが低く唸る。
「ヴォルタ商館が裏切ったのか?」
「名義だけを使われた可能性もあります」
イリナは筒を見つめた。
「問題は、誰がこの荷馬車に仕込んだかです」
ヴォルタ商館の使者が青ざめた顔で近づいてきた。
「待ってください。我々は何も知りません!」
ガルドが剣を抜く。
「証拠はある。言い訳は後にしろ」
「やめてください」
悠真が制した。
彼は遠隔記録筒を解析し、内部の記録を読み取った。
```text
記録件数:12
最終起動者:ヴォルタ商館・輸送部主任
起動時刻:昨夜、王都特使到着の2時間前
```
使者の顔から血の気が引いた。
「輸送部主任……?」
「その人物は、今どこに?」
ザックが尋ねる。
「昨夜から姿が見えません」
悠真は筒を見つめた。
敵は村の外から近づいていたのではない。
すでに一行の内部へ入り込んでいた。
その瞬間、村の入口から馬の嘶きが聞こえた。
若い男が一人、息を切らして駆けてくる。
「大変です! 王都へ続く南街道で、ヴォルタ商館の輸送部主任が拘束されていました!」
「誰に?」
「白い外套の兵士たちです。ですが、彼らは主任を連れて行く前に、こう言っていました」
男は震えながら続けた。
「『裏切り者の処分は完了した』と」
広場が凍りついた。
イリナが小さく呟く。
「口封じされた……」
悠真は遠隔記録筒を握りしめた。
「僕たちを監視するために利用されたあと、証拠を残さないよう消された」
彼の視界に警告が浮かぶ。
```text
敵対勢力の行動を確認しました。
勢力:《白鷺局》
目的:
・ユウマ・カガミの追跡
・共同証拠網の暗号鍵の奪取
・初期返済記録の破棄
警告:
一行内部に、追加の協力者が存在する可能性
```
「追加の協力者……」
悠真は、集まった同行者たちを見渡した。
十六村の代表者。
商館の護衛。
記録係。
誰もが味方に見える。
だが、敵が一人も紛れ込んでいないと断言することはできなかった。
イリナが悠真の隣に立つ。
「ここで出発を中止すれば、王都はすぐに別の手を打ちます」
「分かっています」
「それでも行くのですか?」
悠真は東の空を見た。
朝日が山の端から昇り、街道を赤く染めている。
「行きます。ただし、予定どおりの道は使いません」
悠真は街道の地図を広げた。
「王都へ向かうと見せかけて、最初の宿場で分岐します。共同証拠網の中継所を経由し、旧街道を通る」
ザックが地図を覗き込む。
「旧街道は封鎖されているはずです」
「だからこそ、白鷺局も待ち伏せしにくい」
イリナが頷いた。
「賭けですね」
「王都へ入る前に、こちらも相手の監視網を切る必要があります」
悠真は暗号鍵の一つをトビに預けた。
「トビ、何か異変があれば、決められた合図を出してくれ」
「分かりました」
「そして、誰かに鍵を要求されても、絶対に渡さないこと」
トビはしっかりと頷いた。
「僕は、もう黙って見ているだけの記録係ではありません」
その言葉に、悠真は微笑んだ。
「その通りだ」
一行は、予定とは異なる街道へ向けて出発した。
ラッカ村の門を出てしばらくすると、後方の丘に白い影が現れる。
白鷺局の監視者だった。
その手には、銀糸の巻かれた小さな弓が握られている。
監視者は一行を見送り、懐から別の印章を取り出した。
三つの輪。
ただし、その一つは刃のように裂けている。
「対象は出発した」
監視者は魔道具に向かって呟いた。
「ただし、予定外の旧街道へ進んでいる」
魔道具の向こうから、低い声が返ってくる。
『構わない。旧街道には、十二年前から待機している者がいる』
「十二年前から?」
『そうだ。ユウマ・カガミが戻る日を、ずっと待っていた者だ』
監視者は目を細めた。
『彼を王都へ到着させるな』
その頃、悠真たちは深い森へと続く旧街道に入っていた。
道の両側には、崩れた石碑が並んでいる。
その石碑の一つに、見覚えのある紋章が刻まれていた。
十二年前の仕入れポイント制度。
そして、その下に短い文字が残されている。
> 初期設計者が帰還した時、最初の債権者は目を覚ます。
悠真は馬車を止めた。
「この先に、誰かいる」
森の奥から、ゆっくりと足音が近づいてくる。
現れたのは、白髪の老人だった。
手には古びた帳簿。
胸元には、王都でも環状連盟でもない、見知らぬ紋章が刻まれている。
老人は悠真を見ると、深く頭を下げた。
「お帰りなさいませ、初期設計者様」
悠真の視界に、新たな表示が浮かんだ。
```text
重要人物を確認しました。
名前:???
称号:《最初の債権者》
状態:敵対・中立・協力のいずれか
警告:
対象は十二年前の初回返済記録を完全に保有しています。
```
老人は帳簿を開いた。
最初のページには、悠真自身の署名があった。
「あなたが失った記憶を返しましょう」
老人は静かに告げる。
「ただし、その代わりに一つだけ答えていただきたい」
悠真は身構えた。
「十二年前、あなたはなぜ、自分で制度を壊したのですか?」
旧街道に、風が吹き抜ける。
王都へ向かう旅は、出発したばかりだった。




