失われた返済記録と環状連盟の告白
夜明け前のラッカ村。
王都財務局の部隊が撤退したあとも、広場には緊張が残っていた。共同証拠網によって十六村の記録が共有されたとはいえ、王都の追及が終わったわけではない。
むしろ、本当の戦いはこれからだった。
悠真は、複製された《広域債権統合原簿》を机の上に広げていた。
隣ではザックが、破損した記録片を一枚ずつ並べている。ガルドは村の入口を警戒し、ミナとレムは各村から送られてきた証言書を整理していた。
そして、イリナは古びた木箱を前にして、黙り込んでいた。
「それが、最初の返済記録ですか?」
悠真が尋ねる。
「正確には、その一部です」
イリナは木箱を開いた。
中には、焦げた紙片と黒ずんだ金属板が収められていた。
「十二年前、王都財務局が救荒融資の原本を回収したとき、すべてを持ち去ったと思われていました。しかし、環状連盟の初期メンバーが一部を隠していたのです」
「なぜ今まで公開しなかったんですか?」
「公開できなかった」
イリナは紙片を見つめた。
「この記録には、あなたの名前だけでなく、救荒融資制度の本当の設計者と、最初に資金を提供した人物の名前が記されています」
「最初の債権者……」
悠真の胸に、嫌な予感が走る。
イリナは黒ずんだ金属板を机の上に置いた。
表面には、王都財務局の公印と、三つの輪を組み合わせた古い紋章が刻まれている。
「この紋章は、今の環状連盟のものとは少し違います」
ザックが目を近づけた。
「輪が一つ、内側に向いている……」
「そうです」
イリナは低い声で答えた。
「十二年前、環状連盟は二つの派閥に分かれていました。制度を村人のために使おうとした『開放派』と、王都と協力して管理しようとした『統制派』です」
悠真は金属板に触れた。
その瞬間、視界に警告が浮かんだ。
```text
過去記録の断片を検出しました。
記録名:《救荒融資・初回返済台帳》
保存状態:破損
復元率:31%
登録者:
・ユウマ・カガミ
・イリナ・ヴァレスト
・???・グラウゼ
初回債権額:金貨三百枚
返済方法:仕入れポイントによる物資供給
返済判定:完済
```
悠真は息を呑んだ。
「グラウゼ……。アルベルト・グラウゼが、最初から関わっていた?」
「当時の彼は、財務局の次官補でした」
イリナは答えた。
「救荒融資制度を王都に売り込んだのも、彼です。あなたの設計を高く評価し、王都全域へ拡大すべきだと主張した」
「それなら、なぜ僕の記憶を封印したんですか?」
「制度の管理権限を奪うためです」
イリナの声が震えた。
「あなたは、制度に管理者本人しか変更できない制限を組み込んでいた。グラウゼはその権限を何度も譲るよう迫りましたが、あなたは拒否した」
「僕は……拒否した?」
「ええ。そして、あなたは最後の手段を選んだ」
イリナは焼け焦げた紙片を一枚取り出した。
そこには、かすれた文字が残っていた。
> 管理者権限を分割し、記憶の封印を実行する。
> ただし、仕入れポイントの核は失わせない。
> いつか、制度を本来の目的へ戻す者が現れることを信じる。
悠真の指が震える。
「この文章は、僕が書いたんですか?」
「あなたと私の二人で書きました」
イリナはまっすぐに悠真を見た。
「あなたは自分の記憶を封印し、私は復元の手がかりを守る役目を引き受けた。ですが、封印の直後にグラウゼが研究所を制圧した」
「それで、あなたは?」
「逃げました。あなたを連れ出そうとしましたが、間に合わなかった」
広場の外で、見張り役のガルドが叫んだ。
「街道に誰かいる!」
全員が一斉に振り向く。
朝霧の中から、一頭の黒馬が姿を現した。
馬上にいるのは、白い外套をまとった男だった。胸には王都財務局の紋章が刻まれている。
しかし、その隣には見慣れない銀色の印章があった。
「王都の特使か……」
ガルドが槍を構える。
男は馬を止め、広場に向かって声を張り上げた。
「ラッカ村の代表、ユウマ・カガミに告げる!」
男は一枚の文書を掲げた。
「王都財務総監アルベルト・グラウゼ閣下の名において、貴殿を国家制度の不正利用および王都機密の窃取の罪で召喚する!」
村人たちが騒ぎ始める。
悠真は一歩前へ出た。
「召喚に応じなかった場合は?」
「王都反逆罪として、十六村すべてを封鎖する」
イリナが険しい顔をする。
「やはり、村々を人質に取るつもりです」
特使はさらに文書を読み上げた。
「なお、貴殿が王都へ出頭すれば、共同証拠網に参加した村々への追及は停止する。拒否した場合、各村の代表者を拘束し、土地と通行権を王都へ移管する」
広場に沈黙が落ちた。
ザックが拳を握る。
「そんな条件、受け入れられるわけがない!」
「待ってください」
悠真は特使を見つめた。
「王都へ行けば、本当に村々は助かるんですか?」
「総監閣下は約束を違えない」
特使は淡々と答える。
「ただし、あなたが持つ初期管理者権限と、複製された原簿をすべて提出することが条件だ」
イリナが小さく息を呑んだ。
悠真は彼女を見る。
「王都は、僕の権限を使って共同証拠網そのものを消すつもりですね」
「その可能性が高い」
「なら、行くしかありません」
ガルドが驚いて振り返る。
「悠真、本気か?」
「ただし、条件を変えます」
悠真は特使の前へ歩み出た。
「僕一人では行かない。十六村の代表、ヴォルタ商館、環状連盟の証人を同行させる。王都で公開審問を行うことが条件です」
特使は無表情だった。
「貴殿に条件を出す権利はない」
「なら、あなたはここで僕を拘束するしかない」
悠真は複製原簿を掲げた。
「その瞬間、共同証拠網に保存されたすべての記録が、周辺各地へ自動公開されます。僕を連れて行くなら、あなたたちは自分たちの罪を王都全域へ配信することになる」
特使の表情が初めて崩れた。
イリナが静かに笑う。
「十二年前にはなかった仕組みです。今の悠真は、もう一人ではありません」
悠真の視界に、新たな表示が浮かんだ。
```text
緊急クエストを受注しました。
《王都公開審問へ向かえ》
目的:
・初期返済記録を完全復元する
・アルベルト・グラウゼの責任を立証する
・王都に奪われた管理者権限を奪還する
同行可能勢力:
・環状連盟
・十六村共同代表
・ヴォルタ商館
制限時間:68時間
失敗条件:
・共同証拠網の停止
・初期返済記録の消失
```
悠真は拳を握った。
「王都へ行きます」
村人たちの間に動揺が走る。
「ですが、連行されるつもりはありません」
彼は広場全体を見渡した。
「僕たちが向かうのは、裁かれるためではない。十二年前に奪われた記録と権利を、取り戻すためです」
イリナが悠真の隣に立った。
「ならば、私も同行します」
その声に、ザック、ガルド、ミナ、レムも続いた。
「俺も行く」
「私も」
「僕も、記録係として行きます!」
やがて十六村の代表たちが次々と手を挙げる。
特使はその光景を見つめ、馬上で静かに息を吐いた。
「……よろしい。ただし、王都では財務総監の権限がすべてに優先する」
「それは、王都に着いてから確かめましょう」
悠真はそう答えた。
東の空が、わずかに明るくなり始めていた。
失われた返済記録。
十二年前の自分。
そして、すべての始まりにいたアルベルト・グラウゼ。
王都への道は、過去の謎を解く道であると同時に、敵の懐へ踏み込む道でもあった。




