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三つ輪の同盟と夜明け前の抵抗

 夜の街道を進んでいた王都財務局の部隊が、ラッカ村の手前で足を止めた。


 兵士たちの前方に、いつの間にか数本の旗が立っている。


 三つの輪が重なった紋章。


 その旗の下には、黒い外套をまとった者たちが十数人並んでいた。


「何者だ!」


 財務局の隊長が怒鳴る。


 黒い外套の一人が、一歩前へ進み出た。顔の下半分を覆う布の奥から、落ち着いた女の声が響く。


「《環状連盟》の使者です。王都財務局による原簿接収に対し、正式に異議を申し立てます」


「民間組織が国家命令に口を挟むのか!」


「民間組織?」


 女は小さく笑った。


「その言葉は、十二年前にも聞きました。あなた方が救荒融資をベルク商会へ移管したときにもね」


 隊長の顔色が変わった。


 広場にいた悠真たちにも、その声は届いていた。


「環状連盟……」


 ザックが呟く。


「第三の紋章の組織です。まさか、こんなに早く接触してくるとは」


 女は村の門を見上げ、悠真に視線を向けた。


「ユウマ・カガミ。ようやく会えましたね」


 名前を呼ばれ、悠真の背筋が冷たくなる。


「僕を知っているんですか?」


「知っているのは、あなたの名前だけではありません」


 女は胸元から古びた金属板を取り出した。


 そこには、仕入れポイントの記号と、悠真の名前が刻まれていた。


「十二年前、あなたはこの制度の最初の利用者として登録された」


「でも、僕にはその記憶がありません」


「ええ。消されたのです」


 女がそう答えた瞬間、財務局の隊長が剣を抜いた。


「くだらぬ話は終わりだ! 原簿を接収する。抵抗するなら全員を拘束しろ!」


 兵士たちが一斉に前進する。


 ガルドが槍を構え、村人たちも手にした鍬や木棒を握り直した。


 しかし、悠真は彼らの前に立って手を上げた。


「待ってください。戦う前に、確認したいことがあります」


 隊長が鼻で笑う。


「今さら何を確認する?」


「財務局の接収命令書です。原簿を国家機密に指定した根拠条文と、接収責任者の署名を提示してください」


「命令は命令だ!」


「それでは正当性がありません」


 悠真は《契約可視化》を発動した。


 隊長が掲げた命令書の文字が、淡い光に包まれる。


```text

解析結果:

・国家機密指定の根拠条文:記載なし

・接収責任者の正式署名:欠落

・発行日:王都暦312年7月

・文書作成日:王都暦312年6月

・命令書は事後的に作成された可能性が高い

```


 村人たちからざわめきが起こる。


「発行日より前に作られている?」


「そんな命令書が通るのか?」


 ザックが複製資料を掲げた。


「しかも、財務局の公印が押された位置と、本文のインクが違います! これは正式な命令書ではありません!」


 隊長は一瞬、言葉を失った。


 その隙を逃さず、環状連盟の女が声を張り上げる。


「聞きなさい、ラッカ村の人々! 王都財務局は、救荒融資の国家責任を隠すため、皆さんの債務を民間契約へと偽装しました。今夜の接収は、その証拠を消すためのものです!」


「証拠を消すだと?」


「なら、なぜ急に兵を寄こした!」


 村人たちの声が次々と上がる。


 王都兵の中にも、動揺する者がいた。


 隊長が苛立たしげに剣を振り上げる。


「黙れ! 王都への反逆だ!」


「反逆ではありません」


 悠真は一歩前へ進んだ。


「公文書の正当性を確認しているだけです。もし本当に正規の命令なら、公開の場で検証できるはずだ」


 その言葉に、ヴォルタ商館の使者が進み出た。


「商館としても、正式な文書確認なしの接収には協力できません。王都との取引記録に関わるためです」


 隊長の表情が険しくなる。


 ベルク商会の傭兵たちが、ゆっくりと武器を抜いた。


 広場の空気が張り詰める。


 そのとき、環状連盟の女が悠真の横に立った。


「私はイリナ。十二年前、救荒融資の運用記録を管理していた者です」


 悠真は彼女を見た。


「あなたが、記憶の中にいた女性ですか?」


 イリナの瞳がわずかに揺れる。


「……見たのですね」


「黒い外套の人物と話していた。制度を使えば、多くの人を救えると」


「その人物は、あなたです」


「僕が?」


 イリナは金属板を悠真へ差し出した。


「正確には、十二年前のあなた。あなたは王都の研究所で、物資交換の仕組みを設計していました。仕入れポイントは、貨幣を持たない村でも食料や種籾を受け取れるように作られた制度だった」


「それが、どうして債務になったんですか?」


「王都財務局が制度を接収したからです」


 イリナは、苦しげに拳を握った。


「あなたは制度に、返済上限と債務免除の条項を組み込んでいた。けれど財務局はその部分を削除し、ベルク商会へ管理権を移した。救済のためのポイントは、土地を奪うための債権へと変えられたのです」


 悠真の視界に、断片的な映像が再び浮かんだ。


 研究室。


 机いっぱいに広げられた設計図。


 そして、若い自分が書類に署名する姿。


 その隣には、イリナが立っている。


 映像の中の悠真が言った。


「制度を悪用されないよう、僕が責任を持って監査する」


 だが、次の瞬間、研究室の扉が激しく開かれた。


 王都の役人たちが押し入り、書類を奪い取る。


 最後に聞こえたのは、誰かの叫び声だった。


「記録を消せ! この男の記憶もだ!」


 悠真は頭を押さえ、よろめいた。


「僕は……王都に記憶を消された?」


「違います」


 イリナは静かに答えた。


「あなたは自分で記憶を封印したのです。制度を守るために、最後の認証権限をあなたの魂に移した」


 その瞬間、悠真の目の前に新たな表示が浮かんだ。


```text

過去権限の復元条件を確認


管理者権限:《初期設計者》

封印状態:一部解除


復元可能機能:

・仕入れポイントの不正発行検知

・国家債権の強制統合解除

・契約履行者の記録復元


復元条件:

・環状連盟の正式承認

・最初の返済記録の完全復元

```


 悠真は表示を見つめた。


「僕が、この制度を止められる……?」


「止めるだけではありません」


 イリナは街道の先を見た。


「あなたなら、奪われた土地と権利を元の持ち主へ返せる」


 そのとき、隊長が兵士たちに命じた。


「もうよい! 全員を反逆者として拘束しろ!」


 王都兵が動き出す。


 だが、兵士たちの足元に、青白い線が走った。


 村の広場から街道へ、無数の光の線が伸びていく。線は村々を結び、巨大な環状の紋様を描いた。


「何だ、これは!」


 隊長が叫ぶ。


 イリナが答えた。


「共同証拠網です。四村だけではありません。トルナ、カシュ、エンザ、そして周辺の十二村が、今夜同時に記録を公開しました」


 ザックが驚いた顔で資料を確認する。


「共通債権番号が、すべて照合されていく……!」


 悠真の視界に、膨大な記録が流れ込む。


```text

共同証拠網:接続完了

参加地域:16村

確認済み不正債権:387件

土地・河川・通行権の不正担保化:112件

国家財務局関与記録:確定

```


 王都兵たちは、自分たちの足元に広がる光を見て立ち尽くした。


 遠くから、別の鐘の音が聞こえてくる。


 一つではない。


 二つ、三つ、四つ。


 周辺の村々が一斉に鐘を鳴らしていた。


 それは、王都の命令に従うのではなく、自分たちの記録と証言を公開した合図だった。


 隊長の手から、命令書が落ちる。


「こんな……一夜で、これほどの村が……」


 悠真は光の中心に立った。


 封印されていた仕入れポイントの表示が、これまでとは異なる色に変わっていく。


```text

管理者権限の一部を復元しました。


新スキル:《債権連結解除》

効果:

・不正に統合された債務を個別記録へ分離する

・架空利息と重複請求を無効化する

・担保化された権利の原所有者を特定する

```


 悠真は、王都兵とベルク商会の傭兵たちを見渡した。


「この原簿は、もう一つの商会や財務局だけのものではない」


 彼は複製された原簿を掲げる。


「ここに記録されたすべての人々のものだ。誰にも、勝手に奪わせない!」


 村人たちの歓声が、夜空を揺らした。


 しかし、イリナだけは険しい表情を崩さなかった。


「喜ぶのはまだ早いです」


「何かあるんですか?」


「共同証拠網が動いたことで、王都は必ず次の手を打ちます」


 彼女は街道の彼方を見つめた。


「財務局でも、ベルク商会でもない。王都の最深部にいる者が、あなたの復帰を知った」


「最深部?」


「十二年前、あなたの記憶を封印する命令に署名した人物です」


 その名を、イリナは低い声で告げた。


「王都財務総監――アルベルト・グラウゼ」


 悠真の視界に、最後の警告が浮かんだ。


```text

主要敵対者を確認しました。


王都財務総監

アルベルト・グラウゼ


称号:《救済制度の設計者》

危険度:S


次なる目的:

・最初の返済記録を完全復元せよ

・初期設計者としての権限を取り戻せ

・王都財務総監の責任を公開せよ


王都より特使が到着するまで:72時間

```


 夜明けはまだ遠い。


 だが、十二年間隠されていた真実は、すでに動き始めていた。

名前:イリナ・ヴァレスト

年齢:31歳

種族:人族

職業:環状連盟・記録監察官/特使

レベル:27

体力:C+

筋力:D

敏捷:B

魔力:B

知力:A+

交渉力:A

商才:B

戦闘力:B

固有スキル:《記録復元》

称号:《環状連盟の証言者》

所持金:金貨8枚、銀貨42枚

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