失われた返済記録と最初の利用者
第三の紋章を掲げた使者が去ったあとも、ラッカ村の広場には重い沈黙が残っていた。
封書を手にした悠真は、何度もその文面を読み返していた。
> 最初の利用者へ。
> まだ、約束は終わっていない。
差出人の名はない。
ただ、封蝋には見覚えのない三つの輪が刻まれていた。ベルク商会の紋章でも、王都財務局の印でもない。三つの輪が互いに重なり合い、その中心に小さな点が打たれている。
「その紋章……古い記録で見たことがあります」
ザックが、複製された《広域債権統合原簿》をめくりながら言った。
「どこで?」
「十二年前の救荒融資に関する、削除済みの欄です。正式な記録には残っていませんが、ページの端に同じ形の印が押されている」
ザックは、複製資料の一枚を広げた。
そこには、何度も削り取られた痕跡があった。紙の繊維が荒れ、文字の一部だけがかろうじて残っている。
「ここです。『初期運用協力者……』その下は読めません」
悠真は紙面に手をかざした。
《契約可視化》を発動する。
淡い光が文字の上を走り、消されたインクの残滓が浮かび上がった。
```text
解析結果:
・削除された記録の復元率:47%
・記録種別:救荒融資・初期返済試験
・対象者名:ユウマ・カガミ
・返済方法:仕入れポイントによる相殺
・備考:第一利用者による実証完了
```
悠真の呼吸が止まった。
「第一利用者……」
ミナが不安そうに彼の顔を見上げる。
「悠真さん。つまり、あなたより前に、この仕組みを使った人がいたということですか?」
「そうだと思います。でも……僕の名前が、十二年前の記録にある理由がわからない」
転移する前の悠真は、この世界に存在していなかった。
少なくとも、悠真自身の記憶ではそうだった。
しかし、原簿は彼の名を知っている。
その事実が、胸の奥に冷たい手を差し込んでくる。
そのとき、封書の内側に隠されていた二枚目の紙が、突然淡く光った。
```text
特別条件を確認しました。
隠しクエスト
『最初の利用者を探せ』
達成条件:
・十二年前の「初期運用記録」を発見する
・ユウマ・カガミ名義の返済記録の出所を特定する
・第三の紋章を持つ組織と接触する
達成報酬:
・仕入れポイント+50pt
・固有スキル進化権
・過去利用者の記憶 fragment
```
「記憶……?」
悠真が呟いた瞬間、視界が大きく揺れた。
目の前に、知らない光景が流れ込んでくる。
雪に覆われた王都。
飢えに苦しむ人々。
積み上げられた穀物袋。
その前に立つ、黒い外套の人物。
顔は見えない。
だが、その人物の手元には、悠真が何度も見てきた仕入れポイントの表示が浮かんでいた。
```text
仕入れポイント:100pt
交換可能品:
・小麦
・種籾
・薬草
・鉄器
・契約保証
```
黒い外套の人物が、誰かに問いかける。
「この制度を使えば、多くの命を救える。だが、代償として債務は残る。それでも実行するか?」
答えたのは、若い女性の声だった。
「命を救えるなら、今はそれでいい。返済の仕組みは、後から整えればいいわ」
映像が乱れる。
次に見えたのは、同じ女性がベルク商会の幹部たちと向かい合う姿だった。
「話が違う! これは村を救うための制度でしょう。土地を奪うためではない!」
机の上には、三つの輪の紋章が刻まれた書類が置かれている。
そして、その隣には一枚の契約書。
署名欄に書かれていた名前は――。
**ユウマ・カガミ。**
「……僕が、契約した?」
悠真が声を漏らすと、映像はそこで途切れた。
膝から力が抜け、ガルドが慌てて彼の肩を支える。
「大丈夫か、悠真!」
「今……僕は、十二年前の記憶を見ました」
「記憶だと?」
悠真は震える手で、複製原簿の欄を指した。
「僕はこの世界に来る前から、この制度に関わっていたのかもしれない。いや……もしかすると、十二年前の僕と今の僕は、同じ人間ではない可能性もある」
誰も言葉を返せなかった。
その直後、村の見張り台から警鐘が鳴り響いた。
遠くの街道に、王都の旗を掲げた部隊が現れたのだ。
先頭に立つのは、昼間の使者とは別の男だった。鎧の胸元には、財務局の紋章。その背後には、ベルク商会の傭兵たちが並んでいる。
「王都財務局の命令により、原簿を正式に接収する!」
男の声が村中に響いた。
「抵抗する者は、国家反逆への加担者とみなす!」
ガルドが槍を構える。
「とうとう武力で来たか」
「待ってください」
悠真は立ち上がった。
目の前には、村を守るために集まった人々がいる。背後には、十二年前から続く巨大な秘密がある。
そして、自分の名前を知る「最初の利用者」がどこかで待っている。
悠真は封書を握りしめ、村人たちに向かって叫んだ。
「原簿は渡しません!」
広場に、村人たちの声が重なる。
「渡すな!」
その瞬間、悠真の視界に新たな表示が浮かんだ。
```text
緊急クエスト
『国家接収を阻止せよ』
達成条件:
・原簿の完全接収を防ぐ
・王都財務局の強制執行の正当性を崩す
・第三の紋章の組織から援軍を得る
失敗条件:
・原簿の消失
・ラッカ村の自治権喪失
制限時間:夜明けまで
```
夜の街道に、王都の兵士たちが進軍を開始する。
悠真は、原簿の裏表紙に刻まれた三つの輪を見つめた。
「最初の利用者……あなたは、いったい何者なんですか」
答えの代わりに、村の外れで三つの輪の紋章が描かれた旗が、静かに掲げられた。




