王都の命令書と十二年前の最初の債権者
ラッカ村の広場に、王都財務局の使者たちが姿を現した。
先頭に立つのは、銀色の肩章をつけた痩せた男だった。手には王都の紋章が刻まれた命令書を持ち、その背後には十人ほどの武装兵が控えている。
「王都財務局の命により、広域債権統合原簿を接収する」
男は、感情のこもらない声で命令書を読み上げた。
「当該原簿は国家財産であり、無許可での閲覧、複製、持ち出しは王都法により禁じられている。速やかに提出せよ」
広場に集まった村人たちの間から、怒声が上がった。
「さっきまで公開監査だと言っていたじゃないか!」
「都合が悪くなったから取り上げるのか!」
「その原簿には、俺たちの土地のことが書かれているんだぞ!」
王都の使者は、村人たちを冷たく見渡した。
「異議があるなら、王都の裁定所へ申し立てるがいい。我々は命令を執行しているだけだ」
悠真は、使者と、その背後に立つセドリックを見比べた。
「公開監査の最中に証拠品を接収するなら、まず理由を説明してください」
「理由なら、命令書に記載されている」
使者が巻物を掲げる。
「国家機密に関わる重要文書であり、地方の民間人に公開することは認められない」
「国家機密?」
ザックが一歩前へ出た。
「それなら、なぜその原簿を使って村の土地を担保にしたんです? 機密なら、契約の根拠として村人に示せないはずでしょう」
使者の眉が、わずかに動いた。
悠真はその反応を見逃さなかった。
「契約の根拠に使うときは公開文書。都合が悪くなれば国家機密。ずいぶん便利な扱いですね」
「貴様、王都の命令を侮辱するのか?」
兵士の一人が剣の柄に手をかける。
その瞬間、ガルドが槍を構えた。
「抜いてみろ。先に手を出したのがどちらか、村中が証言する」
兵士たちの足が止まった。
彼らの任務は原簿の接収であって、村人との戦闘ではない。ここで血を流せば、王都の命令が武力による脅迫だったと、四村すべてに知られることになる。
セドリックが、静かに口を開いた。
「悠真。原簿を渡せ」
「あなたも王都側の人間だったんですね」
「最初からそう言っている」
「では、なぜ公開監査を受け入れたんです?」
セドリックは、しばらく黙っていた。
やがて、疲れたように息を吐く。
「監査を行わなければ、王都は原簿を接収する口実を得られなかった。私は少なくとも、記録の一部を確認させるつもりだった」
「一部だけ?」
「すべてを明らかにすれば、この地域だけでなく、王都の財政そのものが崩れる」
その言葉に、広場は静まり返った。
悠真はセドリックを見つめる。
「やはり、十二年前に何があったのか知っているんですね」
セドリックの瞳が、わずかに揺れた。
悠真はザックに視線を向けた。
「原簿の最初のページを」
「ですが、王都の兵が……」
「見せてください。まだ監査は終わっていません」
ザックは原簿を開いた。
最初のページには、十二年前の日付と、現在とは異なる古い債権番号が記されていた。
その下には、現在の村名とは違う複数の地名が並んでいる。
そして、債権者の欄に一人の名前があった。
「アルノー・レイゼン……」
ザックが読み上げる。
ミナが古い村誌を取り出した。
「待ってください。その名前、エンザ村の記録にあります」
トビが駆け寄った。
「見せてください!」
村誌の十二年前の頁には、こう記されていた。
――王都財務局監査官、アルノー・レイゼン。
ザックが息を呑む。
「債権者と監査官が、同じ人物?」
「違う」
セドリックが低い声で言った。
全員が彼を振り返る。
「アルノー・レイゼンは債権者ではない。十二年前の飢饉対策を担当した、王都の監査官だ」
「なら、なぜ債権者の欄に名前があるんです?」
悠真が問い詰める。
セドリックは答えなかった。
悠真は原簿の該当箇所に指を触れ、《契約可視化》を発動させた。
文字の重なりが、淡い光となって浮かび上がる。
```text
解析結果:
・債権者欄に上書き痕跡を確認
・旧記録の一部が削除されている
・現在の氏名は後年追加された可能性が高い
・原本下層に別の記録が存在
```
「このページ、二重になっています」
悠真が言うと、ザックが原簿を覗き込んだ。
紙は厚く見えた。しかし実際には、薄い紙が二枚貼り合わされている。
悠真が慎重に端を剥がすと、その下から古い文字が現れた。
「王都財務局、救荒資金管理課……」
トビが読み上げる。
「個人名じゃない。部署の名前です」
バルド村長が顔をしかめた。
「では、最初の債権者は人間ではなく、王都そのものだったのか?」
セドリックは目を伏せた。
「そうだ」
彼の声から、先ほどまでの冷静さが消えていた。
「十二年前、飢饉で各地の備蓄が底をついた。王都は緊急融資を決定したが、国庫だけでは足りなかった」
「そこで、村々の土地を担保にした」
「王都が直接担保を取れば、反発が起きる。だからベルク商会を仲介にした」
広場のあちこちで、息を呑む音が聞こえた。
「商会は王都の資金を村へ流し、村々は返済を行う。返済が滞れば、商会が土地を管理する。それが当時の契約だった」
「でも、帳簿上は商会が独自に貸し付けたことになっている」
悠真が言った。
「王都が関与した証拠を隠すために」
セドリックは否定しなかった。
「当時の王都は、飢饉対策の失敗を公表できなかった。食料の備蓄も、融資の計画も、すべてが遅れていたからだ」
「だから、村人に借金を押しつけたんですか?」
ミナの声が震える。
「救うためだった」
「救うためなら、なぜ返済済みの借金まで残したんです?」
トビが言った。
「なぜ僕たちの村長が知らない裏契約を作ったんです?」
セドリックは答えられなかった。
その沈黙が、何より雄弁だった。
悠真の視界に警告表示が浮かび上がる。
```text
核心情報を確認
十二年前の救荒融資は、
王都財務局を債権者とする国家事業だった。
しかし現在の帳簿では、
ベルク商会による民間融資として再登録されている。
改ざんの目的:
・国家責任の隠蔽
・債務の恒久化
・土地と資源の管理権限の民間移転
```
悠真は原簿の別の頁を開いた。
そこには、古い債権番号と現在の共通債権番号の対応表があった。
「見つけました」
ザックが叫ぶ。
「十二年前の救荒融資は、五年後に一度だけ再計算されています。そこで元金が増やされている」
「利息ですか?」
ミナが尋ねる。
「違います。元金そのものが書き換えられている。しかも、四村の共同債務にまとめられた時点で、返済済みの記録が消されている」
悠真は数字を追った。
借入額。
返済額。
追加手数料。
担保評価額。
それぞれの記録を照合すると、同じ金額が別の項目に二重計上されている。
「ベルク商会は、王都から受け取った救荒資金を村へ貸し付けたあと、村が返した分まで債務として残したんです」
ザックが唖然とする。
「返済しても借金が減らない仕組みを作った……」
「そのうえで、増え続けた債務を理由に土地を担保化した」
悠真は王都の使者を見た。
「これが、あなたたちの言う『地域を守る制度』の正体です」
使者は顔を強張らせた。
「その記録は正式な鑑定を受けていない。証拠として認められない」
「なら、鑑定させてください」
ヴォルタ商館の使者が前へ出た。
「港街ヴォルタには、契約書とインクの年代を調べられる記録鑑定士がいます。王都の影響を受けていない、独立した鑑定士です」
セドリックが睨みつける。
「商館が国家文書を鑑定するつもりか?」
「国家文書だからこそ、国家の都合だけで判断されては困るのです」
商館の使者は、王都の兵たちを見回した。
「ここで原簿を奪えば、監査を妨害したのは王都側だと、港街ヴォルタへ報告します」
使者たちの間に緊張が走った。
セドリックは目を閉じ、長く息を吐いた。
「原簿の接収は、いったん保留する」
「セドリック様!」
王都の使者が抗議する。
「これは私の判断だ」
セドリックは彼を制した。
「この場で原簿を奪えば、我々が疑惑を認めたも同然になる」
悠真は、セドリックの言葉を聞き逃さなかった。
「では、公開監査を続けることに異論はありませんね」
「条件がある」
「何ですか?」
「原簿の複製を一部だけ認める。ただし、王都財務局の承認を得ない内容を公表してはならない」
「それでは意味がありません」
「ならば、監査そのものを中止する」
セドリックは悠真を見据えた。
「選べ。すべてを失うか、一部を残すか」
悠真は、静かに考えた。
ここで拒否すれば、王都は監査中止を理由に原簿を持ち去るだろう。
受け入れれば、少なくとも証拠の複製を残せる。
「条件を受け入れます。ただし、複製の内容をヴォルタ商館と四村の代表者が同時に確認すること。複製作業を妨害した場合は、合意違反と見なします」
セドリックはしばらく黙っていた。
「……認めよう」
その瞬間、悠真の視界に表示が浮かんだ。
```text
クエスト『監査役を迎え撃て』進行更新
達成:
・国家財務局の関与を証明
・十二年前の最初の債権者を特定
・原簿の改ざん構造を確認
新たな課題:
『失われた返済記録を復元せよ』
達成条件:
・十二年前から現在までの返済記録を照合する
・王都財務局とベルク商会の責任分担を明らかにする
・改ざん前の原本を発見する
```
その夜、四村の代表とヴォルタの記録鑑定士たちは、集会所に集まって原簿の複製作業を始めた。
ザックが数字を読み上げ、トビが記録し、ミナが村ごとの証言と照合していく。
悠真は、十二年前の古い頁を何度も見返していた。
やがて、トビが小さな声を上げた。
「悠真さん。返済記録の番号が、一つだけ抜けています」
「どの番号ですか?」
「最初の救荒融資に付けられた番号です。王都財務局の記録では返済済みになっている。でも、商会の原簿には、その後の記録がない」
「誰の返済ですか?」
トビは頁の端に残った古い文字を読み取った。
「ラッカ村です。ただし、村全体ではありません」
彼は、かすかに残った欄外の文字を指差した。
「返済者の名前は……ユウマ・カガミ」
悠真の手が止まった。
「そんな……」
ミナが息を呑む。
「悠真さんが、十二年前にこの村へお金を貸したんですか?」
「僕は、この世界に来たばかりです。十二年前には存在していない」
悠真は記録を見つめた。
だが、その名前は確かに自分のものだった。
さらに返済金額の欄には、現在の仕入れポイントと同じ形式の記号が刻まれている。
悠真の視界に、最後の警告が浮かび上がった。
```text
高位情報を検出
十二年前の返済記録に、
現システム利用者と同一名義の記録あり。
推定:
・過去のシステム利用者が存在した
・現利用者の転移は偶然ではない可能性
・仕入れポイント制度は、救荒融資制度と接続している
新クエスト:
『最初の利用者を探せ』
```
悠真は、静かに帳簿を閉じた。
ベルク商会と王都財務局の不正を暴く戦いは、まだ終わっていない。
しかしその裏で、自分自身がこの世界へ呼ばれた理由までもが、十二年前の債権記録と結びついていた。
集会所の外では、王都の兵が夜通し見張っている。
そのとき、村の門番所から鐘の音が響いた。
誰かが、夜の街道を歩いて近づいてくる。
ガルドが見張り台から叫んだ。
「敵襲ではない! だが、見たことのない紋章を掲げている!」
悠真は集会所を飛び出した。
街道の向こうから、一人の黒衣の使者がゆっくりと歩いてくる。その胸元には、ベルク商会でも王都財務局でもない、第三の紋章が刻まれていた。
使者は門前で立ち止まり、悠真に向かって一枚の封書を差し出す。
「ユウマ・カガミ殿に届けるよう命じられています」
「誰からですか?」
使者は、わずかに笑った。
「十二年前、あなたに最初の仕入れポイントを与えた者からです」
悠真の背後で、誰かが息を呑んだ。
封書の表面には、古びた文字でこう記されていた。
――最初の利用者へ。まだ、約束は終わっていない。
名前:セドリック・ヴァーン
年齢:52歳
種族:人族
職業:ベルク商会・本店監査役
レベル:27
体力:C
筋力:D
敏捷:D
魔力:C
知力:S
交渉力:A+
商才:A
戦闘力:B
固有スキル:《原簿監査》
称号:《国家債務の番人》
所持金:金貨18枚、銀貨60枚




