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王都の命令書と十二年前の最初の債権者

 ラッカ村の広場に、王都財務局の使者たちが立っていた。


 先頭にいるのは、銀色の肩章をつけた男だった。手には王都の紋章が刻まれた命令書を持ち、その背後には十人ほどの武装兵が控えている。


「王都財務局の命により、広域債権統合原簿を接収する」


 使者は巻物を読み上げた。


「当該原簿は国家財産であり、無許可での閲覧、複製、持ち出しは王都法により禁じられている。速やかに提出せよ」


 村人たちの間から、怒りの声が上がった。


「ついさっきまで公開監査だと言っていたではないか!」


「都合が悪くなったから取り上げるのか!」


「その原簿には、俺たちの土地のことが書かれているんだぞ!」


 使者は表情を変えなかった。


「私たちは命令を執行しているだけだ。異議があるなら、王都の裁定所へ申し立てるがいい」


 悠真は、その言葉を聞いて周囲を見回した。


 ここから王都までは、徒歩なら数週間かかる。


 その間に原簿を失えば、証拠は消される。


 そして四村の土地は、正式な裁定を待たずに差し押さえられるだろう。


「ずいぶん一方的ですね」


 悠真が言った。


「公開監査の最中に証拠品を接収するなら、まずその理由を説明してください」


「理由なら、命令書に書いてある」


 使者が巻物を掲げる。


「国家機密に関わる重要文書であり、地方の民間人に公開することは認められない」


「国家機密?」


 ザックが声を上げた。


「ならば、なぜその原簿を使って村の土地を担保にしたんです? 機密なら、契約の根拠として村人に示せないはずでしょう」


 使者の眉がわずかに動いた。


 悠真は、その反応を見逃さなかった。


「契約の根拠に使うときは公開文書。都合が悪くなれば国家機密。便利な扱いですね」


「貴様、王都の命令を侮辱するのか?」


 武装兵の一人が剣の柄に手をかけた。


 ガルドがすぐに槍を構える。


「抜いてみろ。先に手を出したのがどちらか、村中が証言する」


 兵士たちの足が止まった。


 彼らの任務は原簿の接収であって、村人との戦闘ではない。ここで血を流せば、王都の命令が強制執行ではなく武力による脅迫だったと、四村すべてに知られることになる。


 セドリックが静かに口を開いた。


「悠真。原簿を渡せ」


「あなたも王都側の人間だったんですね」


「最初からそう言っている」


「では、なぜ公開監査を受け入れたんです?」


 セドリックはしばらく黙っていた。


 やがて、疲れたように答える。


「監査を行わなければ、王都は原簿を接収する口実を得られなかった。私は少なくとも、記録の一部を確認させるつもりだった」


「一部だけ?」


「すべてを明らかにすれば、この地域だけでなく、王都の財政そのものが崩れる」


 その言葉に、広場が静まり返った。


 悠真はセドリックを見つめた。


「やはり、あなたは知っているんですね。十二年前に何があったのか」


 セドリックの瞳が揺れた。


 悠真はザックへ向き直る。


「原簿の最初のページを」


「ですが、王都の兵が……」


「見せてください。まだ監査は終わっていません」


 ザックは原簿を開いた。


 最初のページには、古い債権番号と、十二年前の日付が記されている。


 その下には、現在の村名とは異なる複数の地名が並んでいた。


 そして、債権者の欄に一人の名前がある。


「アルノー・レイゼン……」


 ザックが読み上げた。


「この人物が、最初の債権者です」


 ミナが古い記録を取り出した。


「待ってください。その名前……エンザ村の古い村誌に出ています」


 トビが駆け寄る。


「見せてください!」


 ミナが村誌を開くと、十二年前の記録が現れた。


 そこには、当時の王都財務局監査官として、アルノー・レイゼンの名が記されていた。


 ザックが息を呑む。


「債権者と監査官が、同じ人物?」


「違う」


 セドリックが低く言った。


 誰もが彼の方を振り返った。


「アルノー・レイゼンは、債権者ではない。彼は、十二年前の飢饉対策を担当した王都の監査官だ」


「なら、なぜ債権者の欄に名前があるんです?」


 悠真が問い詰める。


 セドリックは答えなかった。


 悠真は原簿のページを指でなぞった。


 《契約可視化》が発動し、文字の重なりが淡く浮かび上がる。


```text

解析結果


・債権者欄に上書き痕跡を確認

・旧記録の一部が削除されている

・現在の氏名は後年追加された可能性が高い

・原本下層に別の記録が存在

```


 悠真は、原簿の端を持ち上げた。


「このページ、二重になっています」


「何?」


 ザックが驚いて覗き込む。


 原簿の紙は厚く見えたが、実際には薄い紙が二枚貼り合わされていた。悠真が慎重に端を剥がすと、その下から古い文字が現れる。


 そこに記されていたのは、別の名前だった。


「……王都財務局、救荒資金管理課」


 トビが読み上げる。


「個人名じゃない。部署の名前です」


 バルド村長が顔をしかめた。


「つまり、最初の債権者は人間ではなく、王都そのものだったのか?」


 セドリックが目を伏せる。


「そうだ」


 彼の声は、先ほどまでの冷静さを失っていた。


「十二年前、飢饉で各地の備蓄が底をついた。王都は緊急融資を決定したが、国庫だけでは足りなかった」


「そこで、村々の土地を担保にした」


「王都が直接担保を取れば反発が起きる。だから、ベルク商会を仲介にした」


 広場のあちこちで、息を呑む音が聞こえた。


「商会は王都の資金を村へ流し、村々はその返済を行う。返済が滞れば、商会が土地を管理する。その契約だった」


「でも、帳簿上は商会が独自に貸し付けたことになっている」


 悠真が指摘した。


「王都が関与した証拠を隠すために」


 セドリックは否定しなかった。


「当時の王都は、飢饉対策の失敗を公表できなかった。食料の備蓄も融資の計画も、すべてが遅れていたからだ」


「だから、村人に借金を押しつけたんですか?」


 ミナの声が震える。


「救うためだった」


「救うためなら、なぜ返済済みの借金まで残したんです?」


 トビが言った。


「なぜ、僕たちの村長が知らない裏契約を作ったんです?」


 セドリックは答えられなかった。


 その沈黙が、何より雄弁だった。


 悠真の視界に、再び表示が浮かぶ。


```text

核心情報を確認


十二年前の救荒融資は、

王都財務局を債権者とする国家事業だった。


しかし現在の帳簿では、

ベルク商会による民間融資として再登録されている。


改ざんの目的:

・国家責任の隠蔽

・債務の恒久化

・土地・資源の管理権限の民間移転

```


 悠真は、原簿の別のページを開いた。


 そこには、古い債権番号と新しい共通債権番号の対応表があった。


「見つけました」


 ザックが叫ぶ。


「十二年前の救荒融資は、五年後に一度だけ再計算されています。そこで元金が増やされている」


「利息ですか?」


 ミナが尋ねる。


「違います。元金そのものが書き換えられている。しかも、四村の共同債務にまとめられた時点で、返済済みの記録が消されている」


 悠真は数字を追った。


 借入額。


 返済額。


 追加手数料。


 担保評価額。


 それぞれの記録を照合すると、同じ金額が別の項目に二重計上されている。


「ベルク商会は、王都から受け取った救荒資金を村へ貸し付けたあと、村が返した分まで債務として残したんです」


 ザックが唖然とする。


「つまり、返済しても借金が減らない仕組みを作った」


「そのうえで、増え続けた債務を理由に土地を担保化した」


 悠真は王都の使者を見た。


「これが、あなたたちの言う『地域を守る制度』の正体です」


 使者は顔を強張らせた。


「その記録は正式な鑑定を受けていない。証拠として認められない」


「なら、鑑定させてください」


 ヴォルタ商館の使者が前へ進み出た。


「港街ヴォルタには、契約書とインクの年代を調べられる記録鑑定士がいます。王都の息がかかっていない、独立した鑑定士です」


 セドリックは彼を睨んだ。


「商館が国家文書を鑑定するつもりか?」


「国家文書だからこそ、国家の都合だけで判断されては困るのです」


 商館の使者は、王都の兵たちを見回した。


「ここで原簿を接収すれば、監査を妨害したのは王都側だと、港街ヴォルタへ報告します」


 使者たちの間に緊張が走る。


 ヴォルタはベルク商会の勢力圏外にある。王都が商館を強引に制圧すれば、国際的な交易問題に発展しかねない。


 セドリックは目を閉じ、長く息を吐いた。


「原簿の接収は、いったん保留する」


「セドリック様!」


 王都の使者が抗議する。


「これは私の判断だ」


 セドリックは彼を制した。


「この場で原簿を奪えば、我々が疑惑を認めたも同然になる」


 悠真は、セドリックの言葉を聞き逃さなかった。


「では、公開監査を続けることに異論はありませんね」


「条件がある」


「何ですか?」


「原簿の複製を一部だけ認める。ただし、王都財務局の承認を得ない内容を公表してはならない」


「それでは意味がありません」


「ならば、監査そのものを中止する」


 セドリックは悠真を見た。


「選べ。すべてを失うか、一部を残すか」


 悠真は少し考えた。


 ここで拒否すれば、王都は監査中止を理由に原簿を持ち去るだろう。


 受け入れれば、少なくとも証拠の複製を残せる。


 悠真はザックへ小声で尋ねた。


「複製できる範囲で、改ざん箇所を記録できますか?」


「時間があれば。ですが、原簿全体を写すには数日必要です」


「なら、数日を作ります」


 悠真はセドリックへ向き直った。


「条件を受け入れます。ただし、複製の内容をヴォルタの商館と四村の代表者が同時に確認すること。さらに、複製作業を妨害した場合は、合意違反と見なします」


 セドリックはしばらく黙っていた。


「……認めよう」


 その瞬間、悠真の視界に新たな表示が浮かんだ。


```text

クエスト『監査役を迎え撃て』進行更新


達成:

・国家財務局の関与を証明

・十二年前の最初の債権者を特定

・原簿の改ざん構造を確認


新たな課題:

『失われた返済記録を復元せよ』


達成条件:

・十二年前から現在までの返済記録を照合する

・王都財務局とベルク商会の責任分担を明らかにする

・改ざん前の原本を発見する

```


 その夜、四村の代表とヴォルタの記録鑑定士たちは、集会所に集まって原簿の複製作業を始めた。


 ザックは数字を読み上げ、トビが記録し、ミナが村ごとの証言と照合していく。


 悠真は、十二年前の古いページを何度も見返していた。


 やがて、トビが小さな声を上げた。


「悠真さん。返済記録の番号が、一つだけ抜けています」


「どの番号ですか?」


「最初の救荒融資に付けられた番号です。王都財務局の記録では、返済済みになっている。でも、商会の原簿には、その後の記録がない」


「誰の返済ですか?」


 トビはページの端に残った文字を読み取った。


「ラッカ村です。ただし、村全体ではありません」


 彼は、かすかに残った古い欄外の文字を指差した。


「返済者の名前は……ユウマ・カガミ」


 悠真の手が止まった。


 知らない名前ではない。


 この世界に来る前の、自分の名前だった。


「そんな……」


 ミナが息を呑む。


「悠真さんが、十二年前にこの村へお金を貸したんですか?」


「僕は、この世界に来たばかりです。十二年前には存在していない」


 悠真は記録を見つめた。


 だが、名前の筆跡は確かに自分のものに似ていた。


 さらに、返済金額の欄には、現在の仕入れポイントと同じ形式の記号が刻まれている。


 悠真の視界に、最後の警告が浮かび上がった。


```text

高位情報を検出


十二年前の返済記録に、

現システム利用者と同一名義の記録あり。


推定:

・過去のシステム利用者が存在した

・現利用者の転移は偶然ではない可能性

・仕入れポイント制度は、救荒融資制度と接続している


新クエスト:

『最初の利用者を探せ』

```


 悠真は、静かに帳簿を閉じた。


 ベルク商会と王都財務局の不正を暴く戦いは、まだ終わっていない。


 しかしその裏で、自分自身の過去、そしてこの世界へ呼ばれた理由までもが、十二年前の債権記録と結びついていた。


 集会所の外では、王都の兵が夜通し見張っている。


 そして遠く、王都へ続く街道の向こうから、別の使者が近づいていた。


 その胸元には、ベルク商会でも王都財務局でもない、第三の紋章が刻まれていた。

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