27音*.♪❀♪*゜ 秘めた心2
桜の幹にもたれたまま、ユウはずっとマイナを抱き続けている。
どれだけ時間が過ぎようと、その腕を緩めようとはしない。体勢を崩すことなく……まるで宝物を守るように、大事に囲い込んでいた。
ヨウが代わると言ってきても、ユウは首を縦に振ることはなかった。
たとえ双子の弟であっても、彼女を抱く役目を譲りたくはない。
『……無防備すぎるよ』
自分の腕の中で穏やかな寝息を立てているマイナに、ユウは頬に手を添え……親指で唇をなぞる。
『神といえど、僕も一応男だよ』
安心しきった表情で眠る彼女を見つめ、ユウは小さく苦笑を漏らした。
(このまま────)
『本当にこのまま、時を止めてしまおうか……』
柄にもなくそんなことを考えて、すぐに打ち消す。
『…………』
浅はかな考えだと思いながらも、一瞬でもその思いを抱いた自分に驚いた。
『ふっ……愚かだな。そんなことをしたら、君の歌が聞けなくなってしまう……』
動かぬ時の中に彼女を閉じ込めたとしても、心は満たされない。
当然だ。
なぜなら────。
(僕は楽しそうに歌う、君の歌が好きなんだ)
記憶の中の彼女を思い出し、ユウは慈しむような眼差しで微笑む。
『マイナ、起きたら歌って。僕の大好きな君の歌を』
指通りのいい真っ直ぐな黒髪に指を滑らせ、彼女の瞼に口づける。
触れるだけの優しい口づけ……。
それは、とても甘く幸福にも似た感覚だった。
今はそれだけで十分だと、そう思っていたはずなのに……。抑えていた感情に歯止めが効かなくなる。
マイナから漂うふわりと柔らかな甘い香りが、長年保ち続けてきたユウの自制心を揺らす。
表情に出すことなく、堪えるように静かに息を吐いた。
。❀·̩͙꙳。。❀·̩͙꙳。。❀·̩͙꙳。。❀·̩͙꙳。。❀·̩͙꙳。。❀·̩͙꙳。。❀·̩͙꙳
ユウが愛しげにマイナの頬に触れると、彼女は心地良さそうに頬を寄せてくる。
長い睫毛が震え……宝石のような真紅の瞳を覗かせた。
『……気分はどう?』
そう声をかけると、微睡んだ瞳がユウを映す。
その瞬間、彼女は息を呑んだ。
とっさだったのだろう。
ユウの服をぎゅっと掴み……色づいた頬を隠すように俯いた。
その姿が、どうしようもなく愛おしい。
震える子兎のように、潤んだ瞳で見上げてくるマイナに触れたくて仕方がなかった。
もし……今の彼女に触れたのなら、どんな表情を見せるのだろうか。
柔らかな頬に口づけ、美しい瞳を隠す瞼にも唇で触れ、愛を囁いたなら……。
おそらく、もっと可愛らしい彼女の姿が見れることだろう。
そんなことを考えながらも、表情には一切出さなかった。
「もう大丈夫……だよ……ありがとう、ユウ」
『ああ……』
頬を染めたまま、ふわりと花が綻びるように微笑むマイナに、ユウも小さく口の端を持ち上げる。
彼女が好きな、人形めいた美しい微笑みを────。
。❀·̩͙꙳。。❀·̩͙꙳。。❀·̩͙꙳。。❀·̩͙꙳
あれから暫く経ったとはいえ、魔力が安定してからまだ間もない。
封印の影響で、体にもそれなりに負荷がかかったはずだ。
顔には出してはいないが、まだ本調子ではないのだろう。心なしか、ふにゃりと気の抜けた柔らかい雰囲気が、彼女から漂っている。
(いつものふわふわしているマイナもかわいいけど……これはこれで、かわいいね)
ほわわ〜んと、周りに花を咲かせながら微笑む彼女を想像し比べ、ユウはくすりと口元を緩めた。
彼女の頬にかかる髪を耳にかけながら、さりげなく体温を確認する。
(……熱い。やはり高いな)
身体に負荷がかかったせいで、懸念した通り熱がでたようだ。
(無理もない。奥深くに封じているものまで、解けかかったんだ)
『もう少し休んだ方がいい。……魔力が安定したばかりだ』
無理をして欲しくなくて、休むよう勧める。
断れないよう眉根を寄せて心配気に見つめれば、優しい彼女は素直に頷いた。
マイナの髪を撫でるように後頭部に触れ、自分の胸に引き寄せる。
そしてそのまま、軽い魔法をかけた。
心地よい夢へと誘い、心身に残った疲労も癒えるまじないとともに────。
『おやすみ……』
ユウはそっと彼女の頭に口づけた。
普段のマイナの魔力は淡い優しい桜色をしているが、力が高まるとベリーのような赤みを増したピンクへと変わる。
だが、魔力の本質は変わることはない。
桜のように優しく、全てを包み込む柔らかな春の陽だまりのような魔力が、マイナの魔力の形だ────。
幼少の頃から知っているユウにとって、その魔力の色と本質は彼女に相応しいものだと思う。
だからこそ、許せない……。
ユウは、金の瞳を僅かに細める。
(マイナの魔力に混じって微かに感じる、彼女以外の力。……気に入らない。浄化する為とはいえ、僕以外にマイナの魔力に一時的でも別のものが混ざるなんて……。世界の為とはいえ、許しがたいな)
彼女が封じた禍々しい澱んだ闇の力を、すぐさま取り除きたい衝動に駆られるが、グッと堪える。
何もできない己に、苛立ちが静かに降り積もっていくが、今は呑み込むしかなかった。
神皇に次ぐ神であっても、あれほど穢れに満ちた力に触れれば、最悪堕ちかねない。
(純血のヴァンパイアで世界の巫女であるマイナだからこそ、出来たことだ)
自分がかけた魔法によって、眠りに落ちた彼女に触れながら、ユウは幾つもの打開策を練る。
しかし、どれも有効な手立てとは言えなかった。
あれから────4年。
文武両道あらゆる分野において天才と称されたユウでさえ、未だ答えが見つからないまま時だけが過ぎた。
己の無力さを呪いながら、解決の糸口を今でも模索し続けている。
邪神に堕ちず、神でも穢れに触れる方法を────。
夜闇に浮かぶ、銀色の月が二人を見守る。
月光が降り注ぎ桜が舞い踊る中、マイナを抱きしめながらユウも金の瞳を閉じた。
寄り添う二人はまるで、美しい一枚の絵画のようだった。




