25音*.♪❀♪*゜ 分身と本体
『いや。ルクスは理に触れていない。だが、禁を犯したのも事実。例え己の意思ではなくても、全くのお咎めなし……とは言えないな。それ相応の、罰は与えるつもりだ。』
冷静に合理的な判断を下すレイフィスは、統率者らしい物言いで理にかなった意見を述べる。
さすが、真祖の中でも頂点に立つヴァンパイア────。
彼の言葉に、意を唱える者は一人もいない。
『そもそも、どうしてラティーナといい、ルクスも人間なんかに縛られているのよ?人間に、私たちを縛る力なんてないじゃない』
『首輪のせいだ』
『首輪?』
『ああ……』
イデアの疑問に神々の一人、レノルオが答える。
珍しく言葉を発した彼に、思わず視線を向けた。
普段のレノルオは、必要な時以外ほとんど口を開かない。誰に話しかけられても返す言葉は常に簡潔で、自ら発するのは報告や意見、部下への指示を出す時だけだった。
そんな彼が、わざわざ彼女の疑問に答えたのだ。
いつもなら、知っている者に任せていただろうに。
ユウはレノルオの心情を探るように、改めてその静かな横顔に意識を寄せた。
いつもと変わらぬ、隙のない表情。
白金色の髪は綺麗に整えられ、乱れ一つ見当たらない。だが、陽光に揺れる湖面を思わせるような瞳は、どこか空虚だった。けれど……その中心に浮かぶイデアの姿だけが、唯一レノルオに色を与えているようにも見える。
彼自身もまだ、気づいていないのかも知れない。
使命に忠実で感情に乏しいレノルオ。
彼にとって、彼女は特別な存在であることはすぐに察せられた。
(思わぬところで、レノルオの隙を見つけてしまったな……。いや、確信に変わったと言うべきか)
以前から、レノルオはイデアに対してだけ、時折感情を漏らしていた。もっとも、それもほんの一瞬のことで、すぐに平静を取り戻していたが。
本人よりも先に、己の護衛騎士である彼の感情に気づいたユウは、微かに瞳を和らげる。
きっと、彼の想いは叶うだろう────。
続いた痛みは、もうじき終わりを迎える。
彼らの未来を一瞥したユウは、円卓に視線を戻した。
『確か、神ゼフィスが創った首輪だね』
第八真祖イーファが、柔らかな微笑みを携えたまま……僅かに目を細める。
『オルゼオールに嵌める為だろう。それがなぜか人間の手に渡り、悪用されたわけだが』
『いや〜面目ない』
言葉を引き継いだ第二真祖ノエルノヴァが、ぎろりと鋭い眼光を向ける。しかし、その冷たい視線を弾くように、彼の対面に座る秩序の神がにこやかに返すと、ノエルノヴァは小さくため息をついた。
『元を正せば、そちらのせいだろう?ゼフィスはあくまで、世界の為に創ったにすぎない』
他の神からゼフィスを庇う声が上がるや否や、ノエルノヴァが吐き捨てるように言い放つ。
『低能が』
『なに!?』
軽蔑のこもった声音に、万器神は思わず声を荒げた。
しかし、会議の最中だと思い直したのだろう。
すぐに男神は怒りを呑み込み、拳をきつく握り締めた。
(やはり、彼は少々読みが甘いね……相手の表面しか見えていない)
ユウは呆れとともに、万器の神の才能を惜しんだ。
彼が対抗心を燃やしている、時の神レノルオは……頭の回転が速く、戦いの場でも抜きん出て優秀だった。
対して万器神も戦闘そのものは悪くない。むしろ、戦場での勘は鋭い部類に入る。だが、腹芸の類はからきしだった。
(戦いでは割と勘がいいだけに、少し勿体無いな。腹芸もできれば、レノルオにも劣らない騎士になれるはずなんだけどね……)
素直といえば聞こえはいいが、騙されやすいとも言える。万器神の単純な思考回路が残念でならなかった。
ユウは、静かに会議を見定める。
各調律者の表情から見て、大抵の者は気づいているようだった。
ゼフィスが純粋な思いだけで、あの首輪を創ったわけではない────と。
(もちろん、ゼフィスのことだ。全てではないにしろ、世界を思う気持ちもあったのだろう。だが……神といえど、心ある以上────闇に触れることもある。ときに、光と影は同じ心に宿り神さえも惑わすのだから)
ユウは微笑みを浮かべたまま、内心で静かに息をついた。
『でもまぁ、万器が言うことも一理あるよね〜。ゼフィスが堕ちたのは、オルゼオールが原因なのは確かなわけで……』
柔和な表情とは裏腹に、秩序の神の視線は探るようにヴァンパイア側を見据えている。
しかし、それに対してレイヴィスは、口元をわずかに緩めた。
『……それはどうかな?』
意味ありげな笑みを交わす二人の間に、静かな緊張が走る。
双方とも、おおよその事情は掴んでいるはずだ。それでも確証を得るまでは踏み込まない。互いの口から決定的な一言を引き出そうとするその駆け引きは、どこか茶番じみて見えた。
すると────。
ふふっと小さく笑う声が聞こえてくる。視線をずらすと、父が微かに肩を揺らしていた。
『ふふっ……ごめんね。相変わらず二人は、楽しそうに話すなーと思って』
張り詰めていた空気が、明るくほどけていく。
レイヴィスは呆れたように笑い、秩序の神は苦笑を漏らした。
『さて、その件に関してだけど……。もう少し、詳しく調べてから、次の定例会議で共有しない?少し、気になることがあってね』
二人もそうだろう?と、神皇は首を傾げる。
『オルゼオールを倒したことにより、一度は収まった神々の邪神化、それに伴い人間のヴァンパイア化もまた増え続けている。オルゼオールや協会の件も含めて、これら全てが繋がっているはず……。背後に誰がいるか確信できない今、目的を掴む為にも、できるだけ慎重に動きたい。二人もそう考えていたんだろう?』
『ああ』
『もちろん』
父の言葉に二人は頷き、その後も会議はしばらく続いた。
。❀·̩͙꙳。。❀·̩͙꙳。。❀·̩͙꙳。。❀·̩͙꙳。。❀·̩͙꙳。。❀·̩͙꙳。。❀·̩͙꙳
長時間に及ぶ会合でも、ユウは穏やかな笑みを一度も絶やすことなく立ち続けている。会合開始前から、表情を崩すことなく保つのは、王族として当然の振る舞いであった。
会議の内容を記憶しオリジナルに流しながらも、ユウの意識は器用に二つに向けられていた。
────会合と本体であるもう一人の自分に。
(分身で来て正解だったな……。今だけは、誰にも邪魔されたくない)
マイナを抱きしめながら、ユウは分身と共に同じ思いを抱いていた。




