18-2音*.♪❀♪*゜ 太陽の十字架
真っ赤に染まった薔薇の花びらが、ひらひらと舞い落ちる。
他の色の花弁よりも多く舞い、まるで雨のように降り注ぐ。
「兄さん、逃げて!!まさか初日でハンターとバレるなんて!君には悪いけどここで……」
両手で銃を構え直す茶髪の男子生徒に、フィジーは困ったように笑う。
「あらー。ルギオル君ったら、自分で言っちゃったね」
「あのバカ……」
ハンターであると……己の正体を自分で証言してしまったルギオルに、テオルドは額に手を当て空を仰いだ。
そこから見えるのは晴天の空と、紅い花びらだけ。
風に乗ってゆっくりと下へ降りてくる。
テオルドは、目を引く真っ赤な花びらを無意識に目で追う────。
その瞬間、刺すような冷たさが背筋に走った。
「ルギー、やめるんだ」
「兄さん?」
「ルド?」
額から冷や汗が伝い、ドクリ────と鼓動が大きく跳ねる。テオルドの心臓が、早鐘を鳴らした。
「銃を下せ!すぐにだッ!!」
今までどんな敵を前にしても取り乱すことのなかった兄が、慌てた様子で叫んでいる。そんなテオルドの姿に、ルギオルは戸惑った。
「なに言って……」
「いいから早く!」
「っ……でも!」
「ルギー!!」
なおも躊躇う弟に、テオルドは血の気が引く。
自分がどれだけ危うい状況か、気づいていないのだ。
引き金を引こうと思った瞬間に、ルギオルの命はないだろう。
それほど今この場は、強い魔力に満ち溢れていた。
万が一の為に武器を取りだそうとして、ハッとする。
触れた手首にブレスレットがないことを思い出したのだ。
(ッ……頼む、ルギー!いつもは素直に聞くだろう)
畏怖に似た戦慄が身体中をめぐり蝕む。
自分の意志に関係なく、体が縫いつけられたように動かない感覚に、本能が危険だと知らせていた。
まるで、心臓を鷲掴みされているようだ。
「さすが名家のハンター。……鋭いね」
マイナは天から舞う、真っ赤な薔薇の花びらに触れると微笑む。護るように降り続けている花弁に、温もりを感じて────。
「ここはヴァンパイアの為の魔法学校────。最初から知っていて、お兄様たちは受け入れたんだよ。ハンターさん」
「っ!」
「やっぱり僕たちをっ……!」
テオルドは息を呑み、ルギオルは表情を変えるが……フィジーだけは相変わらず掴みどころのない笑みを浮かべていた。
「何を勘違いしているのか分からないけど、桜歌皇国でその銃を使うのはやめた方がいい。神聖力は、この国ではあまりにも目立つ。それと単純に、私は落とし物を返しにきただけだよ」
マイナはテオルドに、ブレスレットを差し出す。
「桜歌皇国は、人間との共存を望んでいる。それは、ハンターである人間ともよ」
テオルドはブレスレットに手を伸ばすが、小さく煌めいた四つ葉の宝石を見て、無意識に手が止まる。
……そして静かに受け取ると、苦しげに瞼を閉じた。
「…………それは……それは、叶わない夢物語だ……」
「っ……兄さん」
辛そうな兄にルギオルも、胸が締めつけられそうな思いになる。
「ああ、人間とヴァンパイアが分かり合える日など……一生ないっ!……僕たちが一番よく知っている。……僕たち人間の気持ちなど、おまえたちにはっ……分からないっ!!」
「ルギー!!!」
ルギオルが神聖力を込めようとした瞬間、花弁から強い魔力を感じて、とっさにテオルドが銃を構えた。
『誰に銃を向けている?』
『……覚悟は……できてる?』
『いけないね……少し、おいたが過ぎるよ』
薔薇の花びらが集まり……人の形を成すと、ヒヅキとユヅキ、ミヅキへと変わる。
ヒヅキが押さえているテオルドの銃から、火花が漏れ出す。まるで持ち主以外から触れられることを、拒んでいるようだ。
神が持つ神力と似た神聖力に、相当な痛みを感じているはずのヒヅキは、全く表情に出すことなく平然としている。
ユヅキはフィジーの背後から心臓に銃口を押し当て、目を細めた。その瞳からは、いつもの眠たげな様子はなく、真剣に敵の動きだけを見据えている。
ミヅキは普段の柔和な笑みのまま、ルギオルの首を掴む。爪を立てた場所から……ぷつりと血が滲み、流れ落ちる。
ヒヅキの瞳が紅く光ると、テオルドの拳銃が砕け散り、白く輝いた破片が太陽の十字架の中へ戻っていく。
「…………」
テオルドは後ろに飛び退くと、ヒヅキから距離を取った。
「っ……!」
ルギオルは恐怖で体が強張り、喉がごくりと鳴る。
少しでも動けばその瞬間、喉が掻き切れ八つ裂きにされると、容易く想像できたからだ。
「いやー、困った困った」
フィジーは言葉とは裏腹に微笑んだまま、両手を挙げる。
三つ子の迫力に、ハンターたちは緊張が走った。
だが、それも束の間。
さらなる恐怖が一瞬で、この場に広がった────。
『マイナに手を出そうなんて、愚かにもほどがある。僕ら兄弟の逆鱗に触れるつもりなら……君たちには、お仕置きが必要かな?」
三つ子と同じように薔薇の花弁から現れたスイは、真っ赤な瞳をハンターに向ける。
マイナはスイに右腕を掴まれると、そのまま腰を抱かれて、流れるように腕の中へ引き寄せられた。
『お仕置きなんて、甘いわ。アンタたちの命がいくつあっても、足りないわよ』
ユキもマイナの近くにより、横から抱きしめる。
『できることなら、縛り上げて天庭協会にお返ししたいぐらいだけどね。……トレードできないかしら?』
『ハッ……変えたところでハンターなんざ、どれも同じだろう?愚か極まりない』
『それもそうね』
ショウは、壁に持たれながら鼻で笑う。
珍しくユキも、ショウの言葉に同意を示した。
息苦しいほどの殺気が渦巻く中、テオルドは息を吐く。
「……いいだろう。ここにいる間は、ヴァンパイアとして過ごす。それで問題はないだろ?」
「兄さん!」
「失礼する。帰るぞ」
ルギオルに視線を送り、テオルドは前へと歩き出した。すれ違う際に彼は立ち止まり、アイスブルーの瞳が陰る。
「もし仮に……あんた達が本当に、人間とヴァンパイアの共存を望んでいたとしても、そんな未来がくることは決してない。少なくても俺は、そう確信している」
そうテオルドは言い切ると、また歩き出した。
ポゥ……と、紅く染まるマイナの瞳はまるで真紅の薔薇のように、美しく煌めく。
「……試さないで、諦めてしまうの?やめることは、いつでもできるのに……?」
マイナは天から舞い落ちる桜の花びらを、手のひらで受けとめて……薄く色づいた花弁に口づける。
すると────。
ふわふわ舞い踊り……この場を彩っていた桜の花びらが、光輝く蝶へと姿を変える。
テオルドは足を止めると、振り返らずに淡々と告げた。
「叶うことのない夢を信じたって、時間の無駄だろう?俺はもう二度と、信じないって決めているんだ。……あんな想いはもう、ごめんだ」
風に背を押されるように歩いていくテオルドの後ろを、ルギオルとフィジーは追う。
無数の蝶は天へと羽ばたき、光の中へと消える。
マイナは降り注ぐ残った本物の花びらを手に取り……離すと、花びらは風に乗って踊り輪へと戻っていった。
「…………どんな夢も信じることから始まるのよ────。そうでなくては、叶うものも叶わない。希望を抱かぬ者に未来は、微笑んだりしない。未来への希望は、神への祈りと同義。生きとし生けるものが使える、最も古い魔法だよ────」
透き通るような青空を、大きな雲が泳いでいく。
その隙間から、天使の梯子が地上へと降り……桜と薔薇の花びらが光をまとい輝いていた────。




