18-1音*.♪❀♪*゜ 太陽の十字架
咲き誇る薔薇は静かに揺れ────吹き抜ける風が、またもや花びらを攫う。
雲の流れが加速し、陽を完全に飲み込んだ。
柔らかな金の髪とは対照的な、アイスブルーの瞳を細め、男子生徒は息を吐く。
「……なんのことだ?」
「さっき、手から落ちるところを見たの。この十字架は、天庭協会のシンボル。そこに属している者は、証に太陽の十字架を身につけるのが、決まりでしょう?」
マイナがそう言うと、生徒は口角を上げた。
「俺はヴァンパイアだ。気配で分かるだろう?純血のお姫さま」
「もちろん。だけど……ハンターといえど、人間。噛まれたハンターがヴァンパイアになり、そのままハンターの仕事を続けることなんて珍しくもない。むしろその方が、身体能力も上がるし、自ら望んでヴァンパイアになる者だっているじゃない」
どんなに訓練を積んだハンターであっても、人間は人間。ほんの少し覚悟が揺らげば、理性など崩れ落ち……簡単に倒すべき敵に手を伸ばす。
そんな人間は、昔から一定数存在した。
狩る側でありながら、闇の力を欲する────愚かな話だ。
同じハンターの職につきながら、自ら落ちた同族に嫌悪感を感じるのだろう。男子生徒の瞳に、不快さが宿る。
「ルド!こんなところにいたんだね。探したよー」
後方から飛んできた気の抜けるような柔らかな声に、マイナと目の前の青年の視線が僅かに向く。
ニコニコと笑みを湛えながらゆったり歩いてくる、中性的な顔立ちの男子生徒。横髪に隠れて見えにくいが、耳元には天庭協会の証、太陽の十字架が陽の光に反射して煌めいていた。
彼もまた────ヴァンパイアハンターであることは明白である。
横を通り過ぎて行くすれ違いざま、マイナと青年は軽く相手を探る視線をお互いに投げかけた。
(この人、どこかのパーティーで……)
数十年前────魔界で開かれたパーティーに参加していた、仮面の男。とある純血のヴァンパイアの従者として側にいたはずだ。
一人だけ仮面をつけて参加していた為、朧げながらも記憶に残っている。
(どうしてハンター側に……)
疑問に思いながらも二人の関係性を知る為に、マイナは静かに彼らの様子を窺うことにした。
「……フィジー」
冷たい風が肌に触れ、フィジーと呼ばれた生徒の髪が小さく揺れる。
「テオルド。今日はお祝いだよ。帰ったらケーキ食べようねーって言ったでしょ」
「男同士で祝ったって、楽しくないだろう」
「君はともかく、今日のメインはルギオル君でしょー。ちゃんと祝ってあげないと。そうでしょー?」
「……そうだな」
フィジーの言葉に肯定を示したテオルドは、優しげに小さく笑みを零す。そんなテオルドにフィジーは温かな眼差しを向けた。
その様子だけで、二人の青年は気心知れた仲だと分かる。
「それにしても、おじゃまだったかな?ごめんねー。まさか、学園でナンパしてるとは思わなくて。ルー君も隅に置けないなぁ」
フィジーがテオルドの頬をつつきながら軽口をたたくと、彼は瞬時にフィジーの手をはらいのける。
「ナンパじゃねぇ!ルー君でもねーよ」
「やだなー、冗談だよ。だってルー君には、ルー君だけの大切なお姫様がいるもんねー」
「…………」
意味深に目を細めたフィジーに、テオルドは静かに目を逸らした。どこか悲しげに目を細めながら。
「ふふ。……素直じゃないね」
そう淡く微笑みながら、ゆっくり目を閉じた彼は一呼吸おくと……さらに親しみやすい笑顔を浮かべた。
そして優雅な足取りでマイナに近づき、上品さを纏いながら一礼する。彼の身のこなしは、貴族というよりも王族が振る舞うような、洗練された美しい所作だった。
「初めまして、可愛らしいお姫さま。どうか僕達を見逃してはくれないでしょうか?」
「おい!」
フィジーの言葉にテオルドがすかさず叫ぶが、彼はにこやかに笑顔を保ったまま落ち着いている。
「見逃す……?」
「ヴァンパイアがハンターの証である、太陽の十字架を持つのはあまり良くないでしょう?ですがそのブレスレットは、ある人を探すための大切な手がかりなのです。ですから、所持することをお許しいただきたいのです」
「あくまでハンターではないと……?」
マイナが首を傾げて確認すると、フィジーは胸元に手を当てた。
「誓って」
「なら、そのピアスは?」
「ああ、これは……雑貨屋さんで買った、ただの十字架のモチーフです。この薔薇の真ん中に、宝石が埋め込まれてて、とても綺麗でしょう?似てはいますが、よく見るとデザインが違うんです。似たモチーフは、この世に五万とありますから」
そう笑顔で言う彼は、横髪を耳にかける。そして現れた十字架には、赤い薔薇の中でダイヤモンドが光り輝いていた。
(確かにほんの少しデザインが違う……。でもあれは、間違いなく太陽の十字架。それも起源となった最初の────)
あまり知られていないが、フィジーがつけているピアスも太陽の十字架であることをマイナは知っている。
それをつけられる者も限られていることも。
「広げた翼は、神から役目を与えられた御使い……ハンターやエクソシストを示し。十字架は、神から力を与えられた人間を表す。太陽は神を象徴し。そして中心の赤い薔薇は、倒すべき魔を指し示している。太陽の十字架には、神の力が宿り人間に守護する力を与える聖装具」
マイナは一旦言葉を区切ると、決定的な証拠を告げようと口を開いた。
「そしてそれを身につけることができるのは……」
「兄さん!!!」
突如、現れた人物により話が遮られる。
沢山の花弁が舞い上がる中。
カチャリと銃口が向けられた────。




