冒険者との邂逅
「くそ!くそぉ!犬畜生が!!
来るな!!来るなぁ!!」
ここは新生代40番都市北側の森。
そこで今まさに、一つの冒険者パーティが壊滅しようとしていた。
中ほどでへし折れ、7割がた役目を果たせなくなった長剣を振りながら後退っているのは、パーティのリーダーであったヒューマンの青年である。
彼らは4人パーティでラッシュボアの討伐に挑んだのだが、被害報告のあった場所にいたのはラッシュボアより等級が2つも高いワイルドウルフの群れだった。
彼らのパーティランクはC、ラッシュボアはDランクである為、油断しアイテムの補充も装備の修理も行わずにいたのも災いした。
気が付くと、タンク役のリーダーのみ残し、他のメンバーは軒並み戦闘不能。
魔法アタッカーであったヒューマンと、物理アタッカーであったエルフは、共にその体をワイルドウルフに食い千切られており、生き残っているのは実の妹であるレンジャーのみ。
しかし片足を深くえぐられ、絶え間なく血を流し続けている現状では、妹の命も時間の問題であり、また、何体ものワイルドウルフが眼前で唸っているタンクの命も、それとさほど変わらない。
(ちくしょう!こんなはずじゃ…こんなはずじゃなかったのに!!ちくしょう!!)
後悔先に立たず。
準備万端でも相手がワイルドウルフとなれば討伐は叶わなかっただろうが、少なくとも一人二人は逃げる事が出来ただろう。
現状のように成す術もなくただ餌になるような悲劇は避けられたはずである。
彼が自らの末路に絶望し、襲い来るワイルドウルフに恐怖して強く目を瞑った時、聞き慣れない声が耳朶を打った。
『ダストンゲイル』
「「ギャン!?」」
魔法に縁の薄い彼ですら知っている低級魔法を唱える声と、続けて聞こえた短い獣の鳴き声
そして頬にかかるねばついたぬるま湯のようなもの。
痛みが訪れない事を訝り、恐る恐る彼が目を開いて目の当たりにしたのは。
人の形をした暴風の目であった。
彼に見えるのは背中のみであるが、緑のトップスに肩ほどまでの金髪、そして木で出来た先の丸いシンプルなロッド。
恐らくはエルフの魔法使いであろう。
しかし彼の目が捉えている光景は、世間一般におけるエルフの魔法使いが成せる代物では到底なかった。
土と風の初級混合魔法であるダストンゲイルを使用している事だけは解る。
ダストンゲイルというのは細かな塵を混ぜた突風を杖から吹き出させ、目つぶしや攪乱を行う初心者魔法使いの十八番魔法だったはずだ。
その特徴は術者の操る風の色であり、本来無色透明か、風の属性色である緑色であるはずの風がダストンゲイルの場合は土色になる。
まさに今、目の前の魔法使いが、縦横無尽に動かしているのがそれだろう。
この土色の風に目つぶしの効果があり、実際に仲間の魔法使いに使って見せてもらった時には、魔法使いは便利な事が出来るのだなと感心したのを覚えている。
確かに目の前で荒れ狂う風は色こそ彼の記憶にあるダストンゲイルのそれであったが、それ以外は何もかもが違っていた、
まるで空を泳ぐかのように土色の風が蠢き、蛇行しながらワイルドウルフに向かっていく。
ワイルドウルフも負けじと敵意をむき出しに土色の風へ飛び掛かるが、土色の風に触れた瞬間、鉄鎧をも切り裂く爪はねじ曲がって砕け、剣も満足に通らない強靭な腕は細切れになり、Bランクの恐ろしいモンスターは瞬く間に挽肉と化した。
それだけの暴威を奮いながらも、土色の風はその勢いを微塵も緩めず、二体目、三体目と次々と血祭りにあげていき、数分も経たず、その場に十体以上いたワイルドウルフは一匹残さず駆逐されてしまった。
「ふう。大丈夫ですか?そこの剣士さん。」
そう息をつきながら振り向いた女性の顔には、悪意や敵意が微塵も浮かんでいない。
ある程度の経験を積んだ冒険者であるのなら、今回のようなトラブルはほとんどの場合「被害者の自己責任」と切って捨てるものであるし、よしんば助けるとしても本意では迷惑がっているものだ。
つまるところ、量の違いこそあれ悪意や敵意は一定量その姿を覗かせる。
タンクの青年からして、まずそれが第一の驚きであり第二に驚いたのは魔法使いの風体だった。
(なんて綺麗な人なのだろう…)
ヒューマンから見たエルフというのは押し並べて眉目秀麗揃いであるが、その中でも魔法使いの容姿風体は際立って美麗であった。
場所が場所なら男性の視線を独り占めしてしまう事だろう。
思わず見とれてしまいそうになったが、そこは腐ってもCランク冒険者、忘れそうになった我を叩き起こし、努めて平静に言葉を返す。
「は、はい。おかげさまで助かりました。
ありがとうございます。
…ついでと言っては何なのですが、何か応急手当てが出来るようなものを売っていただけないでしょうか?
仲間二人はもう間に合いませんが、このままでは妹が街まで持たないかもしれないのです。
割増しで買わせていただきますのでどうか…!」
そう、窮地は脱したものの、妹の容態は依然予断を許さない。
ここから街まで担いでいったら徒歩で2時間はかかる。
何とかしてこの場で一定以上の応急処置を行う必要があった。
「妹さんというのはあなたの後ろにいる女の子の事ね?
ちょっと見せてもらえるかしら。
…確かにこの傷は深いわね…。」
「ええ…街に戻るにもここからでは時間が掛かりすぎます…。
俺のせいです…俺の準備が十分だったらこんな事にh『キュア・インジャリー』
…え?」
タンクの青年がこぶしを握り締め、自責の念に涙しているのを尻目に響く魔法の呪文。
思わず青年が声のした方に視線を向けると、そこにはまさに今瀕死の重傷が治りきらんとしている妹の姿があった。
「か、か、か、回復魔法だと!?」
思わず青年がそう叫ぶと、エルフの魔法使いはぎょっとした顔で振り向き、しどろもどろといった様子で弁明し始めた。
「も、もしかしてこの辺りでは回復魔法は珍しいのかしら?
わ、私がいたところでは結構ふ、普通だったのだけど?」
あわあわという擬音がぴったりに見えるその様子は、街の常識を突き付けられたお上りさんのような焦り様であった。
青年はその慌てようを見て一気に冷静になった。
これは恐らく詮索されるのを警戒したが故の反応だろう。と察したのだ。
(そういえば以前一度だけ組んだ、元宮廷魔導士の冒険者がこんな感じだったな。
世俗離れした価値観を慣れさせようと必死だったっけ…)
「珍しいというか…。
いや、そうですね。
すみません、あのように凄まじい攻撃魔法とこのような見事な回復魔法の両方を使いこなす魔法使いを俺は初めて見たので、思わず口に出てしまいました。
妹を助けて下さり、本当にありがとうございます。」
青年のその返事に、エルフの魔法使いは一瞬きょとんとするも、すぐに破顔して「どういたしまして」と返した。
脛の傷を聞きほじって嫌がらせをする趣味は青年には無い。
今彼の心中にあるのは、妹を助ける為に嫌な顔一切せず回復魔法を使ってくれた、名も知らない魔法使いへの感謝だけだった。
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