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外伝 すべてを失った勇者 第5話:暗影の死神

ライアンは、のこり少ない銅貨を数枚使い、はじまりの村「スタート」のはしっこにある、カビくさい安宿の小さな部屋を借りた。


夜が深くなり、彼はカチカチの木のベッドにすわった。窓の外のなつかしい静かな町並みを見ていると、この世界に転生してきた日のことが、自然と頭にうかんできた。


あの時の彼は、キラキラの金髪で、自信まんまんに村の真ん中にある冒険者ギルドに入っていった。

【選ばれし者の加護】のおかげで、ギルドマスターを洗脳して特別あつかいさせ、初日からいきなり最高レベルの魔物をたおしに行った。

あっという間に有名になり、世界を旅して、最強の仲間たちを集めた。


でも、今思えば、それは全部こわいくらい空っぽだった。

この異世界に来てから、最後の魔王との戦い以外、彼はまともな戦いを一度もしたことがなかった。

すべては最初からセットされたステータスでボコボコにするだけ。結末がわかっている、ただのチートゲームだったのだ。


ライアンは苦しそうに目を閉じ、チクチク痛む思い出を心の奥におしこんで、むりやりねむりについた。

過去はもう終わった。明日のパンをどうやって手に入れるか。それが今の彼が考えるべきことだ。


次の日の朝。ライアンは白っぽくなるまで洗ったボロ服に着がえ、フードをかぶって、町の真ん中にある冒険者ギルドへ入っていった。


チートは全部なくなったけれど、この2年間、海でハゲしい波と戦い、南の砂漠で死にかけたキツい経験のおかげで。

彼のベースの体力と戦いのカンは、いつの間にかふつうの人よりずっと高くなっていた。

底辺の肉体労働か、薬草をあつめるだけの低いレベルのクエストを受けて、なんとか生きていくつもりだった。


しかし、ギルドのドアを開け、受付の前に立った時、彼は信じられないくらいギャグみたいな光景を見た。


受付のうしろには、ボロボロの黒いローブを着た、巨大なガイコツがすわっていた。

目の穴でゆらゆら燃える火と、かすかだけどよく知っているダークな気配……ライアンは思わず舌をかみそうになった。


あいつ、魔王軍の四天王の一人、「暗影の死神」じゃないか!?


昔、魔王軍と戦った時。ライアンはこいつがメンドクサイと思って、ヤバいくらい連続で「特大・聖光ビーム」を12発も撃ちこみ、山の向こう側までドカンと吹き飛ばしたはずだった。

あの時、てっきり死んだと思っていたが、まさか生きていたとは!

それなのに今、あのえらそうな四天王が、きゅうくつそうなギルドの制服を着ている。

そして、死んだような目でつくえの上の紙を見つめながら、ホネだけの指で、ロボットみたいに狂ったようにハンコをバンバン押しているのだ!


ライアンはフリーズした。

どうやら魔王軍のトップでも、この異世界では一番下の「ブラック企業で働く社畜」になる運命からは逃げられないらしい。


その時、ギルドのドアがバンッと乱暴に開かれた。


「ちょっと!ホネ野郎!そこで死んだフリしてないで、今日一番かせげるクエストを全部出しなさいよ!」


かわいい声と一緒に、ピンクのショートヘアのハーフエルフの女の子が、プンプン怒りながらズンズンと入ってきた。

彼女はなれた手つきで受付をバンバンたたき、ベテランのオーラで昔の四天王に文句を言っている。

暗影の死神はただ「カタカタカタ……」とあきらめたようなホネの音を鳴らし、だまってクエストの紙の束をわたした。


ライアンはわざとフードを深くかぶり、すみっこの掲示板の横にちぢこまって、クエストを見ているフリをした。


しかし、ハーフエルフの女の子が死神と文句を言い合っているすきまに。

彼女の目のハシが、偶然、すみっこにいるその男をとらえた。

ボサボサのヒゲ、くすんだ茶色の短い髪、曲がった背中、ボロボロの服。どう見ても、どこにでもいるただのオッサンだ。


だけど、その男がうしろめたさから少し横を向いた時。

その奥ふかい目が、まるでカミナリのように、ハーフエルフの記憶にドカンとぶつかったのだ。


ハーフエルフの女の子の動きが止まった。

彼女は少し口を開け、信じられないというように、ふるえる声で言った。


「……勇者さま?」


その一言は、まるで死神のカウントダウンのように。

一瞬で、ライアンの魂の奥にある恐怖をバクハツさせた。


彼は目をパキッと見開き、狂ったようにクルッと向きを変え、ギルドのドアからダッシュで飛び出した。


「あっ!ちょ、ちょっと待って!」


ライアンは必死で町を走った。頭の中にあるのは一つだけ。

逃げろ!ぜったいにバレちゃダメだ!今のこのゴミみたいなすがたを、だれにも見られちゃダメだ!


しかし、スピードのチートがなくなった彼は、次のカドを曲がる前に。

フワッとした軽い風が彼の横を通りすぎた。

身軽な現役のハーフエルフの冒険者が、カンタンに彼の前に立ちふさがり、ボロボロのマントをガシッとつかんだのだ。


「はなせ!人ちがいだ!俺は勇者なんかじゃない!」

ライアンはパニックになって暴れた。


「ぜったいに、まちがえません!」

ハーフエルフはギュッと彼をつかんで、はなさなかった。

彼女は、ライアンの苦労と傷だらけの顔を見て、マメだらけのザラザラした両手を見た。

その目に、ライアンがこわがっていた「見下す目」や「ガッカリした色」はなかった。逆に、その目には、かわいそうでたまらないという涙がいっぱいにたまっていた。


30分後。

村の外にある温かい木の小屋には、野菜とお肉を煮こんだ、すごくいいにおいが広がっていた。


お腹がペコペコで寒かったライアンは、木のつくえの前にすわり、大きなあたたかいスープの器を持っていた。

マナーなんて気にせず、まるで難民のようにガツガツと夢中で食べた。


ハーフエルフは彼の向かいにすわり、両手でアゴを支えながら。

彼が器の底までペロリとキレイになめるのを、静かに、やさしく見つめていた。


「私はナルシスと言います。」

ライアンが空の器を置くのを見て、彼女はやっと小さな声で話し始めた。顔には、ふんわりとした笑顔があった。

「2年前、ここで受付をする仕事を辞めたんです。本当は……私、ずっと、ずっとライアンさまにあこがれていました。」


ライアンは下を向き、両手でボロボロの服のすそをギュッと強くにぎりしめ、彼女の目を見られなかった。


「わざわざ遠くの北の国まで会いに行ったのに、あなたが行方不明になったと聞きました。みんな探していたけど、だれも見つけられなくて。」

ナルシスは窓の外の景色を見ながら、明るいけれど、少しこだわりのある声で言った。

「それから、私はあなたが最初に出発した、このはじまりの村に帰ってきました。ここで冒険者をしながら、お金を貯めて世界中を旅する準備をしつつ、待っていようと。ここがあなたのスタート地点なら、もしかしたらいつか……奇跡が起きるかもしれないって、思ったんです。」


ライアンは、ボーッと聞いていた。


彼の頭の中は、一瞬で真っ白になった。

この2年間、彼はずっと思っていた。チートがなくなり、【選ばれし者の加護】がなくなったら、自分はまた世界から見捨てられたゴミにもどるんだと。

みんなのやさしさやキズナは全部、あのウソの魔法の上に作られたものだと思っていた。


でも、今はどうだ?


魔法が切れてから、もうまるまる2年がすぎた。

キラキラの金髪もない。無敵のパワーもない。えらい立場もない。

今の彼は、どろだらけで、中級の魔物1匹をたおすのにも、歯を食いしばって苦戦する、ただのオッサンだ。


だけど、目の前のこの女の子は。

2年もずっと彼を待っていて、こんなみっともないすがたを見ても、その目には少しも「イヤだ」という気持ちがなかった。

そのすき通った目にあるのは、なくした宝物を見つけたような喜びと、めまいがするくらいまっすぐな「好き」という気持ちだけだった。


そうか。チートも魔法もない現実でも、この世界には、こんな自分を受け入れてくれる人が、本当にいたんだ。


「なんで……」

ライアンの声はこわいくらいガラガラで、肩が止まらないくらいブルブルとふるえ始めた。

「俺は今……何にもできない、ただのゴミなのに……」


「あなたはゴミなんかじゃありません。」


ナルシスは立ち上がり、彼のそばに歩いてきた。彼女はライアンの目を見て、やさしいけれど、すごく強い声で言った。

「おぼえていないかもしれませんが。7年前、私のふるさと……あのハーフエルフの村を救ってくれたのは、あなたなんです。」


ライアンはハッとした。


「みんなは、あなたはただ通りすがりに、テキトーに剣を数回振って去っていっただけだと言います。でも……」


ナルシスは、ライアンの傷だらけの両手をそっとにぎり


「あの時、魔物に殺されそうで、完全に絶望していた私にとって。私の前に立ってくれたあなたの背中は、世界でたった一つの『奇跡』だったんです」


彼女は、ボロボロになった彼の手を、自分のほおにやさしく押しあてた。


「……あなたは今、自分のことを『ただのゴミだ』って笑うかもしれません。昔みたいな力もないって、投げやりになっているのも知っています」


「でも、この手についた傷は、あなたが今日までだれかを守ろうと、必死にもがいてきた証じゃないですか」


そのすき通った目には、重い「恩返し」の義務なんかない。

ただ、一人の女の子が7年間もずっとかくしていた、一番ピュアな恋心と、強い決意だけがあった。


「7年前、あなたが私の奇跡になってくれたように……今度は私が、暗闇にいるあなたを引っぱりだします。絶対に、この手をはなしませんから」


「私が最初、あなたが出発したこのギルドで働こうと思ったのも、少しでもあなたに近づきたかったからです。」

ナルシスは泣きながら、最高にキレイな笑顔を咲かせた。

「だから……おかえりなさい、ライアンさん。お疲れさまでした。」


その言葉が、さいごのトドメになった。


ライアンがこの2年間、必死でたえ続けてきた心のバリア。

恐怖とコンプレックスから自分を守るために作ってきた高いカベが、この一瞬で、ガラガラと完全にこわれ落ちた。


今年でやっと30歳になった、苦労しつくしたオッサンは。

手を裏返して、ハーフエルフの女の子の手をギュッと強くにぎり返した。

彼はザラザラした木のつくえにオデコをくっつけて。まるで、やっと帰る場所を見つけた迷子の子どものように、あたたかい木の小屋の中で、声を上げてわんわんと泣きじゃくった。

恋愛シーンを書くのって、ほんとうに難しすぎますね!


本編ではただの「勇者の熱狂的なファン」だった女の子を、ライアンの人生を変える最大のキーパーソンに書きかえる……。

これが、この作品ぜんたいのなかで自分にとって一番大きなチャレンジだったと思います。


これからは、よっぽどのことがないかぎり、こんな無茶な挑戦はもうしません!

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