外伝 すべてを失った勇者 最終話:すべてを手に入れたライアン
あたたかい木の小屋で思いっきり泣いたあと。
ライアンはまるで、この2年間、魂の奥にたまっていた「毒」を、すべて出し切ったようだった。
落ち着いたあと、ライアンはナルシスにすべてを打ち明けた。
自分がこの世界に転生してきたこと。チートにたよっただけの、ウソモノの勇者だったこと。
そして、荒野にうめてある、王室のマークが入ったヤバい宝の山のことだ。
「せっかくの宝なのに、バレるのがこわくて、パン一つ買えなかったんだ」と、彼は苦笑いした。
それを聞いたナルシスは、ただ笑って自分の胸をポンッとたたき、ライアンに小屋でゆっくり休むように言った。
次の日。2人で荒野へ行き、あの重い王室の金貨をほり出した。
その後、ナルシスはそれを持って、ひとりで冒険者ギルドへとむかった。
受付で狂ったようにハンコを押している、ウラでお金の交換ルートを仕切っている「元・魔王軍の幹部」の力を使って。
ナルシスは、この表に出せないヤバい宝を、ふつうに使える金貨にチェンジすることに成功した。
あのケチなホネ野郎に、高い手数料をとられたけれど。
それでも、2人が新しく人生をやり直すには、十分すぎるくらいの大金だった。
そのお金を使って、彼らははじまりの村のはしっこに、小さな土地を買った。
自分たちだけの2階建ての木の家を建てて、1階には目立たない小さな雑貨屋をオープンした。
ライアンはもう、世界をこわすような魔法や剣のことは考えなかった。
かわりに、「前世の記憶」を一生懸命に思い出し、何枚もデザインのメモを描いた。
チートのパワーはなくなったけれど、彼は村の鍛冶屋や大工さんとていねいに話し合い、歯車と木のパーツが合うかを何度もテストした。
何回も失敗したあと。
異世界で初めての「手作りの木の自転車」が、村の土の道をフラフラと走った時。
ライアンは、この2年間で一番の、本当にうれしそうな笑顔を見せた。
お店は少しずつ、軌道にのっていった。
ライアンはお店で新しいアイデア商品を作って売り、現役の冒険者であるナルシスは、森や洞くつでめずらしい素材をあつめて、お店で加工して売った。
2人の生活には、もう「世界を救う」なんていう重い責任はない。
そのかわりに、いそがしくて、地に足のついた、笑い声がいっぱいの毎日があった。
ハーフエルフと人間の間に子どもができるのは、すごくむずかしい。
でも、一緒にくらし始めて5年目、奇跡が起きた。
ナルシスが無事に初めての子どもを産み、この木の家に、新しい命の光をもたらしてくれたのだ。
数年後の、ある静かな午後。
ライアンは家の前のロッキングチェアにすわり、庭でヨチヨチ歩きをする子どもと、太陽の下で笑いながら服を直しているナルシスを見ていた。
その時、やさしい風が吹き、ライアンの心に、今まで感じたことのない深い思いがわきあがってきた。
そうか。俺がずっと必死に追い求めていた「幸せ」は。
前世のあの、冷たいエリートのお金持ちの家には、最初からなかったんだ。
世界をこわすことができて、みんなからチヤホヤされる、あのチートの中にもなかった。
本当の幸せは。
お腹がすいて、つかれて、生活のことでケンカして、子どもの笑顔一つで「これでいいんだ」と満足できる、この毎日のことだ。
そんな、ふつうで小さな瞬間が、少しずつ積み重なって、命の重さと温かさを作っていくんだ。
時は流れ、この静かな村で、ゆっくりと年月がすぎていった。
数十年後。
昔、雪の中で凍え死んだお金持ちの家のダメ男。
神様に無敵のパワーをもらったウソモノの勇者。
彼は今、真っ白な髪で、やさしい笑顔をした、87歳のおじいちゃんになっていた。
あるあたたかい春の日。
ライアンはベッドに横になり、まわりにはたくさんの子どもや孫たちがいた。
ハーフエルフの血のおかげで、まだ若く見えるナルシスが、彼のシワだらけの手をやさしくにぎっている。その目の奥には、消えることのない深い愛情と、さみしさがあふれていた。
ライアンはそれを見ながら、チートはなかったけれど、最高に充実していた自分の「第2の人生」を振り返った。
彼は、奥さんの手をそっとにぎり返し。
この上なく満足そうな笑顔をうかべたまま、静かに目を閉じた。
数日後。はじまりの村の外、太陽の光が当たる丘の上に、シンプルなお墓が一つ増えた。
そこには、「世界を救った勇者」なんていう大げさなタイトルもない。
前世の、エリートと栄光をあらわすお金持ちの名字もない。
お墓の石には、ただシンプルに、数文字だけがキザまれていた――
ライアン。




