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外伝 すべてを失った勇者 第4話:放浪

時間は、すべての魔法と神話を消し去る、一番ざんこくな武器だ。


魔王をたおすパーティーから、まるまる2年がすぎた。


農村の少女リースと別れたあと、勇者の仲間たちは北の国で1ヶ月ほどライアンを探し続けた。

でも、時間がたつにつれて、目に見えない波が、静かに引いていった。


それは「加護」の魔法が、完全に消え始めたということだ。


2千年生きているエルフの大賢者が、一番最初にその「おかしさ」に気がついた。

まるで熱狂的な宗教みたいだった「絶対の好感度」のフィルターがこわれた時。

彼女たちは、昔ライアンに向けていた盲目的なあこがれと思い出し、強い違和感どころか、ゾッとするような恐怖を感じた。


ドワーフやプリーストたちも、「キズナ」という名前の長い夢から、次々と目をさました。

冷静になった彼らは、ついにひとつの事実に気がついた。

だまって消えたあの勇者は、最初から「だれにも探されたくなかった」のかもしれない、と。


わざと名前をかくして生きているなら、もう探す必要はない。


大陸で一番強いと言われた夢のチームは、こうして静かに、自然と解散した。

エルフは世界樹の森へ帰り、ドワーフは帝国の軍隊へもどり、プリーストたちはそれぞれの教会へ帰っていった。

その後、命をかけて一緒に戦った仲間たちは、数年に一度、ただの知り合いのような手紙をやり取りするだけになった。


そしてその手紙の中で、「ライアン」という名前が出ることは、二度となかった。

勇者の神話は、仲間たちの心の中で、静かに死んだのだ。


一方で、その神話の主人公は今、チートをうばわれたあとの、長くて苦しい地獄をひとりで味わっていた。


逃げ出してからの数ヶ月、ライアンは「現実」というものを骨の髄まで思い知った。

彼は王様からもらった宝石や金貨を、カバンいっぱいに持ち出していた。

でも、すぐにこわい事実に気がついた。

キラキラ光る王室の金貨にはすべて、北の国の王家をあらわす特別なマークや暗号が、しっかりとキザまれていたのだ。


ボロボロのマントを着た、あやしいホームレスの男。

そんなヤツが、ふつうの市場で王室の金貨なんて出したらどうなるか。

兵士にドロボウとしてその場でつかまるか、裏通りの悪党に殺されてお金をうばわれるか、そのどっちかだ。

この宝石の山は、彼を助けるアイテムなんかじゃない。いつでも彼の居場所をバラす、時限ばくだんだったのだ。


「勇者ライアン」のシンボルを消すため、彼は命がけで裏社会のマーケットにコンタクトをとった。

王室の宝石を一つ使い、よくばりな裏商人から、ふつうに使える銀貨と、ある薬を交換した。

それは、強い毒があり、髪の色を永遠に変えてしまう、ヤバい錬金アイテムだった。


栄光のシンボルだったキラキラの金髪が、やけるような痛みのあと、地味な茶色に変わった時。

ライアンはカガミの中の自分を見て、ホッとして涙を流した。


彼はもう、王室のマークが入った宝にさわることはできなかった。

重いカバンを、だれもいない荒野の奥ふかくに埋め、もらった銀貨と、自分の体を痛めつける肉体労働だけで、ギリギリの生活を続けた。


ライアンは今年でやっと30歳になった。

でも、もし彼が町を歩いていたら、だれもが「苦労しつくした50歳近いホームレスのオッサン」だと思うだろう。


この2年間、心の中のひどい恐怖と、体への容赦ないダメージが、彼の命から「若さ」を完全にしぼり取っていた。

ヒゲもそらず、ボサボサのヒゲが、昔のイケメンなアゴのラインを完全にかくしている。

ずっと背中を丸めていたせいで、背すじの伸びていた体は、すっかり曲がってしまった。


バレるかもしれない内陸の町からにげるため、彼は汗と魚のニオイがプンプンする、東の港町へ逃げた。

酒場では、しもやけだらけの両手で、山のようなお皿をロボットみたいに洗い続けた。

もっと遠くへ逃げるため、環境がサイアクな、遠くの海へ行く漁船にも乗った。

あれる波の中、チートのバリアがない彼は、胃液がなくなるまで吐き続けた。重いアミを引っぱるロープのせいで、手のひらはすりむけて血だらけになった。


でも、そうやって体の限界をこえるくらい疲れないと、ねむることもできなかった。

そうしないと、夢の中で、仲間たちのガッカリした目を見てしまうからだ。


船が港についたあと、彼はまた、風に流される葉っぱのように、のこりの銀貨を数枚だけ持って、さすらいの旅を続けた。

ある時は、南の帝国の、キツい砂漠で迷子になった。

空気がゆがむくらい熱い太陽の下で、水筒はとっくに空っぽだった。

【絶対復活】の残りのストックがない今、「死」の影が初めて、こんなにもリアルに、こんなにも重く彼にのしかかった。

ノドはカラカラに割れ、視界はボヤけ、まるで死にかけの野良犬みたいに、熱い砂の上をはいつくばった。


その時、彼はついに、心の底から思い知ったのだ。

ふつうの人間の体なんて、この異世界の大地の前では、あまりにも弱くて、ちっぽけなものだということを。


最後は、サボテンの汁をなめながら、奇跡的に砂漠をぬけ出すことができた。

でも、その生と死のギリギリを経験したあと。

彼の目の奥にあった「勇者のプライド」は完全に砂にうもれ、のこったのは、命へのリスペクトと、すべてをあきらめたような、深い疲れだけだった。


2年間の放浪が、彼の魂にあった恐怖と悔しさを、すべて平らにけずり取ってしまったのだ。


冬の初めの冷たい風の中、ライアンはとっくに底に穴があいた靴をひきずりながら、荒野の土の道をゆっくりと歩いていた。

彼はもう、わざとかくれることもしなかった。ただ、ゾンビみたいにフラフラと足を前に出すだけだ。


低い丘をこえた時、彼の暗い目に、ある町のシルエットがうつった。


回っている古い風車、低い石の城壁、そして町の真ん中にある、剣と盾の看板がかかった「冒険者ギルド」の建物。


ライアンは足を止め、カラカラのくちびるを少しふるわせた。


まるまる2年、あちこちをさまよい、生と死の境界線を歩き、すべての栄光をすててきた。

運命はまるで、ざんこくなジョークを言うように、この苦労しつくした元・勇者を、再び「スタート地点」へと連れもどしたのだ。


そこは、彼がこの世界に転生してきたばかりのころ、希望にあふれて第一歩をふみ出した場所――


「はじまりの村・スタート」だった。

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