外伝 すべてを失った勇者 第3話:農村の少女
魔王をたおすパーティーから、ちょうど3日がすぎた。
「勇者さまが行方不明になった」
そのニュースは、まるで羽が生えたように、あっという間に北の国中をパニックにさせた。
2階の部屋に残されていたのは、栄光のシンボルである神聖なよろいと、金髪を切り落とすのに使われた聖剣だけ。
兵士の話では、勇者さまは夜中に「森からイヤな気配がする」と言って、一人でむかったまま帰ってこないという。
勇者の仲間たちはショックを受け、すぐに王様に強くお願いした。
「大陸中に、一番レベルの高い『そうさく願い』を出してください!」と。
しかし、現実はちがった。
【選ばれし者の加護】という、洗脳みたいな魔法がとけたあと。
王様が勇者に持っていた「おかしな熱狂」も、一瞬で消え去っていた。冷静になった王様の目にあるのは、冷たい政治の計算だけだ。
魔王は死に、世界は平和になった。
ライアンが世界を救ったのはたしかだが、いなくなった一人の勇者のために、まわりの国をまきこんで大さわぎするのはワリに合わない。
もし他の国から「国境を開けろ」と言われたり、大きな「借り」を作ったりしたら、国にとってはマイナスしかない。
だから王様は、仲間たちの前では悲しそうな顔をしながら、ウラではまわりの国にテキトーな手紙を数通送っただけで、この件をスルーしたのだった。
そして今、世界中をさわがせている勇者は、誰も想像できないくらい悲惨な生活を送っていた。
時間は3日前の朝にもどる。
ライアンは森のはしっこの木の下で、鳥の声で目をさました。
春の太陽がまぶしい。木の根っこをマクラにしていたせいで痛む首をさすり、知らない森を見て、昨日の夜のことを思い出した。
「そうか……全部、夢じゃないんだ。俺にはもう、チートがないんだ。」
どろだらけの手を見て、彼は苦笑いした。
チートがなくなった今の彼は、ただ宝石の入ったカバンを持っているだけの、ふつうの人間だ。
「とにかく、生きていかないと。」
ライアンはほっぺたをたたいて、気合を入れた。
彼のイメージでは、前世のサバイバルの知識を使って、森の中にヒミツの小屋を作るつもりだった。塩や服が必要になったら、国境の小さな店にこっそり買いに行き、だれにも会わずに静かに生きる。
しかし、現実は彼をボコボコにした。
まるまる一日かけて、ライアンは森でサバイバルにチャレンジした。
木の枝を折ろうとしたが、【全ステータス限界突破】のパワーがないため、少し太い枝すら折れない。逆に両手にマメができて皮がむけた。
石とツルで雨宿りの場所を作ろうとしたが、ロープの結び方すらわからず、全身どろだらけになった。
夕方になった時。
ライアンは目の前の、ただのゴミみたいな木の山を見て、ヒザから崩れ落ちた。
チートがない俺は、何ひとつできない。
「くそっ……これじゃ、前世とまったく同じじゃないか。」
公園のベンチで、お腹をすかせてふるえていた、生きる力がないゴミ。
あの魂の奥にきざまれた無力感が、また彼を飲みこんでいく。
絶望していたその時。
遠くの森から、たくさんの足音と大きな声が聞こえてきた。
「勇者さまーー!どこですかーー!」
ライアンはバッと顔を上げた。草のすき間から、魔法の光が遠くに見えた。
王国のそうさく隊だ!
そして、その一番前には、とがった耳をした2人のエルフの大賢者、エラとナナウが、あせった顔で歩いていた。
「ライアン!聞こえるか!返事をしてくれ!」
エルフのきれいな声が、森にひびく。
ライアンの心臓がギュッと縮んだ。
彼女たちが探しに来た。
もし、小屋すら作れない今のゴミみたいなすがたを見られたら。
もし、彼女たちの目から「加護の魔法」が消えていたら……。
こわさが、すべてを上回った。
ライアンはカバンをつかみ、森の奥に向かって全力でダッシュした。
「だれかあそこにいるぞ!」
耳のいいエルフが気づいた。
ライアンはパニックになり、真っ暗な森をメチャクチャに走った。
暗闇を見るスキルも、すごいスピードもない。何度も木の根っこにつまずき、枝で顔や体にたくさんの傷ができた。
うしろの足音がどんどん近づいてきた時、突然、足元が消えた。
「うわあああーーっ!」
彼は森の一番奥にある、深い谷に落ちた。
ドボンッという音とともに、冷たくて流れの速い川に飲みこまれた。鼻や口に水が入り、意識が消える直前、ただ水に流されていくのを感じていた。
……
次に目をあけると、知らない木の天井が見えた。
「あっ、気がついた!」
やさしい声がした。ライアンが横を見ると、ベッドの横に、少しボサボサの茶色い髪をした10代の女の子がすわっていた。
すなおそうな笑顔だ。
「ここは……」
ライアンは力ない声で聞いた。
「ここは国境の農村だよ。私はリース。2日前に川で洗濯してたら、カバンをギュッとだきしめたあなたが流れてきて、すっごくビックリしたんだから。」
リースは温かいお水を手わたしてくれた。
ライアンは水を受け取り、思わず自分の顔をさわった。
谷に落ちた時に岩にぶつかったため、顔にはガーゼ、体には包帯がまかれている。それに、自分でテキトーに切った短い髪と、どろだらけのすがた。
目の前のリースは、このボロボロの男が、あの金髪の勇者だとはまったく思っていないようだ。
「助けてくれてありがとう。俺は……旅の商人だ。森で迷って、川に落ちてしまったんだ。」
ライアンはテキトーなウソをついた。
「商人さんだったんだ、運がよかったね。」
リースはベッドの横でジャガイモの皮をむきながら、笑って話しかけてきた。
「最近、森の中がすごくさわがしいんだよ。魔王をたおした勇者さまが行方不明になったらしくて!今、国中のそうさく隊が探してるんだって。」
ライアンがコップを持つ手が、ピクッとゆれた。
「勇者の仲間のおとなたちは、もっとパニックみたい。町に行ったおじさんの話だと、エルフの大賢者とドワーフが、毎日森のすみずみまで探してて、すっごく心配してるんだって。」
リースの話を聞いて、ライアンの心はモヤモヤした。
(彼女たちは……まだ俺を探しているのか?)
魔法がとけたら、みんな王様みたいに俺をシカトすると思っていた。
でも、必死に探していると聞いて、ライアンの冷たい心は、少しだけ温かくなった。ウソの魔法の中にも、少しだけ本当の仲間の気持ちが残っていたのかもしれない。
でも、その温かさは、もっと深いコンプレックスにすぐに消された。
(ダメだ……。たとえ友達だと思ってくれていても、スライムすらたおせないゴミになったとバレたら、その友情はすぐに「あわれみ」になり、最後は「ガッカリ」に変わる。あんな目は、もう二度と見たくない!)
ライアンは心の中で首をブンブンと振った。
「勇者ライアン」は、このまま行方不明の神話にしたほうがいい。こんな悲惨なすがたで、昔の仲間に会うなんてぜったいにイヤだ。
こうしてライアンはケガを理由に、リースの家でまるまる1週間かくれて過ごした。
カバンの中の小さな金貨を1枚使い、リースのお父さんにたのんで、となりの村から屋根つきの小さな馬車を買ってもらった。ここから逃げるためだ。
1週間後の朝。ライアンはふつうの農民の服に着がえ、馬車の運転席にすわった。
「商人さん、道中気をつけてね!もう迷子になっちゃダメだよ。」
リースとお父さんは庭に立ち、笑って手を振ってくれた。
「この数日間、本当にありがとうございました。」
ライアンは手づなをにぎり、心からお礼を言った。
その時だった。家の横の草むらが、ガサガサと大きくゆれた。
緑色の肌をした、気味の悪い低級のゴブリンが3匹飛び出してきた。ギャーギャーとイヤな声をあげて、武器を持っていないリースに向かってとびかかった。
ライアンの目が大きく見開かれ、頭で考えるより先に体が動いた。
彼は馬車の横にあった太い木の棒をサッと引きぬき、迷わず馬車から飛び降りてリースの前に立ちふさがった。
そして、一番前のゴブリンに棒を振り下ろした。
「ガンッ!」
棒は命中したが、その反動でライアンの両手はビリビリとしびれ、棒を落としそうになった。
【全ステータス限界突破】のパワーがない今の彼は、ただのふつうの人間だ。低級のゴブリン1匹すら、一撃でたおすことができない。
残りの2匹のゴブリンはそれを見て、キーキー鳴きながら彼をかこんできた。
ライアンはグッと歯を食いしばり、冷たい汗を流しながら、昔の戦いのカンだけで必死に攻撃をふせいだ。
しかし、体力の差が大きすぎて、だんだんと追いこまれていく。
「とおっ!」
ピンチの瞬間、リースのお父さんが先のとがった農作業用のフォークを持って走ってきて、1匹のゴブリンを強く突きとばした。
それを見たライアンも、残りの力をふりしぼり、もう1匹の頭を棒で強くたたいた。
ぐちゃぐちゃの戦いと、はげしい息づかいのあと。
2人はようやく、この低級モンスターたちを森へ追い返すことができた。
ライアンはハアハアと息を切らしながら馬車によりかかり、折れそうな木の棒を投げすてた。
さっきの戦いの瞬間、朝の太陽の光が、汗とどろまみれの彼の横顔を照らしていた。
チートはなくなったけれど、弱い者を守ろうとするあのするどい目は、まだ残っていたのだ。
ビックリしてふるえていたリースはライアンを見て、ピタッと動きを止めた。
彼女は少し首をかしげ、ライアンの横顔をじっと見て、無意識にまゆをひそめた。
「あの……商人さん……」
リースが一歩前に出て、少し自信なさそうに言った。
「さっき戦っていた時のあなたの横顔と、その目……なんだか、広場にある勇者さまの銅像に似てるような……」
ライアンの心臓が止まった。
全身の血が、一瞬で完全に凍りついた。
バレた!?
「き、君の気のせいだ!俺みたいな、まだ駆け出しの小さな商人が、勇者さまと関係あるわけないだろう!ハハ、ハハハッ!」
ライアンはすごく不自然な愛想笑いをし、こわさで理性がとんだ。
彼はバッと馬車に飛び乗り、思いっきりムチを振り上げ、馬の背中をバチッと叩いた。
「走れっ!!!」
「あっ!ちょ、ちょっと待って!商人さん!」
ビックリしたリースとお父さんの声をうしろに、馬車はパニックになったケモノのように村の土の道を飛び出した。
砂ぼこりを巻き上げ、ライアンは二度とふり返らずに、遠くへ向かって爆走していった。




