外伝 すべてを失った勇者 第1話:夢の終わり
北の国の夜空は、魔法の花火で白夜のごとく明るかった。
一日中さわがしかった魔王をたおすパーティーも、やっと終わりをむかえた。
ライアンはつかれた足どりで、王様がくれたエリアに帰ってきた。
そこは静かで、真ん中にはりっぱな2階建ての家がある。世界を救ったヒーローたちを守るため、外では王室の兵士たちが昼も夜も交代で見張りをしている。
1階は仲間たちの部屋だ。
2人のドワーフはまだ飲み足りないのか、リビングのじゅうたんにすわってお酒を飲んでいる。4人の人間の女の子たちはつかれたのか、もう部屋のドアを閉めている。そして2人のエルフの大賢者は、庭のベンチにすわって、静かに夜の空をながめていた。
ライアンはドワーフたちに軽くあいさつをして、ひとりで木の階段をのぼり、2階の自分の部屋にもどった。
重くてハデすぎる勇者のよろいをぬいで、ライアンはやわらかいベッドに大の字でダイブした。
「やっと……終わったんだな。」
天井のランプを見ながら、ライアンの心はずっと昔の「前世」のころへともどっていった。
それは今のキラキラした勇者のすがたとはまったくちがう、とてもかなしい人生だった。
ライアンは、本当のお金持ちの家に生まれた。
ひいおじいちゃんから、おじいちゃん、お父さん、そして年上の兄まで、みんな社会のトップに立つエリートだった。
お金も力もある、そんなすごい家系とエリート教育のプレッシャーの中で、ライアンだけがまったくそこに合わない存在だった。
彼には何のとりえもなかった。
勉強もできないし、運動もダメ。見た目もガリガリで色黒で、まったく目立たない。1番になれないとハジだと言われるその家の中で、彼はまるで、まちがって生まれてきたガラクタみたいだった。
大学のテストに「3回目の不合格」になった日。
両親が彼を見る目からは、もう怒りすら消えていた。そこにあったのは、ただの冷たい目と、あきらめだけだった。
彼はそのまま、家から追い出された。
出ていく時、小さいころからお世話をしてくれたメイドが目を赤くして、こっそり少しだけお金をわたしてくれた。
でも、小さいころから「つくえにすわって勉強しろ」としか言われず、生きるスキルがゼロの彼にとって、そのお金は何の役にも立たなかった。
どうやって部屋を借りるのかも、仕事を見つけるのかも、ふつうの人とどうやって話すのかすら、わからなかった。
お金はすぐに使い切った。最後は、公園でホームレスたちと一緒に生きるしかなかった。
2年後の冬の夜、とても寒くて、大雪が降っていた。
ずっとごはんも食べられず、あたたかい服もない彼は、ボロボロのベンチの上で、だんだんと意識がなくなっていった。
意識が消える直前、彼は思った。
もし、もう一度人生をやり直せるなら、あんなカンペキな成功者になりたいな、と。
そしてもう一度目をあけると、そこには大雪もベンチもなく、ただ真っ白な空間だけがあった。
目の前には、つくえのうしろに一人の男がすわっていた。
天界の第3支部にやってきたばかりの、見習い副主任・ルシアンだ。
金色の髪をキレイにセットして、メガネをかけ、少し動くだけでカンペキな自信とオーラがあふれている。
それはまさに、ライアンが小さいころから家族に「こうなれ」と言われ続け、一生なれなかった「カンペキなエリート」のすがただった。
転生についての説明をするルシアンを見ながら、あの時のライアンは、まるで魔法にかけられたように、思わず口に出してしまった。
「俺……あなたみたいになりたいです。」
ルシアンはメガネをクイッと上げて、意味ありげにニヤリと笑った。
そして、転生の設定パネルをポンポンとたたき、ライアンのガリガリで色黒だった見た目を、自分に似たイケメンに大きくチェンジした。
さらに、バランスほうかいのチートスキルを、テキトーに詰め込んでくれたのだ。
こうして、家を追い出されたダメ男は、無敵の勇者になった。
ライアンは大きく深呼吸をして、心の中の雪の夜から現実にもどった。
キラキラした栄光と、仲間たちと過ごしたこの異世界の旅を持てただけで、彼はもう大満足だった。
でも、彼が目を閉じて、魔王のいない初めての平和な夜を楽しもうとした、その時――
ブウン。
彼の魂の奥で、突然、何かがはがれ落ちるような激しいショックがあった。
それは彼をささえていたホネ組みが、一瞬でむりやり引きぬかれたような感覚だった。
「……どういうことだ!?」
ライアンはベッドからガバッと起き上がり、あわてて頭の中で「ステータス」を呼び出した。
パネルの文字を見た瞬間、彼はまるで氷の海に落ちたように凍りついた。
【全ステータス限界突破】:オフ。ふつうの人のレベルにもどりました。
【死亡時、絶対復活】:のこり 0 / 0。
【全属性スキルマスター】:回収ずみ。
【加護のギフト】:スキル『見破り』に使ったため、もう使えません。
魔王が死んだとたん、天界は彼にくれた「おためし版のチート」を、ほとんど全部とりあげてしまった!
でも、この力がなくなることより、もっとこわいことがあった。
彼のふるえる視線は、パネルの一番下まで下がり、そこにとまった。
それは、彼がずっとたよりにしつつ、ずっとうしろめたく思っていたパッシブスキルだった。
【選ばれし者の加護】:オフ。
「オフ」という赤い文字を見て、ライアンの呼吸が完全に止まった。
彼は、1階にいる強すぎる仲間たちを思い出した。
2千年以上生きるエルフの大賢者、帝国で一番強いドワーフのタンク、トップクラスの人間のプリースト。
神話みたいな夢のチームが、本当はただの「落ちこぼれ」である彼にずっとついてきてくれたのは、全部このパッシブスキルの「むりやりのキズナ(洗脳)」のせいだった。
今、その魔法がとけた。
システムにむりやり作られた「ウソのキズナ」も、これから消えていく。
明日の朝、目がさめて仲間たちが彼を見た時、その目は「まったく関係ない他人のオッサン」を見る目にもどるんじゃないか?
それどころか、「どうして私たちは、こんなヤツについてきたんだ?」とうたがうかもしれない。
ライアンはベッドのはしでボーっとすわり、窓の外の明るい月明かりを見ていた。
まるで、あの雪の降る冬の夜にもどったみたいだ。
世界中から見捨てられた、あの心の底からひえるような寒さが、もう一度、彼の背中をゆっくりとつたってきた。
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みなさま、こんにちは。つきゆかりです。
魔王をたおしたあとにスキルが回収されるというのは、ルシアンが「ある目的」のためにセットした特別ルールです。
ふつうの転生者は、ミッションをクリアしたからといって、チートがなくなることはありません。
今回の外伝には、いつものようなギャグや笑いはまったくありません。
でも、自分が書いたメインのキャラたちには、ちゃんと「それなりの結末」をむかえてほしいと思っています。
すべてのチートを失ったライアンが、いったいどんなラストをむかえるのか。
どうか、最後まで見守ってあげてください。




