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第十八章:突然終わる異世界



「あの魔王城での大バトルから、もうまる1ヶ月がたった」


王国のハシッコにある、カビと安いビールのすっぱい匂いがするボロ宿で、俺はゆれるロウソクの光をたよりに、ザラザラした羊皮紙にこのスタートの文を書いていた。


あのとんでもないバトルの後、俺たちは「平和」ってやつをむかえた。でも俺は夢にも思わなかった。ルシアンのクソ野郎が、分身が消える前に「世界線・認識チェンジ・システム」みたいなものをオンにしていたなんて。


勇者ライアンとあのチートチームは、「魔王ルシアンの分身」に会ったキオクを完全にリセットされていた。もちろん、俺が短いあいだだけ無双したあの「願いが叶う」チート無双ショーのことも、きれいに忘れていた。


あいつらの頭の中では、魔王城にいたのはあの触手だらけのオリジナル魔王だけだ。そして俺、佐藤誠は、「運がよくて、うしろで見てて、最後にどこかに隠れてデカいクシャミをしただけの変なオッサン」になっていた。


半ヶ月前、王都のド真ん中で、ものすごくゴージャスな打ち上げパーティがひらかれた。


ライアンとハーレムチームはキラキラのドレスやスーツを着て、高いバルコニーから王様のメダルとみんなの歓声をあびていた。詩人たちはもう、彼らが魔王と戦ったヒーローのストーリーを歌い始めている。


じゃあ、俺は?


俺には自分の席すらなかった。俺はタダのローストビーフとマッシュポテトを山盛りにしたお皿を持って、会場の一番ハシにあるデカい観葉植物の横に立ち、ご飯を口に詰め込みながら、遠くのお祭りをながめるしかなかった。と中、酔っぱらった太った貴族が通りかかり、俺の手に空のグラスをギュッと押しつけて、ゲップをしながら言った。「おい、ボーイ。チーズをもうちょっと持ってきてくれ」


「バンッ!」


俺は思い出せば思い出すほどムカついて、手の中のえんぴつをテーブルに強くたたきつけ、この悲しすぎる「ぼっち観察日記」をバタンと閉じた。


(まだ書き終わらないんですか?ずっとカリカリ音がしてて、うるさいんですけど)


ボロいテーブルに置かれたリリア(剣)が、ものすごくドン引きした音を出す。

(そんなウラミまみれのぼっち日記を書くのはやめてください!見てるこっちがミジメになりますよ!オリジナル魔王をたおすのに、あなただって『クシャミ』のファインプレーをしたじゃないですか!それなのに王様からボーナスをもらう時、私たちには小さな銀貨の袋ひとつだけ!これじゃ私のサヤを純金にするどころか、今は雨もりのするこんなボロ宿に泊まるハメになってるんですよ!)


「俺のせいかよ!」


俺はブチギレてテーブルをたたき、1本の剣に向かってほえた。

「なんだよこの異世界転生は!お約束の無双はどこ行った!ハーレムとかみんなからホメられるのはどこ行ったんだよ!俺の無敵チートお試しプレイはたったの1分で終わったぞ!残りの99%の時間は、ワナをふんで、火で焼かれて、毒のトゲに刺されて、最後はぼっちでボーイあつかいだ!こんなのサギじゃねえか!」


(それはあなた自身の魔力が少なすぎて、2分ももたなかったからでしょ!)

リリアもようしゃなく言い返す。

(それに、あの1分だって人のスキルのパクリじゃないですか!この夢のない無課金ユーザーが!)


「ただブルブル震えるだけのガラクタ剣が何言ってやがる!明日カジヤに持っていって、スクラップとしてグラム売りしてやろうか!それともこの石みたいな黒パンを切るナイフにしてやろうか!」


(やれるもんならやってみなさいよ!クシャミとお正月カードしか出せないオッサンのくせに!私の震えであなたの歯を粉々にしてやりますよ!)


俺と剣が一匹ずつ、せまい宿の部屋でギャーギャーとケンカして、あわや物理バトルに発展しそうになった、まさにその時。


「ピッ――」


リリアの持ち手にある小さな女神のコアが、とつぜん激しい赤い光を点滅させた。


ややこしい魔法の呪文なんて全くいらない。天界の直通ラインが、俺たちの脳にムリヤリつながったのだ。


(もしもし?こちら見習いナビゲーター神のリリアです……あれ?先輩?)

リリアの声が一瞬でヤンキーから、ものすごくゴマをするペコペコした平社員モードに切りかわった。


電話の向こうから、あのルシアンのおだやかでやさしいエリートの声が聞こえてきた。


(世界線ナンバー007、ミッションクリアを確認しました)


「ま、待て?ミッションクリア?」俺はポカンとし、手にとった安いビールを飲むヒマもなかった。


(テスターの佐藤誠、およびナビゲーターのリリア。これより強制帰還プログラムを実行します。おつかれさまでした)


「おい!待てよ!俺のビールがまだ――」


俺の言葉が終わる前に、カビだらけの木の床に、とつぜん巨大な金色のワープ魔法陣がうかび上がった。目がつぶれるほどまぶしい光が足元から爆発し、俺とテーブルのリリアを完全に飲み込んだ。


お別れのセリフもなく、泣いて見送ってくれる人もなく、荷物を持つ時間すらなかった。


このメチャクチャな異世界の旅は、この光の中で、ものすごくテキトーな感じでムリヤリ終わらせられたのだ。


……


……


光が消えた。


ボロ宿のカビとすっぱいビールの匂いが消えた。その代わり、涙が出るほどなつかしい最高級の高山茶のいい香りと、エアコンから吹いてくるカンペキな温度の風を感じた。


ヒザに冷たくて硬い感触が伝わってくる。


ゆっくりと目を開けると、俺はものすごくきれいな大理石の床の上で、カンペキな土下座のポーズをとっていた。


そして俺の横では、リリアももとの見習い制服を着た女の子の姿に戻っていた。彼女も同じように両ヒザをつき、手を太ももの上にピシッと置いて、下を向いたまま息もしていない。


このなつかしい白い壁、なつかしいヒノキのデスク、そして、まわりの空気をぜんぶ吸い取るような、このなつかしくて息が詰まるオフィスのプレッシャー。


俺たちは天界の第3支部、レジス主任のオフィスに帰ってきたのだ。


広いヒノキのデスクのうしろで、支部のトップ――レジス主任が、あのえらそうなレザーのイスに座っていた。彼は上品にテーブルのシブいお茶セットを手に取り、フーフーと息を吹きかけ、すきとおった高山茶を一口すすった。


そしてレジス主任の横には、ピシッと立っている人がいた。


ルシアンだ。彼は魔王の部屋で着ていた真っ黒なマントも着ていないし、ヤバいプレッシャーのリーゼントにもしていない。今の彼は、金髪を自然に下ろし、ピッタリとしたスーツを着て、メタルフレームのメガネをかけ、あのやさしくてていねいな、スキのないカンペキなえがおを浮かべていた。まるで文句のつけようがないスーパー優等生だ。


コップの底と木のコースターがぶつかり、「カチャッ」といい音がした。


針が落ちる音すら聞こえそうなこのオフィスで、その音は俺たちの心臓をハンマーでたたくように響いた。


レジス主任はゆっくりとお茶を置き、となりに立って笑っているルシアンといっしょに、静かに、床に土下座している俺たちを見下ろしていた。


誰も口を開かない。


エアコンの静かな音だけが、オフィスに響いている。


この短くて、バカバカしくて、ツッコミと無力感に満ちた異世界転生は、この高山茶の白い湯気と、上司たちの冷たい視線の中で、一番静かで、一番冷や汗が止まらないラストをむかえたのだ。

読まなくてもまったく問題ない裏設定


ライアンが魔王をたおした後、彼のすべてのチートスキルは自動的に大きくパワーダウンした。

とくに「復活」の回数はいきなりゼロになり、【選ばれし者の加護】はパッシブ効果すら完全にオフになってしまった。


自分のチートがほぼゼロになったことを知ったライアンは、本当に目立たないように生きることを決めた。彼は仲間たちに行き先をまったく教えず、フッと姿を消したのだ。


もともとチームの仲間たちは加護のパワーで集まっていたため、ライアンが消えたあとはただの「魔王をたおした元・仲間」に戻り、たまに手紙のやり取りをするだけの関係になった。

(そして200年後、ドワーフや人間の寿命が尽きたあとは、エルフの大賢者2人だけが残ることになる)。


ライアンが再び「はじまりの村」に姿をあらわしたのは、魔王討伐から2年後のことだった。

彼の顔つきや空気感はかなり変わっていて、昔のカンペキな勇者の面影はなく、ほとんど誰も彼だと気づかなかった。


彼は王国からもらった大量の宝物でお店をひとつ買い、前世のキオクを使って、この異世界にはないちょっとしたアイデア商品を作って売り始めた。勇者だった過去はだまって、ひっそりと静かに暮らした。


ウワサによると、そのお店の女将さんになったのは、あのハーフエルフの女性だったらしい。

ライアンは87歳で天寿をまっとうし、2人の息子と1人の娘、そして5人の孫にかこまれて、しあわせでおだやかな一生を終えた。

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