溢れる力
隊長格は、歩いてきた。
走らなかった。暴風の中を、一歩ずつ踏みしめるように歩いてくる。二重の霜の鎧がラスラフの暴風を受けても揺らがない。風が鎧の表面を滑り、雷が表層の霜を弾くが、内側の鎧には届かない。四つの蒼い目がラスラフを見据え、両手の巨大な氷の刃を構えた。
雷撃を放った。
渾身の一撃だった。蒼白い閃光が隊長格の胸を直撃する。外側の鎧が砕けた。氷の破片が飛び散り、内側の鎧が露出する。だが──止まらない。砕けた鎧の隙間から蒸気が噴き出し、冷気が再凝結して新しい霜を生む。再生速度がラスラフの攻撃速度を上回っている。
冷気の槍が飛んできた。
隊長格の口から放たれた氷の射出。ラスラフは咄嗟に風の壁を展開したが、槍の先端が壁を貫いた。風の壁を突き破る冷気。外套の左肩が裂け、冷たい痛みが走った。押されている。
「俺がやる」
ヴェレスが援護に入ろうとしたのを、ラスラフが制止した。声は静かだったが、意志は固い。この敵は自分の力で倒す。第二段階覚醒の力を、本物の脅威に対して証明する。
ヴェレスが足を止めた。琥珀色の目がラスラフを見つめ、わずかに顎を引いた。師が弟子に任せる仕草だった。
ラスラフは力を深く引き出した。
第二段階覚醒を限界近くまで解放する。右腕の紋章が蒼白い光から白い光に変わり、痣が脈打つように明滅した。風が唸りを上げ、頭上の暗雲が渦を速めた。
天空に暗雲が厚く渦巻いた。稲妻が連続で走り、空全体が明滅する。氷原が蒼白い光と闇の間を行き来し、嵐の規模が一段階跳ね上がった。制御された天候改変ではなく、力の奔流。
ペルンの記憶が押し寄せた。
波のように。壁のように。意識の端に、自分のものではない怒りが滲んでくる。焼けるような激情。敵を滅ぼせ。蛇を殺せ。嵐で薙ぎ払え。三百年前の雷神の戦意が、ラスラフの血の中を駆け巡った。
違う。これは俺の怒りじゃない。
自分に言い聞かせた。だが怒りは強かった。力を深く引き出すほど、ペルンの感情が混じり込んでくる。自分の意志で嵐を操っているのか、ペルンの記憶に操られているのか。境界が曖昧になっていく。
隊長格が突進した。
氷原を砕きながら走ってくる。両手の氷の刃が霜の冷気を纏い、斬撃の軌道が空気を裂いた。ラスラフは風で距離を取り、雷撃を繰り返した。一撃、二撃、三撃。外側の鎧が砕け、再生し、また砕ける。消耗戦。
ペルンの怒りがさらに深く浸食した。
殺せ。壊せ。嵐のすべてを叩き込め。
天空から、一条の巨大な雷撃が落ちた。
ラスラフの意志と、ペルンの記憶が混じり合った一撃。渾身の、限界の雷撃が隊長格を貫いた。蒼白い閃光が氷原を昼のように照らし、轟音が大気を震わせた。二重の霜の鎧が内側から爆散し、冷気の核が消滅する。隊長格の四つの目が光を失い、巨体が崩れ落ちた。
消滅した。
だが余波が凄まじかった。
突風が無差別に吹き荒れた。雷撃の残滓が氷原のあちこちに落ち、氷を砕き、雪を蒸発させた。制御されていない嵐の暴走。ラスラフの意志を超えた力の放出。
ズラータとドモヴォイが身を伏せた。突風に煽られて転がりそうになるところを、ヴェレスが結界を張って二人を守った。黒い影の壁が風を遮り、落雷を受け止める。
轟音が止んだ。
静寂が戻った。嵐が過ぎた後の、異様な静けさ。氷原にクレーターが穿たれ、その中心にラスラフが立っていた。荒い息をついている。右腕の紋章が白く光り続け、消えない。
周囲の空気がまだ帯電していた。
パチパチと小さな放電が弾ける。ラスラフの身体から力が溢れ出ている。嵐は終わったのに、力が収まらない。指先から火花が散り、髪が逆立ち、外套の繊維が焦げた匂いを放った。
ドモヴォイが近づこうとした。
「おまえさん、大丈夫──」
手を伸ばした瞬間、パチンと音がした。小さな稲妻がドモヴォイの指先を弾き、精霊が慌てて手を引っ込めた。
「うおっ──! 熱い!」
ドモヴォイの指先が赤く腫れている。ラスラフの身体から、力が溢れ続けている。近づくだけで放電する。触れれば傷を負う。
ラスラフは自分の手を見た。指先から微かな火花が立ち昇っている。止められなかった。




