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雷神の忌み子 ~五感を代償に、少年は永遠の冬を終わらせる~  作者: 蒼月よる


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雷神の怒り

 嵐が吼えた。


 ラスラフを中心に暴風が渦を巻き、雷雲が頭上に張り出していく。灰白色の空が暗雲に覆われ、氷原が薄闇に沈んだ。風の層を操作し、局所的な暴風域を生成する。蛇の庭での修練の成果だった。天候を変える力。嵐を意のままに操る力。


 霜の牙の隊列に向けて、雷撃を連射した。


 一条、二条、三条。蒼白い閃光が氷原を走り、精霊の隊列を叩く。最初の一体が胸の鎧を砕かれてよろめき、二体目が右腕を吹き飛ばされた。三体目は風の壁で弾き飛ばされ、氷原の上を数十歩も転がった。


 だが四体目が横から来た。


 隊列を崩された精霊の隙間を縫って、両翼から挟み込む動き。統率されている。雷撃で正面を崩されても、側面攻撃に切り替える柔軟さがある。獣にはない動き。兵士の動きだった。


 風を操った。局所的な暴風を発生させ、側面から迫る精霊を吹き飛ばす。氷の破片が暴風に巻き込まれて散弾のように飛び散り、別の精霊の鎧を叩いた。隊列がさらに崩れる。だが数が多い。崩しても崩しても、新しい個体が前に出てくる。


 第二段階覚醒の力は確かに強い。だが十数体を相手に、一人で正面から押し切るには──



 後方で淡い光が灯った。


 ズラータの結界だった。紡錘を握り、大地に手を触れて展開した薄い防御壁。力の減衰で強度は落ちているが、形は保っている。ラスラフの背後に回り込もうとした霜の牙の一体が、結界に触れて弾かれた。完全な防御ではない。強い打撃なら破られるだろう。だが奇襲を防ぐには充分だった。


「背後は任せろ」


 ズラータの声が風の中に響いた。簡潔な一言。巫女の力は弱まっているが、戦い方を知っている。自分にできることの限界を見極め、その範囲で最大の効果を出す。


 ドモヴォイが結界の内側から叫んだ。


「右じゃ! 右から三体来とるぞ!」


 精霊の動きを読んで警告を飛ばす。家の精霊の危険察知が、戦場では偵察として機能していた。ラスラフは警告に従い、右に雷撃を放った。三体のうち二体を弾き、残る一体を風で押し返す。


 後衛の連携が機能している。ズラータの結界が背後を守り、ドモヴォイの警告が死角を埋める。ラスラフは前方に集中できた。



 嵐が激しさを増した。


 頭上の暗雲が厚みを増し、稲妻が雲の中を走り回っている。ラスラフは力をさらに引き出した。風の操作を拡大し、精霊の隊列全体を暴風域に巻き込む。氷原の雪が舞い上がり、視界が白く煙る中で、雷撃だけが正確に標的を貫いた。


 人型の影が嵐の中に現れた。


 ヴェレスだった。


 黒い長衣を纏った壮年の姿。初めて本格的な実戦に姿を見せた。左足を引きずりながらも、その存在感は圧倒的だった。琥珀色の目が蒼く冷たい光を帯び、口元に薄い笑みが浮かんでいる。


 大地が震えた。


 ヴェレスの足元から、蛇のような影が伸びた。黒い影が地面を這い、氷原を割って噴き出す。影は生き物のように蠢き、霜の牙の足を掴み、引き倒し、拘束した。大地の力。地下世界の神の権能。


 嵐と大地の挟撃が成立した。


 ラスラフの雷撃が上から叩き、ヴェレスの影が下から拘束する。動きを封じられた霜の牙に、精密な雷撃が突き刺さる。霜の鎧が砕け、内部の冷気が霧散し、精霊が消滅する。一体、また一体。


 連携が初めて形になった。蛇の庭では修練だけだった。実戦で力を合わせるのはこれが初めてだ。だが呼吸が合った。ヴェレスの拘束のタイミングと、ラスラフの雷撃のタイミングが噛み合っている。師弟の間で培われた理解が、戦場で発揮されていた。


 だがラスラフは気づかなかった。


 ヴェレスの力が、「修練を教える程度」を超えていることに。大地を割り、複数の精霊を同時に拘束する力。それは衰弱した神の残滓とは思えない規模だった。戦闘の混乱の中では──気にならなかった。ヴェレスの力が回復していること。それが何を意味するか。


 霜の牙の大半が撃退された。氷原に散らばる霜の欠片が風に舞い、消えていく。


 だが一体だけ──残っていた。


 他より明らかに巨大な個体。霜の鎧が二重に重なり、内側で冷気が脈動している。蒼い目が二つではなく四つ。両肩から氷の角が突き出し、手に持つ氷の刃が他の個体の倍はあった。


 隊長格だった。


 それが、嵐の中心に向かって歩き始めた。


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