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雷神の忌み子 ~五感を代償に、少年は永遠の冬を終わらせる~  作者: 蒼月よる


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氷原の激戦

 風が変わった。


 それは唐突だった。歩いている最中に、空気の質が一変した。それまでの永冬の冷気──骨を削るような乾いた寒さ──とは異なる冷たさが、ラスラフの左半身を掴んだ。


 掴んだ、という表現がもっとも近い。


 寒さが肌を刺すのではなく、肌を掴んでいた。意志を持った冷気。生き物のように肌を這い、外套の繊維の隙間に指を差し込んでくる。永冬の寒さは無機質な現象だった。これは違う。明確な意図を持った冷気が、体温を引き剥がしにかかっている。


 ヴェレスの白狼が足を止めた。霜を纏った白銀の毛並みが逆立つ。琥珀色の目が北の地平線を射抜いた。


「来るぞ」


 低く、鋭い声だった。


 ラスラフは嵐の力を高めた。右腕の紋章が蒼白く発光し、指先に電気が走る。風の層を読んだ。地表の冷気流が乱れている。何かが近づいてくる。北から。地平線の向こうから。大気の揺れが、その接近を教えていた。


「ズラータ、ドモヴォイ、下がれ」


 二人が後方に退いた。ズラータが紡錘を握り、結界の準備に入る。ドモヴォイが革袋を胸に抱え、ズラータの背後に身を寄せた。


 地平線の向こうから、影が現れた。


 最初は一つに見えた。だが近づくにつれて、それが複数の影だと分かった。十。いや、それ以上。氷原の上を移動する一群の存在。隊列を組んでいた。先頭に二体、左右に三体ずつ、後方に控えが数体。軍隊の陣形だった。


 猟師の証言は正確だった。


 霜の鎧を纏っている。全身を覆う半透明の氷の層が、灰白色の光を受けて鈍く輝いていた。通常の冬の眷属より一回り大きい。肩幅はラスラフの二倍、身の丈は頭一つ分高い。手から生えた氷の刃──牙のように湾曲した氷の武器──が、両腕の先端で冷気を纏っている。


 目があった。霜の鎧の奥に、蒼い光点が二つ。意志のある目だった。獣の目ではない。兵士の目だった。


 ドモヴォイが唸った。


「こりゃあ……まずいぞ」


 十数体の霜の牙が、一斉にこちらを見た。


 蒼い光点が揃ってラスラフに向けられる。認識された。敵として。隊列がわずかに変形し、包囲の態勢を取り始める。猟師が言った通りだ。偵察と包囲と追撃を分担する。組織的な動き。


 ラスラフは構えた。


 右手を前に出し、力を集中する。嵐の力が右腕を流れ、紋章が脈打つように明滅した。風が巻き起こり、ラスラフを中心に気流が渦を描く。


 先兵の一体が動いた。


 氷原を蹴って跳躍する。凄まじい速度だった。猟師が「今まで相手にしてきた眷属とは桁が違う」と言った意味がわかった。Part 1で戦った下位の眷属は、この速さの半分も出なかった。霜の鎧が軋み、氷の牙が振り下ろされる。


 雷撃を放った。


 蒼白い閃光が先兵を直撃した。Part 1の眷属なら、この一撃で消滅していた。霜の牙は──倒れなかった。霜の鎧が砕けた箇所から蒸気が上がり、体勢を崩して後退する。だが立っている。蒼い目がラスラフを睨み、損傷した鎧の隙間から新しい霜が再生し始めた。


 格の違いを実感した。


 一撃で倒せない。鎧の再生がある。第二段階覚醒の雷撃でも、一筋縄ではいかない。


 隊列が動いた。先兵の後退に合わせて、両翼の精霊が開いていく。包囲の完成を急いでいる。群れで来る。ヴェレスの警告が正しかった。


 ラスラフは嵐の力を高め、構えた。第二段階覚醒の力が初めて本格的な実戦に投入される。風が唸り、頭上の空が暗くなっていく。雷雲が渦を巻き始めた。


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