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雷神の忌み子 ~五感を代償に、少年は永遠の冬を終わらせる~  作者: 蒼月よる


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神を利用する者

 訓練場で槍を振る男がいた。


 ラスラフと同年代か、少し上だろう。背は高く、引き締まった体つきをしている。赤毛を短く刈り込み、頬に凍傷の痕がある。槍の振りは鋭かった。型は荒いが、力と速度がある。冬の精霊と実戦を積んだ人間の動きだった。


 男がラスラフに気づいた。


 槍を止め、大股で歩いてくる。警戒の色はなかった。代わりに、屈託のない好奇心が顔一面に広がっていた。


「おまえがあの──ペルンの紋を持つやつか!」


 声が大きい。訓練場にいた他の男たちが振り返るのを気にもせず、ラスラフの前に立った。


「ミロシュだ。ヴォログダの哨戒隊。おまえの雷、昨日の夜に門番が話してたぞ。すげえって」


 手を差し出した。ラスラフは一瞬迷った。右手は感覚がない。握った力の加減がわからない。左手を出した。


「ラスラフだ」


「左手で握手か。変わってるな」


 ミロシュは笑った。それだけだった。不審に思いもせず、理由を問いもしない。左手を握り返して、力強く揺さぶった。


 こういう人間とどう接していいか、ラスラフにはわからなかった。


 忌み子として育った十七年間、同年代の人間と対等に話した記憶がほとんどない。子供の頃は石を投げられ、少し大きくなると無視され、さらに大きくなると遠巻きにされた。ミロシュの屈託のなさは、ラスラフの経験のどこにも引き出しがなかった。


「おまえ、嵐の力ってやつ使えるんだろ。見てみたいな」


「……見世物じゃない」


「堅いな! まあいいや。俺も見せるもんなんてないしな。槍が振れるだけだ」


 ミロシュが訓練場の奥を指さした。


「こっち来いよ。防壁を見せてやる。この集落の自慢だ」



 防壁は厚さが二メートルはあった。


 雪と氷と石を組み合わせた壁が、集落をぐるりと囲んでいる。壁面にはところどころ深い裂傷があった。氷が抉られ、石が砕けた痕。ミロシュが壁面の傷を指でなぞった。


「冬の眷属との戦闘痕だ。月に二、三回は来る。ここ最近は頻度が上がってるがな」


「冬の眷属がここまで来るのか」


「来るさ。下位のやつがほとんどだが、たまに中位が混じる。全員で出て何とか追い返してる。死人も出る。先月は哨戒の二人がやられた」


 ミロシュの声に感傷はなかった。慣れている。死が日常の隣にある生活に慣れている。ラスラフは壁面の傷痕を見つめた。ここで戦い、ここで死んだ人間がいる。力を持たない人間が、槍と壁だけで冬の精霊に立ち向かっている。


「北の方にゃ、もっとでかい勢力がある。氷冠公国(レドグラード)って聞いたことあるか」


「ない」


「永冬が始まってからのし上がった人間の国だ。寒冷地に適応した軍を持ってて、冬の精霊を捕まえて使役する魔術師もいるって話だ。周りの小さな集落に『保護してやる』と持ちかけてくる」


「保護か」


「名目はな。実態は支配だ」


 ミロシュが防壁の上から北の方角を見た。灰白色の空の下、氷原が果てなく続いている。その向こうに、永冬を利用して力を広げる者たちがいる。


「あいつらは永冬が終わることを望んでない。冬が続く限り、あいつらの支配も続くんだ。寒さに強い軍と、冬の精霊を使役する魔術師。それが公国の力の源だ。春が来たら──全部なくなる」


 ミロシュの声が一段低くなった。


「それとな。公国には忌み子を集める施設があるって話だ。力を持って生まれた子供を親元から引き離して、公国の管理下に置く。何をされてるかは──知らん。戻ってきた奴を見たことがないからな」


 ラスラフの右手が無意識に握られた。忌み子。自分がそう呼ばれて育った。もし自分がこの集落ではなく公国の領内に生まれていたら。石を投げられる代わりに、施設に送られていたのか。


 ラスラフは黙って聞いていた。永冬の政治的な意味を考えたことはなかった。冬を終わらせれば世界が良くなる。単純にそう思っていた。だが永冬の中で力を蓄えた者がいて、その者にとって冬の終わりは支配の終わりを意味する。


 ラスラフの力は、自然の敵だけでなく、人間の政治にとっても脅威になりうる。


「なあ」


 ミロシュが防壁に腰掛け、ラスラフを見上げた。


「おまえの力があれば、この集落をもっとちゃんと守れる。冬の眷属が来ても、おまえの雷一発で追い払える。ここに留まってくれないか──とは言わないけどさ。一緒に戦えたら、すげえ心強い」


 共闘の申し出だった。


 ラスラフは心を動かされた。力を求められている。忌み子としてではなく、戦力として。それはミロシュの素直な性格が生む、曇りのない要請だった。


 だが右手の紋章が微かに疼いた。


 昨夜、眠りに落ちかけたとき、周囲の空気が帯電したのを覚えている。毛布に触れた指先から小さな火花が散った。力が溢れている。制御の外に漏れている。ここに留まれば──この集落の人々の近くにいれば──


「……考えさせてくれ」


 それだけ言った。ミロシュは肩をすくめた。


「おう。考えといてくれよ」


 笑って去っていく背中を見送りながら、ラスラフは思った。「普通の人間の戦士」が持つ強さがある。力に頼らず、槍と壁と仲間だけで冬に立ち向かう。その強さは、嵐の力とは質が違うものだった。


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