87 荒野を行く。
ごとごとごと。
今日も馬車は行きます。
「お、エレーナ、どうしてそんな不満そうな顔をしてるんだ?」
馬の手綱を握る勇者様が、仏頂面のわたしを面白そうに横目にみています。
「いえ、別に」
「そんなことないだろう。エレーナは笑ってる方が綺麗だぞ」
はいはい。お世辞ありがとうございます。
わたしは見た目お子さまでも身体は心はおっさんですから。ね。
「そんなこと言っても何もでないですよ」
「ひねくれるなって」
馬車の荷台のシルヴァさんもそんなわたしに気づいていたようです。
「前の村のことまだ引きずってるんですねえ」
ルビーさんも励ましてくれているようです。
「だめだよ、いつまでもそんなこと気にしてたら」
「いいえ、そんなことないです」
マリーさんからもお説教。
「エレーナさん。神の加護を受けるには寛容の心を持つことが大事ですよ」
「はい、胸に留めておきます」
無難な答えをしておきました。
くく、相当こたえたんだね、と気にしてるという小声が聞こえてきます。
あーもう、思い出すだけでも不満ばかり。
まったく国境の村では散々な目に遭ったものです。
戦闘力ゼロのわたしが、戦いの前面にでる羽目になるなんて、あってはなりません。
おかげでとんでもない目にあいました。
結局よくわからないけれど、ガーゴイル軍団が引いていったので、奇跡的に助かりました。もしあのまま拉致されていたらと思うと、今回は助かったものの、おっかなくてしかたありません。
戦闘力ないわたしが何ができるのか、最初からわかってたことですし。
「はあ……」
勇者様たちがいないと何もできないです、わたし。
非戦闘職種、ゲームならパーティーの一番奥で忘れ去られているような存在ですからね。
……にしても。
この世界に転生して以来、わたしは妙に貧乏くじを引く傾向にあります。
わたしがいると魔物に狙われたり、わたしが逃げる方向に敵がやってくる……など。
元々参加する気のなかった勇者一行の旅に参加することになったことだってそうです。
なので、今回のことで改めて思いました。
お勤めはしっかり果たして、グラスタニアに戻るのです。
さて。リディナ王国の国境を越え、レムノ荒野に入って既に三日目です。
「うー、だる……」
どこまでもかんかん照りの太陽に思わず言葉を漏らしてしまいます。
緑美しいリディナ王国から一転、この旅の中でも最大のたるい時間がやってきました。
いけどもいけども広がる荒野。
砂漠ほどの灼熱地帯ではありませんが、なだらかな大地に岩がごろごろ。
地形が険しくはないので助かりますが、その分、起伏もなく代わり映えの無いずっと景色を眺めています。
時折サボテンみたいににょきっと枯れているのかわからない木が生えている程度です。
緑が恋しい。
ここは途中一息つけるような村なども無いので、ひたすら野営が続きます。
寝て起きて、ひたすら荒野を行くばかり。
美しい山や綺麗な川があれば目の保養にもなるのですが、それもなく平坦で殺風景な地形です。
そして何も起きない。
魔物の襲撃がちょっとくらいある方がいい刺激になるぐらいですが、それすらもありません。
その分の水と食料は十分に持ってきていますので問題はありませんが、メンバーのみなさん、だるそう。
「うーん……」
寝苦しそうに昼寝しているルビーさん。
酒がないと寝付けない、と何度も寝返り。
「ううむ……魔力を増幅するのに、この術式を使うとは、これは思いも寄らなかった」
盛んに独り言を漏らすシルヴァさん、魔術書を読んで過ごしています。
もうだいぶ読み込んで、そろそろ変身の秘術を試してみようかなどと呟いていました。
時たまうつらうつら。寝落ち。
マリーさんも神様へのお祈りと教本を読んで唱えて日がな過ごす。
基本、それぞれ趣味も傾向も違うメンバーなので、会話が尽きてしまうと、皆バラバラになります。
統一感無し。
でもわたしはそれが悪いことだとも思っていません。
この方が気が楽だと思うことすらあります。
変にべたべたするわけでもないし、仲が極端に悪いというわけでもない。せいぜいマリーさんがわたしをやたらと目の敵にしてくるぐらいです。
そして、いざという時には結束します。
戦闘になったらしっかり働きます。
仲間割れもせず長旅を続けていることについては、意外に向いているパーティーなのかもしれません。
一方わたしは、勇者様と交代で馬車の操作。
荒野地帯で注意するべき点は道に迷わないこと。
ひたすら広大な荒野ですので、一応一本道がありますが、この土地に詳しくないものが迷いこむと、目印となるようなものもないので、大変なことになります。
二度と出られなくなる可能性だってあります。
うっかり見落として間違った方向へ進んでしまったら一大事。
なので、集中力を無くさないように退屈しのぎとして、時折会話を交わしたりしてるのです。
さらには、別の危険もあります。
魔物もさることながら、この一帯はどこの王国も統治していない無法地帯でもあります。
ならず者たちが隠れ家、拠点を持っていて、盗賊たちが跋扈しているので、そういう意味でも危険地帯です。
警戒は常に怠らず、集中力を維持しなければ。
「いやー、あの日はびっくりしたぜ」
会話の内容も尽きてしまっていたので勇者様は、珍しく身の上話。
故郷グラスタニアの王国の使者が自分の村にやってきた時のことを話してくれました。
「立派な服や鎧を着た奴らが何人もやってきて、俺のことを、おお、あなたこそ世界を救う勇者様とかいうんだぜ」
その日、勇者様は農作業を終えて、日課の剣術の稽古に励んでいたとか。
いつか自分も剣で身の上をたててゆきたい。騎士か、冒険者か。若者らしい夢を見ながら日々過ごしていた。
そしてかつてお城で騎士仕えた経験がある村のご老人に剣を学んで日々鍛錬を積んでいたのだとか。
そんな時に、教会の司祭と二人の従者、そして十数人の騎士を従えてやってきた。
そしてフォルウィン、貴殿は勇者に選ばれた、と告げられた。
王国中から候補者を探し、さらに余計な意志が介在しないように慎重に
本人や周囲にも伝えられずに極秘裏に進められていたそうです。
人格や剣術、そして占いなどから最終的に、我らが勇者様に。
おそらく剣術の師匠がこっそり推薦していたのでしょう。
当人、一家にとっても寝耳に水。
村中大騒ぎ。
補欠だったわたしと偉い違いですね。
「勇者様は、どうしてこの話をお受けになったのですか?」
「なんだ、エレーナ」
「孤児院出のわたしは、そうするしかなかったですが……嫌だったら断ることもできたと思います」
「確かにな」
「家のご身分ならば、きつい旅を続けなくても、のんびり田畑を耕して暮らせていたと思いますが」
留守中に実家に何かあって村の田畑、人手にわたってしまっている可能性だってあります。
そうなら何も無理しなくてもよい。
異世界に転生したけど畑を耕しますって素敵。
都会でサラリーマン暮らししていたわたしにとっては憧れです。
「そうだな。それも悪くないとは思うけど……」
「わたしなら、そうしたかもしれません」
「けどなぁ……俺たちが村の外に出る機会なんて滅多にできないしさ」
勇者様の言い分には一理あります。確かにこちらの世界では、決して気軽に旅行はできません。
村の掟、所属するギルドの規則。各国の規則、身分証。
費用、道中の危険。
生まれ故郷の村からでることもなく、一生を終わるなんてことも珍しくありません。
そんな勇者や冒険者はそうした閉塞状態から社会から飛び出せる格好の名目の一つなのです。
世界の情勢など、全て旅人から漏れ聞こえてくる人づてのお話。
魔王討伐の英雄譚。
例えばリディナ王国の姫から聞いたお話のように、自分一人で飛び出して冒険者に身を投じてしまう青年もいたりします。
そう思うと、王国公認の勇者に選ばれたとあっては、またとないチャンス。
「それに村にあんまりかわいい子いなかったしな」
最後に本音をぽろっと。
結局それが理由か。正直でよろしい。




