表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/98

85 ガーゴイルの襲撃

 翌日、勇者様たちが村を出発しました。


「じゃあな、エレーナ」

「はーい」


 そして手を振るわたし。

 もちろん。今回はわたしはお留守番です。

 できること何もないですからね。

 このわたしが置いて行かれるシチュエーション、もう何度目かしれません。

 勇者様たちは件の邪気が溢れているという坑道に向かいました。

 ドワーフさんたちも、一緒について行きました。


「さて……」


 村のはずれまで見送った後、宿に戻ると、少し顔がにやけてしまいました。いけないいけない。

 こんなところを誰かに見られては……。

 宿の部屋に一直線。


「あー、のびのびできる……」


 ベッドに身を投げ出して、大の字。

 早速、お昼寝といきますか。


「あ、シルヴァさん、忘れている」


 ベッドの脇に置かれていた剣を見つけました。


「せっかく購入したのに……」

 

 くすっと笑いました。

 うっかり忘れていってしまったようです。

 わかります。新しいものをかっても、ついいつもどおりの支度で出て行ってしまうことがあるんですよね。

 新しい靴やコートを買っても、古いものをついつい使ってしまうって。


 こっちでも人間の習性は変わらないものですね。





 三日が経ちました。


「んーこれはいい香り」


 お茶の香ばしい匂いにおもわずほっこり。

 こっちの世界の茶葉もなかなかの味です。

 こういう優雅な時間が時々あるのが、この旅の数少ない醍醐味。

 貯めていたお小遣いでちょっとする贅沢。

 もちろん、横取りなんてしてませんから。

 そしてずずっと一口。


「美味しい」


 勇者様たちが鉱山の探索ででかけている間、わたしは宿で帰りを待つ日々。

 もちろん、たまっているお仕事のお片づけなどもしましたよ。

 書類の整理、帳簿の記入。荷物の確認。

 それらも一日ほどで終わってしまい、後はのんびり。

 勇者様たちはなかなか帰ってきません。

 思ったより手こずっているのでしょうか。

 さらに二、三日かかるかもしれません。

 まだまだ優雅な時間が過ごせそう。こういう時はなかなかありません。

 思えば、こちらの世界に来てからは孤児院、商人ギルドの下積み、、下働きの日々でろくに休日も無い状況でしたから。

 流れてゆく静かな時間を満喫しない手はありません。

 ゆっくりと朝ご飯も終え、お茶を飲んで優雅な一時を過ごしているときでした。

 変なざわめきが外から聞こえてきました。


「なんか、外が騒々しい……」


 お茶のカップを置いて窓の外を確認してみました。


「!?」


 村の人々が叫んでいます。

 きたぞ。

 まさか。

 別の魔物からも襲撃がーー。 

 その喧噪の中から、一人の村人の叫び声がはっきりと聞こえました。


「が、ガーゴイル軍団の襲撃だっ」


 ガーゴイルは翼を持つ悪魔。空から飛来し、町を荒らす。

 たちの悪い魔獣です。さらに知恵もきくのでコボルトよりも始末に負えない。

 別名魔王の先兵。かつて古の時代の人間と魔族の戦争では、ガーゴイルは翼を持って素早く移動するという特徴から、常に一番最初にやってくる切り込み部隊として認識されています。

 そのガーゴイルがこの平和なリディナ王国にもやってきたとは一大事です。

 しかも、この大事なときに町には勇者冒険者の類が1グループもいないんだそうです。

 なんということでしょう。

 うちの勇者様も別件で出てしまっています。 


 そんなわけでカラボの村中大騒ぎ。

 ガーゴイルは人の集落を徹底的に荒らします。家畜、農作物、金目のもの。

 時には女子供まで。

 追い払うしか手段はありません。

 窓の外を再び覗いてみると、怒号と悲鳴が飛び交い、村人のみなさんが慌てふためいています。

 村に少しいる王国の兵士では足りない。

 村の男の人が皆総出で使い慣れない剣、槍、農作業の鋤や鍬を持って応戦の準備。

 そして牛や馬、鶏も小屋に隠す。

 みなしていた作業を放り出して右往左往。

 早く女性と子供を安全な場所に避難させろ。

 外で叫び声が行き交っています。


 なるほど。

 こちらの世界では、わたしはその女という存在です。

 残念ながらーー。

 他の方に、対処をお任せしましょう。

 今、わたしにできることはありません。

 無理に英雄(ヒーロー、ヒロイン)になろうとすることはありません。

 己の力を知っておくのも大切です。


 大急ぎで、念のため金目のもの、大事なものをとりあえず道具袋にしまいます。

 おっとシルヴァさんの剣は忘れずに。

 外行きの衣服に着替えて準備万端。

 部屋を出て階下へ移ると入り口のロビーは女性ばかり。


「そこのお嬢ちゃん、どこへ行くんだい?」


 宿主さんがわたしをみつけて、呼び止めました。

 お嬢ちゃんとはわたしです。

 こっちの世界にやってきて、結構それなりの年齢なのですが、外見上、わたしはお子さまにみられるのです。ちょっと不満。

 まあ今はいいでしょう。


「え? 避難しようと……」

「やめといた方がいい」


 宿のご主人によると、わたしたちのいるこの宿は比較的頑丈な建物なので留まったほうが良いとのこと。

 そんなやりとりをしているうちに、他の方も避難してきます。

 次から次へ杖をついたおばあさん、小さな子供を背負った女性。

 どうやら今から他へ避難するのは避けた方が良さそうです。 


「だ、だめだ。援軍がなければ!」

「うぎゃあああ。こっちにも応援をくれ!」


 堅く閉ざされたドアの向こうから外から聞こえる声からすると、情勢はかなりの苦戦のようです。

 これはまずい。 


 じっと建物内で身を潜めます。

 だんだん不安が広がりはじめたそんな中ーー。


「わ、わたしたちも、行ける者は行くべきでは、何かお手伝いできることがあるはず」


 きっと付近の住人の人でしょう、若い女性がいてもたってもいられないとばかりに立ち上がりました。


「でも、女のわたしたちが行っても足手まといになるだけ。ここでおとなしくしているべきです」


 年輩の白髪の多い女性が冷静になだめます。

 でも、さらに若い女性が夫が、息子が、あるいは老いた肉親が戦っているのだ、と反論。

 泥仕合の様相を呈してきました。

 皆顔を見合わせます。

 まあ、どっちも正論。わたしは傍観者。


「ん」


 部屋にいた全員が、何故か一斉にわたしの方をみています。


「あの……なんでわたしの方を見てるんですか」


 その何か期待するような目は何なのでしょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ