69 営業、売り込みはつらい
「さて……こんな感じでいいかな」
旅人の雰囲気を出すため外套を羽織りました。
今日は暑いから外套なんていらなのですが雰囲気作りです。
身汚い格好するわけにいきませんが、旅を重ねた貫禄を出す。
その辺の具合も演出しないと。
物乞いではありませんので、あくまでも見苦しくなく。
「よし、ここからいきますか」
お城へと続く、一番のメイン通り。ここは流石にそれなりの人の数と店があります。
その中で、一番大きな建物がまずはターゲット。
「リディナ穀物商会」
まずは最初、リディナ王国で一番大きな店を構える穀物商さん。
中に入ると、小麦袋を抱える使用人さんが行き交っています。
ここで取れた小麦作物などは湖に浮かべた船に乗せ、さらに川をくだり川下の町から各地に出荷されるそうです。
今のところ海や川、水系の魔物はそんなに出現していないので、船は有力な移動手段です。
ともかく活気に満ちた商店内は落ち着いた小国にあってもエネルギーを感じます。
「ああ、それは三番倉庫にしまっておいて」
一番高いところの番台に座って、店の人々に指示をしているあの人が店主でしょう。
「もし、旦那様」
ああ? と書類に落としていた目をあげます。
お嬢ちゃん、どうしたんだ、そんなところで、と。
どうも子供と間違えられたみたいです。
「急に申し訳ありませんが、わたしどもはグラスタニア王国魔王討伐の命を帯びて旅をする一行です。どうか、そのお力を……」
勇者証をみせて、怪しい一行ではないことを精一杯アピール。
「ああ、勇者さん一行ね」
話が早い。
「はい、ぜひお志を」
「悪いが、ついこの間別の旅の一行に結構寄付したばかりでねえ」
断りの上等文句。
「なんとかなりませんでしょうか」
「難しいねえ」
首を振られました。
勇者様の名を汚すわけにはいきません。
雲行きが怪しければすぐに引きます。
「では、この街で何か悩み事は……」
村の悩み事、相談事を、魔物狩りの依頼を受けて報酬を貰うこともあります。この際、小さな依頼でも受けます。
「なんならコボルト退治でも……」
「このところ平和だし、それも無いねえ」
ありませんでした。治安のよい風向明媚なリディナ王国なのがかえって仇になります。
あまり粘って怒らせないのも、重要です。わたしたちの悪い噂がたってしまうと、どこも相手してもらえなくなります。
悪い噂は火が燃え広がるより早いですからね。
失礼の無いようにさっと引き上げます。
お次。
隣の隣の建物。
王様のご親戚という結構身分の高いお方のお屋敷です。
受付の秘書に面会を申し込んだものの、不在を理由に門前払い。
本当に不在かどうかは、わかりません。
さらに、少し歩いた距離にある、一番大きな農場を持っている地主さんへ向かいます。
「何? 勇者一行……?」
最初の一行目で駄目だしされました。
何か恨みでもありそうな反応です。
「私はそういうものに興味がないんだ」
吐き捨てるように言われてしまいました。
はい、次行きましょう。
(今日はいまいち流れが良くないですね……)
ここは一番、とっておきのカードを切ることにしました。
「ええ……っと」
入り口には、壁に掛けられた、剣、槍。弓。
一番大きな武器商人さんのお屋敷なのです。
剣や鎧だけでなく様々なお城の兵士への物資を調達しているそうです。
そして、勇者や冒険者たちとも切っても切れない間柄。無碍にはできないはずという魂胆で、やってきました。
「これはこれは。さあそこへ座って。勇者様といえば追い払うことはできません」
狙い通りとても愛想の良い対応です。町の有力者の方でもあるそう。
「是非是非、わたしどもにそのご活躍をお聞かせください」
お茶まで出されていい感じかと期待してプレゼンにも力をいれました。
これまでの旅程を日記をみせながら長々と一時間ぐらい説明します。
反応もとても良い。
ふんふん頷いたり、要所要所で拍手までしてくれました。
「光栄だ。最近商売が厳しくてねえ……」
少し言いにくそうにしています。
「しかし、頑張ってください!」
昼食程度のお金ですがようやく一件成功。
ありがたく頂戴しました。よい反応だったのでもう少し期待したのですが。贅沢も言えまい。
ここから怒濤の反転攻勢と流れを変えるべく意気込んで向かった次のところではーー。
「わ、わたしたちは、魔王を倒すべく…………」
家主さんが出てきたのですが、いきなり、バタン、と戸を閉じられてしまいました。
あっけに取られていると、再び戸が隙間程度空いてーー。
さらに、小銭をちゃりんと地面に投げられたりもしました。
これで帰ってくれ、と。勇者を追い返すのは流石に気まずい。
「はあ……」
物乞い扱いですか。
一応拾っておきました。
つらいですね。こっちの世界で飛び込み営業とか勧誘とかさせられて。前世の事務職のほうがよっぽど気楽です。
異世界に転生してなにやってるんだ。わたし。
その次もさらにその次も駄目でした。勇者が珍しくない土地柄ですので、皆さん出すお金にはシビアです。
「さて……次はどこに行こうか」
少し肩を落としている時に、怪しい口ひげのやせたおじさんに呼び止められました。
そこでお茶でもしながら、とちょっと小洒落たカフェに連れて行かれて書類を出されたのです。
「10万リール出すから、わたしは君の出資者として旅のメンバーに名を連ねてほしい」
そしてサインを求められました。勇者様の旅の戦果の半分の権利を持つなんて内容が書かれていました。
「お断りします。ひも付きのお金は必要としていません」
出資の類は、怪しい話を選別しなければいけません。
勇者一行としての矜持を持たないといけないのです。
「ちっお高くとまりやがって。どうせその辺のごろつきと変わらないだろうが」
これは見事な手のひらがえし。
何を言われようが、駄目な駄目。
さっさとカフェを退散しました。




