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春は巡り、冬を想う  作者: 猪口 零都


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2/5

2.色のない雄大さ

 馬車が国境を越えた瞬間、空気が変わった。

 春の国では感じたことのない、鋭く澄んだ冷たさが肌を刺す。思わず外套の襟を掻き合わせたとき、窓の外に広がる景色が目に入った。


 白かった。ただ、白かった。


 春の国の木々はいつも青々と葉を茂らせ、花を咲かせている。でもここでは、枝という枝が葉を落とし、細い腕を空へ向けて伸ばしていた。雪を纏ったその姿は、どこか祈りのように見えた。


 死んでいるわけではない。ただ、眠っているのだ。


 その言葉が、ふと頭に浮かんだ。


 馬車が進むにつれ、雪はより深くなっていく。踏み締められた轍の跡だけが、道があることを示していた。人の気配はなく、聞こえるのは風の音と、雪を割る車輪の音だけだ。


 静かだった。


 春の国では常に誰かの声があった。讃える声、笑う声、祈る声。それが当たり前だと思っていた。

 でも今、この静けさの中にいると、胸の奥で何かがゆっくりと動き始めるのを感じた。

 白い吐息が窓硝子を曇らせる。指先で拭うと、また白い世界が広がった。


 どうしてだろう。


 目の前の景色は、春の国より遥かに乏しい。色も、花も、温かさも、何もない。なのにーー


 視界が滲んだ。


 驚いて瞬きをすると、頬に温かいものが伝った。涙だと気づくのに、少し時間がかかった。いつからだろう、涙の流し方を忘れていた。春の国では、泣く理由がなかったから。いや、違う。喜びも悲しみも、いつの間にか薄れてしまっていたから。


 冬の景色は、何も語りかけてこない。ただそこに在るだけだ。

 それでもーー


 在るだけで、こんなにも雄大だ。


 城に着いたのは、陽が傾きかけた頃だった。

 石造りの城は、春の国の宮殿とは似ても似つかない。無骨で、重く、でも確かな強さを持つ佇まいだった。出迎えた臣下たちは無口で、でも礼を失するわけでもなく、粛々と私を奥へと案内した。


 謁見の間は、想像より質素だった。余分な飾りがない。ただ、暖炉の火だけが赤々と燃えていた。


「春の姫宮か」


 声が、部屋に響いた。

 玉座に座る男は、思っていたより若く見える。闇夜のような黒髪に、月が落ちてきたような金の瞳。

 表情は読めない。でもーー刃のような冷たさは、なかった。


「遠路、ご苦労だった」


 労いの言葉はとても短かった。値踏みするでもなく、歓待するでもなく、ただ事実を述べるように。


「……ありがとうございます」

「堅苦しくしなくていい。ここでは誰も、あなたに春を求めない」


 その一言が、じわりと胸に沁みた。


 誰も、春を求めない。


 生まれて初めて、私はーー春の姫宮ではない場所に、立っていた。そう気づいた瞬間、肩からフッと力が抜けた気がした。

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