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歌えない魔法使いは追放された ~才能ゼロの烙印を押された歌は、世界を創り変える禁呪だと誰も知らない~  作者: 蒼月よる


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あいつの名前

 小さな集落を通過した。

 街道沿いの、十数軒の家が寄り集まった村。飢饉で半分以上の家が空き家になっていたが、残った住人たちは畑と家畜を守って暮らしていた。

 集落の広場で子供たちが遊んでいた。

 棒切れを剣に見立てて戦いごっこをしている。五、六歳くらいの男の子たちが声を上げて走り回り、女の子たちが木陰で手遊びをしている。

 カレはその光景を見て、足を止めた。

 子供たちの笑い声が耳に入る。高い声。無邪気な声。走り回る足音。

 ソルミ村を思い出した。

 自分もこんなふうに遊んでいた。村の広場で、同じ年頃の子供たちと。棒切れで戦い、湖に石を投げ、森の中をかけずり回った。

 あいつもいた。

 一緒に遊んだ友達。自分が歌えないことをからかわなかった数少ない相手。名前は——

 カレは眉を寄せた。

 名前が出てこない。

 顔は覚えている。丸い顔に、赤い頬。笑うと目が細くなる。冬になると鼻が真っ赤になって、いつも袖で拭いていた。一緒に湖で魚を釣った。森で栗を拾った。才能ゼロの烙印を押された日に、あいつだけが「気にするなよ」と言ってくれた。

 名前は——

「そういえば、あいつの名前なんだったかな……」

 カレが呟いた。声に出して言えば、記憶の引き金になるかと思った。だが出てこない。名前があったはずの場所に、何もない。

 不安が胸を掠めた。

 なぜ思い出せない。顔も声も、一緒に過ごした日々も覚えている。なのに名前だけが欠けている。まるで——誰かに消されたように。

「なんで思い出せないんだ……?」

 目を閉じた。記憶を辿ろうとした。ソルミ村の広場。子供たちの輪。あいつが手を振って駆けてくる。口が動いている。名前を呼んでいる。カレの名前を。だがあいつの名前は——

 空白だった。

 あるべき場所に、何もない。本棚から本が抜き取られたように。

 カレは目を開けた。広場の子供たちがまだ走り回っている。あの子たちには名前がある。友達の名前を呼び合い、笑い合っている。

「どうした、難しい顔して」

 レンミンカイネンが声をかけた。

 カレの隣に来て、同じように子供たちを見ている。穏やかな目だった。

「昔の友達の名前が思い出せなくて……」

 カレは正直に言った。隠す理由もなかった。

「ソルミ村で一緒に遊んだやつがいたんだ。顔は覚えてるのに、名前だけが出てこない」

 レンミンカイネンがカレを見た。一瞬、何か考えるような目をして——すぐに、いつもの軽い笑みに変わった。

「昔の友達か? まあ、新しい仲間がいるんだからいいだろ」

 カレの肩を軽く叩いた。

「人間の記憶なんてそんなもんだ。遠い昔のことは忘れていく。代わりに新しいことを覚えるんだよ」

「……そうだな」

 カレも笑い返した。レンミンカイネンの言葉は温かかった。軽く聞こえるが、そこには友情がある。

 だが——胸の奥に小さな棘が残った。

 レンミンカイネンの言葉は優しい。だが「忘れていいわけではない」ことを、カレだけが知っている。知っているのか。本当に? ただの物忘れではないのか。旅の疲れで、古い記憶が薄れているだけではないのか。

 そうであってほしかった。

 少し離れた場所で、アイノが子供たちを見つめていた。そしてカレを見た。カレの表情を見て、何かに気づいたような目をした。だが何も言わなかった。

 夜になった。

 野営の準備を終え、レンミンカイネンが最初の見張りについた。アイノは先に眠りについている。

 カレは毛布の中で目を開けていた。

 指折り数えた。覚えていること。忘れたこと。

 カトゥマ廃村の名前——覚えている。ロヴィアタルの顔——覚えている。師匠の最後の言葉——覚えている。アイノと出会った日——覚えている。レンミンカイネンが仲間になった日——覚えている。

 ソルミ村の友達の名前——思い出せない。

 一つだけだ。たった一つだけ。

 数えられるうちはまだいい。

 数えられなくなったとき——

 カレはその先を考えないようにして、目を閉じた。


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