鍛冶の音が呼んでいる
三人は街道脇の大きな白樺の木の下で、旅路を整理した。
地図を広げ、これまでに得た情報を並べていく。サンパラの鍛冶師長が語ったイルマリネンの行方。カラヨキの蒐集家エイノが示した古い伝承。老船乗りヴェイッコのサンポの噂。そしてラウカ渓谷の遺跡で得た、名づけの歌。
「整理するぞ」
カレが地図を指でなぞった。
「サンパラの鍛冶師長は、イルマリネンがトゥオネラ湖の方角に消えたと言っていた。古い歌の中にも『鍛冶の音が響く山』の伝承がある。エイノの資料にも、北の山脈のどこかにイルマリネンの鍛冶場があったという記録が残っていた」
「全部北を指してるな」
レンミンカイネンが地図を覗き込んだ。
「トゥオネラ湖方面か。あの辺は人里から離れた場所が多い。隠れるには都合がいい」
「これとサンパラの情報を合わせれば、イルマリネンの場所が絞れる」
カレは地図の北方に目をやった。タルヴァス河の上流を越え、さらに北。トゥオネラ湖とその周辺の山岳地帯。ヒーシの領域に近く、人が踏み入らない土地。
「問題は」
アイノが地図を横から見て言った。
「北に行くほど飢饉の影響が強くなること。集落が減って、補給が難しくなる。それにヒーシの密度も上がるわ」
「ヒーシは俺が何とかする」
カレが言った。名づけの歌を得た今、中型以下のヒーシの群れなら対処できる自信があった。
「……あんたが何とかするのはわかったけど」
アイノが言いかけて、口を閉じた。「でも」の続きを、また飲み込んだ。カレは気づいたが、追及しなかった。
「北か」
レンミンカイネンが腕を組んだ。
「いい加減寒くなりそうだな。冬装備が要る」
「ポヒョラの寒さに比べたら大したことないわ」
アイノが返した。
「お前はポヒョラ育ちだからいいだろうが、俺たちは違うんだよ」
「あら、英雄さまは寒さに弱いの?」
「弱くはないが好きでもない」
軽い言い合いだった。三人のパーティの日常になった空気。レンミンカイネンの軽口がアイノの皮肉を引き出し、カレがそれを聞いている。このやり取りが、旅の中で少しずつ積み重なってきた。
午後、三人は丘の上に立った。
北の山脈を望む丘。遥か先に雪を被った峰が連なっている。空は澄んでいたが、北の空にだけ灰色の雲が低く垂れ込めていた。冬が近づいている証拠だった。
風が吹いた。北からの風。冷たく、乾いている。
カレは北を見た。
あの先に、イルマリネンがいる。サンポを鍛えた伝説の鍛冶師。サンポの正体を知る者。カレの力の意味を教えてくれるかもしれない者。
そして——遠い歌が、微かに聞こえた。
北の彼方から。低く、深く、世界の底を流れるような旋律。ラウカ渓谷で初めて聴いた歌と同じもの。カレの耳にだけ届く、遠い歌。
「イルマリネンを見つけて、サンポを取り戻す方法を聞く」
カレが言った。
声は静かだった。だが確かだった。名づけの歌を得た今のカレには、言葉に揺らぎがなかった。以前の「……たぶん」も「どうかな」もない。自分の歌に意味があると、初めて信じられている。
「行くぞ」
レンミンカイネンが笑った。
「お前がそう言うなら、行くさ。面白くなりそうだしな」
アイノがカンテレのケースに手を添えた。
「私も行くわ。ここまで来て引き返す理由はないもの」
声はいつも通りの鋭さだった。だがその瞳に、カレへの信頼が滲んでいた。皮肉の奥にある温かさ。長い旅の中で少しずつ育ってきたもの。
三人が北を目指して歩き出した。
丘を下り、街道を外れ、北へ。紅葉が散る道を踏みしめながら、山脈に向かう。
カレの耳にはまだ遠い歌が微かに響いている。あの歌の主のもとへ。鍛冶の音が響く山へ。まだ長い道のりがある。
旅を始めてから、多くのものを得た。仲間を。力を。そして、自分の歌の意味を。
だがカレはまだ知らない。
力を得るたびに何を失っているかを。
名前を思い出せなかった友の顔が、記憶の中でゆっくりと笑っている。名前のない笑顔が。
北の空に、鍛冶の音が微かに呼んでいる。




