表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歌えない魔法使いは追放された ~才能ゼロの烙印を押された歌は、世界を創り変える禁呪だと誰も知らない~  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

101/106

北ほど凍える

 北ほど凍える。その言葉の意味を、カレは身をもって知った。

 三人が北の街道を歩き始めて五日が過ぎた。日を追うごとに風は鋭さを増し、大気に含まれる冷気が肌を刺すようになっていた。


 街道の両脇に広がる畑は、見渡す限り枯れていた。

 麦の穂は地面に伏し、土は灰色に乾き切って、踏めばさらさらと崩れた。水路は凍りつき、陽が高く昇っても溶ける気配がない。木々の葉は夏だというのに茶色く丸まり、枝から力なく垂れ下がっている。

「ここも駄目か」

 レンミンカイネンが呟いた。その声にいつもの軽さがない。

 アイノが無言で首を振った。彼女の白銀の髪が、乾いた風に揺れる。


 集落が見えてきた。

 石と丸太で組まれた家屋が十数軒、街道に寄り添うように並んでいる。だがそこに人の気配は薄かった。家の前に座り込む老人、やせ細った子供を抱える母親、立ち上がる力も残っていないような男たち。

「水を……お恵みを……」

 カレたちの姿を見て、老婆が這うようにして近づいてきた。その手は骨と皮ばかりだった。

「井戸が凍ってしまって。もう三日も水が汲めないのです」

 カレは井戸を見た。石造りの井戸の中は、底まで凍りついていた。夏だというのに。

「俺がやる」

 カレは井戸の縁に手を置き、目を閉じた。

 氷の下に水がある。凍りつきながらも、流れようとする水の意志がある。カレの言葉のルーノが、その本質に触れた。

「お前の名は、流れるもの。凍るのはお前の姿じゃない。溶けろ。巡れ。お前は水だ」

 名づけの歌が響くと、井戸の中から澄んだ音がした。氷が砕け、水が湧き上がる。冷たいが清らかな水が井戸を満たしていく。

 住民たちが歓声を上げた。子供たちが駆け寄り、両手で水を掬って飲む。母親が泣き崩れた。

「ありがとうございます、ありがとうございます……」

 カレは枯れかけた畑にも歌を注いだ。地面に伏した麦の穂がゆっくりと身を起こし、茶色がかった葉に薄い緑が戻る。完全ではない。だが、数日は持つはずだった。


 集落を出た後、カレは拳を握った。

「俺の歌じゃ世界は救えない」

 その言葉に、アイノとレンミンカイネンが振り向いた。

「あの井戸もまた凍る。畑もまた枯れる。俺がやったのは一時しのぎだ。サンポを取り戻さないと、何も変わらない」

 アイノが淡々と応じた。

「サンポが失われてからもう何年も経つ。世界の衰退は止まらない。南の穏やかだった土地にまで寒冬が押し寄せている。……放っておけば、カレヴァの地は死ぬわ」

「歌い手の力で一時しのぎはできても、大元を断たなきゃ意味がない」

 レンミンカイネンが腕を組んだ。いつもなら茶化すところだが、今日は声に実感がこもっていた。あの集落の光景が、脳裏に焼きついているのだろう。

「だからイルマリネンを見つけるんだ」

 カレは北を見つめた。

「サンポを鍛えた人なら、取り戻す方法を知っているはずだ」


 夕暮れの空が赤く燃えていた。

 だがその赤さの中にも、どこか力のない色があった。太陽そのものが衰えたように、光が薄い。世界が少しずつ色を失っている。

 カレは歩きながら、もう一度北を見た。

「急がないと」

 焦燥が、少しずつ足取りを速くしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ