北ほど凍える
北ほど凍える。その言葉の意味を、カレは身をもって知った。
三人が北の街道を歩き始めて五日が過ぎた。日を追うごとに風は鋭さを増し、大気に含まれる冷気が肌を刺すようになっていた。
街道の両脇に広がる畑は、見渡す限り枯れていた。
麦の穂は地面に伏し、土は灰色に乾き切って、踏めばさらさらと崩れた。水路は凍りつき、陽が高く昇っても溶ける気配がない。木々の葉は夏だというのに茶色く丸まり、枝から力なく垂れ下がっている。
「ここも駄目か」
レンミンカイネンが呟いた。その声にいつもの軽さがない。
アイノが無言で首を振った。彼女の白銀の髪が、乾いた風に揺れる。
集落が見えてきた。
石と丸太で組まれた家屋が十数軒、街道に寄り添うように並んでいる。だがそこに人の気配は薄かった。家の前に座り込む老人、やせ細った子供を抱える母親、立ち上がる力も残っていないような男たち。
「水を……お恵みを……」
カレたちの姿を見て、老婆が這うようにして近づいてきた。その手は骨と皮ばかりだった。
「井戸が凍ってしまって。もう三日も水が汲めないのです」
カレは井戸を見た。石造りの井戸の中は、底まで凍りついていた。夏だというのに。
「俺がやる」
カレは井戸の縁に手を置き、目を閉じた。
氷の下に水がある。凍りつきながらも、流れようとする水の意志がある。カレの言葉のルーノが、その本質に触れた。
「お前の名は、流れるもの。凍るのはお前の姿じゃない。溶けろ。巡れ。お前は水だ」
名づけの歌が響くと、井戸の中から澄んだ音がした。氷が砕け、水が湧き上がる。冷たいが清らかな水が井戸を満たしていく。
住民たちが歓声を上げた。子供たちが駆け寄り、両手で水を掬って飲む。母親が泣き崩れた。
「ありがとうございます、ありがとうございます……」
カレは枯れかけた畑にも歌を注いだ。地面に伏した麦の穂がゆっくりと身を起こし、茶色がかった葉に薄い緑が戻る。完全ではない。だが、数日は持つはずだった。
集落を出た後、カレは拳を握った。
「俺の歌じゃ世界は救えない」
その言葉に、アイノとレンミンカイネンが振り向いた。
「あの井戸もまた凍る。畑もまた枯れる。俺がやったのは一時しのぎだ。サンポを取り戻さないと、何も変わらない」
アイノが淡々と応じた。
「サンポが失われてからもう何年も経つ。世界の衰退は止まらない。南の穏やかだった土地にまで寒冬が押し寄せている。……放っておけば、カレヴァの地は死ぬわ」
「歌い手の力で一時しのぎはできても、大元を断たなきゃ意味がない」
レンミンカイネンが腕を組んだ。いつもなら茶化すところだが、今日は声に実感がこもっていた。あの集落の光景が、脳裏に焼きついているのだろう。
「だからイルマリネンを見つけるんだ」
カレは北を見つめた。
「サンポを鍛えた人なら、取り戻す方法を知っているはずだ」
夕暮れの空が赤く燃えていた。
だがその赤さの中にも、どこか力のない色があった。太陽そのものが衰えたように、光が薄い。世界が少しずつ色を失っている。
カレは歩きながら、もう一度北を見た。
「急がないと」
焦燥が、少しずつ足取りを速くしていた。




