表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歌えない魔法使いは追放された ~才能ゼロの烙印を押された歌は、世界を創り変える禁呪だと誰も知らない~  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

97/112

感情が流れ込む

 夜の野営地で、共鳴の練習をした。

 焚き火を囲み、レンミンカイネンが見守る中、カレとアイノが向かい合って座る。アイノがカンテレを膝に置き、弦に指を添えた。

「やってみましょう」

 アイノの声は落ち着いていた。だが指先が微かに緊張している。共鳴のたびに互いの力が深く繋がる。名づけの歌を得た今のカレと共鳴すれば、何が起きるかわからない。

「ああ」

 カレが頷いた。

 アイノがカンテレを弾き始めた。

 穏やかな旋律。焚き火の炎を揺らすような、温かく柔らかい音色。アイノの音のルーノが空気に染み出し、野営地の空間を満たしていく。

 カレが歌った。

 焚き火の名を呼ぶ。名づけの歌。火の本質に語りかけ、「踊れ」と告げる。

 声とカンテレの音が重なった。

 溶け合った。

 その瞬間、焚き火の炎が大きく揺らめいた。ただ燃え上がったのではない——制御された形で、美しく、花のように開いた。火の色が変わり、橙から青、青から白へと移ろいながら、正確に、カレの歌が描いた通りに踊った。

 効果範囲が違った。

 カレ一人の名づけの歌なら、目の前の焚き火にしか届かない。だがアイノの旋律が加わると、焚き火の周囲の空気全体が暖まった。地面の草が一瞬だけ緑を取り戻した。持続時間も長い。歌い終わっても、効果がしばらく残る。

「偶然じゃなく、意図的にできた」

 カレが興奮を隠せずに言った。

「確かに……噛み合っている」

 アイノも頷いた。以前は偶発的にしか起きなかった共鳴が、今は二人の意志で起動できる。カレの言葉のルーノが形を定義し、アイノの音のルーノが力を吹き込む。

「もう一度」

「ええ」

 二度目の共鳴は、より深かった。

 アイノの旋律がカレの歌に寄り添い、カレの言葉がアイノの音に道を示す。二つのルーノが完全に噛み合った瞬間——

 感情が流れ込んだ。

 カレの意識の中に、アイノの感情が一気に押し寄せた。

 怒り。ポヒョラへの、ロウヒへの怒り。道具にされた屈辱。自分の音楽が誰かを支配する手段に使われた苦痛。

 悲しみ。故郷を捨てた後悔。逃げ出した自分への嫌悪。ロウヒがカンテレを教えてくれたことへの、消せない感謝。

 そして——孤独。一人で逃げ、一人で生きてきた日々。誰も信じられなかった夜。カンテレだけが友だった冬。

 カレは息を呑んだ。

 アイノの中に、こんなにも深い感情が渦巻いていたのか。あのきつい口調と鋭い眼差しの裏に、これだけのものを抱えていたのか。

 同時に、アイノもカレの感情を受け取っていた。

 ソルミ村の孤独。才能ゼロの烙印。追放された日の背中に投げられた石。歌えない苦しみ。歌いたいのに歌えない、世界で一番残酷な沈黙。

 そして——誰かを温めたいという、純粋な優しさ。自分が傷ついてきたからこそ、他の誰かを傷つけたくないという祈り。アイノの歌を「温めるための歌だ」と言ったあの日の言葉の、嘘のなさ。

 共鳴が途切れた。

 カンテレの弦が沈黙し、カレの歌が止まる。焚き火が元の大きさに戻る。

 二人とも、言葉を失っていた。

 カレの目が潤んでいた。アイノの目も赤い。互いの心の奥を——隠していた部分を——直接見てしまった。言葉では伝えられない深さで、相手が何を抱えているかを知ってしまった。

「……おい、大丈夫か? 二人とも泣きそうな顔してるぞ」

 レンミンカイネンの声が、遠くから聞こえた。焚き火の向こう側で、困ったような顔をしている。

「大丈夫」

 カレが掠れた声で答えた。大丈夫ではなかったが、そう言うしかなかった。

 アイノが黙ってカンテレを抱え直した。弦の上に指を置いたまま、動かない。

 長い沈黙があった。

 焚き火が静かに燃えている。木が爆ぜる音がときおり響く。虫の声が遠くで鳴いている。

「……知らなかった」

 アイノが小さく言った。

「あんたの中に、あんなものがあるなんて」

 カレは答えなかった。答えられなかった。

 互いの心の奥を見てしまった。戻れない。だが——知ってしまったからこそ、より深い場所で繋がれる。

 焚き火が静かに燃える中、カレとアイノが無言で向かい合っている。言葉はいらなかった。言葉よりも深い場所で、二人はもう通じ合っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ