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歌えない魔法使いは追放された ~才能ゼロの烙印を押された歌は、世界を創り変える禁呪だと誰も知らない~  作者: 蒼月よる


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河口の港

 カラヨキは、潮の匂いがする町だった。

 タルヴァス河が海に注ぐ河口に広がる港町。木造の桟橋が幾筋も水面に伸び、その先に大小さまざまな帆船が繋がれている。空は高く、海鳥の声が風に混じる。

 三人が町の入口に立ったとき、カレが最初に思ったのは「広い」だった。サンパラも大きな街だったが、カラヨキはまた違う。山に囲まれた鍛冶の街とは違い、ここは空間が開けている。河口の向こうに海が見え、水平線が世界の果てまで続いている。

 だが活気は、想像していたほどではなかった。

「桟橋が空いてるな」

 レンミンカイネンが目を細めた。

 確かに、桟橋の半分以上に船がいない。ところどころ板が朽ちかけている桟橋もある。かつてはすべて船で埋まっていたのだろうと、カレにもわかった。

「飢饉の影響か」

「ああ。ここは南方との交易で食っていた町だ。交易量が減れば、船も減る」

 レンミンカイネンの声に、珍しく苦い響きがあった。この町を知っている者の口調だった。

 通りに入ると、風景が変わった。市場の屋台が並び、干し魚や塩漬けの肉、南方から運ばれた香辛料の匂いが入り混じっている。人の数は多くはないが、いる人間は活気がある。港町の住人は逞しかった。

「あの酒場はまだあるな」

 レンミンカイネンが嬉しそうに指差した。木造の二階建て、看板に鯨の絵が描かれた酒場。

「あっちの宿は……潰れたか」

 隣の建物は窓板が打ち付けられ、入口に草が生えていた。

「カラヨキに来たことあるの?」

 アイノが聞いた。

「何度もな。船乗りと飲むのが好きなんだ。あいつらの話は面白い」

 酒場の扉を開けた途端、声が飛んできた。

「レンミンカイネン! お前まだ生きてたのか!」

 カウンターに座っていた日焼けした男が立ち上がった。がっしりした体格に、塩で白くなった髪。船乗りだとすぐにわかる。

「トルヴィ! 久しぶりだな!」

 レンミンカイネンが駆け寄り、男と肩を叩き合った。他の船乗りたちも集まってきて、あっという間に酒場の一角が騒がしくなった。

 カレとアイノは少し離れた席に座った。

「……馴染みの場所、って本当なのね」

 アイノが呆れたように言った。

「顔が広いのは助かるよ」

「それはそうだけど」

 市場を歩いたとき、アイノは南方の楽器を売る屋台の前で足を止めていた。見たことのない形の弦楽器——首が長く、胴が丸い。カンテレとはまるで違う。

「弾いてみたい?」

「別に。形が面白いと思っただけ」

 そう言いながらも、アイノの目は楽器から離れなかった。指先が無意識にカンテレのケースに触れている。音楽への興味を隠しきれないのが、アイノらしかった。

 カレは市場の南方商人にサンポの噂を聞こうとした。

「北のサンポ? 知らんね。北の話は知らん」

 あっさり一蹴された。南方の人間にとって、サンポは遠い土地の伝説にすぎないのだろう。

 酒場に戻ると、レンミンカイネンが船乗りたちと盃を重ねていた。

「情報収集してくるって言ったじゃないか」

 カレが溜め息をつくと、レンミンカイネンが酒の入った杯を掲げた。

「してるさ。船乗りから情報を引き出すには、まず一緒に飲むんだ。基本だろ?」

「それはただの口実でしょ」

 アイノが冷たく言ったが、レンミンカイネンは笑って取り合わない。

 カレは仕方なく隣の席に座り、干し魚を齧りながら酒場の空気に身を委ねた。船乗りたちの話は確かに面白かった。南方の港の話、嵐を越えた武勇伝、海の化け物の目撃談。真偽の判別はつかないが、少なくとも退屈はしない。

 そのとき、カレはふと気づいた。

 酒場の隅に、一人で酒を飲んでいる老人がいる。白い髭、深く刻まれた皺、日に焼けた肌。船乗りだろう。だがレンミンカイネンたちの輪には加わらず、一人で杯を傾けている。

 老人がこちらを見た。

 カレと目が合った。

 老人の目は濁っていなかった。歳を重ねた者特有の、何かを見透かすような眼差し。

「お前さん」

 低い声だった。酒場の喧騒の中でも、不思議とはっきり聞こえた。

「サンポを探しているのか?」


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