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歌えない魔法使いは追放された ~才能ゼロの烙印を押された歌は、世界を創り変える禁呪だと誰も知らない~  作者: 蒼月よる


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温めるための歌

 カラヨキへ向かう街道は、サンパラの山脈を離れるにつれて平坦になった。

 見渡す限りの草原が広がり、遠くにタルヴァス河の支流が光っている。風が穏やかで、空が高い。飢饉の影は見えるものの——枯れかけた畑、打ち捨てられた農具——今日の天気だけは秋の恵みのように澄んでいた。

 レンミンカイネンが少し先を歩いている。何かの鼻歌を歌っていたが、音程がひどい。アイノが「やめて」と言うと「歌の自由だ」と返し、さらに大声で歌い出した。

「あいつ、音痴なのに堂々としてるわね」

 アイノがカレの隣で呟いた。呆れた口調だが、怒ってはいない。

「堂々としてるのはいいことだよ」

「音痴は駄目。耳が腐る」

 昼過ぎ、三人は街道脇の大きなにれの木の下で休憩を取った。

 レンミンカイネンは木に背を預けて昼寝を始めた。寝つきが早いのは変わらない。あっという間にいびきが聞こえてきた。

 カレは水筒の水を飲みながら、楡の葉が風に揺れるのを見ていた。穏やかな時間だった。

 アイノがカンテレを取り出した。

 革の保護ケースから丁寧に取り出し、膝の上に置く。弦を一本ずつ爪弾いて調律を確認する。日課のようなものだ。アイノにとってカンテレの手入れは、呼吸と同じくらい当然の行為だった。

 調律が終わると、何気なく弾き始めた。

 メロディーが流れた。

 美しかった。楡の葉の揺れに寄り添うような、柔らかな旋律。だがどこか切ない。明るい音色の底に、鋭い哀しみが潜んでいる。アイノの指が弦を弾くたびに、その哀しみが音になって空気に溶けていく。

 カレは黙って聴いていた。

 ポヒョラの歌だと思った。アイノが故郷で覚えた旋律。ロウヒに教えられた音。「武器」として鍛えられた技術の中に、それでも消せなかった何か——音楽への純粋な愛情が、旋律の端々に滲んでいる。

 演奏が途切れた。

 アイノが弦の上で指を止め、少し遠い目をしている。何を思い出しているのだろう。ポヒョラの冷たい空気か、ロウヒの厳しい指導か、それとも——逃げ出した夜のことか。

 カレは口を開いた。

 言おうとした言葉を一度飲み込み、別の言い方を探し、それも違うと思い、結局——素直に言った。

「君の歌は人を傷つけるためじゃなく、誰かを温めるための歌だ」

 一拍の間。

 アイノの手が止まった。

「……そう聞こえる、俺には」

 付け足した言葉は、自信のなさの表れだった。カレらしい言い方だと自分でも思った。

 アイノが顔を上げた。カレを見ている。紫がかった青い瞳が、わずかに揺れていた。

「……何、急に」

 声が硬い。だが怒っていない。もっと別の感情が、声を震わせている。

「聴いてたらそう思っただけだよ。その……さっきの曲、綺麗だった。でも綺麗なだけじゃなくて、何か……温かかった」

 カレは上手く言えなかった。言葉のルーノの使い手のくせに、こういうときの言葉は出てこない。歌でなら世界を変えられるのに、目の前の一人に気持ちを伝える言葉が見つからない。

 アイノが顔を背けた。

 カレからは横顔しか見えない。白銀の髪が風に揺れ、表情を隠している。だが——耳の先が赤い。目元も赤い。

「温めるための歌、か」

 アイノが小さく呟いた。

「そんなこと言われたの、初めて」

 声が掠れていた。

「ポヒョラでは『従わせる音』しか求められなかった。ロウヒは私の演奏を『武器』として鍛えた。カンテレの旋律で敵の戦意を砕き、民を従わせ、支配する道具にした」

 アイノの指がカンテレの弦に触れた。触れるだけで、弾かない。

「逃げ出したのは、それが嫌だったから。自分の音楽が誰かを支配する道具にされるのが、耐えられなかった。でも——」

 言葉が途切れた。

「でも、じゃあ自分の音楽は何のためにあるのか。ポヒョラを出てからずっと、わからなかった」

 風が吹いた。楡の葉が舞い上がり、二人の間を通り過ぎていく。

「温めるための歌。……そうだといいわね」

 アイノが小さく、本当に小さく——笑った。

 泣き笑いのような、壊れそうに繊細な笑顔だった。カレはそんな表情をアイノから初めて見た。いつもの鋭さも、皮肉も、壁もない。剥き出しの感情が、一瞬だけ表に出ていた。

「……ありがとう」

 アイノが言った。

 小さな声だった。風に紛れそうなほど小さな。だがカレの耳には、はっきりと届いた。

 レンミンカイネンがいつの間にか起きていた。木の向こう側で立ち上がり、何も言わずに先に歩き始めた。空気を読んだのだ。あの蛮勇の男が、こういう場面では驚くほど繊細に振る舞える。

 カレは何と言えばいいかわからなかった。だから何も言わなかった。ただそこにいた。アイノの隣で、同じ風に吹かれていた。

 日が傾き始めた。

 三人が再び歩き出したとき、アイノがカレの隣を歩いていた。

 いつもの半歩後ろではない。同じ並びで、同じ歩幅で。

 小さな変化だった。他の誰かが見ても気づかないほどの。

 だがカレにはわかった。何かが変わった。何かが始まった。

 カラヨキまでは、あと三日ほど。秋の夕日が街道を金色に染め、三つの影が長く伸びていた。


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