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歌えない魔法使いは追放された ~才能ゼロの烙印を押された歌は、世界を創り変える禁呪だと誰も知らない~  作者: 蒼月よる


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北の鍛冶場

 サンパラに一度戻ったのは、鍛冶師長セッポからの伝言があったからだ。

 街道で追いついてきた鍛冶師の使いが「セッポ殿がお呼びです。イルマリネンに関する情報が入りました」と告げた。三人は半日かけてサンパラに引き返した。

 セッポの屋敷は、街の中心にある宝物庫の隣に建っていた。石造りの重厚な建物で、壁に歌鍛冶の装飾が施されている。

 屋敷の広間に通された三人の前に、食事が並んでいた。焼き魚、厚切りのパン、根菜の煮込み、蜂蜜酒。防衛戦の礼と、旅の支援の申し出だった。

「食え。腹が減っては旅はできん」

 セッポが自ら杯を満たした。白髪の鍛冶師長は、先日の防衛戦で自らも武器を取って戦った。その腕にはまだ包帯が巻かれている。

「あの防衛戦で、お前たちには借りができた。街が残ったのはお前たちのおかげだ」

「俺たちだけの力じゃないです。鍛冶師の皆さんも戦ったから」

「謙遜するな。お前の歌と、嬢ちゃんの旋律と、この男の剣がなけりゃ、東壁は破られていた」

 レンミンカイネンが蜂蜜酒をがぶ飲みしながら「嬢ちゃんって呼ぶとあいつ怒るぞ」と横から口を挟み、アイノに肘で小突かれた。

 セッポが居住まいを正した。

「イルマリネンの情報だ」

 広間の空気が変わった。カレは杯を置いた。

「北のトゥオネラ湖——あの湖の向こう側で、鍛冶の音が聞こえるという噂がある」

「鍛冶の音?」

「鉄を打つ音だ。だが普通の鍛冶ではない。音の中にルーノが含まれている。歌鍛冶だ。しかもサンパラの歌鍛冶とは比較にならない格の——つまり、イルマリネン級の」

 カレの心臓が跳ねた。宝物庫で触れた、あのルーノの残響。あの歌の主が、トゥオネラ湖の先にいる。

「ただし」とセッポが声を低くした。「直接向かうのは危険だ。トゥオネラ湖は死者の国への入口と伝えられる場所。湖の周辺ではルーノが歪み、定型歌が正常に作動しない。準備なしに近づけば命を落とす」

「どうすれば?」

「まずカラヨキに行け。港町には各地の情報が集まる。トゥオネラ湖への安全な道筋を知る者がいるかもしれん。物資の補給もそこでできる。急がば回れだ」

「カラヨキなら俺の庭みたいなもんだ」

 レンミンカイネンが胸を叩いた。

「風歌いの連中に知り合いがいる。トゥオネラ方面の海路の情報も持ってるはずだ。任せとけ」

「あんた、どこでも知り合いがいるのね」

「喧嘩した数だけ知り合いが増える。人生の鉄則だ」

「それ、鉄則じゃなくて問題行動よ」

 カレは笑いを堪えながら、旅程を頭の中で整理した。

 サンパラから南西へ。カラヨキの港町で物資と情報を補給する。トゥオネラ湖への安全な経路を見つけ、北上する。その先にイルマリネンがいる——かもしれない。

 計画が具体化していく。漠然とした「北を目指す」から、「カラヨキ経由でトゥオネラ湖へ」という明確な道筋が見えてきた。

 別れ際、セッポが屋敷の門まで見送ってくれた。

「イルマリネンを見つけたら伝えてくれ」

 老鍛冶師の声が、不意に震えた。

「サンパラの炉は、まだ燃えていると」

 数百年。気の遠くなるような歳月を、この街の鍛冶師たちは待ち続けてきた。始祖の帰還を。炉を絶やさず、技を繋ぎ、歌を鍛ち続けて——ただ待っていた。

「必ず伝えます」

 カレは頭を下げた。

 三人はサンパラを発ち、南西のカラヨキを目指した。鍛冶師たちの想いを背中に感じながら、街道を歩く。イルマリネンの鍛冶の音が、トゥオネラ湖の向こうで鳴っている。

 まだ遠い。だが、道は見えた。


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