楽器に謝って
旅の三日目。天気が崩れ、雨が降り始めた。
大きな岩の張り出しの下で雨宿りをすることになった。焚き火を起こし、濡れた外套を乾かしながら、三人は狭い空間に収まった。
レンミンカイネンが暇を持て余していた。
剣の手入れを終え、靴紐を結び直し、石ころを投げて遊び、それにも飽きると——アイノのカンテレに目を留めた。
「なあ。それ、触ってもいいか?」
アイノがカンテレを磨いていた手を止めた。
「駄目」
「ちょっとだけ。どんな音がするか知りてえんだ」
「駄目って言ってるでしょう」
「けちだな。減るもんじゃねえだろ」
「減るのよ。あんたみたいな手で触ったら弦が切れる」
押し問答が続いた。カレは焚き火の番をしながら成り行きを見守っていた。止めるべきか迷ったが、二人とも本気で怒っているわけではないと感じた。
結局、アイノが折れた。
「……一回だけよ。弦を引っ張らないで。撫でるように」
「おう、わかった」
レンミンカイネンがカンテレを受け取った。五弦の伝統楽器を、剣を握る手で恐る恐る抱える。指が弦に触れた。
ベェン。
酷い音だった。不協和音が岩壁に反響し、増幅される。頭上の枝に止まっていた鳥が驚いて飛び立った。
「……」
沈黙が落ちた。
「楽器に謝って」
アイノの声が氷点下だった。カンテレを奪い返し、弦を一本ずつ確認する。切れてはいない。だが調律が狂っている。アイノの指が素早く弦を調整し始めた。
「すまん」
レンミンカイネンが頭を掻いた。
「楽器に」
「え?」
「私にじゃなくて、楽器に謝って」
レンミンカイネンは一瞬呆気に取られた。それから真面目な顔になった。妙に真剣な表情で、アイノの膝の上のカンテレに向き直る。
「……すまん。楽器殿、申し訳ない」
頭を下げた。木製の楽器に対して、深々と。
カレが噴き出した。
アイノが堪えきれずに吹き出した。声を抑えようとして失敗し、肩が震えている。
「何よそれ……楽器に敬語って……」
「いや、だってお前が謝れって」
「そういう意味じゃ……ふふっ」
三人で声を上げて笑った。岩陰に笑い声が反響する。雨音に混じって、温かな響きが広がった。
「二人とも子供みたいだな」
カレが息を整えながら言った。
「あんたに言われたくない」
二人が同時に返した。
声が揃ったことに全員が驚き、また笑った。カレが目を丸くし、アイノとレンミンカイネンが顔を見合わせて「気が合うな」「絶対嫌」と同時に言い、さらに笑った。
笑い声が止んだ後、雨音だけが残った。
アイノが小さくカンテレを爪弾いた。調律を確かめるための短い旋律。だがその音は、雨の日の岩陰に柔らかく染み渡った。
レンミンカイネンが目を閉じた。
「……悪くない音だな」
今度は静かに言った。さっきの酷い不協和音との落差もあるのだろうが、それだけではない。アイノの音には、聴く者の胸に触れる何かがある。
「でしょう」
アイノが小さく胸を張った。
カレは二人を見ていた。出会って数日。まだ互いのことをよく知らない三人。だが笑い合える。一つの焚き火を囲んで、雨が止むのを待てる。
それだけのことが——悪くない。




