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歌えない魔法使いは追放された ~才能ゼロの烙印を押された歌は、世界を創り変える禁呪だと誰も知らない~  作者: 蒼月よる


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悪くない

 最後の大型ヒーシが倒れたのは、太陽が中天に差しかかる頃だった。

 レンミンカイネンの白く輝く剣が異形の首を落とし、カレの歌が残った小型のヒーシを「還れ」と名づけて消し、アイノの旋律が残党を城壁の外へ追い散らした。

 静寂が戻った。

 街のあちこちで歌鍛冶の武器を下ろす音が聞こえた。鍛冶師たちが膝をつき、肩で息をしている。城壁の一部は崩れ、家屋の何軒かは壊されたが、街は守られた。

 歓声が上がったのは、しばらく経ってからだった。

 最初は小さな声だった。子供を抱えた女が泣きながら「助かった」と呟き、老人が天を仰いで感謝の歌を口ずさむ。それが伝播して、通りの端から端まで歓声と安堵の涙が広がった。

 カレは城壁の瓦礫に腰を下ろした。全身が重い。歌い続けた喉が焼けるように痛む。

 隣にアイノが座った。カンテレを膝の上に置き、弦を一つずつ確かめている。弦が一本、戦闘の振動で緩んでいた。指先で丁寧に締め直す。

「疲れた?」

「……うん。たぶん、今まで一番歌った」

「でしょうね。声が枯れかけてたわよ、最後」

 その向こうで、レンミンカイネンが剣を鞘に収めていた。全身にヒーシの黒い血を浴びている。だが傷はない。あれだけ無謀な戦い方をして、かすり傷一つ負っていない。

 レンミンカイネンがカレの前に歩いてきた。

「お前の歌、悪くないな」

 ぶっきらぼうに言った。不器用だが、昨日の「面白い」とは質が違う。戦場を共にした者に向ける、確かな敬意がそこにあった。

「……ありがとう」

「礼を言うのは俺の方だ。あの剣の強化、何だったんだあれは。切れ味が頭おかしくなってたぞ」

「自分でもよくわからない。歌ったら、そうなった」

「はは。相変わらず頼りねえ説明だな」

 レンミンカイネンが笑った。今度は目も笑っていた。

 鍛冶師たちが食事の支度を始めた。飢饉の中だというのに、ありったけの食材を持ち寄っている。パンと焼き肉、根菜の煮込み、蜂蜜酒。精一杯のもてなしだった。

「食え食え。お前たちがいなけりゃ街は終わってた」

 セッポが自ら皿を運んできた。カレたちの前に山盛りの料理が並ぶ。

「ようやく話の通じる男が来たわね」

 アイノがレンミンカイネンに視線を向けて言った。口元に微かな笑みがある。

「俺の立場は……」

 カレが苦笑した。

「お前は歌担当だろ。戦場で一番目立ってたぞ」

 レンミンカイネンがカレの肩を叩いた。加減を知らない手で。

「痛い」

「我慢しろ。男だろ」

「それ、理由になってない」

 三人が食卓を囲んだ。焼き肉を頬張り、パンをちぎり、煮込みを掬う。アイノが「あんた、食べ方が汚い」とレンミンカイネンを叱り、レンミンカイネンが「戦の後は行儀より量だ」と反論し、カレが間に入って「まあまあ」と取り繕う。

 騒がしくて、温かい。

「三人で食べると……美味いな」

 カレがふと呟いた。

 ソルミ村を追放されて以来、一人で食べることばかりだった。カトゥマではロヴィアタルと二人で質素な食事を取った。アイノとの旅では二人で焚き火を囲んだ。そして今——三人だ。

「何しみじみ言ってんだよ」

 レンミンカイネンが肉を噛みながら笑った。

「三人で食う飯が美味いのは当たり前だろ。一人より二人、二人より三人だ」

 当たり前。そう言い切れることが、カレには少し眩しかった。

 食事が終わる頃、レンミンカイネンが何気なく聞いた。

「で、お前ら、これからどこに行くんだ?」

 カレは顔を上げた。

「北だ。イルマリネンを探す」

 レンミンカイネンの目に、何かが灯った。


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