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歌えない魔法使いは追放された ~才能ゼロの烙印を押された歌は、世界を創り変える禁呪だと誰も知らない~  作者: 蒼月よる


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二つのルーノ

 東壁の防衛線は崩壊寸前だった。

 カレが駆けつけたとき、鍛冶師たちが壁を越えたヒーシの群れに押し込まれていた。歌鍛冶の武器を振るう手に疲労が見え、防衛線の隙間からヒーシが次々と侵入している。

「止まれ!」

 カレは走りながら歌った。侵入してきた犬型のヒーシの真の名を感じ取る。闇から湧いた存在。名を持たぬもの。だがその本質は——歌の途絶えた場所に染み出すおりだ。

「お前は澱。流れに還れ」

 名づけの歌が発動した。カレの声に応じて、二体のヒーシが動きを止めた。身体が震え、黒い霧が端から溶けていく。定型ルーノの浄化とは違う。存在の定義そのものを書き換えて、「ここにいるべきでないもの」を元の場所に還す。

 だが三体目、四体目が壁を越えてくる。カレの歌が追いつかない。一体ずつ名を見て、一体ずつ歌う——その間にも新手が押し寄せる。

「数が多すぎる……!」

 そのとき、背後からカンテレの旋律が響いた。

 アイノだった。城壁の上に立ち、カンテレを抱えて弦を弾いている。音のルーノが広がり、防衛線の鍛冶師たちの動きが変わった。恐怖に強張っていた肩が解け、足が前に出る。旋律が人々の心を鼓舞し、戦意を取り戻させている。

「カレ、合わせて!」

 アイノが叫んだ。

 カレは頷いた。アイノの旋律に自分の歌を重ねる。第五部で練り上げた伴奏の連携だ。アイノのリズムがカレの言葉に安定した土台を与え、カレの歌がアイノの旋律に方向を定める。

 二つのルーノが重なると、効果が変わった。

 カレの名づけの歌が一度に複数のヒーシを捉え始めた。アイノの音が歌の範囲を広げ、カレの言葉がその範囲内の全てのヒーシに「還れ」と命じる。三体、五体、七体——同時に黒い霧と化して消えていく。

「効いてる!」鍛冶師の一人が声を上げた。

「押し返せ!」

 防衛線が立て直された。鍛冶師たちが歌鍛冶の武器を振るい、カレとアイノの連携がその背中を支える。カレの歌がヒーシの動きを止め、アイノの旋律が味方の力を引き出す。二人の連携は完璧とは言えない。噛み合わない瞬間がある。カレの歌が先走ったり、アイノのリズムが乱れたりする。まだ伴奏の段階——だがそれでも、効果は大きかった。

 しかし。

 東壁の外から、新たな振動が伝わってきた。

 大型のヒーシだ。通常の犬型や蛇型とは比較にならない巨体が、城壁に向かって突進してくる。牛ほどもある四足の異形が三体。角を低く構え、城壁の基部に衝突した。石壁に亀裂が走る。

「壁が持たない!」

 鍛冶師たちが悲鳴を上げた。二度目の衝突で壁の一部が崩れ、瓦礫がれきと共に大型ヒーシが街中に侵入した。

 カレの歌が届かない。大型のヒーシは存在の密度が違う。名を見ようとしても、分厚い闇に阻まれて本質が掴めない。アイノの旋律も通じない。鼓舞の音が大型ヒーシの咆哮にかき消される。

「まずい——」

 カレが後退しかけた、そのとき。

 剣風が走った。

 誰かが、大型ヒーシの正面から斬りかかった。一太刀で角の片方を切り落とし、返す刀で喉元をえぐる。大型ヒーシが悲鳴を上げて崩れ落ちた。

 血に濡れた剣を肩に担いだ男が、振り返った。

「遅れたな。始めてんじゃねえよ」

 レンミンカイネンだった。

 不敵な笑みの向こうで、戦場が燃えている。


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