地鳴りの群れ
地鳴りで目が覚めた。
まだ夜が明けきらない薄闇の中、宿の床が揺れている。地震ではない。地面の下から伝わる振動が、一定のリズムを刻んでいる。何かが——大量に、こちらに向かっている。
カレは寝台から飛び起き、窓を開けた。
山脈の方角が黒かった。朝焼けの空を背景に、無数の影が稜線を越えて降りてくる。大小さまざまな異形の群れ。四つ足で駆けるもの、翼で滑空するもの、地面を這うように進むもの。
「ヒーシだ」
声が掠れた。
隣の部屋の扉が開き、アイノが駆け出してきた。すでに外套を羽織り、カンテレを背負っている。
「見えた?」
「ああ。数が尋常じゃない」
「サンポが失われてから魔物が増えている。世界の均衡が崩れているのよ。ルーノの循環が滞れば、ヒーシの棲む暗い場所が広がる」
階下で怒号が響いた。宿を飛び出すと、通りはすでに戦場の前夜のような緊張に包まれていた。鍛冶師たちが工房から歌鍛冶の武器を持ち出し、城壁に向かって走っている。
「こんな規模は初めてだ!」
鍛冶師の一人が叫んだ。顔が蒼白だった。
カレとアイノは城壁に駆け上がった。壁の上から見下ろすと、ヒーシの群れがサンパラを包囲しようとしていた。東西南北、全ての方角から黒い塊が迫っている。地鳴りの正体がわかった。数百——いや、数千のヒーシが、一斉にこの街に押し寄せている。
「なんでこの街に?」
「歌鍛冶の武器があるからよ。ルーノを帯びた金属はヒーシにとって毒。だから普段は近づかない。でも数が増えすぎれば、恐怖より飢えが勝つ」
アイノの分析は冷静だった。だが目は鋭く、すでに戦いの算段をしている。
城壁の上に鍛冶師たちが並んだ。歌鍛冶の剣、斧、槍。ルーノを鍛ち込まれた武器が並び、金属の表面が朝日を受けて淡く光る。
「来る!」
最初のヒーシが城壁に取りついた。犬のような体躯に蛇の尾を持つ異形が、壁面を爪で引っ掻きながらよじ登ってくる。鍛冶師が歌鍛冶の斧で叩き落とした。斧に込められた浄化のルーノがヒーシの身体を焼き、黒い霧となって消える。
「歌鍛冶の武器は効く。だが——」
カレは城壁の端から端まで見渡した。防衛線は薄い。鍛冶師たちは職人であって兵士ではない。武器は一級品だが、使い手の練度にばらつきがある。そして何より、数が足りない。
東の壁が薄い。鍛冶場が密集する西側に比べ、居住区が集まる東側は防衛の人数が少なかった。
ヒーシがそこを突いた。
東壁を越えて、最初の群れが街の中に流れ込んだ。
逃げ惑う住民の悲鳴が上がる。子供を抱えた女が転び、老人が足をもつれさせる。ヒーシの群れが路地を埋め、家屋の壁を引き裂く。
「俺も戦う」
カレは城壁を駆け出した。
歌うしかない。この街を守れるかどうかはわからない。だが、歌わなければ何も変わらない。走りながら、言葉を探す。ヒーシの真の名。闇の中から湧いた異形たちの本質。
それを名づけて、止める。




