重い剣
朝靄の中、鍛冶場の裏に行くと、レンミンカイネンが素振りをしていた。
長剣を片手で軽々と振っている。刃が空気を裂くたびに鋭い風切り音が響く。身体の動きに無駄がなく、一振りごとに足の位置が正確に変わる。我流の剣士だと聞いていたが、この切れ味は我流で到達できる域を超えている。
「本当に行くの? 馬鹿じゃないの」
アイノが隣で腕を組んでいた。ついてきたのは心配だからだろうが、口調はいつも通り辛辣だ。
「大丈夫だよ。たぶん」
「その『たぶん』が一番信用できないのよ」
レンミンカイネンがこちらに気づいた。素振りを止め、剣を肩に担ぐ。
「来たか。逃げなかったな」
「約束したから」
「おう。気に入ったぜ」
レンミンカイネンが構えた。剣を正眼に据え、腰を落とす。身体強化のルーノが全身を覆い始める。筋肉が膨張し、足元の土が沈む。
速い。
踏み込みの一歩でカレとの距離が消えた。剣が横薙ぎに走る。殺気はない——が、手加減もない。当たれば骨が砕ける。
カレは咄嗟に歌った。
「——重くなれ」
レンミンカイネンの剣の真の名に語りかける。鉄の本質を見つめ、その重さを引き出す。名づけの歌の応用。剣がこの世のものとは思えない重量を纏い、レンミンカイネンの手の中で沈んだ。
刃先が地面に突き刺さった。
「なッ——」
レンミンカイネンの目が見開かれた。剣を持ち上げようとするが、腕に力を込めても微動だにしない。地面にめり込んだ刃が、大地に縫い止められたように動かない。
「面白え!」
驚愕は一瞬だった。レンミンカイネンの顔に浮かんだのは恐怖でも動揺でもなく——歓喜だった。
柄から手を離した。剣を捨てた。
素手のまま、突っ込んできた。
「剣を封じたのに——!」
カレが叫んだ。武器を奪えば終わると思っていた。だがこの男は武器がなくなっても止まらない。むしろ身軽になったとばかりに加速する。
拳がカレの頬をかすめた。風圧だけで肌が裂けそうだった。身体強化のルーノを纏った素手は、剣と変わらない凶器だ。
カレは後退しながら歌おうとした。だがレンミンカイネンの連撃が速すぎて、言葉を紡ぐ暇がない。歌うためには一瞬の間が要る。その一瞬を与えてくれない。
蹴りが腹に入った。
地面を転がり、咳き込む。痛い。だが折れてはいない——手加減はされている。殺す気はないが、容赦もない。
「お前の歌は面白い」
レンミンカイネンが見下ろしていた。息一つ乱れていない。
「剣を重くするなんざ、初めてやられた。だがな、歌い手の弱点は歌えなくなったら終わりだ。接近戦で言葉を紡ぐ暇を与えなければ、お前は丸腰も同然だろ」
正確な分析だった。カレは地面に座ったまま、レンミンカイネンを見上げた。
この男は強い。ただの蛮勇ではない。戦いの呼吸を知っている。そして——恐怖を感じる必要がないかのように戦う。武器を奪われても、窮地に追い込まれても、その目に怯えの色がない。恐怖がないのではなく、恐怖という感情そのものが欠落しているかのような戦い方。
「そこまで」
アイノが二人の間に入った。カンテレを構えている。弦に指がかかっている。次の一手があれば、音のルーノで割って入るつもりだ。
「勝負あり。もういいでしょう」
「おう」レンミンカイネンが肩の力を抜いた。「お前の嬢ちゃん、怖えな。本気だぜ今の」
「嬢ちゃん言うなって言ったでしょう」
「すまんすまん」
カレはアイノの手を借りて立ち上がった。腹がまだ痛む。だがそれ以上に、レンミンカイネンの戦い方が頭に焼きついていた。
「お前、弱くはないな。でも戦い慣れてねえ」
レンミンカイネンが汗を拭きながら言った。
「歌の使い方は上手い。だが身体が追いついてない。歌える状況を作る戦い方を覚えろ。そうすりゃ、お前は相当やれる」
助言だった。殴っておいて助言をくれる男。カレは苦笑した。
レンミンカイネンがカレの目を見た。
「……だが、あの歌は面白かった」
不器用だが、確かな敬意がそこにあった。




