表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歌えない魔法使いは追放された ~才能ゼロの烙印を押された歌は、世界を創り変える禁呪だと誰も知らない~  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

74/106

重い剣

 朝靄あさもやの中、鍛冶場の裏に行くと、レンミンカイネンが素振りをしていた。

 長剣を片手で軽々と振っている。刃が空気を裂くたびに鋭い風切り音が響く。身体の動きに無駄がなく、一振りごとに足の位置が正確に変わる。我流の剣士だと聞いていたが、この切れ味は我流で到達できる域を超えている。

「本当に行くの? 馬鹿じゃないの」

 アイノが隣で腕を組んでいた。ついてきたのは心配だからだろうが、口調はいつも通り辛辣だ。

「大丈夫だよ。たぶん」

「その『たぶん』が一番信用できないのよ」

 レンミンカイネンがこちらに気づいた。素振りを止め、剣を肩に担ぐ。

「来たか。逃げなかったな」

「約束したから」

「おう。気に入ったぜ」

 レンミンカイネンが構えた。剣を正眼に据え、腰を落とす。身体強化のルーノが全身を覆い始める。筋肉が膨張し、足元の土が沈む。

 速い。

 踏み込みの一歩でカレとの距離が消えた。剣が横薙ぎに走る。殺気はない——が、手加減もない。当たれば骨が砕ける。

 カレは咄嗟に歌った。

「——重くなれ」

 レンミンカイネンの剣の真の名に語りかける。鉄の本質を見つめ、その重さを引き出す。名づけの歌の応用。剣がこの世のものとは思えない重量を纏い、レンミンカイネンの手の中で沈んだ。

 刃先が地面に突き刺さった。

「なッ——」

 レンミンカイネンの目が見開かれた。剣を持ち上げようとするが、腕に力を込めても微動だにしない。地面にめり込んだ刃が、大地に縫い止められたように動かない。

「面白え!」

 驚愕は一瞬だった。レンミンカイネンの顔に浮かんだのは恐怖でも動揺でもなく——歓喜だった。

 柄から手を離した。剣を捨てた。

 素手のまま、突っ込んできた。

「剣を封じたのに——!」

 カレが叫んだ。武器を奪えば終わると思っていた。だがこの男は武器がなくなっても止まらない。むしろ身軽になったとばかりに加速する。

 拳がカレの頬をかすめた。風圧だけで肌が裂けそうだった。身体強化のルーノを纏った素手は、剣と変わらない凶器だ。

 カレは後退しながら歌おうとした。だがレンミンカイネンの連撃が速すぎて、言葉を紡ぐ暇がない。歌うためには一瞬の間が要る。その一瞬を与えてくれない。

 蹴りが腹に入った。

 地面を転がり、咳き込む。痛い。だが折れてはいない——手加減はされている。殺す気はないが、容赦もない。

「お前の歌は面白い」

 レンミンカイネンが見下ろしていた。息一つ乱れていない。

「剣を重くするなんざ、初めてやられた。だがな、歌い手の弱点は歌えなくなったら終わりだ。接近戦で言葉を紡ぐ暇を与えなければ、お前は丸腰も同然だろ」

 正確な分析だった。カレは地面に座ったまま、レンミンカイネンを見上げた。

 この男は強い。ただの蛮勇ではない。戦いの呼吸を知っている。そして——恐怖を感じる必要がないかのように戦う。武器を奪われても、窮地に追い込まれても、その目に怯えの色がない。恐怖がないのではなく、恐怖という感情そのものが欠落しているかのような戦い方。

「そこまで」

 アイノが二人の間に入った。カンテレを構えている。弦に指がかかっている。次の一手があれば、音のルーノで割って入るつもりだ。

「勝負あり。もういいでしょう」

「おう」レンミンカイネンが肩の力を抜いた。「お前の嬢ちゃん、怖えな。本気だぜ今の」

「嬢ちゃん言うなって言ったでしょう」

「すまんすまん」

 カレはアイノの手を借りて立ち上がった。腹がまだ痛む。だがそれ以上に、レンミンカイネンの戦い方が頭に焼きついていた。

「お前、弱くはないな。でも戦い慣れてねえ」

 レンミンカイネンが汗を拭きながら言った。

「歌の使い方は上手い。だが身体が追いついてない。歌える状況を作る戦い方を覚えろ。そうすりゃ、お前は相当やれる」

 助言だった。殴っておいて助言をくれる男。カレは苦笑した。

 レンミンカイネンがカレの目を見た。

「……だが、あの歌は面白かった」

 不器用だが、確かな敬意がそこにあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ