喧嘩の流儀
イルマリネンの手がかりを探すには、街の人間に聞いて回るのが早い。
カレとアイノは酒場に足を運んだ。鍛冶師たちが仕事終わりに集まる場所なら、古い噂の一つや二つ拾えるだろう。
酒場は煙と汗の匂いに満ちていた。天井が低く、壁に歌鍛冶の武器が飾られている。鍛冶師たちが鉄を叩く話と、酒の席での法螺話が入り混じり、喧騒が渦を巻いている。
カレは隅のテーブルについた。アイノが向かいに座り、周囲を警戒するように視線を巡らせる。
「イルマリネンのことを知ってる人、いるかな」
「さあ。伝説の人物だもの。知識としては誰でも知っているでしょうけど、実際の手がかりとなると」
酒場の主人に麦酒を頼み、近くの客に声をかけてみた。イルマリネンの名を出すと、鍛冶師たちは皆一様に敬虔な表情になる。だが「最近の消息を知らないか」と聞くと、首を横に振るばかりだった。
「北に行ったきり戻らない」「ロウヒに捕まったんだ」「いや、トゥオネラの方で鍛冶の音が聞こえるって噂もある」——断片的な情報ばかりで、確かなものはない。
麦酒を半分ほど飲んだ頃、空気が変わった。
酒場の奥のテーブルで一人酒を飲んでいた男が、椅子を蹴って立ち上がった。
長身だった。カレより頭半分は高い。金茶色の髪を無造作に肩まで伸ばし、腰に長剣を佩いている。軽装の旅装束に赤い革のベルト。顔立ちは整っているが、酒が入っているせいか目つきが鋭い。
男はまっすぐカレのテーブルに歩いてきた。
「お前、歌い手だろう」
唐突だった。カレは顔を上げた。
「……なんでわかる?」
「匂いでわかる。歌える奴は空気が違うんだ」
男は不敵に笑った。歯を見せる豪快な笑い方だが、目の奥にどこか飢えたような光がある。
「俺と戦え。面白い奴を探してたんだ」
酒場が静まった。鍛冶師たちが酒杯を止め、二人を見ている。
「無視しなさい。ただの酔っ払いよ」
アイノがカレの袖を引いた。声は低く、苛立ちを隠していない。
「酔っ払い?」男が笑った。「まあ飲んでるのは事実だが、酔ってはいねえよ。嬢ちゃん、お前もなかなかの腕だな。カンテレ弾きか」
「嬢ちゃん言うな」
「おう、すまんすまん」
男は全く悪びれない。カレに視線を戻し、身体強化のルーノを自己流で使い始めた。定型歌ではない。旋律もなく、ただ身体に力を込めるように低く唸る。拳に淡い光が灯った。
カレは息を呑んだ。
「……この人、歌えないのにルーノを使ってる」
歌術師ではない。定型歌を正しく詠唱しているわけでもない。だが、身体強化のルーノの片鱗を我流で掴んでいる。ルーノラの教本にはない、荒削りな力の使い方。
「逃げんのか? つまらねえ歌い手だな」
男が一歩踏み出した。
カレは——立ち上がった。
アイノが「ちょっと」と声を上げたが、カレの足はもう止まらなかった。この男の中に何かがある。蛮勇と呼ぶには生々しい、もっと切実な何かが。それがカレの足を止めさせなかった。
「外でやろう。酒場を壊したくない」
「おう! 話がわかるじゃねえか」
男が嬉々として酒場の扉を押し開けた。夜風が二人の間を吹き抜ける。
「名前は?」
「レンミンカイネン。お前は?」
「カレ」
「カレか。——明日の朝、鍛冶場の裏で待ってる。今夜はもう酔いが回っちまった。本気でやるなら、素面がいいだろ」
レンミンカイネンは不敵に笑い、背を向けた。
「逃げんなよ」
その背中を見送りながら、カレはレンミンカイネンの目の奥にあったものを思い返していた。飢えた光——いや、違う。あれは寂しさだ。底の抜けた桶のような、何を注いでも満たされない空虚。
なぜかそこから、目を離せなかった。




