鍛冶の神
翌朝、鍛冶師長からの招きがあった。
ヒーシ防衛に備える街の要人たちへの挨拶を兼ねて、旅の歌い手に会いたいのだという。アイノが「偉い人は面倒ね」と眉を寄せたが、イルマリネンの手がかりが得られるかもしれないと言うと、黙ってついてきた。
鍛冶師長の名はセッポといった。白髪を短く刈り込み、腕は丸太のように太い。老齢だが背筋は伸び、鍛冶師としての矜持がそのまま姿勢に出ていた。
「お前が歌い手か。昨日ウコの工房で鉄のルーノを聴いたそうだな」
「はい。初めての経験でした」
「面白い耳を持っているな。ついてこい。見せたいものがある」
セッポに案内されたのは、街の中心にある宝物庫だった。
石造りの建物の中は、外の喧騒が嘘のように静かだった。棚や台座の上に、武具や道具が整然と並んでいる。剣、斧、鎧の一部、農具、さらには装飾品。どれも数百年は経っているはずなのに、錆びひとつなく輝きを保っていた。
「イルマリネンが鍛えた作品だ」
セッポの声に畏敬がこもった。
「イルマリネンはこの街の始祖とも呼べる方だ。歌鍛冶の技術を人に伝え、鉄に歌を込める術を教えた。そして——サンポを鍛えた」
「サンポを」
カレの声が固くなった。サンポ。世界に豊穣をもたらす原初の歌。それを物質の器として鍛え上げた鍛冶の神。
「イルマリネンは鍛冶の神と呼ばれてはいるが、人だ。途方もなく長く生きた、だがあくまで人の身。数百年前、ロウヒとの取引でポヒョラに渡り——以来、消息不明」
アイノの表情が微かに曇った。ポヒョラの名が出ると、いつもこうなる。カレはそれに気づいていたが、何も言わなかった。
「ロウヒに囚われているという噂もある」とセッポは続けた。「あるいは、自らの意志でポヒョラに留まっているとも。真相はわからん。わかっているのは、この街の鍛冶師たちが何百年もイルマリネンの帰還を待ち続けているということだけだ」
カレは宝物庫の作品に目を移した。どれもが微かな光を帯びている。歌鍛冶の品だが、街の工房で見たものとは次元が違う。封じ込められたルーノが、数百年経ってなお鮮やかに脈動していた。
「触れてみるか」
セッポが促した。
カレは台座の上の小さな鉈に手を伸ばした。指先が触れた瞬間、全身にルーノの残響が走った。
鍛冶の音が聴こえる。遠い過去の工房で、誰かが鉄を叩いている。一打ごとに歌が込められ、鉄が歌を吸い込み、金属と旋律が一つになっていく。その歌は定型ルーノではなかった。もっと自由で、もっと深い。鉄の本質に語りかけるような、即興の歌。
「この人は……」
カレは呟いた。指先が震えている。
「鉄と歌を同時に操れる人だったんだ。鉄の真の名を知っていた」
セッポが深く頷いた。
「だからこそ、サンポを鍛えられた。世界の原初歌を物質に宿す——それができたのは、イルマリネンただ一人だ」
カレは手を離した。ルーノの残響が指先に残り、しばらく消えなかった。
イルマリネンの歌。それは言葉のルーノに似ていた。定型に頼らず、対象の本質に直接語りかける歌。カレの力と根を同じくするものが、数百年前の鉄の中に眠っている。
「イルマリネンを見つければ、サンポを取り戻す方法がわかるかもしれない」
宝物庫を出たカレは、拳を握っていた。サンポがロウヒに奪われ、世界が飢えている。だがサンポを鍛えた本人がまだ生きているなら——手がかりはある。
「問題は、その人がどこにいるか、よ」
アイノが冷静に釘を刺した。
「ああ。でも、この街のどこかに手がかりがあるはずだ」
カレは振り返り、宝物庫の扉を見つめた。イルマリネンの作品に宿るルーノの残響が、まだ耳の奥で鳴っている。あの歌の主を探す。それが、今のカレにできる最善のことだった。




