気持ちが先に来る歌
集落は、もう何日も温かい食事をしていなかった。
サンパラへ向かう街道沿いの小さな集落。十軒にも満たない家が寄り集まり、飢饉と寒冬に耐えていた。畑は凍り、蓄えは底を尽き、大人たちの顔には疲労と諦めが張りついている。
子供たちが道端に座っていた。
五人。一番上が十歳くらい、一番下はまだ五つにもなっていないだろう。薄い衣を纏い、寒風の中で身を寄せ合っている。頬がこけ、手足が細い。だが子供特有の——逆境の中でも消えない好奇心が、目の中にかろうじて残っていた。
カレは足を止めた。
「……何か、できないか」
独り言だった。食料は分けるほど持っていない。飢饉を終わらせる力もない。サンポを取り戻さない限り、カレヴァの地の苦しみは続く。
だが目の前で震えている子供たちに、「いつかサンポを取り戻すから待っていてくれ」とは言えない。今、ここで、何かをしたい。
カレは歌った。
温かい風を送ろうとした。大きな力ではない。ただ——子供たちを包む空気を、少しだけ温かくする。それだけのことだ。
心の中でリズムを刻んだ。アイノの伴奏を思い出す。一拍、二拍、三拍。その間に風の名前を呼ぶ。冷たい風ではなく、温かい風。春の記憶を持つ風。
制御はまだ完璧ではなかった。風が一瞬だけ強く吹き、子供たちの髪を乱した。だがすぐに穏やかになり、ふわりと——温かい空気が子供たちを包んだ。
一番小さな子供が目を丸くした。
「あったかい」
他の子供たちも顔を上げた。寒風の中に、小さな温かい場所ができていた。カレの歌が作った、手のひらほどの春。
「にいちゃん、歌い手?」
「……うん。たぶん」
「すごい! あったかいよ!」
子供たちが笑った。屈託のない、子供の笑い。飢えも寒さも忘れたように笑った。
カレの歌は力としては大したことがない。ヴァイノラの歌術師が見れば鼻で笑うだろう。定型歌で暖炉を灯す方がずっと効率的だ。
だが子供たちは笑っていた。
温かい風そのものよりも、誰かが自分たちのために歌ってくれたこと。それが嬉しいのだ。
集落を出た後、しばらくアイノが黙っていた。
いつもの沈黙とは違った。何か考え込んでいる沈黙。カレの横を半歩遅れて歩きながら、アイノはカレの背中を見つめていた。
「あんたの歌は」
アイノが口を開いた。
カレが振り向いた。
「力より気持ちが先に来るのね」
静かな声だった。皮肉も棘もない、ただ率直な言葉。
「ヴァイノラの歌術師は力が先に来る。定型歌の精度、出力の大きさ。それが歌の価値だと思ってる。流しのルーノイヤも同じ。技術がまず先にあって、気持ちは後からついてくる」
アイノが一度言葉を切った。
「あんたは逆。気持ちが先に来て、力は後からついてくる。だから制御が追いつかないし、暴発もする。でも——歌に込められた気持ちだけは、最初から一度もぶれてない」
カレは言葉を失った。
「それって……褒めてるのか?」
「さあ。でも……嫌いじゃないわ」
アイノは前を向いたまま答えた。
嫌いじゃない。アイノの言葉の中では、それは最上級に近い肯定だった。
カレの歌の本質を見抜いたのは、アイノが初めてだった。ロヴィアタルはカレの才能を見抜いた。だが歌の本質——力ではなく気持ちが先にあるということ——を言葉にしたのは、アイノだけだった。
「ポヒョラでは『従わせる音』しか求められなかった」
アイノがぽつりと言った。
「力で人を縛る歌。戦闘の旋律。ロウヒ様が必要としたのは、そういう音だった。だから——気持ちが先に来る歌なんて、見たことがなかった」
アイノの指がカンテレの弦に触れた。音は出さない。ただ触れているだけ。
「温めるための歌、か。そんなこと言われたの、初めて」
言われてはいない。カレは一言もそう言っていない。だがアイノには聞こえたのだ。カレの歌の中に——温かさが。
カレはアイノの横顔を見た。白銀の髪が風に揺れている。紫がかった青い瞳が前を向いている。
この人の歌もきっと、本当は温かい。ポヒョラで従わせる音を強いられていただけで、カンテレの音色には——アイノ自身の優しさが宿っているはずだ。
だがそれを口にする勇気は、まだなかった。
アイノの言葉が胸に残った。力より気持ちが先に来る歌。それが弱さなのか強さなのか、カレにはまだわからない。
だが、嫌いじゃないと言ってくれた人がいる。それだけで——もう少し先に進める。




